第8話 翔、フライ。私、パーンチ。



 私の前に立ちはだかったのは落武者みたいな感じな魔物。

 恐らく近接得意なタイプだろう。武器は一メートルほどの刀のような鈍器?かな。


「攻撃力とか防御力はわからないけど、一先ず、どんなもんか試してみようかな」


 試しに放ついくつかの魔法を待機させる。


「『アイスランス』、『クリスタルエッジ』、『ファイヤストーム』」


 それぞれ属性やダメージの与え方の違う三種の魔法を展開し、それを放つ。


『ォォッ』


 が、放たれた魔法は雑に振るわれた鈍器によって描き消された。

 とはいえ、流石にファイヤストームだけは火の粉程度だが命中はしていたが当然効果はない。


「ちぇっ、それで行けちゃうかぁ」


 もうちょっとダメージを受けてくれないと流石にしんどい。攻撃手段が減っちゃうよ。なんて、思考を巡らせる。


 今の時点で、不意を突く攻撃か相殺されない攻撃、または武器を破壊か捨てさせないとダメージはなさそうね。


「なら、いつも通り、行きましょうか」


 翔の体は2センチほど浮かび、その周囲を宝石のような石礫が漂う。


「行くよ」


 その宣言と共に、落武者を中心に高速飛翔を始めた翔。

 それに追従するように無数の魔法が展開された。


 光が空を駆け抜け、落武者の周りを色とりどりの魔法が爆ぜる。


『ぉ、ぉぉっ』


 その色とりどりの魔法には先程使った魔法はなく、一定の魔法、『~~ショット』という魔法が放たれている。


 その魔法は速さと威力、連射速度の高い魔法である。

 それを高速で飛翔しながら、落武者の周りに無差別に放ち続けている。


 落武者はそれを身を丸めて守っているが、高速飛翔から放たれる無差別広範囲高速攻撃は守りきれることはない。

 何発も何発も直撃し、その度に曇った声を上げて抵抗しようとする。


「させないよん」


 しかし、当然のようにその暇を与えない。


「このまま倒れてくれると助かるけど……」


 とまぁ、このまま倒れるなんてことはなく、5分程度浴び続けたところで、動きを変えた。

 落武者は突然こまのように回り始めたのだ。


「きゃっ!!」


 扇風機のような回転で強烈な風を起こし始め、回転で魔法を描き消し、かつ風で強制的に翔を吹き飛ばした。


 強烈な風にあおられた翔は壁と衝突する寸前、悲鳴を上げながらも飛翔に使っていた魔法をクッションのように変えて勢いを殺して地面に落下した。


「あっぶなっ!」


 しっかりと着地したことで事なきを得たが、危険な橋を渡ったのには変わりない。

 冷や汗をかきながら、再び思考を巡らせる。


 今は止まってるけど、またさっきみたいにやろうもんならまた回転して、今度は攻撃にまで転ずるかもしれない。

 となると、同じことは危険。


「じゃっ、どうしょっかな」


 まだ考える時間はある。

 だが、余裕はない。

 今は相手も様子見してくれているから膠着状態だけど、こっちが攻める意思を見せないとすぐにでも攻撃してくるだろう。

 だから余裕はない。


「特大のを御見舞いしても良いけど、部位欠損、いや武器破壊がせいぜいかな」


 とすればこれはなし。

 特大のは溜めもかかるし、魔力も食う。撃破に行けなきゃリターンに似合わない。


「としたら、不意を突いて一撃いれて武器を落とさせる」


 武器がなきゃあいつは私の魔法を防げない。

 なら、そこから落とすのがセオリーってもんよね。


「なら、『スピードモード』」


 小さく、前傾姿勢を取り、そのワードを唱えた翔。

 それと同時に自身にバリアのようなものを張った。


 それは、これからのスピードで自身が怪我をしないようにするための対策。


「スタートッ」


 ギュン


 音と光を置き去りにし、残像が先程まで立っていた場所にできるほどの速度で翔は動いた。


