奮起した春也。

第32話 俺に出来る事。

俺に出来る事はそんなにない。

でも何かをしたかった。


コレが恋や愛なのかと聞かれてもわからない。

そんな経験はない。


あるのはクラスにいた綺麗な子や、優しい子に憧れたくらい。

でも共に手を繋ぎ歩く、何かを食べる、抱きしめる、キスをする。

そんなイメージは湧かない。


あくまで偶像。

憧れの対象。


でも生きたいと言った朱莉さんを見た時に、「このままではいけない」、「何かをしなければいけない」と思えた。

そして朱莉さんと共に出かけて食事をする姿なんかはイメージできた。


俺は今やれる事、小さな成功体験を積み重ねようと思い、真剣に朱莉さんの写真をレタッチした。勘違いだとしても、俺が今くらい元に戻ったきっかけの写真。


その写真に真剣に向かってそれを朱莉さんに渡す。

そして光莉さんの写真と練習で撮った笑梨の写真も真剣にレタッチした。


鬼気迫る姿に笑梨が心配してきたが、「やる気になってるからだと思う。心配してくれてありがとう」と言ってから、「お礼だよ」と言ってパン屋に連れて行くと「うぅ、卒業式に制服を着れなくする気?」と言いながらも、笑梨は惣菜パンを買って喜んでいる。


ある程度の方向性が決まってから、俺は蒼子おばさんに「月の真ん中くらいに帰ります。本当は笑梨に引き留められると困るので黙って帰りたいけど、荷物の事もあるから明日話します」と告げる。


「急ね。寂しくなるわ」

「ごめんなさい」


「目の力が違うから応援する。何があったの?」

「朱莉さんと話して、何かしなければって気になりました」


一通り話を聞いた蒼子おばさんは、「空回りには気をつけるのよ?」と言った後で、「で?誰にするの?朱莉さん?光莉ちゃん?笑梨?」と聞いて来て、俺は「誰にもしま……俺にはとても選べません」と返事をした。


「あら、笑梨も?」

「笑梨は俺を婿にするなんて言ってましたけど、本気で…しかも父さん達が嫌がらなければとは、心のどこかにあります。とりあえず意識してしまったのってアイツくっつきすぎなんです。胸を押し付けてくるのやめさせてくれません?」


俺の返答に、蒼子おばさんは「ふふ。アピール成功なのね。まあ春也くん以外にはまだしないように言っておくわ」と言うと、どこか嬉しそうにしながら夕飯を用意してくれる。

それはどこか懐かしい味がした唐揚げだった。


翌日、荷造りを始めると、笑梨が驚いた顔で「春也!?」と声をかけてくる。


「どうした?」

「何やってんの?」


「荷造りだ。母さんも帰ってくるから家に帰るんだ」と返事をすると、笑梨は泣きそうな顔で「えぇ?居なよぉ」と言う。


俺はそんな泣きそうな笑梨に、「手伝ってくれたらランチはご馳走するから、そこで少し話そう」と言うと、笑梨は困り顔で「…うん」と言って荷造りを手伝ってくれた。


「蒼子おばさん、お好み焼き屋さんに行ってきます」と言って笑梨をお好み焼き屋に連れて行って、「何個か聞いてくれ」と言う。


お好み焼きが焼けるまでの時間がちょうどいい。


「春也?何?」

「まずは光莉さんには帰るのを黙ってて欲しい。後は連絡先を聞かれたら教えてあげて」


「うん」と言った笑梨は神妙な顔で、「あのね…光莉はね」と言ってくるので、「わかってる。それも含めて今話すよ」と返す。


「笑梨は俺を帰したくない」

「そうだよ」

「俺を婿にしてでも帰したくない」

「うん。そのつもりだよ」

「光莉さんと似た感じだね」

「…うん。でも春也…」


気付いていないフリをしていた俺を見て、不思議そうな顔をする笑梨に、「いくら俺でも気付くよ。気付いて気付かないふりをしたんだ」と説明をする。


「なんで?」

「六つも年上で、俺は初雪と共に来て春の訪れと共に帰る、この街の異物だから。笑梨も光莉さんもだけど、大学に行ったら新しい出会いや新しい生活がある。そこからしたら俺は特に異物だよ。笑梨達が新しい生活に馴染んだら変わる」


「私は変わらないよ」

「俺は進学した時に変わったよ。笑梨だって経験あるだろ?中学から高校になった時に、光莉さんと何人かの友達とは仲良しのままだけど、他の山田みたいなのとは会わなくなっただろ?」


ここまで聞いて自覚があったからか笑梨は黙る。

お好み焼きはいい感じに焼けていて、俺は裏返しながら、「だから、5月になって新生活に慣れて、心変わりしていいのにしなかったら、ウチまで来るといい。そうしたらもう一段真剣に考える」と言うと、俺の言葉に笑梨は「え?」と聞き返してくる。


俺はヘラを置いて「まあ俺の中では、笑梨も光莉さんも新生活が忙しくて、俺どころではなくなる」と言うと、「酷い!そんな事ないよ!」と返される。

俺がウーロン茶を飲んでから、「まあ、そういう話もあるって事だ」と言うと、合わせるようにオレンジジュースを飲んで、「絶対ないもん」と言って頬を膨らませる笑梨に、俺が「それならそれでいい」と言うと、笑梨は「春也?」と言って顔を覗き起んできた。


「何?」

「変わった?」

「そうかもね。朱莉さんに会って少し変わったかもね」


笑梨はその言葉に少し不貞腐れたが、俺は「笑梨にも助けられてる」と言うと、照れてニヤニヤしながら焼き上がったお好み焼きを食べて、帰り道はずっと俺にベタベタとくっついて来ていた。

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