第9話 業務の変化。翔、雑談と労い。
あの配信はあれからうん百万再生されたらしい。
五十階のボスをソロで撃破する動画ってだけでも凄いのに、私というチートもチートな存在がその力を軽く振るったことはやはり影響大だった。
「もう、死ぬ」
その影響力は凄まじく、今絶賛、仕事に追われてま~す。
様々な企業からの申し出、メディアからの取材、自社内からも出演の許可承諾まで来る始末。それに加えて翔の五十階突破に関しての資料作成等々。通常業務がそこに加わり限界突破中です。
もともとSumaという会社はかなりの少人数だったのだが、一人一人が優秀なお陰で今まで忙しくはなれど一週間でいつもと変わらぬ日々に戻れるだけの力は持っていた。
だが、今回は影響力が強すぎた。
少ない人数で捌くのはかな~りキツく、今現在私含めほとんどの社員が泊まり込みの徹夜で作業中だ。
その関係上、今はダンジョン配信にストップをいれている。
誰も処理できん。
「社員を増やしたい~」
「それはなしって言いましたよね?自分で」
「そ~だよ~」
自分で言ったことだけどキツイィィ。
増やせない理由は、当然私や翔の力目的で近づいてくる人がいないとも限らないということ。
あと普通に面接やら何やらに時間を割けない。
「なら大人しくやってください」
「もう完徹3日目ですがなにか?」
「私も完徹中です」
「ふっ……終わったら寿司奢るよ」
「ステーキも追加で」
「任せろ」
後日翔の配信にて、事務所を訪れたとき、社長、副社長が地面に這いつくばって仕事を続けていたとの目撃談があったらしい。
さらに後日、その時社長は5日、副社長は3日目の完徹だったらしい。
・・・
「こんにちわ~」
・
『こんちわぁ~』
『お疲れ様~』
『翔ちゃん、おひさ~』
・
あの日からだいたい半月くらい。
未だ解禁されない、いやできないダンジョン配信に変わり、今日は雑談配信を行っていた。
「前より人多いねぇ。でも今日は戦ったりしないし、冒険者関連もなしだよ。だからそれを期待してる方はバック推奨」
・
『俺たちは翔を見にきたんだよ!』
『戦うのも良いけど普段の翔も好きだからモーマンタイ』
『大丈夫よ~』
『当然見るよ~』
・
意外と減らなかったことは驚きだ。
今までもこういうのやってたけどこういったら1割は帰ってくのに。
まぁ、見てくれる人が多いのに越したことはないか。
「とりあえず、最初は最近の出来事から話してこうか」
・
『五十階突破の感想!』
『なんでダンジョン配信が止まってるのか』
『社長大丈夫そ?』
・
結構色々聞かれてるけどだいたいこの3つ。
一つずつ答えてこっか。
「五十階を突破、というかボスを倒したんだけど、やっぱり未熟さを感じちゃったね」
・
『ギリギリだったもんね』
『でも、凄かったよ?』
『うん、カッコよかったよ』
『そりゃ、あの人と比べたらね……』
『未熟さを感じたって、やっぱりあれ?』
・
「そそ。ギリギリの戦いを本当はしちゃいけないの。私なんかは特にね」
ソロはやりやすいが、やっぱり通常よりも負担は大きく、必ず自分で帰れるだけの余力を持たないといけない。
だからこそ、ギリギリな戦い、勝てない戦いは決してしない。
「それに、あの油断は命取りだったし……あぁ正直最後のあれも本当は使っちゃ駄目なんだよね」
・
『ホントにあの時はヒヤヒヤしたよ』
『あっ、そういえば怪我してたよね?大丈夫?』
『最後のあれ?なんで?』
『何が駄目だったんだ?』
『魔法詳しくないから、説明欲しいかな』
・
「あっ、怪我ね?大丈夫。あの後すぐに社長が治してくれたよ。それと最後のあれね、詳しい説明は省くけど、スマッシュブラスト、あれね、魔力を拳の先に圧縮して打ち出す魔法なんだけど、あの時私ほとんどの魔力をあれに注いじゃってたんだよね」
つまり、本当ならまだオーロラブラストを何回も使えるだけの魔力を残してたのにあれに全部注いでたんだよ。
お陰で受け身に回す魔力もないわ、飛ぶための魔力も探索のための魔力もなかったんだよね。
「絶対倒す意志で使った魔法だから良いんだけど、最低限の魔力は残すべきだったね」
・
『帰りの魔力、それとイレギュラー』
『確かに余裕はなくても余力は残しとくべきだったかも』
『危ないもんね』
『帰りはそこまで魔物もいないし、ボス部屋は倒せば安全地帯になるとは言えね』
・
「そうだよね~」
ボス部屋はボスを倒せばリスポンするまでは無人の部屋となるため、基本安全だ。
雑魚も入ってくることはない。
