第33話 春が来る前に去る。

卒業式、俺は光莉さん達に会いにくい点から留守番をして、蒼子おばさんは笑梨の晴れ姿を見てきていた。朝一番に玄関で蒼子おばさんと笑梨のツーショットを撮ると、我ながら良い出来だった。

帰ってきた笑梨に聞いたが、光莉さんもカメラを持ち出してスナップ写真をたくさん撮って居たらしい。


本人の才能だろう。「凄いんだよ!写真部の子達より上手くて、皆が光莉に撮ってって言ってたの!」と笑梨が教えてくれた。


光莉さんは卒業証書を見せにくるかと思ったが来なかった。

それに関しては、蒼子おばさんから「朝は言わなかったけど、今は特にね…。ご両親も卒業式には来られないくらいなのよ」と教えてくれた。



奇しくも3月14日はクラスのお別れ会をやるらしく、笑梨は昼前に出かけるので、俺はその日に帰る事にした。


朝一番に笑梨に「ほら、ホワイトデーとプレゼントだ」と声をかけて、まずは写真を渡す。


それは光莉さんと練習で撮った中の一枚で、公園で粉雪を舞上げる笑梨を撮った。年相応に見えないが、笑梨らしさの出ているその写真を本気でレタッチして、ポスターにも写真集にも使えるようにした。


写真を手に取って「わぁ!凄い!綺麗!」と喜ぶ笑梨に、「まあカメラと腕と被写体がいいからだな」と言ってから、「それはプレゼント、こっちがホワイトデーだ」と言って、先日東京まで行って買った小型の写真プリンターと専用紙を渡す。


「わ、コレ何?」

「出力機。小型プリンターだ。スマホの写真を送れるから、そこから出して楽しむんだ。専用のアルバムなんかもあるから自分なりに楽しんでくれ」


「高くない?」

「安くはないが普段のお礼だよ」


笑梨は「ありがとう春也!大好き!」と言って飛びつくと、胸を押し付けてアピールしてくる。


胸の柔らかさを感じてしまい赤くなった俺が、「こら、近い」と注意して離れると、仏壇の紅一おじさんと目が合う気がしてしまう。

そこで蒼子おばさんが「ほら、行ってきなさい。遅刻するわよ?」と言ってくれて、笑梨は「行ってきます」と言って家から飛び出して行った。


静かになったリビングで、「もう、言わないなんて酷いわよ?」と言う蒼子おばさんに、俺は申し訳ない気持ちで「すみません。見送りとか苦手なんです」と説明をする。


「わかってる。でも怒って泣いたらどうするの?」

「コレを渡してください」


俺は手紙を用意しておいたので蒼子おばさんに渡すと、「光莉ちゃんにも?」と聞かれたので、「キチンと書きました。まあ文面はほぼ同じですけど…」と言って鞄から手紙を取って見せる。


「ふふ。東京が嫌になったら帰ってきちゃって良いんだからね?」

「せめて5月まではダメですよ。新生活が落ち着いて、俺の居場所がなくなった頃ならまだしも、今は早過ぎます」


「わかってる。もう無理はしないでね。最後の荷物は笑梨に送らせるわね」

「はい。おせわになりました」



俺は挨拶を済ませると、外に出て冬原プリントを目指す。

前もって光莉さんが笑梨と待ち合わせて一緒に出かける事を聞いていたから平気だろう。


怪我の後で仕事と朱莉さんの両立は厳しいのだろう。

冬原プリントの仕事スペースには光莉さんのお母さんが居た。


光莉さんのお母さんは俺に気付くと、「卯月さん?光莉なら笑梨ちゃん達とお別れ会って…」と言いながら立ち上がるので、「はい。聞いてます。すみません。居ない日を狙いました」と答えて鞄からプレゼントを取り出す。


可愛いラッピングではないのが申し訳ないが、「光莉さんからバレンタインのチョコを貰ったのでお返しです。帰ってきたら渡してあげてください」と言うと、「帰ってきたら行かせますよ?」と言われてしまい。俺は「すみません。今日、東京に帰ることにしました。ここは居心地が良過ぎて、終わらせなければならないものを何一つ片さないままにしてしまいそうなんです。光莉さんに引き留められたら留まってしまいます」と言った。


そして「あの、お代は払いますからPODを使わせてくれませんか?マットコート紙で出力したいんです」と言うと、光莉さんのお母さんは「卯月さんからお金なんてもらえませんよ。さっきまでウチの人が出力してたので、キャリブレーションも暖気も済んでますよ」と言ってくれた。


俺は感謝を告げながらデータを冬原プリントのマシンに転送をして、朱莉さんと光莉さんの写真を出力すると、「これは2人に差し上げてください。朱莉さんは俺のカメラの中にいたいと言ってくれたけど、俺はこの写真で復調できたから、朱莉さんに貰って欲しいんです。光莉さんの写真は、光莉さんに撮って欲しいと言って貰えたので本気でレタッチしました」と言うと、光莉さんのお母さんは目を潤ませながら「綺麗、芸能人みたい」と言って笑うと「ありがとう卯月さん」と言った。


「いえ、お礼にもなりません」

「そうじゃありません。光莉の気持ちにも真摯に向き合ってくれて、朱莉の気持ちにも向き合ってくれた」


光莉さんはともかく、朱莉さんの名前まで出てしまった事に俺は目を丸くして、光莉さんのお母さんを見ると、「ふふふ。朱莉はずっと卯月さんの名前を呼んで、卯月さんと撮った写真を見て眠っています。あの子、光莉には好きじゃないなんて言いながら、卯月さんの事が好きになっていたのね。ありがとうございます」と言うと涙を流してしまう。


驚く俺に、光莉さんのお母さんは「やだ。ごめんなさい」と謝ったが、「あの子、もう後何回起きられるのかわからない」と言って涙は止まらない。


「え?」

「3月は3回くらいしか起きてない。半分寝たような感じは何回もあった。その時は私に気付かずに何も映っていないスマホの画面を見て、消えるような声で卯月さんを呼びながら眠るのよ。一昨日起きたから次は20日過ぎね。その後は神様しか知らない。お医者様からは、今年を乗り切っても来年や再来年はわからない。二十歳を過ぎて肉体のピークを超えてしまった朱莉は、衰えがどう影響するかわからない。だから今年で終わりかもしれないと言われたの」


俺はその言葉に愕然としていると、「今は酷い姿。朱莉は見られたくないはず。あの2人で写った写真と、この朱莉だけを覚えていてあげてください」と言われてしまった。


「あの…。次に起きた時、その写真を見て貰えたら、「俺の本気で作った写真です」と伝えて欲しいです」

「勿論、伝えますよ」


泣きながら微笑む光莉さんのお母さんに、「後、約束したんです。なので「5月に会いましょう」と伝えてください」と言って手紙を二通出す。

封筒には冬原朱莉様、冬原光莉様と分けて書いてある。


手紙を受け取って「光莉は怒るわね」と言う光莉さんのお母さんに、「帰ってしまう事ですか?きっと大学生になって、充実した日々を過ごしたら俺の事なんて忘れますよ」と俺は返事をすると、そのままお辞儀をして「社長さんにもよろしくお伝えください」と言って東京に帰る。


数回東京に戻った時は光莉さんや笑梨が居た。

1人はなんて心細いのだろうと思ってしまった。

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