第13話 バーチャルデビュー。私はツンデレじゃねぇ!



 そんなこんな過ごしていれば二日はあっという間だ。


「う、ん~~っはぁっ」


 眠い。

 徹夜までは行かねぇけど、だいぶ仕事してたな。

 これで反響が強いと後々面倒だが……この際、割りきろう。


「私だけ業務内容の変更を検討するかぁ」


 流石にそろそろキツい。

 仕事と動画出演だけならまだしも副業も突然立て込んできてるからな。


「社員、増やすかぁ。つてをつかって十人くらい、主にマネージャー兼用の社員の仕事を軽くしねぇと」


 私の仕事は責任があるので簡単には増やせない。とはいえ聡子と二人ってのも限界があるから、ホントにいい人見つけねぇとなぁ。


「さて、ここら辺の企画書、どうすっかなぁ」


 机に並べられたいくつかの書類。

 その全てに、私のグッズ販売案と書かれていた。


「いや、売れている今すぐにこういうのを売り出すのはわかるけど、なんで?」


 どうせすぐに売れなくなるような存在になる予定の私のグッズなんて売るか?

 いや、社長として言うなら売るけどよ。


「嫌だぁぁぁ~」

「な~んのはなし?」

「……あれ?なんで?翔がここにいるんだっけか?」


 ここ社長室やぞ?

 いくら今が寝起きでも、入ってきたら気づくし、そもそも動いたような音はしなかったよなぁ。


「昨日、社長がトイレに出たときこっそり」

「……あぁ。すぐに寝ちったから、うろ覚えだけど確かに翔が入ってきてたな」


 うん、事務所内だから警戒とかあんまりしないし、敵意とかないからそのままにして、寝たわ。


「んで?そんなことして、何のようだ?」

「いや、魔法の稽古?を今度して欲しくて」

「……ランク6に上がるためか?」


 ここ最近は翔は配信もせず、休み続きだった。あっ、仕事とかはしっかりとこなしてくれていた。


「うん」


 今そういう相談を私にしてくるってことはそういうことだ。

 強くなりたい、そんな願い。


「……」


 私はそれを叶えても良いものかと悩む。

 別に教える分には問題ないが、下手に実力をつけさせすぎると色々と面倒なことになるんだよな。


 前にも言った冒険者ギルドとの対立。

 ランク6の出現による外交関係の悪化。


 それらを加味すると、強くさせすぎることは良くない。

 それに、ランク7だから言えることがある。ランク6より上は次元が違うということ。


「……力をつけさせることは悪くない」

「っ!じゃあ」

「だが、昇級するのはオススメできない」

「……なんで?」

「ランク6はただの冒険者ではいられなくなるってことだ」


 力もそうだし、責任も影響も。


「それを理解しているから、私は冒険者から身を引いた」

「……」


 理解していた。

 だから、私は冒険者を止めた。

 今続けているのは、責任という名の鎖を外さなかったからだ。

 外すことはできたさ。それでも、私は自分の力を理解して、その力でどれだけのことを成せるかわかっていたから、私一人の自由のために全てを犠牲にするだけの覚悟は、私にはなかった。


「翔美、貴女に聞きます。貴女はなぜ、ランク6を目指しますか」


 この覚悟を持てないなら、私は翔を、翔美をランク6にさせないし、させるための力も与えない。


「うん。なんでって、言われてもね。……社長、私はただ強くなりたい。強くなれば、守れるものも増えるし、世界が広がるの!それに何よりも、楽しいじゃん!」

「……はぁ」


 そうだったな。

 お前はそういうやつだよ。


「わかった。稽古はつけてやる。もちろん、暇な時にな」

「ほんとっ!?やたっ!」


 私はそういう生き方だったな。

 好きなことして、好きなように生きる。

 好きなようにできなくなったら、それは私じゃねぇな。


「あっ、そだ!社長、この企画書、こんなのどうですか?」

「あ?……私を背景にしてライバーたちとのツーショットにしたブロマイド」

「ね?あくまでメインは私たち。これなら特に気にならないでしょ?」


 うん、多少はな?


