第31話 審判の3月。
3月が来た。
神様がいたら審判の刻。
私が生きるのか死ぬのか決められてしまう刻。
今はもう起き上がるのも大変で、トイレもギリギリまでオムツを提案されたくなくて、トイレ横の部屋なのでなんとかトイレまで行く。
本当は最低限動かずに居て、食べ物も食べると疲れるので最低限で済ませる。
前は入院していたが、光莉が高校生になってからは、慣れてきた事もあってウチで過ごす。
訪問看護の人には申し訳ないが、点滴だけお願いしている。
後は何をしても変わらない。
もうお風呂も入らない。
疲れたら死んでしまう。
だが今年は今までと違う。
春也の写真がある。
ウチの仕事場で撮ったツーショット写真だ。
仕事ぶりに惚れ込んでしまって、栃木にいる理由、壊れた理由を聞いて怒ってからは、あっという間に惹かれていた。
光莉には申し訳ない事をした。
怒った日には「好きじゃない」と言ったが好きになっていた。
片想いでいいからと言って想いを告げたら、名前で呼んでくれて時間の許す限り名前で呼び合った。写真も撮ってくれた。
私は体力を使わないように、でも生きる為に写真を見て自分を力付ける。
「春也、私頑張るよ」
「頑張って生きる場所を探すよ」
そう。
春也は冬に体力が落ちて審判の春を迎えないで済む常夏を目指そうと言ってくれた。
本当に嬉しかった。
寝なければいけないのに、眠れない時には住む場所を探す。
日本語の通じる常夏なんて沖縄だろうか?きっと沖縄じゃお父さん達が遠いと怒るだろう。
でも冬の来ない場所を探す。
冬の来ない場所…、冬とはなんだろう?
いつの頃からか私は冬=雪になっていて降雪の無い土地を探すようになっていた。
もう夜と昼の感覚はない。
昼や夜を気にしたら良くないとお父さんが言ってくれて、雨戸が閉まっていて時間はわからない。
春也を見て2人で住む場所を探す時に開くスマホで日時を知る。
3月7日。
多分もうすぐ光莉の卒業式。
私には歩めなかった健康的で一般的な人生を歩んで貰いたい。
私はスマホで光莉に「卒業おめでとう」と送ると、「ありがとう。無理せず寝てなよ」と返ってきた。
つっけんどんな言葉。
でもその裏側にある優しさが伝わってきた気がする。
春也に会って光莉も変わった。
この前まではそう思っていたが違っていたんだと思う。
多分私も春也に会えて変わった。
だから光莉の言葉の裏側が見えた気がした。
次に気付いたのは3月12日。
段々と目覚める間隔が開いてきた。
次は何日になっているだろう?
起きるとスマホは充電されていて、目の前にはお母さんが居た。
「お母さん?手は?青色申告は?」
「平気よ。スマホは充電してあげてるわ。光莉が見なくてよかった。いつ卯月さんと写真なんて撮ったの?」
あの画面のまま眠っていて、それを見られていたのか、見たのがお母さんで良かった。
「お母さん…、抜糸の日…、会いたくて…」
「ふふふ。光莉には好きじゃないなんて言っておいて、あの顔は嫌いな顔じゃないわ」
「うん。3月を乗り切ったら会いに行くの」
「あら。朱莉が4月以降の約束をしてくるなんて初めてじゃない。お母さんは嬉しい」
私の辿々しい言葉、消えそうな声にもお母さんは反応してくれる。
「じゃあ無駄に疲れるとダメだから眠りなさい」
「うん。おやすみなさい」
おやすみと返して眠るまで、いつもなら怖かったのに、春也との事を知ったお母さんが悪い顔をしなかった事が嬉しくて、死ぬ事なんて考えられなかった。
次に起きたら3月20日になっていた。
またお母さんが居て、「良かった。起きてくれた」と言った。
お母さんの言葉が気になって、「お母さん?」と聞き返すと、お母さんは「朱莉が寝ている間に卯月さんが来て、コレをくれたのよ」と言って立ち上がると、机の上から何かを取って私に見せてくる。
それは初めて会った日に春也が撮ってくれた写真だった。
春也のカメラで見せて貰った姿より鮮やかで輝いていた。
「これ…」
「素敵な写真。卯月さんはなんでも出来るのね。少し話したけど、この写真を撮ったから元気になれたんだと思うって言ってた。本気でレタッチをしてくれたって。朱莉には「俺の本気で作った写真です」と伝えて欲しいって」
雪の日なのに明るく鮮やかで、少し盛り過ぎな気もするが春也の指定ポーズで撮ってもらった私は別人みたいだ。
思わず「春也…」と口にすると、お母さんは「もう東京に帰ったわ。朱莉に「5月に会いましょう」と言っていた」と教えてくれた。
「会いたい…。死ねない…。死にたくない…」
「死ぬわけないでしょ?光莉も卯月さんに会いたがってたけど、「お姉ちゃんのお葬式で会うとかゴメンだから、起きてたら気合い入れてって言っておいて」って言っていたわよ」
お母さんは優しく私の頬を撫でると、「寝なさい。間隔が開いてきたから次は月末ね。そうしたらまた元気になる。元気になったら卯月さんを呼んであげなさい」と言って部屋を去っていった。
私に見える場所に置かれた写真を見ながら、あの雪の日の春也を思い出す。
初めは病院から逃げ出した患者だと思った。
だが話すと雰囲気は患者なのに違っていた。
患者の気配なのに、撮った写真はとても綺麗で、私は死んでもこのカメラに遺りたいと思っていたから撮ってもらった。
それが今ここにいる。
会ったらありがとうを言おう。
抱きしめて貰ってから降雪のないまさかの土地を教えて驚かせよう。
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