第30話 朱莉と春也。

俺は辛そうに話す朱莉さんに引き込まれるように話を聞く。


「尊敬する卯月さんが、命を捨てて責任を取ろうとした事、卯月さんがそこまで追い込まれた事、卯月さんの優しさや、真剣な仕事に対する心根につけ入って弄んでバカにした連中。真剣な相談なのに、冗談で死を使って笑った連中。そしてやはり生きられるのに、生きる事を放棄した卯月さん。卯月さんが生きようとしなかった事に怒った」


俺が相槌のように「はい。ずっと考えていました」と言ったが、朱莉さんはそれには反応せずに「それを抜かしたら好意しかない」と言った。


驚いて「え?」と聞き返す俺に、朱莉さんは「恋もしないまま死にたくない。片思いでいいから、恋の相手になってほしい」とハッキリと言った。


俺は混乱していた。

命を投げ出そうとした俺に命の尊さを知っている朱莉さんが?


返事をしない俺に、朱莉さんが「嫌?」と聞いてくる。俺は驚いて「いえ…、そういう経験がなくて…」と言って赤くなると、「よく言うよ。光莉に笑梨ちゃんに…モテモテじゃない。年下は趣味じゃないの?」と聞いてくる。

ここでも笑梨と光莉さんの名前が出てくる事に少し呆れながら、「いえ、そうじゃなくて、俺なんてこの街に来た異物だと、光莉さんに近付いていた山田にも言いましたが、俺は初雪と共に来て春の訪れと共に去る人間です。だから光莉さんの俺への気持ちは、いっ時の勘違いだと思ってます」と説明をする。


「ふふ。光莉の事、キチンと考えてくれてありがとう。あの子は幸せ者。幸せになって欲しい。でも姉妹だからかな?同じ人に惹かれる」

弱々しくもはっきりと話す朱莉さん。



朱莉さんはそのまま目を瞑って「また嫌われちゃう。でもこのまま光莉に気遣って起きれないのは嫌」と言い、俺は返事に困りながら「朱莉さん…」と声をかけると、朱莉さんは俺を見て「でも答えはいらない。悲しい気持ちなんて抱いて二度と起きられない朝は迎えたくない」と言う。

そのまま朱莉さんは「五月…」と言うと、「五月になって調子が上向いたら会いたい。そうしたらデートして、今までした事ない事をして?キスをして?」と続けた。


キスと聞いて俺は緊張してしまうと、朱莉さんは照れた俺を見て少し嬉しそうに、「私相手でも緊張するの?ありがとう」と言ってスマホを出してきて、「ツーショット。撮ってよ」と言う。


俺は照れながらも最適解を考えて、朱莉さんの肩を抱いてツーショットを撮ると、「嬉しい。初めて男の人、それも好きになった人に肩を抱かされて写真撮ってもらった」と言って涙を浮かべる。


「…もう一度。俺のスマホでも」

「うん。あなたのスマホの中にも私を居させて」


その言葉はなんて重いのだろう。

俺はそれに少しでも報いたくて、あの日仕事を早く終わらせることだけを考えたように、朱莉さんを喜ばせる事だけを考えた。


そして「撮るよ。朱莉」と声をかけると、朱莉さんは「名前…。ありがとう。嬉しい。私も…」と言うと、モジモジしながら「春也」と呼んでくれた。


撮った写真を見せ合って「朱莉」、「春也」と呼び合う。

そして過ごすとあっという間に3時前になる。


もうじきに光莉さんのお父さんは帰ってくる。

その前に朱莉さんは戻らなければいけなくなる。


朱莉さんもわかっているからだろう、俺を見て真剣な顔で「死にたくない。生きたいよ春也」と言ってくるので、俺は「うん」と返事をする。


「私、この時期の布団の中が怖いの。眠くなるまでは、なんとか楽しい事を考えるの。でも眠る直前は、このまま起きなかったらって思うと怖くて仕方ないの」


何を言えばいいか考える。

頭痛に苛まれても考える。

今言うべき言葉が見つかった気がする。


俺は深呼吸をしてから朱莉さんを見て、「五月を迎えたら、そうしたら試すだけでもいいから1年間南国で暮らそう」と言った。


「南国?」

「常夏ならどこでもいい。朱莉を苦しめる冬も、怖がらせる春も来ない常夏。そうしたらずっと元気で居られるよ」


俺の言葉に驚いた顔で、朱莉さんは「…本当?暮らしてくれる?」と聞き返してくるので、俺は頷いてから「朱莉さえ良ければ。仕事はネット回線とパソコンがあればやれるよ」と言って鞄を指さす。


「春也を苦しめた仕事なのに?」

「いいんだ。この仕事は嫌いじゃない。新しい事も興味はあるけど、この仕事で生きる。朱莉もそれを意識して。寝る前は常夏の場所を探して、眠くなったら負けないで春を飛び越えると思いながら眠って」


無責任な言葉だ。

そんなものでどうにかなるものではない。

でも俺にはそれしか言えなかった。


それでも朱莉さんは「嬉しい。頑張る。住むところも探す。頑張る」と言ってくれた。


最後には「苗字に冬があって、春の付く名前の人と夏を求めるってなんかいいね」と言って笑う。

その笑顔の儚さに、俺はもっと何かをしたいと思っていた。

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