第21話 努めて冷酷に。

買い出しを言われて2人で買い物に行く時も、「光莉、私は光莉の友達だけど、春也がまたおかしくなって、命を投げ出すような真似をしたら許さない」と言われた。


いつもニコニコしているから誤解してしまうが、切れ長な目がチャームポイントの笑梨は怒るととても怖い。

私はキチンと謝ってから、買い出しをお弁当とかにしないで、カレーにして2人で作れないかと提案をした。


お母さんの事を言い訳にしたが、本音は春也さんにカレーを作って、私のカレーで元気になって欲しかった。


とにかく春也さんは凄い。

お父さんなら終わらなくてアレコレ言い訳を使って、夜になってようやく幼稚園に見本を持っていく。


だから大変なのはわかっている。

それなのに春也さんはお昼までに終わらせてしまった。


しかも本人はケロッとした顔で、私に「スマホでこれを撮ってお父さんに送って安心させてあげて」と言って微笑む。


私が言われた通りに撮って説明書きをして送ると、すぐに既読がついて、すぐに電話がかかってくる。


私のスマホでお父さんと電話をする春也さん。

私のスマホは汚くないかな?臭くないかな?と気にしてしまうが、春也さんはごく普通にお父さんと話をする。

その横顔の格好いい事と言ったらなかった。


ドラマや映画で、見惚れた女性が男の人に向かって目を瞑ってキスをせがむシーンがあったが、私はそんなわけないだろと思っていた。


だがあった。

そんな訳あった。


ドキドキしてしまう。

目を瞑りたくなる。

そうしたらキスをしてくれないかな?


電話を終えた春也さんは、私を見て不思議そうな顔をして、「どうかした?」と聞いてくるので、「春也さんって卯月さんなんだ。秋田さんだと思ってた」と言って誤魔化すと、「あれ?病院に行った時は卯月で呼ばれてたよ?それよりも光莉さんは冬原さんなんだね。冬原さんで呼ぶ?」と聞かれたので「嫌。私と春也さんは「光莉」と「春也」です」と返したら「敬称は付けようね」と言われてしまう。


2人で名前呼びがしたかったのに、残念すぎる気持ちで「…はい」と言っておいた。


その後も春也さんは格好良かった。

帰ってきたお父さんに出来上がった物を見せると、完璧な仕事にお父さんは感謝をし、そんなお父さんに向かって春也さんは私に謝るように言ってくれた。


お父さんがキチンと謝ってくれた時、私は本当に嬉しかった。


そしてお礼の夜ご飯は私と春也さんと笑梨とお父さんでお店に行った。

お父さんは春也さんに助けて欲しいと言っていて、私は止めたけど春也さんは受け入れてくれて、明日から不定期短時間だけど、働いてもらえる事になった。カメラの勉強が終わって逢える理由が無くなっていたけど、これで逢える日が増えてくれて本当に嬉しい。


ここまではいいことだけをまとめた。

よくない事もある。


春也さんが私の家に来た。

そうなれば、あの雪の日にエンジョイ公園。

市営病院横の市営公園で出会っていた姉の朱莉に会ってしまう。


心を壊して命を投げ出そうとしてしまった春也さん。

ショックから人を撮れないはずだった春也さんが写真を撮った人。


会わせたくなかった。

心を病んだ春也さんが反応をした朱莉。

何かがあるかもしれない。


もう沢山だ。

私が中学二年の終わりに倒れた姉。

それからは姉中心になった。

思い出づくりのために、私は受験生でも旅行に行かされた。

家計を気にして、ワガママを言わずにおねだりなんかをやめたが、そんな事の感謝なんてすぐに消えてあたりまえになった。


もう泣き尽くした。

初めは毎日泣いた。

お姉ちゃんお姉ちゃんと言って、何日も朱莉の横で泣いた。

でも泣けなくなったらどうでも良くなった。


もう散々諦めてきた、友達の口から聞く家の話、ねだったら買ってもらえた物たち。

出かけたいと願って叶った話。

だからこそ春也さんだけは諦めたくない。


家に帰って、お父さんはお母さんに抜糸までの間だけ、春也さんが数日おきにヘルプにきてくれる話をしたからだろう。

お風呂上がりに会った朱莉から、「光莉の先生、ウチに来てくれるんだね。助かったよ。でも辛い事情があったんだってね。お父さんが言えないって言ってたよ」と声をかけられた。


そうだね。

人を撮れなくなっていた春也さんに、写真を撮らせたアンタなら、春也さんの心に触れるかもしれない。いつどうなるかわからないアンタなら、アンタにしかできない方法で春也さんを癒せるのかもしれない。


でもそれを求めない。

私は努めて冷酷に「いつどうなるかわからない姉さんには関係ない」と言って部屋に戻る。


連続しないで一日30分。

必ず時間を決めて春也さんの写真をレタッチする。

写真を見ながら「春也さん」と名前を呼んでしまうと、恥ずかしくなってしまってベッドに飛び込んで寝てしまった。

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