『ォッ!?』

「『サンダーホーミング』」


 手で銃を、作って撃つような仕草をした翔が落武者の足元を潜り抜けながら、魔法を放った。


 ピシャァッッ


 と、音をたて、武器を持つ手を撃ち抜いた。


「『オーバーフロー』っっふぅ」


 かと思えば、先程立っていた、それも残像の残る初期位置に戻ってきていた。


 そして見据えるは武器を持つ手を突然失くし困惑する落武者。


「決めるよ。圧縮融合。『オーロラブラスト』」


 翔の手のなかに七色の光が灯り、それが圧縮され、綺麗な一色のオーロラのような色に変化、そしてそれは指向性を持ち、プラズマを発生させ解き放たれた。



 その光はオーロラカーテンを作り、地面を抉りながら翔から落武者を、いやその先の階段付近まで駆け抜け、斜線上全てを焼き付くした。


「ふぅ……ありゃ、マジか」


 翔はそれで両断した、と思ったが、見えたのは寸前で少し体をずらしたのか、失くした手とは逆の腕が切り落とされた姿だった。


「でも、これでチェックかな」


 最後の仕上げのために、私は魔法を準備し始める。

 今度こそしっかりと倒しきるための魔法を。


「これで……えっ?」


 そして、それを放とうとしたとき……そいつは目の前に迫っていた。


『ォァァッ』

「っぅ!」


 咄嗟に右に飛び退けたのは奇跡だろう。

 頬を掠め、左脇腹を抉りとられた。

 壁に吹き飛ぶこともなく、着地まで取れたのは本当によかった。どちらかができてなければ追撃で即死だっただろう。

 だから本当に、それだけで済んだのは奇跡と言って違いないだろう。


「ぐぅっ……油断、した」


 さっきまでしっかり見てた。

 スピードも今まで観察してきた。


 火事場の馬鹿力、ってやつか、それとも武器欠損による特殊行動か。まぁ、今はどっちでも良い。


 どう攻撃されたかは見えてなかったけど、ただ掠めただけでこの威力。


「くそっ……『ヒール』」


 放とうとした魔法を解除し、新たにヒールを唱えて、応急処置程度には傷口を塞いだ。

 本職ではないが、応急処置くらいはできる。

 それのお陰で戦闘不能になることは回避したが、少し不味い状況ではある。


「あのスピード、一度限りじゃないとすれば、厄介ね」


 次はない、けれどこちらも最大威力当てれば倒せるくらいには弱らせてる。加えて落武者は両手がない。

 攻撃手段は限られる。


「……よし、勝ちに行くぞ」


 逃げては勝てない、むしろ逃げは負けに近づく。なら、ここで仕留めるしかない。

 そう判断してからは速かった。


 今まで纏っていた魔力を消した。

 浮くこともなければ、魔法が展開されることもない。

 ただの棒立ち。


 しかし、わかるものには見えていた。

 その両手に収縮されている魔力が。そしてほんの少しだけ、右手が握られていることに。


「チャンスは一度、ビビるな私」


 その姿勢に困惑し、観察する落武者。

 それと同じように、絶対に目を離さないようにジッっと見つめる翔。


 決着は一瞬。

 その一瞬を両者ともに見極めていた。


「…………」

『ぉぉぉ……』


 ……そして、それは訪れた。


 パキッ

 先程の攻撃で時差的に小石の一つが砕けた。


 それが合図だった。


『ぉぉぉッ!』

「『エアロバースト』!」


 先程よりも少し遅いスピードで落武者が翔へ向かって跳んだ。

 それと同じくして左手に溜めた魔力を使って風による爆発を足元に発生させ、落武者同様に飛んだ。


「『スマッシュブラスト』ォッ」


 そして右手を握りしめ、突きだした。



 コォォォッドォォンッ



 二人の間に爆発が起き、両者同じタイミング、同じ要領で吹き飛んだ。


「カハッ」


 翔は、今度は受け身も取れず、魔法もなく壁に背中から激突した。


『ォォァッ』


