第23話 年度末にはよくある事。
光莉さんが生活スペースに行くと、朱莉さんが「説明してくれる?」と聞いてきたので、俺は「とりあえず使うソフトから変えました。1人2人なら良いんですけど、連続すると厄介ですし、ページングして並べてチェックしにくいから、ズレに対処できません」と言って二つのソフトで違いを見せる。
「レイアウトから組み直したの?」
「はい。今までのデータって、継ぎ足しの継ぎ接ぎだったので、清書感覚で作り直しました」
「入力は?100件なんてやれる時間じゃない」
「考え方の問題です。レイヤーを氏名、役職、電話番号、メアドなんかで細分化するんです。そして一気にスレッド化して流し込む。流し込む前にテキストデータはある程度まとめます。個人的には行末にわざと⭐︎なんかの普段名刺では使わない記号を挿入して、それを目印にして流し込みます。⭐︎が全て行末になったら、スレッドは解除してルビや行数の調整して終わりです」
俺の説明に朱莉さんは「凄い」と目を丸くする。
少し嬉しいが凄くなんてない。
俺は「いえいえ」と言った所で、昼前だからか光莉さんのお父さんが帰ってきて「すまない卯月さん。大変だよな?せめて半分でも頼みたいんだ!」と言って頭を下げてきたが、朱莉さんが「お父さん、終わってる。卯月さんは108人全員終わらせてくれたよ」と俺の代わりに答える。
「何?朱莉?」
「本当だよ。テンプレートから組み直してくれて、効率化させてくれた。もう困る事なんて無くなったよ」
目を丸くした顔は朱莉さんに似ている光莉さんのお父さんは、「嘘だろ、俺なんて夜中までかかるのに」と言うと、「本当、今光莉がお母さんに校正紙を持っていってくれてる。どうする?文字校の間は卯月さんに休んでもらう?それとも帰って貰う?」と聞く。
光莉さんのお父さんは「とりあえず休んで貰え!」と言って生活スペースに行ってしまうと朱莉さんは俺を見て、「やっぱり外でやってきた人は違うね。私はお父さんやお母さんよりは速いし飲み込みも早いから、冬原プリントのオペレーターなんて言われて普通の顔してたけど恥ずかしいよ」と言う。
「いえ、そんな事ありません。俺のは終わらせる為に、仕方なく効率化を突き詰めただけですよ」
「ふーん…。まあ色々教えて貰う。来年も頼むわけにはいかないからさ」
ここで部屋に飛び込んで来た光莉さんが、「お姉ちゃんは上でお父さん達とご飯食べて文字校正しなよ。私は春也さんとお昼にする」と言って、トーストとハムエッグを持ってきていた。
光莉さんの手元を見て「え?光莉が作ったの?」と聞く朱莉さんに、「そうだよ。皆の分もあるからどうぞ」と答える光莉さん。
少し棘のある言い方だが、朱莉さんは「ありがとう光莉」と言うと、「卯月さん。また後で教えてください」と言って生活スペースに帰って行った。
光莉さんは「本当は春也さんにも食べてもらいたかった」と言うので、蒼子おばさんの卵焼きと少し交換をして食べると、嬉しそうに笑ってくれた。
午後になって封筒の仕事や出力の手伝いなんかをしていると、光莉さんのお父さんが「お弁当なんて気にしないでくださいよ。ウチで用意しますよ?」と言い、光莉さんが「そうだよ。お箸とお茶碗買おうよ」と言ってくる。
まあその顔はよく似ている。
遠慮しながら仕事をしていると、光莉さんのお父さんのスマホが鳴る。
電話を取った光莉さんのお父さんの声は次第に暗くなっていき、ため息と共に「折り返す」と言って通話を終わらせると、申し訳なさそうに俺を見て「卯月さん…。明日も連投していただくのはダメですか?」と聞いてきた。
光莉さんが怖い顔で「お父さん!」と言うのを遮るように、俺が「何があったんですか?」と聞くと、印刷機を持っていない同業者が、そのまた先の同業者から回ってきた名刺の仕事がやり切れなくて頼めないかというものだった。
「ああ、年度末ですからね。何件ですか?」
「ザッとで200件。テンプレートは渡すから頼みたいって…」
仕事内容のイメージをしながら「まあそれくらいなら。テンプレートの変更は認められなくてもなんとかなりますけど…」と言ったのだが、光莉さんは「ダメだよお父さん!明日は私も笑梨も学校だからダメ!」と言って注意をしてくれる。
俺と光莉さんを見て「そうだよなぁ…。断るか…」と言う光莉さんのお父さんの顔は暗い。
まあこのご時世に仕事を断るのはよろしくない。一回のキャンセルが連鎖的にヨロシクないことを巻き起こす可能性もある。
「んー…、別に良いですよ」と言うと、光莉さんのお父さんは救われた顔で「本当ですか!?助かります!」と言い、光莉さんは申し訳なさそうに「春也さん…」と言うので、「早く帰ってきてくれれば平気だよ」と言って、「明日があるならもう終わりにして笑梨に迎えにきて貰うかな」と続けると、光莉さんが「私が送るよ!」と言って俺が送られることになってしまった。
笑梨は明日も働く事に怖い顔をしたが、「大丈夫。終わったらキチンと休むよ」と言うと、笑梨は「食べ過ぎなきゃよかった」と言っていた。
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