もう一度、朱莉と話す春也。
第29話 最後の仕事。
月曜日、冬原プリントの仕事はあまりなくて、店番の形になってしまう。
朝、一度だけ会えた朱莉さんに、「この前はすみません」と謝って、「良かったらこれ」と言って東照宮で買ったお守りを渡してから、「あれから考えていました。命を軽んじた事、それはどんな過程があっても結果だけみたら、朱莉さんには許せない事でしたよね。あの日は話せて良かった。貴重なお時間をいただけました。ありがとうございます」と言うと、「なんで卯月さんは…」と言った朱莉さんは、「ありがとう。お守りは大切にする。お母さんの抜糸の日、来てくれたらまた少し話したいんだ。いいかな?」と続けた。
冬原プリントは地域密着型で、チラシやらさまざまな仕事が来て、楽しくデータ作成を行い、後々朱莉さんや光莉さんのお父さんが困らないようにデータを整理していく。
翌月曜日に通院があり、その日が俺の冬原プリントでの最後の日になると思っていると、金曜日の夜に母さんから3月の10日には家に帰ると連絡がきた。
父さんの経過は良くて、帰ってきても問題はないと言うので、それに安心した俺は蒼子おばさんに言うと、「あらあら、帰っちゃうの?ウチの子になってよ」と言われてしまう。
俺は少し照れくさくて、「ありがとうございます。でも帰ります。色々考えていて、このままズルズルダラダラと栃木に居るのは違うなと思えたんです」と言ってやんわりと断ると、蒼子おばさんは「じゃあ帰ってきてくれる?」と聞いてきた。
「蒼子おばさん?」
「ふふ。案外3人暮らしが楽しいのよ。笑梨なんて春也くんをお婿さんにしていい?なんて聞いてきたのよ」
俺は耳を疑い「はぁ?」と聞き返すと、「最初は驚いたけど、考えてみたら私と藍ちゃんは仲良しだし、笑梨も豊さんと仲は悪くない。悪くないなって思えたのよね」と言って蒼子おばさんは笑うので、俺は肩を落として「無いですって」と答える。
「笑梨じゃ無理?」
「そもそも笑梨が外の世界を知れば、そんな気すら起きなくなりますよ」
蒼子おばさんが「ふふ。まあそう思っても仕方ないわよね。でももし笑梨が本気で告白したら、キチンと話は聞いてあげてね」と言い、俺は何を言っているんだかと思っていると「光莉ちゃんの事もよ」と釘を刺された。
「だからこそ早く帰るんです。新生活に俺と言う異物は邪魔ですよ。俺がいるのが当たり前になったら良くないです」
「あらあら、キチンと考えてあげてたのね」
キチンと考えているからこそ、俺は蒼子おばさんに、「帰る日は直前で言うから黙っていてくださいね」と言っておいた。
冬原プリントの最終日。
この頃になると笑梨も光莉さんも学校があって俺どころではなくなる。
朝一番に顔を出すと、光莉さんの両親は病院に行く所で、「卯月さん。すまない。このまま納品にも行きたいんだがいいかい?」と言われて了承する。
「電話は無視してください。転送になります。朱莉の奴は寝てますから放っておいてください」と言われ、朱莉さんは魚病を俺に話した事は言っていないのだろう。光莉さんの両親は事情を話せずに申し訳なさそうにしながら出かけていった。
仕事はtodoリストになっていて、やってほしい事がまとめられている。
一通り見るとこの内容なら午前中に終わる内容だった。
そう思っていると、最後に手書きで[お昼を一緒に食べながら話したいから、声をかけてください。朱莉]と書かれた紙が挟まれていた。
仕事を片付けてお昼に朱莉さんを呼ぶと、先週よりも少し顔色の悪い朱莉さんがフラフラと、おにぎりとカップスープを持って仕事スペースに現れる。
俺が「平気ですか?」と聞くと、朱莉さんは「うん。去年はバレンタインの頃がこれくらいだったから平気。身体もわかってくれたのかな?それとも卯月さんがあの名刺とかを片付けてくれたから体調がマシなのかな?」と言って俺の近くに来た。
朱莉さんはポソポソと、少しずつご飯を食べながら「会いたかった」と俺に言う。
俺は聞き間違いを疑いながら「え?」と聞き返すと、「話したかった…」と言い、「仕事は?」と聞いてきた。
「終わってますよ」と返すと、穏やかな昼の日差しの中で、「じゃあ、今日はずっと一緒に居て」と言って更に俺の横に近づいてくる。
俺は突然の事に驚いて「朱莉さん?」と声をかけると、朱莉さんは「まず話したい」と言って俺を見つめて、「この前はごめんなさい。あの後漠然とした怒りについて考えたの。怒れる資格なんてないのに怒った事。怒る理由は何個かあった…」と言った。
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