またまた困ったことになった春也。

第16話 光莉の涙。

またまた困ったことになった。

まあ仕方ない。

人類皆きょうだい。助け合い。

博愛。

ピースフル。

ハートフル。


だがまさかこの栃木でこの道に戻るとは思わなかった。


光莉さんからチョコを貰い、その場でも言ったが、翌日のバレンタインデーは笑梨に頼んでもう一度「ご馳走様」と送ってもらった。


笑梨はチョコを欲しがるかと思ったが、それはせずに「春也、光莉チョコはねだらないからチョコ買って」と言い、わざわざバレンタイン当日に俺にコンビニでハート型のチョコをねだり、買ってやるとレジで「ありがとう春也!大好き!」と飛びついてきた。


逆転バレンタインが笑梨らしいと思ったが、もっと笑梨らしいのは、その後で別のチョコを用意していて「はい。私からだよ」とチョコをくれた。


今年は2個もチョコを貰ってしまった。


蒼子おばさんは「ふふ。こっちに住む?」と聞いてきた後で、「藍ちゃんも春也くんが女の子達と仲良くしたいなら好きにしなさいって言ってくれたわ」と言ってきた。


ツーカーだ。

勘弁してくれ。

俺は春に帰る。

それは揺るがない。

ここは居心地が良すぎる。


週明け火曜日。

光莉さんが来なくなって急に訪れた穏やかな日々。笑梨達もそろそろ卒業式の練習が始まると聞いた頃、朝一番なのに突然の光莉さんの来訪。


「春也さん!ごめんなさい!助けて!」


笑梨が玄関を開けるなり、俺を呼ぶ光莉さん。

切羽詰まった声に、俺と蒼子おばさんが玄関まで来ると「ごめんなさい。ウチまで来て。助けてください」と言う必死な顔の光莉さん。


「俺?俺は何も出来ないよ?でも困ってるの?」

「お願いします!荷物持ってウチまで来て!」


必死な光莉さんに困る中、微妙な顔をしていた蒼子おばさんは、「仕方ないわね。行ってきてくれる?笑梨も着いて行って」と言うので、光莉さんに着いて行くと、徒歩20分の所にあったのは「冬原プリント」と書かれた小さな印刷所だった。


印刷所。

それを見た時に、俺は壊れた過去を思い出した。


笑梨は光莉さんの事を知らず、そして俺の事をいつの間にか蒼子おばさんに聞いていたのだろう。「印刷会社…。ダメだよ春也」と言って袖を引いて止めてくれる。


そこに現れた男の人の顔に余裕はない。


光莉さんを「光莉!なんだよ待ってろって!一大事なんだよ!母さんが怪我をしたのに何やってんだお前は!」と怒鳴りつけると、光莉さんは「怒鳴らないでよ!私だって何かできないか考えたの!だから春也さんに来てもらったんだよ!」と言い返す。


「ろくに仕事もした事ねえ、素人が何考えたって言うんだ!最近は真面目に家にいるかと思ったがまだまだだ!」


ろくに仕事をした事ない素人。


嫌な言葉が出てきた。


頭が痛い。

逃げ出したい。


笑梨の引く手に合わせて向きを変えたい。



だが目の前の光莉さんが絶望の顔で、「なんだよそれ。私だってここの家の子供だから考えたんだ!それなのになんだよその言い草!アンタは全部姉さんだ!姉さんの次は母さんだ!それで私には怒鳴り散らして鬱憤晴らして、その後で金だけ渡して誤魔化すんだ!」と言ってから蹲って泣いてしまった。

その姿を見た時にかつての自分を見た。


孤独で何もできず、責任の取り方すら知らない夏の日の自分。


真剣に俺の腕を引いて「春也!帰ろう!」と言う笑梨に、「ごめんここに居て」と言うと、前に出て光莉さんの肩に手を置いて、「やれるだけやるよ」と言って立ち上がらせると、「光莉さんは俺に何をさせたかったの?」と声をかける。


「幼稚園の卒アルのレタッチとか、今日校正に出すのに、お母さんが怪我をしたの。今は救急車で行っちゃったの。お母さんが居ないから、お父さんがやらなきゃいけないけど、病院に行かなきゃいけないの。私は二十歳になってないからどっちも役立たず…」


泣きながらでもキチンと話す光莉さんに、「校正?簡易校正?本機?」と聞いたが、わからない顔をしたので、光莉さんの父親に「はじめまして卯月といいます。うちの笑梨がお世話になってます」と挨拶をしてから、「校正って色校正ですか?どの段階なんですか?」と声をかける。


光莉さんの父親は面くらいながらも、「本機じゃない。でもプリンターじゃない通しの全体だ」と返す。


「ここにPODはあるんですか?外注ですか?」

「お前出来るのか?」


「キャリブレーションが済んでいたらやれます。作業的には修正を終わらせてPODで3部作ればいいんですよね?」

「あ…ああ。だが学生だか素人だかわからん奴に…」


「勤めてました。出来ますよ。ページは全部埋まってるんですか?」

「まだだ、まだページはひとクラスとひとつの行事しかやってない」


「マスターページはありますよね?嵌めればいいんですね?名前順ですよね?原稿やラフは?」

「ある。どれもあるぞ」


「修正指示は個別の写真でゴミ取りとかですね?付箋とか付いてます?」

「ああ」


「ならやっておきますから病院に行ってきてください。それで帰ってきて満足いく出来なら、光莉さんに謝ってあげてください。皆最初から出来るわけじゃないんです。それなのに素人って言葉を使いすぎです。光莉さんは熱心な子で基本に忠実でキチンとしています」


俺は光莉さんと笑梨を連れて中に入ると、PCデスクの上に置かれた修正指示と原稿を手に取る。

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