第6話 コーチング。私、成長させる



 二人とも結構良いもん持ってるんだけどね~ちょっと惜しいところがあるし、伸ばせるところもまだまだあるからね。


 そこを踏まえての縛り。


「それに雑魚はまだいないし、数は少ないから余裕でしょ」


 覇王は多少なりともこの階層にも効いてるため一定の雑魚は死んでいる。

 リスポーンはあるがまだ時間はあるだろう。


「というか私まだランク4ですが?!」


 奴ちゃんはランク4。今いる階層は四十…二か。

 本来は入れないが、ランク5とランク6の二人がいるパーティなので奴ちゃんも今回は五十階までは潜ることができるのだ。


 パーティー内の一番下のランクと一番上のランクを足して割ったときのランクに応じた場所まで潜ることのできる(今回は6+4÷2=5となるのでランク5と見なされる)。これをパーティーシステムという。

 ちなみにこれ、ランク5以上がランク4以上と組んだときのみである。

 それより下はダンジョン内で殺して装備品を売って金を儲けていた~なんて事件があったので禁止された。

 ……まぁ、本当はその辺から世界が変わるからだったり、色々とあるんだがまぁ、表向きはそれだな。


「大丈夫、決め手にかけても良いんだよ?後衛もいるからね」

「そうじゃないっ」

「やばっ、くるよ!」

「くそ、やるしかない」


 まだ上手く振るうこともできない大剣を両手で持ち構える。切っ先を地面につけて切り上げ、切り払い攻撃を主体とする構えとなっているがこれは仕方ない。


「あいつは?」

「デッドラビット。早い、痛い、良いのもらったら折られる」

「了解」


 基本の情報交換はちゃんとしてるね。

 この時点で奴ちゃんとは相性は悪い。

 何せ、今の時点では身軽に動くことはできなず、防御力も足りず、援護も防御はできない状況だ。


 幸い、防御とヘイト取りに徹すれば良い。


「とはいえ…何回振れるかなぁ」


 ・

『鬼畜すぎぃ』

『翔はともかく奴ちゃんを殺す気か!』

『まともに振れない剣で実力以上の場所で戦わせるなんて!お姉さまぁ!死なないデェ!』

 ・


 おうおう、酷い言われようだな。


「私がいて死なせるわけねぇだろ。それにこの辺で縛りがあるとはいえ翔がいてみすみす負けるわけないだろ」

「なんか私への信頼上がってない!?」

「いや、上がってない」

「てつ、だって、ください!」


 その頃、奴ちゃんは突進してくる兎に対して切り払い、切り上げとその返しの切り下ろしでなんとか防御していた。

 とはいえ、そのいずれも全身を使って振るっているため、一発受ける度に体制がキツくなっていってる。


 何時もならしっかり力を受け流しながらの 防御、または受け止めきれる力の攻撃だったから忘れがちかもしれんが、防御は大切で難しい。


「攻撃がなくたって防御がありゃなんとかなる。怪我がなくなればその分選択肢が増える。それこそ逃げることもできるからな」


 ・

『意外とまともなこというやん』

『ずっと攻撃のこと考えてたけど防御か…』

『ほんで?それと今の所業の関係は?』

 ・


「一言で言ってしまえば、奴ちゃんは防御の意識が薄いんだよ」


 翔はもとより、魔法オンリーで潜ってきた冒険者だから攻防一体ができているし、防御の大切さを知っている。

 その防御をあっさり割った私が言うのもなんだけどな。


「翔みたいに防御を意識しているならいい。だが、攻撃が来たから受けるじゃ駄目なんだよ。それは一種の反射的防御だ」


 ・

『そう、なのか?』

『確かにそうかも』

『あぁ~ゲームのモンスター狩りの片手剣プラス盾と両手剣が分かりやすいかも』

『両手剣は一定のモーション以外防御しない。その一定のモーションも覚えゲーの作業的な無意識防御だもんな』

『片手剣は攻撃だけじゃダメージリソース的に削りきれんよな』

『やったことないからわからんが、片手剣は攻撃を受けないようにするってこと?』

『そうなんじゃない?』

 ・


「必要なのは、防御するって意思で防御し受け止める、または受け流すこと。防御は攻撃するためのプロセスじゃない。防御は防御で、攻撃は攻撃だ。カウンターとか言うのは防御って名前の攻撃だ」


