第26話 責任の取り方。
俺は朱莉さんに、「夏前、梅雨明け前には製版もする。組版もする。刷版もする。校正もする。印刷もする。撮影も記事作成も編集もしました」と言って説明をしたが、我ながらどうやってそこまでやったのかわからない。
分刻みで全てを効率的に最速で片付ける事だけを考えた結果出来ていた。
皆やっているものだと自分に言い聞かせていた。
「なんで…」
「上司命令です。どの部署も人が足りない、間に合わない、言われるままに動きました。片付ける事以外は何も考えられませんでした。そして最後の問題が起きたんです」
あの日、前日夜に契約のカメラマンから俺に、「卯月の方で撮っておけ」とメッセージが届いた。
今まで料理写真も小道具の物撮りもやっていた。カメラもその為にフルサイズにしていたし、ストロボなんかも自費で買ったりした。
だがその日は人物撮影で、プロでもない自分が撮る状況に躊躇をした俺は、「あの、明日は人物ですけど」と返事を送ったが、「いいからやれよ。そこまで手が回らないんだ。間に合わないんだからやるしか無いだろ?原稿落とす気か?」と言われて、仕方なく言われるままに撮影をした。
モデルさんとはそこそこコミュニケーションも取れて、ラフ案の通り撮影が出来たしモデルさんのOKも貰った。
だがその晩に編集部にモデルさんのマネージャーから電話が来た。
「予定されていたカメラマンじゃなくて、助手でもない奴が撮るなんてどう言う事だ!」
俺はその時、帰社しないで製版機のある別の場所で自社広告を作っていたし、俺を顎で使っていた上司はとっくに帰っていた。
俺の知らない所で、クレームの電話はカメラマンでも上司でも俺でもなく、残業をしていた副編集長の元に入ってしまい大騒ぎになっていた。
撮った写真に不備はない。
モデルさんも納得をした。
だが本業がカメラマンではなく、助手でもない本来編集の俺が撮った事で、モデル側のプロダクションはバカにされた。ナメられた。メンツの問題だと騒ぎ立てた。
だがもう撮り直す時間はない。
写真は外から編集部に送っていて、校正者や副編集長達のOKも出ていたので、仕方なく俺の写真が使われる事になる。
だが結局のところ、終わりが良くてもクレームは消えず、責任問題は免れない。
マネージャーのクレームから1時間後、俺の元には副編集長、カメラマン、上司から、狂ったように事実確認と責任追及の電話がかかってきた。
ここで俺はゴールデンウィークに聞いた、死んで責任を取る事を思い出してそれしか考え付かなかった。
製版機のあるオフィスの側には大きな川が流れていた。
そこに身を投げる事しか考えられなかった。
怒鳴りつけてくる上司に、「教えてもらった形で責任を取ります」と言って電話を切ると、最低限の常識や礼儀として、母に「仕事でミスをした。責任の取り方は死ぬしかないらしい。ごめんなさい」とだけ伝えると、返事も聞かずにスマホの電源を切ってその場に残すと、川に向かって歩いていた。
ひどい頭痛の中、責任の所在、自分の何が悪かったのか、そればかりを考えていた。
当然答えは出るはずもなく、頭の中にはゴールデンウィーク直前に、上司の言った「仕事でミスをしたら死んで償うしかないんだ!」と言った言葉と、ゴールデンウィークに旧友と話した時に言われた、「当たり前だ」、「死んで償いなよ」の言葉が何回もリフレインしていた。
「それで…」
「橋の真ん中から川に身を投げました。運良くと言うか運悪くと言うか、夏が近かった事もあって、川辺にいたカップル、釣り人、マラソンの人達、橋にいた人、そして失念していましたが、橋の側には交番がありまして、すぐに助けてもらいました」
死んだと思っていたのに、目を覚ますとそこは病院で、母さんが横で泣いていた。
次の朝には父さんも居た。わざわざ神戸から帰ってきてくれていた。
もしかしたら何日かしてからかもしれない。
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