 そして落武者もまた同様に壁に激突した。


「はぁっ、はぁっ」

『ぉ、ォォッ、ぉ』


 だが、決着は一目でわかるものだった。



「私の、勝ち、かな」



 落武者の胴体には大きな風穴が空いていた。



 あの瞬間、突進攻撃を翔はスレスレで、それこそ鼻先に掠めるくらいの位置で避け、その拳に溜めた全魔力を圧縮した拳を胴体にぶつけ魔法が爆発した。

 その爆発によって、二人とも吹き飛び、壁に激突したわけだ。


「まぁ、絶対に倒しきるなら、出し惜しみなんてしてらんないからね」


 力なく笑いながら、落武者の亡骸を見つめた。



 ・・・



「……ったく、ギリギリだなぁ」


 ・

『勝ったぁぁぁぁ!!!』

『ヴォォォォェ!』

『翔ちゃん!最高だぜぇぇ!』

『うぅぅ、マジで心臓ばくばくもんだったぁ』

『社長がいるから安心が保証されてても怖いもんはこぇぇよぉ!』

『最高だよ!最高にカッコよかったよ翔!』

『涙流してる』

 ・


 その決着を見届けた私たち。

 冷や汗を少しかかせて貰ったよ。

 コメ欄も爆速でスクロールされて字なんか読めやしない。


「それにしても、まぁ、十分だよな」


 負けるとは思ってなかったが、あの油断での負傷のあとどうするか見物だったが、攻めの判断を下し、突撃したのはヒヤヒヤもんだ。


「で?少しは落ち着いたか?」


 ほんでもって、今私は奴ちゃんの首根っこを掴ませて貰っている。

 なぜなら、油断したあの時、いやそれよりも前から飛び出しそうで、やられた瞬間飛び出したもんだから首根っこ掴んで拘束していた。


「ぅぅ、よかっだぁ」

「私がいるのに心配する要素がどこにあるんだよ」


 全く、手間のかかる子だよ。


「ほら、行ってこい」


 もう、決着は着いたので手を離した。


 解放された瞬間、すごい勢いで走って行った。あれ、間違いなく抱きつくよな?一応怪我してた気がするんだけどなぁ。


「さて、私たちも行きましょうかね」


 カメラと共に私は勝者のもとへ歩みよった。




「痛いたいたいたい!」


 案の定抱きついてるなぁ。


「ったく、怪我人だぞ?」

「ぁっ、ごめん」

「良いの良いの。……ね、どうだった?」


 魔力も体力もすっからかんだが、元気はあるみたいだな。


「カッコよかったです!」

「まぁまぁかな」


 ・

『ひどっ!?』

『そこはよかったとか労いの言葉を……』

『カッコよかったぞー!』

『社長は相変わらずだな』

『それなりにソワソワしてたのに』

『してた?』

『小さい変化だけど、足踏みする回数とかまばたきとか手の動きとか増えてた、らしい』

『こわっ』

 ・


 こわっ、誰だよそんなに私のこと観察してたやつ。後で調べるか。


「それに、お世辞の評価なんてお前はいらねぇだろ?」

「そりゃそうよ!お世辞なんて嫌いだもんね」


 ふん、生意気だ。


「さて、わかってるんだろう?」

「まだまだだったよねぇ」


 自分でわかるくらい未熟な点が多いならまだまだだ。

 悪いところばかりでもないし、ミスは言っても1、2回だ。

 だから私の評価は「まぁまぁ」だ。


「一つ目のミスは油断したこと、二つ目は」

「二つ目?」


 おっと、答えがすぐに来てしまったではないか?


「えっ?」

「っ、そういうことね」


 その答えは、その存在であった。


「イレギュラー、か」

「ま~じか」


 ボス部屋の壁をすり抜けるようにしてその姿を表した。


 蝶のような羽をもった人型の魔物。


「きめぇ」

「見てくれはそうだけど、確実にさっきの何倍も強いよね……」


 正直言おう、キモい。

 ほぼ裸体のようなもんだし、なんか筋肉ゴリゴリだし、何故かブーメランパンツみたいの着けてるし、羽の模様もまだらでキモいし、鱗粉なのかなんなのか変な霧かかっているし。