 攻撃は最大の防御ってのはこの辺からできた言葉だな。多分。


「そのために、奴ちゃんに防御に必死にさせているの?」

「まぁ、平たく言えばそうだな」


 これで攻撃ができない以上、やることは防御のみ。そして今の武器では能動的に防御はできない。結果、意識的防御が自然と身に付くのだ。


「で、私の縛りはなぜ?」

「お前はコントロール不足と威力ムラがあるから防御させずに攻撃に集中させてる」

「なるほどね。『クリスタル アロー』」


 喋りながらも発動した宝石の矢。

 それを五発程度作り発射した。


「ちっ」


 しかし、軽々と避けられ、舌打ちをする。

 さっきからそこそこ色々な魔法を試しているが上手く当たってない。小柄で速く、ヘイトは自分ではなく向かっても来ない。ソロでやってきたからこそ、ひたすらに当てにくいのだ。


「ほらほら精度上げて」

「無茶言うなぁ」


 翔の弱点はソロで魔法主体の立ち回りだからこそ起きるコントロール不足。

 自分で誘導して自分でチャンスを作り、自分で決める。そんな自分主体な魔法はそのうちピンチになる。

 だからそれを直し、コントロール力を上げることが大切だから、今回は攻撃だけさせることにした。


「くっ、ぅっ」

「…受けられてあと五回が限界かな」

「不味い、このままじゃ」

「焦りも出始めた。さぁ、どうするかな」


 奴ちゃんの限界が近い。

 正直、今までよう防ぎきったって感じだな。

 あとは決め手の翔の魔法が当たれば、だな。


「…かぁっ…っすぅ……」


 ん?奴ちゃん、何か狙ってるな?

 ……攻撃を通すつもりか?


 普段より深く腰を落として、なおかつ片脚を引き気味にしてる。


 そしてそんな構えの奴ちゃんへ兎は襲いかかった。これでトドメと言うように。


「おらぁッ!」


 しかし、それに反応し動いたのは奴ちゃんだ。


「良いんじゃない?」


 飛び上がり、攻撃を仕掛けるとき、兎は宙を舞う。

 そのときのみは、速さでは自分が勝っている。

 決めにくるその一撃にはそれがよく現れる。


 そこを奴ちゃんは狙った。


 攻撃を仕掛けてきた兎に対し、剣を盾とせず剣とした。

 当たるはずはない。だが、それでよかった。


 攻撃がくる斜線に剣を置くように振るうことで兎は咄嗟に体を捻って逃げた。

 しかし避けられたは良かったがギリギリ、それも余裕のない避けだ。

 そこから着地はできるはずもなく、背中から落ちほんの一瞬硬直が生まれた。


 その硬直が生まれるよりも早く、奴ちゃんは剣を振り下ろしていた。


「おりゃぁっ!」


 ザンッ


 その一撃は間違いなく、魔物を撥ね飛ばし、その姿をドロップへと変えた。


「思ってたのとは違うけど、それはそれでいいな」

「あれ?私の番……」

「翔、お前は後でこれをソロでやれよな」

「えぇっ!?…いや、その方が楽かも…」


 格上相手に使いなれない武器で援護ありとはいえ、勝ったんだ。

 凄いことだよ。


 それに対して、私と喋ってる暇があった翔は余裕だよな?

