第18話 困ったことになる。

俺は帰れずに居た。

蒼子おばさんと光莉さんの母親は、少しだけ顔見知りでいたらしく、家業についても知っていたので、朝の蒼子おばさんの微妙な顔に納得がいった。


光莉さんの父親は「キチンとお礼を言いたいから帰らないでくれ!」と言って、校正紙を持って出かけてしまう。


「まあ、直した点とかマスターページの事とか伝えたいし仕方ない。笑梨、もう少し居させてもらおう」

笑梨は不服そうだったが、「うん。いてよ」と言いながら近くに来た朱莉さんは、「まあ、マスターページの話は私で良いんだけどね。どう直したの?」と聞いてきた。


「え?朱莉さんが?」

「うん。一応冬原プリントの従業員。お父さんが営業兼オペレーター。お母さんが経理兼オペレーター。そして私がオペレーター。光莉がいたら割り込むなって怒られちゃうから、今のうちに説明してよ」


そう、光莉さんは「お姉ちゃんは上で寝てなよ」とつっけんどんだった。

そして今はお母さんにカレーを見てもらって、精算をするということでリビングに行っている。

だから話せるということだろう。


「とりあえず直しが入る事を考えて、レイヤー管理を雑にしない事と複雑にしない事です。今回で言えば生徒を男の子と女の子、しかも写真と名前で分けたのはいいですが、結局探しにくくなるので、俺なら名前と写真をセットにして、苗字のあ〜こ、さ〜となんかの分類にします。後…ファイル名も拘ってますが、長い名前は結局全部表示されなくなるし、難しい漢字のファイル名はエラーの原因になります。ファイル名はそのままにしましたが、レイヤーは直しましたし、マスターページは細分化してノンブルだけのマスターも作っておきました」


俺の説明に頷きながらPC操作をした朱莉さんは、「うん。わかりやすい。ありがとう卯月さん」と言う。


俺は使ってもらえそうな元データを良かったと思いながら、鞄から猫の写真を出して渡す。


「はい、前に約束していた写真」

「律儀だね。本当にくれるなんてね」


「欲しいって言ったじゃないですか?」

「でも、あなたはあの後市営公園に来なかった」


「熱を出して寝込みました」

「ああ、薄着だったからね。今は厚着で安心したよ」


「はい」

「それにしても光莉の友達のいとこさんだなんて凄い偶然だ」


「はい。でもPODがあると、コンビニプリントじゃ味気ないですね」

「いや、よく出来てる。レタッチも上手いんだね。園児たちの顔もあっという間に直すなんて、やっぱり外で習うと違うのかもね」


俺のはやるしかなかっただけ…。


顔に出ていたのか、笑梨が割り込んできて「春也、朱莉さんとはいつ会ったの?」と聞いてきた。


俺はあの薄着の日に会った事、そして猫の写真が欲しいと言われた事を話すと納得をした。


「笑梨ちゃんだったよね?いつも光莉がお世話になってるね。ありがとう。これからも光莉をよろしくね」

「はい。光莉は中学からの友達です」


談笑をしていると作業スペースに来た光莉さんが、「お姉ちゃん、もう寝なよ。また倒れるよ?」と声をかける。

だがその声はとても怖い声だった。


朱莉さんは「わかってる。ごめんね」と言うと、「卯月さん。写真ありがとう。大切にするよ」と言って、笑梨に「またね」と言うと生活スペースに行ってしまった。


朱莉さんがいなくなると、光莉さんが「ごめんなさい」と謝ってきた。


「どうしたの?今日のこと?平気だよ。お母さんも割れたお皿で手を深く切っちゃったから大変だけど、後遺症も残らないみたいでよかったね」

「…うん。でもお父さんもお母さんもお姉ちゃんも、会わせたくなかったんだ」

この一言に光莉さんが家族とうまくいっていないのがよくわかる。


ここで一つの事を思い出した俺は、「あ、忘れてた」と言ってから光莉さんを見て、「引き継ぎ済んだから帰れるんだけど、もう少し居させてね」と言う。

光莉さんは不思議そうに「うん。それはずっといて欲しいけど…、とりあえずお母さんがリビングに来てって言ってるからお茶にしよう?笑梨、プリンあるから食べようよ」と言った。


光莉さんの言葉でリビングに行くと、光莉さんの母親はおぼつかない手でお茶の支度をしてくれていて、光莉さんと笑梨が手伝いを申し出る。


「春也は紅茶ね。コーヒーはあんまり良くないんだ」

「あ、そうなんだ。ありがとう笑梨」


そんな会話が聞こえてくる中、光莉さんの母親が「本当にありがとうございました。今光莉から聞いていたんですよ。カメラの先生をしてくれていたんですね。あの子がやる気になってくれて嬉しいんです」と話し始めてきた。


あまり聞いても良くないのだが、朱莉さんは身体が弱いらしく、通院や検査入院をしていて、今日も本当なら光莉さんの母親が朱莉さんの迎えに行く予定だったのに、怪我をしてしまって予定が変わってしまっていた。


そこに帰ってきた光莉さんの父親は今日のお礼がしたいと言い、光莉さんの母親もカレーの材料費の話をしてきたのだが、「すみません。受け取れないんです。今は休職中でお金を受け取れません」と断ると、せめてカレーのお金をと言われて材料費の精算だけしてしまった。


「お礼…本当に受け取ってくれないんですか?」と言う光莉さんの父親を見て、俺は「俺にはいいんで、朝の話通り光莉さんに謝ってください」と言う。


光莉さんの母親は経緯を聞くと悲しげな顔で夫と娘を見る。

神妙な空気の中、バツが悪そうな顔をした父親だったが、キチンと姿勢を正して「光莉、済まなかった。お前は間違ってなかった。助かった。感謝してる。ひどい事を言ってすまなかった」と謝ると、光莉さんは顔を真っ赤にして「お父さん…謝ってくれた…」と言った。


「光莉さん、もっと褒められていいんだよ。俺が教えたこともキチンと基本に忠実にやってくれていたよね。素人は悪い言葉じゃないよ。キチンと積み重ねればいいんだからね」


俺の言葉に光莉さんは泣いてしまって、「春也さん。ごめんなさい。ありがとう。助けてくれた時、本当に嬉しかった」と何遍も言っていた。


まあ二度と会わない人だからと思って、俺も調子に乗ってしまい「お父さんからあんなに言われたら家にいにくいよね。それなのに家の為に行動ができて立派だよ」と言うと、光莉さんの父親は「…そんなきついつもりは…」と言ってから、「卯月さんも結構言いますね?」と言って困り顔をした。


そしてまたまた困ったに繋がる。

俺は正直困っていた。

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