 ・

『きもぉぉぉ!?』

『なんだこいつ~』

『ヤバイだろ、これ』

『間違いなくヤバい。イレギュラー案件だ』

『ヤバイヤバイ!逃げて!』

『いや、待てよ……』

 ・


「これが二つ目のミス?」

「そ。イレギュラーに備えて最低限度逃げる体力を残さなかったこと」

「いや、誰がイレギュラーを予想できるんだよ……」


 奴ちゃんの言うことも間違いではない。予想できればイレギュラーなんて言わない。

 だが、このミスの本質はそこじゃない。


「奴ちゃんはわからなかったかもしれないけど、途中からこいつこっちを伺ってたんだよ」

「へっ?」


 ・

『社長、なに言ってんだ?』

『途中から?』

『伺ってた?』

『なんか、めちゃくちゃ重要なこと言ってないこの人?』

『イレギュラーって自分から出てくる来ない選べんのか?』

『発生は選べなくても知性があれば、ってことか?』

『いや、それでもめちゃくちゃ凄いこと言ってね?』

 ・


「翔の感知になら引っ掛かったはずだ。それをおろそかにしたのがお前の二つ目のミス」

「善処します」

「というか、呑気に話してる場合か!?」


 さっきから思ってたんだけどさ


「なんで、奴ちゃんとか一部の視聴者は焦ってるの?」

「えっ……なんでってそりゃ……あれ?」


 そこまで言って首をかしげる奴ちゃん。

 そんなことを露知らず、先程と変わらないテンションで話し続ける私と翔。


「私は今別の意味で焦ってるけどね」

「ん?あぁ、モザイクかけないと不味いか、あのビジュアル」

「そ、あれBAN男じゃない?」

「えっ?あっ!不味い!BAN男かっ!BAN男だぁぁっ!やめろ私のチャンネルをBANする気かぁぁ!」


 こえぇな。

 配信者の敵じゃねぇかよ。

 というか、そうだったな、今奴ちゃんのチャンネルで撮ってたな。ま、ドンマイ。BANされないことを祈ろうぜ。


「なら、早々に死んでもらおっかなぁ」

「wwスマイルや」

「わかってるねぇ。ほんじゃ、殺るわ」


 ・

『じゃ、死んでもらおっかなぁ』

『処刑宣言』

『なんでオラあんなに焦ってたんだろうね』

『あっ(察し)』

『みんな熱い激闘で忘れてたみたいだな。結局今回の主役は社長だということを』

『出てくるタイミングが違えば甚大な被害をもたらしたかもしれないボス、なんだけどなぁ』

『一応言うけどやりすぎんなよ!』

 ・


 おいおい、まだなんもしてねぇのに、南無南無してんなぁ。

 ま、そうなるけど。


「折角のお祭りムードだ。少し、派手に行こうか」


 魔法展開、収縮、圧縮、回転、付与。


「『キングコマンド』」


 バチバチッっと一瞬のフラッシュのあと、光は円環を描くように私の拳上で動いていた。


「『クイーンコマンド』」


 パッと弾けるように光は霧散し、その形状をグローブのようなものへ変化させる。


「『玉座天命の拳』」


 そしてそれは、一つの巨大な拳に変化し私の動きと連動して拳を引いた。


「行くぜっ!パ~ンチ」


 振るわれた拳に追従して放たれた玉座天命の拳は、BAN男をチリも残さず光の彼方へと消し去った。



 ……余波で進もうとしていた階段が半壊したのは些細なものだ。うん。



 ・

『や・り・す・ぎww』

『カッコいいんだけど、やりすぎ』

『殺意高すぎ』

『BAN男許すまじ』

『なお、BANはされてない模様』

『一安心』

『これ下に人いたらヤバくね?』

『大丈夫!これより下は人外しか潜れません!』

『なら大丈夫だわ、安心した』

 ・


「あぁ~やっぱり魔法は使わない方がいいね。調節とか難しいからな」

「……」

「もう、社長だけで良くないですか?」

「……何が?」


 呆然としてる二人はおいといて、きりも良いし、終わりかな。今の魔法については解説しようがないし、振り返り配信とでも二人にやってもらってって感じかな。

 とりあえず、帰るか。


「帰って寝るわ。おい、いつまでボーッとしてんだ?そろそろ配信終わらせるぞ」

「ハッ!そうだった。じゃあ、今日はみんなありがとね!」

「みんな、今日は私たちのために集まってくれてありがとう。次回もよろしく。おつやっこ」


 ・

『お疲れ~』

『驚き疲れたので私も寝ます』

『笑い転げたので寝ます』

『ゆっくり休めよ奴ちゃん、翔ちゃん!』

『マジで今日は楽しかったわ!またな』

『乙』

『お疲れ様~』

『次の社長、待ってるからな!』

『下に同じく!』

『上に同じく!』

『というか、最後のあれの解説しないの?』

『その辺は次回や次回』

『マジで今日は疲れたわ。社長最高だったぜ!』

『お疲れぇ』

 ・



『配信は終了しました』


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