 と、口では言わないがそんな意味を含ませた。


「相手の回避後の滞空時間を減らすための低姿勢、脚を引くことでリーチを短く見せた上でのスピードを上げた一撃、あとは迷いなく振り下ろした精神、ってところか」

「はぁっ、はぁっ、社長、どうだ…」


 息も切らしながらも、大きな傷はあまりない。


「合格。まぁ、私の想像を越えていったな」

「やったぜ」

「さて、怪我は治したげるね」

「おう……ありがとうございます?」

「そこで何故疑問符?まぁ、いいか」


 綺麗な光が輝き、奴ちゃんの傷を治す。

 効果は一瞬で現れる。


「はやっ…」

「さてと。何か掴めた?」

「……はい」


 なら、良いかな。


 ・

『お姉さまァァァ!』

『カッコいいぞ!』

『マジで終わったと思った』

『最後の逆転劇カッコよかったぞ!』

『お姉さまぁ!一生着いていきます!』

『地味にしっかり指導した上でレベルアップさせた社長が凄い件』

『それは思った』

『あと五発~なんて言い出したときは本気でヤバいなんて思ったけど、まさかあそこから切り返すとは』

『なお、援護役で攻撃役だったはずの翔ちゃんは活躍できなかったので罰ゲーム確定』

 ・


「あとは…手本を見せてやろう」

「へっ?」

「よっ」


 私は奴ちゃんのものよりも少し大きい剣を取り出しそれを軽々と片手で持ち振り回し肩に置く。ちなみに、剣の大きさと私の体のサイズはトントンだ。


「同じやつが今から向かってくるから、それで見せてやる」

「えっ?あの、翔さん、ホントにいますか?」

「……いるね」

「社長、いつから気づいてましたか?」

「最初から」

「最初っていつの最初だよ…」


 会話をしたすぐあと、奴ちゃんが倒した兎と同じ


「あれ同じじゃねぇよ!」


 わけがなく、一回り大きく明らかに速いやつが現れた。


『ギュゥ!』

「まずは、こう」


 攻撃を仕掛けてきた魔物に私は少し剣を動かした。無造作に突き出す程度に。


 ガキィン


「うせやろ」

「今どうやって弾いたの……」


 どうって、こう?

 身の丈ほどある大剣を前に突き出して、攻撃を受ける瞬間だけ力を加えてあげて……いや、わかりやすく衝撃を力で殺したでいいか。


「さて、じゃあ、見とけよ」


 地面から抜き、背中に剣の側面をくっつけるように構える。


 ・

『ちっちゃい人がおっきな剣を片手で持ってる光景シュールで好き』

『なんか、夢にでてきそうな光景やわ』

『というか、さっきのパリィとかやってることが無茶苦茶や』

 ・


「行くぞ」


 腰を落として、体をバネのように縮ませて、爆発させた。


「はやっ」


 そんな速度で密着して、体を捻って右回しですれ違い一閃で斬った、というよりかはくり抜いた、か?


 まぁ、なにはともあれ、魔物は腹部から少し丸みを帯びた一閃に斬られて絶命した。


「こんなもんかな」

「「……」」


 ・

『なにこの人、強すぎ…』

『やべぇぇぇ』

『さっきの奴ちゃんの苦戦した相手より、明らかに大きいやつをたった一太刀でって……マジかぁ』

『翔ちゃんの配信を見てるからわかるこの人の異次元性』

『まず、身の丈の剣を片手で扱って、あんな速度で動いてあんな綺麗に切り裂くなんてまずできない』

『社長ツエーーー』

 ・


「もう、ちょっと呆れてるよ」

「私もです」

「私の苦労はなんだったんだろうね」

「ホントにね。それより、あれ手本だってよ」

「真似できるかっての」


 そうかなぁ?

 別に特別なことはしてないつもりだけど。


「できるよ。別にここまでできるようになれとは言わないけど、これくらい圧倒してもらわないと」

「どうやって?」

「まず、あんなの力任せにやってできるわけないだろ?ちゃんと仕掛けはあるっての」


 いや、なくてもできるけど普通に疲れるから技術頼みの攻撃なんだぜ。

 教えてやっか。


「まず、あれは奴ちゃんもよく使う遠心力によるものだ」

「まぁ、それはわかりますけど」


 わかりやすく見せたかいはあったみたいだな。

 それがわかるなら話は早そうだ。


「じゃあどこにどういう風に力を加えてた?」

「え?えっと……切り裂いたとき?」

「それもあるけど、一番はあの身を捻ったときかな」


 体を捻って右回転したあの動き。

 あれが最も遠心力を使った動きと言える。


「原理的には体よりも重い剣を思い切り前方向に振った」


 前に進む力と合わせれば、かなりの力になり、それは私を打ち出してくれる。

 それを利用した回転、力が加わってあの切断が実現できたのだ。


「できるか。できてもそんな力に耐えられるか」

「そこはパワーで」


 ・

『ご・り・押・し☆』

『相手が固いなら、ごり押しちゃえばいいやん♪』

『結構理不尽言ってるのに気づいてる?』

『この人岩くらい握りつぶしそう』

『握りつぶしちゃう、ぞ♪ってな』

『こわっ』

『ホラーやん』

『いや、ゴリラやん』

『いや、社長よ?』

 ・


 あ~なんか変なこと書き込んでるな?