もちろんイレギュラーはそんなもん無視して入ってくる。
それでも通常なら余力は残さなくても大丈夫なのだが、今回の件から流石に余力は残さないといけないということがわかった。
「帰るときはかなり休んでから帰ってたから魔力も帰りは余裕ってほど回復してたけど、それは最終手段かな~って感じになったよ」
・
『今回は社長がいたからよかったけど、普段はソロだもんね』
『どうしようもない、って状況にはなりたくないよね』
『そういえば、帰りっていつもどんな感じなの?』
・
「あぁ、それね。帰りはなんか襲われにくくなってるんだよね」
エンカウントした魔物よりも強いやつを倒していたらそれ以下の魔物とはエンカしにくくなってるって誰かが言ってた。ただし帰りのみ。
「なんでだろうね」
・
『ダンジョン不可思議の一つやね』
『強者の匂い的な?』
『けど、親切ではあるよね』
『ゲームみたいだね』
『けれどエンカしないわけではない』
『余力は必要だ』
『それで消えてった人もいるらしいし』
・
「うん。それには気を付けてるよ。気を付けてるから反省してるんだけどね。あ、ちなみにあの日の帰りは社長が全く寄せ付けなかったよ」
うん、寄ってこなかったよ。近づいてきても睨むだけで悲鳴らしい声を上げて引っ込んでったよ。
「あぁ、社長で思い出したけど、あの人たち大丈夫かな?」
私はここで、この前事務所を訪ねたときのことを話した。
屍のように這いつくばる社長と副社長のこと。
「ダンジョン配信がストップしてるのって、単純にそれに手が回らないほど忙しいわけであって……」
原因は私にもあるけど、ほとんどが社長のせいなのでなんとも言えない。
……
「あ~差し入れがてら社長に会いに行く?」
それでも、流石に悪い気がしてきた。
一応、労いの一つくらいした方が良いのかなぁ~って。
・
『良いんじゃない』
『いいね、行こう!』
『エナドリと握り飯を両手に、さぁ行こう!』
『まだ仕事してるのかなぁ?』
『してるだろ?してなくても労いの一つや二つくらいしてあげようや』
・
うん。そうしよう。
そうと決まれば、早速
「買い物に行って、事務所に突撃だ~!」
一度配信を閉じ、カメラをバッグにしまい、軽い変装をしてスーパーでエナドリと軽く食べられるもの、カップ麺辺りを買い、事務所に向かって、近場で変装を解き、改めて配信を開始した。
「はい、さっきぶり~」
・
『待ってたぞ』
『速かったな』
『爆速で買い物して高速で事務所に着いとる』
『両手一杯の差し入れ(仕事のおとも)』
『みんな大好きエナドリ』
『目が死んでる人たちの大好物』
・
「みんな見えてるだろうけど、はい、差し入れ買ってきたよ~」
両手に持ちきれなかったのでカートを借りてきて運んでるよ。
それに乗せられた一杯の差し入れ。
「これだけあれば足りるよね」
・
『何人に渡すかによる』
『完徹しまくってる二人やぞ?』
『死なないか?これだけ飲ませてたら』
『流石にその前に寝るやろ』
『社長はともかく副社長は……』
・
ちょっと私まで不安になってきた。
「じゃ、入るね」
中に入る。
カメラはなるべく社員さんたちの顔を撮さないように地面を撮すようにしている。
「お邪魔し、ひっ!?」
事務所に入り、事務スペースの扉を開けて中を覗いた。そこに広がっていた光景に私はつい悲鳴が上がる。
「ひ、酷いっ」
・
『どした!?』
『何があった!』
『一瞬で良い見せてくれ!』
『悲鳴が上がるほど酷い状況なのか?!』
・
「えっと、うん、少しだけカメラをあげるね、はい」
・
『ひっ!?』
『ヒェッ』
『これは…』
『これが現代社会の闇か』
・
そこに広がっていたのは、社員さんがパソコンに向き合いながら気絶してたり、ソファーに頭だけ乗った状態で地面に膝をついて気絶してたり、白目向いて椅子から落ちて地面で気絶している社員さん。
とりあえず、死屍累々、地獄絵図とはこういうことなのだろうという光景だった。
生きている人は警備の冒険者くらいだった。
「あの、中村さん」
その警備の冒険者の中村さん。苗字が一緒で、ちょっと近所のお兄さんみたいで仲が良い。それと、古参の長い付き合いだ。
「あぁ、翔さん。どうしました?」
「これ、大丈夫ですか?」
社員さんたちを指差しながら聞いてみる。
「大丈夫。まだ、ね」
「救急車必要な人いません?」
「いないです。一応一徹以上させないようにしてます」
一徹以上させないのにこうなるとは、よほど酷い状況と言えるのでは?
