第12話 撮影会。私、色々と披露して副業する
なんとも不思議な縁だ。
私本人とは縁のない世界だったはずが、気づけば私がそこに足を踏み入れることになるとはな。
「まぁ、その縁も全て自分で作ったんだがな」
ただ自分の楽しいと思えるもののために作った会社、これがあればいいと思って増やしたジャンル。
そんな見る側、指示して作り出す側、から実行する側、指示を受ける側、見られる側になるなんて。
「人生わからないもんだな」
まぁ、やりたいことをやって生きてきた結果みてぇな人生だからな、私は。
「さて、どうなるかねぇ」
私は不安な気持ちを抱きながらも、どこか達観したような心持ちで仕事をしながら、予定の時間を待った。
「時間か」
机に置かれている時計の針が予定の時間を刺し、私は立ち上がった。
「3番スタジオだったかな」
まずは御披露目配信用の撮影。
得意なこととかできることを披露する場だ。
「さて、タクシーでも呼んで行くか」
アプリを使ってタクシー呼んで、私はスタジオまで向かった。
3番スタジオは都心はずれに位置しており、周りには特にこれと言った店や施設はない。
そもそもそういう立地条件を提示したわけだがな。
「何だかんだで久しぶりだな」
最近、というか1、2年はここにきてない。
最初の頃は結構見にきてたが、忙しかったし安定もしていたのでよほどがなければ行くこともないと思っていたからだ。
「それに、見たいと思う子のは普通に配信で見てたから、見たくなかったのもある」
ネタバレよくない、裏側見たくない。
「さて、早く入ろっと」
インターホンとかは鳴らさず普通に入る。もちろん、顔パスな。
「邪魔するぞ」
中に入ると、準備されたスタジオ。
それと細かくテストや試運転をして、動作の確認をしている。
「お疲れ」
「「「お疲れ様です」」」
みんなに挨拶すると、こっちに気づき私に礼をしてくれる。
「今日は頼むわ」
「いえ、こちらこそ」
みんな妙に気合い入ってるな。社長相手のやつ?いや、それよか、楽しみって感じかな?
ここらのスタッフとは事務所で会うことは少ない。このように現場スタッフだから書類上でしかあまり知らない。
もちろん、何年もやってるからある程度は知ってるけどな、詳しくはないってこと。
「なんでお前らそんなに生き生きしてんだ?」
ちょっと気になるし、参考になるかな?と訪ねてみた。
「そりゃあ、我らが社長のバーチャルデビューですよ!気合い入るに決まってますよ!」
「お、おう、そうなのか」
少し周りを見渡すと、だいたい頷いてる。
なんでや?
何に気合いが入るんや?
「あっ、とりあえず、着替えてきてください」
「あ、あぁ」
トラッキングスーツ?って言ったかな?
私はそれを着て、背景が緑の場所に立たされた。
流石にこれくらいは知ってるが、専門的な知識は知らんぞ?
その辺のカメラとか、名前なんてわかるか?わからん。つまりそういうことだ。
「では、まずは挨拶から撮影していきましょう。カメラ回します……どうぞ」
『おっ?始まったのか?撮れてるか?』
オッケー貰ったのでこのまま続けよう。
『知ってる人も多いだろうが、自己紹介させて貰う。Sumaの社長の宵闇だ。よろしく』
軽く会釈して、カメラに体を見せるように動いてみる。
『どうだ?私としてはこんなんじゃねぇと思うが、出来は良いだろ?実際可愛いんだろうし』
絶対に私が可愛いなんて認めないがな!
あっ、苦笑してるやつ!こっちだって好きでこんな体を持った訳じゃないからな!
『ったく、んで、何すんだっけか?あぁ~歌うか』
えっ?じゃねぇ。
確かに特に何も言ってなかったけどよ。
いや、手際良いなぁ、おい。
一瞬呆けてすぐに立ち直した瞬間音を拾う準備とか、音楽を流す準備ができていた。
『え~っと、じゃあ折角だし、クルシュちゃんの歌うか』
そこからは圧巻だった。
力強い歌声、繊細な歌声、その両方を兼ね備えた完璧な歌声。
その歌声で歌われたその曲は本人よりも素晴らしいものだった。
『……どうだろう?』
歌い終えてチラッとスタッフを見ると、呆けながらも拍手をしてくれていたので大丈夫だろう。
『ま、所詮は凡人。これが限界なんだがな』
と自虐気味にぼやく。
スタッフ陣の首横ブンブンに気づかずに社長は撮影を続けた。
『あとは、そうだな。踊りもしてみるか』
何が良いかな?