「あんまりそんなこと言うようなら」


 身近な壁に歩みより、掌で触れる。


「砕いちゃう、ぞ♪」


 バギャァッ


 ダンジョンの壁がぶっ壊れた。

 掌をパーからグーに握っただけなのに。

 握られた部分の壁から激しい音をたてて粉々に砕けて行った。


 ・

『・・・』

『・・・』

『(・・;)』

『もう駄目だ、おしまいだぁ』

『母さん、わりぃ、俺死んだ』

『ごめんなさいごめんなさい、マジでゴリラとか言ってごめんなさい』

『握り潰すとかのレベルじゃなかった…』

『いま、キュッって絞められた。(何がとは言わない)』

 ・


 ふふん。まぁ、私は優しくないんでね。

 ゴリラだとかホラーだとか言ったやつに少しわからせた。


「しゃ、社長…」


 えっ?なんで、二人とも借りてきた猫みたいになってんの?


「えっと、先に進もっか」

「「……はい」」


 もしかして、前にそんな風に考えたり思ったりしてたのかな?

 別に怒ってるわけじゃないからいいのに。

 ま、少しイラッとしたからわからせたんだけどね。


「一応言っておくけど、冗談だからね?悪意を持って私を貶めようとしたらそうするけどね」

「冗談、ね」

「絶対に冗談じゃねぇ」


 ・

『冗談、だよね?』

『あれが冗談か』

『悪意を持ったら殺られるのかよ』

『まぁ、当然は当然だよね』

『この時点でSumaに喧嘩売る人ゼロ人説』

『あり得そう』

『この人一人で抑止力なん草』

『前にそこそこ強い人を警備員で雇ったみたいなこと言ってたけど、いらんくね?』

『ひょっとしてこれからSumaの警備員立ってるだけになる?』

 ・


 まぁ、わかってくれてそうだな。一応。


「というか、みんな忘れてないか?もうそろ五十階に着くぞ?」

「あっ」

「あっ、すっかり」


 ・

『背景とか何もいなかったからな』

『歩いてた? いつ?』

『マジで話に夢中になってたわ』

『ん?ということはもうそろバトルシーンが見れるのかな?』

『蹂躙の間違いだろ』

『手を抜いてお手本(笑)でも一撃の社長やぞ?』

『じゃ、この配信もすぐ終わりかな』

『終わらせるな。……えっ?終わらないよね?』

『ここはさっきの名誉挽回で翔ちゃんの番やぞ~』

 ・


「社長?道中の魔物はいませんでしたか?」

「私のやつにはひっかからなかった」


 ん?魔物か?さっきの兎以降のだな?


「んなもん、さっき見せたあれで倒してたから近づけるわけないだろ」

「あれ?……ってまさか」

「無手の拳…」


 そそ。

 それで私の射程に入り次第処理してる。


 だから私たちの視界に入るわけないじゃん?


「もう少し、戦いたかったな…色んな意味で」

「うん、これじゃあ撮れ高もウォーミングアップも何もできてないよ…」


 それは失礼した。


「それじゃあ、肩慣らしながら頑張れよ」

「私がやるのね…」


 翔に視線を向けて、笑顔を作ってそう言う。

 さすがに奴ちゃんに戦わせるのは危険なのでなし。

 とはいえ、まだサシでやれるほど翔も強いわけじゃない。


「……まぁ、いっか。一人でやらせるか」

「え」


 なに絶望してんの?そんな暇ないよ?しっかり戦略を今のうちに考えておかないと。

 鬼畜?いやいや、安全が確保されてるんだから行けるって。


「一応、手伝いましょうか?」

「いや、後輩の力は借りない。というか借りれない」

「そうだよな」


 わかってるみたいだな。

 というか翔の戦闘スタイル的に一人の方が楽だろ?なら、ここで下手に前線張ってもらうよりも、いつも通り一人で落ち着いてやった方がいいよ。


 まぁ、相手によるかな。


「じゃあ、五十階。行きますっ」


 私たちはその階層に足を踏み入れた。



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