「とかとか、これとか……」

「いや、なぜそうなる」

「え~?可愛いじゃん」

「そうか?」


 うん、そうだったな。こういう会社が作りたくて、私は冒険者を止めたんだったな。

 確かに責任から逃れようとしたり、自由になりなかった自分はいた。

 けど、それ以上に、こういう風に生きるために、私はこの会社を作ったんだ。


「なら、私をなるべく目立たせない、かつしっかり私のグッズにするんだったら、ペンとか仕事や勉強で使えるグッズはどうだ?」

「う~ん、それなら、社長のモチーフを刻んだ~って、モチーフとかないか。うーん」


 そうやって、私は翔と企画書のグッズ案を出し、検討した。


「少なくとも、今は無理だね?」

「やっぱな。グッズにするだけのもんがないよな」

「それはそうとブロマイドは良いと思うの」

「嫌だ」

「こんだけ良い企画なんだし、やりましょ~よ」

「やりたきゃ私の背景とかいらねぇだろってんだ」


「あの、社長、そろそろ」


 時間を忘れて話していたことに聡子の呼び掛けで気づいた。

 セッティングとかリハーサルとかしないといけないから生放送よりまだ時間あるがもう行かないといけない。


「ちっ、この話は帰ってからな。あぁ~明日の朝あの二人が暇なはずだから呼んで会議するぞ」

「えぇ~まっ、楽しそうだしいっか」


 急いで準備しながら要件だけ翔に伝えながら、たった今決まった予定をメモに書き、私はかけ足で社長室を後にした。




 ・・・


 2番スタジオ



「は~いみんな待った?」


 ・

『待ってました!』

『社長のバーチャルコラボ!』

『昨日から寝れなかったわ!』

『告知でた日から寝れませんでした』

『寝れなかったです』

『お前ら寝ろよ』

 ・


 みんなやっぱり、社長が楽しみでしかたないのか。私も楽しみ。


「社長の体は見たけど、どんな動画を撮ったかは私も知らないから、私も楽しみなんだよね、今日の配信」


 私だって楽しみ。

 それはもう、昨日のずーっと社長の動画見るくらい。


 ずーっと前から、それもデビューしたての頃から社長と遊びたかったんだけど、できなかったから、本当に嬉しい!


「っていうわけで、社長~」


 ・

『社長~』

『社長~』

『宵闇社長ー』

『ロリ社長~』

『自制社長ー』

 ・


「おい、これってお決まりなのか?」

「さぁ?翔さんも奴ちゃんもやってたから」

「そうか。……というかロリだか自制だかふざけたこと書いたやつ覚えとけよ」


 ロリも自制も事実だし?

 良いんじゃないでしょうか。


 ・

『良いよな?』

『事実だもん』

『ぜひ、覚えておいてください!』

『ヤベーよ』

『いや、こんな凄い人から覚えてもらえるのは凄いことだから良いのかも……俺も覚えて~』

『なんだこの俺も覚えてコール』

 ・


 覚えて~がコメ欄を埋め尽くすなんて初めて見たよ……


「なんだこれ。あり得ねぇ」

「みんな社長が大好きってことだよ~」


 あっ、嫌そう。


 ・

『渋い顔してんな。ありがとうございます』

『見下すような顔ありがとうございます』

『その顔で罵ってぇ~』

 ・


「アバターだからこういうの結構反映されるんだなぁ……学習したわ。とりあえず変態ども、死ね」


 ・

『ご褒美です』

『死にました』

『ありがとうございますぅ』

『うほっ』

『ぶ、ぶひぃ~』

『この心底嫌いな声がいい』

 ・


 うん、これは流石に気持ち悪い。

 私ですら気持ち悪いもん。

 慣れたから気にしないけど。


「くそ、変態にはどんな口撃もご褒美になっちまう」

「そういうときは落ち着いて、無視しましょう」

「……お前、結構苦労してんだな」


 あれ?アドバイスしただけなのに、なんでこんなに同情的な目を向けられたの?

 えっ?なにその同類を見つけたみたいな顔。私は社長ほど苦労とかしてないよ!ねぇ!


