第20話 甘い考えと現実。
春也さんは本当に優しくて格好よくてたまらない。
私は悪い考えを持っていた。
そう遠くない将来、欠員の出る冬原プリントに春也さんを呼んで、働き口ならあると言って、栃木にいて貰えるように頼み込む。
私が大学に行く頃に来て、私が大学から帰ってくると、パソコンの前に座る春也さんが「おかえり」と声をかけてくれて、夜は残業なんてさせないで笑梨の家まで送る。
春也さんはこっちの人になって一人暮らしをするなら、その家に送ってあげたい。
そして週末には2人で撮影旅行をする。
栃木は良いところだ。
宇都宮に行けば餃子はある。
佐野には厄除大師。
日光には東照宮もあれば温泉もある。
温泉なら那須塩原も鬼怒川もある。
栃木を満喫したら茨城でも福島でも構わない。
そうして四年が過ぎたら私も冬原プリントで働く。
お母さんは経理のみ。
私が経理兼任のオペレーターで、お父さんは営業のみ。
春也さんはオペレーター。
そうしたらずっと一緒にいてくださいとお願いする。
笑梨にも頼み込んで家族になりたいと言う。
そんなことを夢想した週明け。
お父さんは朝からカリカリしていた。
幼稚園の卒アルの仕事と、姉さんの退院が重なってしまう。
元々幼稚園は水曜日で姉さんが火曜日。
お父さん1人でも動けるスケジュールだったが、お客様のお願いには逆らえない。
だが月曜日はお得意さんの名刺に封筒、後は伝票なんかの印刷と納品があって余裕がない。
「卒アルは朱莉がいればなぁ」とため息をつくお父さんを憎らしく思う。
別にお父さんは私にやらせなかっただけで、姉さんみたいに大学も行かずに家事手伝いの延長で、冬原プリントの一員になっていれば私にもやれるはずだ。
お母さんは青色申告の時期で余裕はない。
それでもお父さんに「卒園アルバムは私が少しでもやりますし、朱莉の退院もやりますよ」と言っている。
いつもこうだ。
私は除け者で、決まった話だけ聞かされて同意させられる。
そして不満を口にすれば、いきなりやりたい事なんかを聞かれて、答えられないと「金だろ?家族カードだ。使えばいい」と言われる。
あの時だって別に高い物を強請った訳ではない。笑梨に会えなかった年末に時間を持て余してしまい、何が欲しいわけでもなく姉さんの入院費に使われて、私の手元に来ないお金、それなのに「2月末に少し落ち着いていたら今年も旅行に行かないか?」とお父さんが言い出した時に、「私のお祝いは?その旅行はお姉ちゃんとの思い出作りで、お姉ちゃんの為で、お姉ちゃんの行きたいところだよね?」と口を出したら口論になった。
「なら子供が私だけだったら?旅行に行くとか言った?」
お父さんは怒って仕事に行ってしまった。
お母さんは「光莉…。ごめんなさい」と言ってきたが、私は「いいよ。お姉ちゃんの所に行きなよ」と言って外に出たら春也さんに会えた。
あの日から変なモヤモヤは消えていて、フラットに家の事が見えるようになっていて、何か手伝いたい気持ちだった。
青色申告でヘトヘトのお母さんに楽をしてもらいたくて家事をやった。
お母さんは「嬉しい。ありがとう。カメラを持ったら光莉が別人みたいね」と言ってくれた。
お母さんに、それは春也さんのお陰なんだと売り込みたいのを我慢して、家事を手伝った。
それでもお母さんはお皿を落として割った時に、拾い損なって手を深く切ってしまい救急車で運ばれた。
ついて行って一度戻ってきたお父さんは、姉さんの事とお母さんの事、仕事の板挟みで困っていたので、「何とかなるかも!待ってて!」と言って春也さんに助けて貰いに行った。
もう甘ったれた気持ちは無くなっていた。
なんとか家族の役に立ちたくて、春也さんに頼むことしか考えてなかった。
それなのにお父さんからの心無い言葉。
私は春也さんの前で怒鳴られた事もあったが、悔しくて泣いてしまった時、肩に手が置かれて「やれるだけやるよ」と春也さんは言ってくれた。
私は涙も拭わずに春也さんを見ると、「光莉さんは俺に何をさせたかったの?」と聞いてくれて、卒アルの話をしたら、それだけでやる事をわかってくれて、あっという間に片付けてくれた。
格好良くて何時間でも見ていられてしまう。
そんな春也さんだから、笑梨が本気で怒ってきた。
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