『んじゃ、テキトーにやってみるか』
音楽をテキトーに流してもらい、それに合わせて踊る。
『と、これくらいできるんだが……』
だからなぜ呆けてる?これくらい、ダンジョンであんだけ暴れてるんだからできるに決まってんだろ。
もちろん、社長のそれはキレッキレであり、素晴らしいものであった。トラッキングスーツ着てるのに、普段撮影している人よりも動けているのだ。もちろん普段撮影している人たち以上の精度で。
が、それと運動神経は関係ねぇ。
と、言いたげなスタッフを置いてきぼりにしながらどんどん、色々とやっていく社長。
気づけば、一通りのパフォーマンスを終えていた。
『んじゃ、これからちょくちょく遊びに行くから、よろしくな。んじゃ』
最後にテキトーな挨拶を言って、撮影を終了した。
「あぁ~久しぶりに色々とやれて楽しかった」
歌も踊りも凡人かそこらの域はでないが、それでも楽しいんだよな~。
見せ物とか関係なしにあぁいうのは楽しいもんだ。
「お前らもお疲れ~」
「……あ、はい。お疲れさまでした」
ん?疲れてんのかな?
あとで差し入れでもいれとくか?
「じゃ、あとは頼むわ」
とはいえ、今の私はやることもできることもないので早々にスタジオを出て、同じようにタクシーを呼んで帰った。
社長の去ったスタジオ。
「社長すげ~」
「歌も踊りも、その後の演奏もスポーツも」
「その他諸々、全てプロ並みって……」
「やベェな」
「というか、この撮影したのを動画かするんだけど、どうする?」
ちなみに、この撮影した動画はクルシュとのコラボで一緒に流して行こうと言う話になっている。つまり、あと二日で仕上げなければいけないのだ。
「尺、一時間より短くできねぇよ」
「通常の御披露目が短くて5分、長くて30分の動画になるんだけどなぁ」
「かといってどこかを切るのはちょっと……」
「マジで社長凄すぎだろ」
「あと二日で完成させるんだぜ?これ。無理だろ」
「とりあえず、みんな集めて会議ね。動画の尺とピックアップを決めないといけない」
「そうだな」
「これだけの最高の素材。絶対に良い動画に仕上げる」
そうして、彼らの眠れない二日間は始まったのだった。
・・・
「……ちっ」
帰り道、タクシーに乗りながら外を眺めていた私は、小さく舌打ちを漏らしていた。
「何だかんだでいや~な感じだな」
折角気持ちよく仕事に戻れると思ったのによぉ。
「おっちゃん、目的地変更。ダンジョン近くで下ろして」
「えっ?嬢ちゃん、ダンジョンに行く気かい?」
「あぁ、そうだよ」
「危ないよ?大丈夫かい?」
あぁ、流石にこの見た目じゃそう思われるよな。
「問題ねぇ。私は子供じゃねぇからな」
「……嘘じゃなさそうだ。よし、わかった」
信じてくれるのか。この人良い目をしてるねぇ。
いつもは冗談は止してくれ、親御さんはどこだい?なんて言われるもんだからガチギレだよ。
「あぁ~これで残業確定だな」
深いため息と、心底嫌そうな声が、明らかに子供のそれではない。
運転手のおじいさんはそんな風に社長を見ていた。
「着いたよ」
「ありがとよ。釣りはいらん」
バンッっと叩きつけるように置いた二万円。
それを置いてすぐにタクシーを降り、ダンジョンへ走った。
「あっ!嬢ちゃん!多すぎるよ!」
そんな呼び声は虚しく空虚に響き渡った。
ダンジョン前まで来て、私はダンジョンには潜らず、近くのビルに入った。
「こちらです」
「おう」
私のことはちゃんと知られているためスムーズに案内され、私はお偉いさんの前に通された。
「早めに頼むわ」
「はい、もちろんです」
足を組み、後ろに控える人から資料を渡され、素早くそれを読み込んだ。
「……イレギュラーか。こんな短いインターバルで……」
イレギュラー。この前、配信中に現れたあいつだ。
あれは本来、現れるはずもなければ、そもそも存在なんてしないはずの魔物だ。
何らかの異変や異常で発生する特殊な魔物、それをイレギュラーと呼称している。
「はい。前回、偶然宵闇さんの前に出現した魔物から一月程度。これは明らかにおかしいです」
「だよな……イレギュラーを倒して終わり、ってわけじゃなさそうだな」
調査も含めるとすれば流石に時間がかかるな。