「良いぜ。今度寿司でも奢ってやるよ」

「同情はいらないけど、寿司は欲しい」


 ・

『素直でよろしい』

『そこは寿司も断ろうよ』

『寿司、奢って欲しい~』

『わっしも!』

『握りましょうか?』

『店の人か?』

『くそっ、寿司奢ってくれる上司いいなぁ』

『寿司食べたくなった』

 ・


「というか何の話してたっけ?」

「何も話してねぇよ」

「……ホントだ。よし、とりあえず、社長のアバター見ていこう!」


 私を小さくして、社長を大きくして、全身を見せるように。


「こう見ると結構リアルに似てるね」

「似てねぇ!私はこんなに可愛かねぇ!」

「って言って私に確認しにきたんですよこの社長」


 ・

『年寄りみたいな思考してない?この人』

『リアルと違っても構わんと思うけどなぁ。全て一緒はつまらんし』

『というか、そんなこと確認してたの?』

『自分に興味とか自信がない人なんか』

『自分がこんなに可愛くないで相談する社長ww』

『美化したくらいがちょうどえぇねん』

『そもそも、現実に合法ロリなんて存在自体がおかしい』

『それはそう』

『リアルもアニメキャラみたいなもんなんだから気にしない』

 ・


 ほら、誰も否定しない。

 いや、時折リアルのが可愛いとか言う人もいるけど特段問題はないね。


「くそっ、可愛いとか言うんじゃねぇ。恥ずかしいわ」


 あっ、照れてる。


 ・

『ツンデレに見えてきた』

『可愛いなんて言うなぁ~(照)』

『あぁ~属性が増えていく~』

『ただひたすら可愛い生物』

『これが現実の人間か』

『バーチャルだろうごリアルだろうがすこです』

 ・


「あぁ~ああ~もう、良いだろう!」

「もう、じっくり堪能しましたね」

「あとイラストレーターさんは『由実る』先生だ。ありがとうございました。後で覚えてやがれ」

「感謝するのか、恨むのかどっちかにしてくださいよ」


 ・

『お~由実る先生か』

『GJだ由実る先生』

『感謝されながらも恨まれるなんて不思議なことになってんねぇ~』

 YUMIRU.ch『いや~良い仕事しました~。あと、嬉しいですね~』

『先生登場』

『本人いるぅ~』

『先生!今のお気持ちは!』

 ・


 あっ、由実る先生いるやん。


「うげっ」

「天敵を見つけたような顔してる」

「面白半分でこのアバターに仕上げたやつだぞ?それはそうとありがと」


 情緒の上下が凄いことになってますよ、社長。


 ・

 YUMIRU.ch『ママって、呼んでくれても良いんだぜ』

『確かにママだな』

『ママって言いそうにないなぁ。言ってくれたら萌えて失くなりそう』

『きっとこう言うんだ。そ、その、ありがと、ママ。と小さな声でな』

『想像つきます。むしろそれしかねぇ』

『良いですね。どんどん言わせましょう』

 ・


 うん、私も言いそうなイメージがあります。


「これを書いてくれたのには感謝はするが、ぜってぇ言わねぇからな!」

「まぁ、そうですよね」

「お前も期待していた質かよ」


 そうですよ?絶対に可愛いじゃないですか。

 聞きたいのは人は老若男女問わないでしょう。みんな聞きたい。私も聞きたい。いつか言わせる。ツンデレのデレは世界を平和にする。アンダースターン?


「もういいだろ。とりあえずこれについての詳しい資料とか高画像は後日公式で出すんで気になる方はそちらで見てください」

「見る。じっくり見させてもらうからね、社長♡」


 アバターの頭上にハートマークが出てきて、横並びを良いことにスリスリしてみる。

 あっ、立ち絵内の話ね?まだ、現実ではやらないよ。


「機能をうまく使ってんな……」

「長いですから。もうちょっと表情とか増えないかな~とは思いますが」

「例えば?」

「ラブラブ顔とか、ムンク顔とか」

「前半はともかく後半はどこ需要だよ!」


 ・

『ムンク顔、ちょっと見てみたいと思った私がいる』

『おらも気になるだよ』

『ラブ顔ってそれは……』

『駄目ですね』

『善くも悪くもヤベーだろ』

 ・


「お前、そんなの欲しいのか……」


 何かを気づいたような表情のあと、呆れたような顔を見せてくる。

 前半の駄目さに気づいた?


「絶対に駄目。増やすのは良いけど、駄目。何ならムンクの方が増やすのマシなのなんなん?」

「あっ、じゃあ増やしてね」

「……計ったなてめぇ」


 ふふふ、してやったり。

 まぁ、ムンクの顔風な表情、自分で言ってて何に使うのかわかんないや。

 けど何か欲しい。


「まぁ、良いだろう。もう少ししたら不本意な利益が凄いことになりそうだし、それ使って機材とか、素材とか、それこそ3Dモデルとかを豪華にするか」

「やた~ホントに社長様々です!」

「はぁ。ホントに社員増やさねぇと」


 ……なんか苦労してますねぇ。

 原因の一つ私なんですが少し同情しちゃいますよ。


「ふぅ。まだ30分程度しか経ってないのになんでこんなに疲れたんだ?」

「総攻撃食らってましたもんね~」


 あとは慣れてないからこんなもんですよ。

 それでも最初から何も変わらないで配信しているのは流石の一言ですね。


「マジで、私には向かねぇよ、これ」

「そんなことないですよ~。少なくとも私含めて視聴者を楽しませてますから」

「……そうかい。ならよかったよ」


 あっ、デレた。


 ・

『デレましたね』

『デレてますね』

『可愛い』

『というかこの表情差分良すぎん?』

『可愛いじゃないか。推します』

『ツンデレってどこが良いんだろうとか思った自分を殴りたい。サイコーッ!』

 ・


 あっ、眉間が寄った。怒った。


「てめぇら……好き勝手言いやがってぇ!」

「どうどう。時間押しちゃうから、そういうのは最後にまとめてやりましょうね」

「くぅぅ……次だ次!御披露目動画!」


 苦い顔しながらも、次の予定に進めた社長はやはり社長だと心の底から思うのだった。





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