「それに、もうここの人たちは仕事を終えました。今燃え尽きて気絶してるだけです」
「えっ?」
終わったの?すごっ。
・
『燃え尽きてるよ、真っ白にな』
『それにしたってこれは酷い』
『けど、一応健康らしいぞ?』
『嘘偽りなければSuma社員は全員が健康体らしい』
『これを見てそれを信じるのは無理やな』
・
うん、私もそれを信じるのは無理。
「とりあえず、そっとしとこっか」
・
『そうだね』
『今起こすのは可哀想だ』
『戦士たちよ、今はまだ眠れ』
・
となれば、次は社長のところかな。
「こないだの時点で死体だった二人がどうなってるか……」
スッゴい気になる。
あの無敵みたいな社長がくたばってるのって見てみたい。
・
『スッゴい良い笑顔』
『確かに、あの社長がぶっ倒れてるのってなんかギャップがあって良いよね』
『魔物は敵じゃない、真の敵はこの仕事だ』
『言ってそう』
『言いそうだわ』
『言ってたよな?と錯覚してしまったよ』
・
うん、私もそんなこと言ってたかと思い返してしまったよ。
「それじゃ、レッツらゴー!」
外は明るいが、窓はカーテンなどで日を遮っており、社長室までの部屋には日の光の一つも入ってこない。
「暗い……」
前はそんなことなかったのに、なんで?
・
『なんか、ホラゲでありそうな雰囲気』
『ありそうだから言うなよ』
『進んだ先から真っ黒な目をした女性が!』
『社長の方が怖い』
『というか、それは隈が深くなりすぎた社長なんよ』
『ロリータな体格してるのに仕事で疲れきった顔でおじさんみたいな物言いするんだよな』
『字面がいかつい』
『だが、それもまた良い』
『お巡りサーン』
『まて、誤解だ!俺はただ社長を見てただけなんだ!』
『その通りなんだけど十分変質者なんよ』
・
……コメ欄があるから怖くないけど、これでこの廊下の先から社長が影からぬっって出てきたらちびる自信あるよ。
「さて、もう少しだよ」
ゥゥゥェェェ
ハハヒャヒャラヒャハァ~
「……いや、どういうこと?」
怖いけど、困惑の方が勝ったんだが?
「えっ?今の社長室から聞こえたけど」
・
『あぁ、壊れちまったか』
『遅かったか』
『あいつは駄目だ、置いてこう』
『ぜってぇ殲滅してついてくる人だけどな?』
・
……ま、大丈夫か。
振りきったと言えばそうだけど、普通に考えてあの社長だ、何かあるわけない。
「ってことで」
社長室の扉に手を掛け、勢い良く開けた。
「お邪魔しま~す!」
「ぅぅぅ、しまつてる、しまつてるぅ」
「あっ、抵抗しないでください!計れないじゃないですか!」
「あっ、そこはやめ、アハハ、くすぐったい!ひぃ、((ノ∀`)・゚・。 アヒャヒャヒャヒャ!」
「…………失礼しました~」
閉めた。
・
『閉めんなww』
『どういうことなんだろうね』
『服でも作ろうとしてるのか?』
『なんか、面白そうな気配がした』
『少なくとも忙しくて死にそうな人たちではなかったよね』
『うん』
・
「うん、なんもなかった。二人は仕事して頭おかしくなってた。わかったね」
・
『わかった』
『二人はなにもしてなかった』
『なにも、ながった!』
『うん、なかった。なかったよ』
『……あ~な~んとなくわかった気がす』
・
おっ、なんか察した人がいる!どういうことか聞いてみよ……
「……あの、勘弁してもらえませんか?」
・
『ん?急にどうした?』
『何かを言おうと口を開いて、閉じて、次開いたらそれって……あっ』
『あの、うっすらと影が足元に……』
『あっ(察し)』
・
「ちょっと、まった!やめっ、アッ」
社長室から伸びてきた手によって私は引きずり込まれカメラを落として、社長室の先へと消えていった、らしい(後日談)。
・
『あ~あ』
『ホラーになっちゃったよ』
『これって配信事故なんかね?』
『うっすらと白い手が伸びてきて翔ちゃんを引きずり込んだ……社長室に』
『ホラーみたいなコメディ』
『知ってた』
『避けられんわな』
『開けちゃいけなかったんだ、あの扉は』
『で、どうすんのこれ』
『とりあえず翔ちゃんが帰ってくるか、誰かが拾いにくるまで駄弁りましょうや』
『そうだね~』
・
結局、この配信に気づいた奴ちゃんが事務所の中村さんに連絡して回収してもらったことでこの配信は終了した。
つまり、この配信内で翔ちゃんが帰ってくることも社長室の扉が開くこともなかったが悲鳴のような声は鳴り響いていたそうだ。
・・・・・・・・・・
後書き
思ったよりもたくさんの評価をいただき驚きました。もう感謝しかありません。ありがとうございます!
これからもどうぞよろしくお願いします。
VRの方にも手をつけていこうと思っています。あと2、3話ほどで。ダンジョン配信からゲーム配信やVTuberなどの動画系の会社ですから、もちろん手をつけますよ。
……握力50キロネタ使った手前少し言いにくいですが、炎PON属性の巫女推しです。
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