「……わかった。今回はサクッと倒してくる。調査はまた後日、正式に調査隊を組んでから行こう」
私一人でも構わないが、私一人でわかる異変もあればそうでないものもある。
確実にするためには調査隊は必須だ。
「それにここ数日は私はスケジュールがいっぱいで無理だ」
「無理をお願いしているのは我々です。待つのは構いません」
「ありがたい。なら、一週間後だ」
「承知しました。それまでに調査隊の編成を急がせます」
話は纏まった。
あとはイレギュラーを蹴散らす。
「あっ」
そこですこ~し閃いた。
「なぁ、動画撮っても良いか?配信に流すやつ」
「え?……宵闇さんがかまわないのであれば」
ちょうど御披露目で得意なことを披露する場、だったよな。
「やっぱり一番得意で、才能があるのは、これだろ」
・・・
四十五階
「さて、そろそろイレギュラーがいる場所だな。カメラつけるか」
カメラと言ってもスマホのやつだ。
それを魔法でちょいと作った台座に乗せて撮るつもりだ。
「何故か、今の私には需要があるらしいからな。多少はサービス的なことをしても良いだろ」
この動画はサービスだ。
普通なら絶対に撮ったりしないし見せもしないが、ちょうど見せる場があって、理由もある。
だから撮影するだけの話だ。
私が有名になればなるほどうちの子たちへの認知もあがって行くわけだからな。あとは時間と共に自然に風化してけば少し前と変わらない生活ができる。なら、うちの子たちをよろしくって意味でもサービスの一つ位しないとな。
「おっ、いたいた」
四十五階の終盤、次の階段が見えてくるかな?って辺りでそいつは姿を現した。
九つの目、潰れたような口、焼けただれたような肌の蟻?かな。
体格は蟻のそれだが、触覚は異常に太く、鋭い。足は分厚い筋肉を持ち、さらには鎧のようにゴツゴツしている。
「録画ボタンを押してっと……よし、撮れてるな。始めるか」
相手は蟻。
攻撃方法は、その巨体で突進する攻撃、あの鎧のような足での踏みつけや足払い、あとは蟻と言えばの酸での攻撃や強靭な顎での噛み砕きといったところか。
「さて、動画のこともあるし、この前みたいにド派手に吹っ飛ばすのも違うよな」
なら、ここはやっぱり、近接戦闘かな。
「使うのは……え~っと……あった、これ」
どこからか二対の剣を取り出し、それを手に持つ。
右手に持つのは、うっすら赤みがかった剣。
左手に持つのは、透き通るような透明さを持つ剣。
「さっ、特に何の変哲もない二刀流で行ってみますか」
それらを構えて私は肉薄する。
「シッ」
持ち前の身体能力で突っ込み、巨大な足の間を無数に切りつけながらくぐり抜ける。
いきなりのことで私を見失った蟻は、次に私を知覚した時には、脚の関節がズタズタに切り裂かれ、崩れ落ちていた。
「やっぱ、この類いは最初のうちに機動力と攻撃手段を減らすのが良いよね」
ズガンッ
私の立っていた位置目掛けて、その強靭な脚を横なぎしてきたが、それをヒラリと避け、今度は頭上を舞った。
「それ」
そしてケツ部分から顔まで宙を舞い、顎の下辺りで着地、そして二対の剣で顎から口当たりまで切り上げる。
『ギィッ!?』
「遅い」
抵抗するように、頭突きで私を潰そうとするが掠りもせず、今度は二本揃えての横払いで頬から口、反対側の頬までパックリと割りきられ、大量の緑色の体液を撒き散らした。
そのときにはすでに再び頭上で、剣を交差して構えていた。
「せーのっ!」
そのまま胴と頭の僅かな間、ようは首に当たる部分を切断し、地面に着地した。
「終わりだ」
剣をパッっと離し、自由落下を始める直前に剣はその姿を消した。
ズズゥゥン
私がカメラに向かって歩き始めた頃に、その巨体は完全に事切れ、その巨体を力なく地面にくっつけた。
「思ったよりも柔らかいが、四十五階の敵か?と言われると違うかな」
カメラを回収し、その魔物の死体を映しながら最後に自分の顔の方にカメラを持ってきて。
「んじゃな」
と、一言だけぼやいて録画を止めた。
「はぁ。さて、帰るか」
時間的には……まだ仕事できるな。事務所に帰るか。
先程のスタジオから事務所に帰る際と特に変わらぬ調子で、今度こそ事務所に帰る社長であった。
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