第15話 お願い。

笑梨と山田がタイミングよく離れてくれた時、私は意を決してお願いをする。


「お願い、聞いてください!」

「ん?どうしたの?」


「3つあるんです。春也さんの生徒としてのお願いです。1つ目はスマホの写真でいいから2人で撮ってください!」

「え…、俺は写真写るの好きじゃないんだけど…」


「お願いします!」と頼み込むと、「生徒だから?」と聞かれたので、頷くと春也さんは仕方ないと言いながらもキチンとツーショット写真を撮ってくれた。


私は緊張しながら近くのカップルにスマホを渡して撮ってもらう。

グッジョブだったのは、撮ってくれたお姉さんが「彼氏さんもスマホを貸してくれたら撮りますよ」と言ってくれた事。


彼氏さん。

先生と生徒ではなく、彼氏と彼女に見えていると思うと嬉しかった。


私が「春也さん」と声をかけると、春也さんは照れ臭そうにスマホを渡してツーショットを撮ってもらった。


「恥ずかしい…」と呟く春也さんは、そのまま「次は?」と聞いてきた。


「2つ目は本気でレタッチしますから、春也さんの写真を撮らせてください!」

「ええ…ぇぇぇ……」と言って困った顔の春也さんが、「山田」、「笑梨」と口にするが、言い切る前に「無理」、「嫌です」と断ると、「落書きしないでね」と言ってイルミネーションの前で立ってくれた。


私は魂を込める意味とかやり方がわからないが、全身全裸で春也さんを撮る。


「ごめんなさい。すこしシャッタースピードとISOを変えさせてください」

少しでも成功したくて、アレコレ試しながら6枚撮らせてもらうと、春也さんに見て貰う。


「うん。俺なのが減点ポイントだけど綺麗に撮れてるよ」


その言葉に思わず微笑んでしまう中、最後のお願いをした。


「春也さん。本気の春也さんに撮ってもらいたいんです。そしてその写真をください」


春也さんの顔から余裕が取れるのがわかる。

「え…」と聞き返す春也さんに、「写真で辛い思いをされた事は聞きました。でも私は春也さんに撮って欲しいんです」とお願いをすると、ため息の後で春也さんは「うん。撮るよ」と言ってくれた。


真剣な顔。

「光莉さん。そこに立って、顔はこっち、手はイルミネーションの方、触ると迷惑になるからね」

「今度は少し首を傾げて微笑んで、そうだよ」

「折角だからカメラを向けて、接写のつもりで。うん。撮られることを忘れて」


周りも気にせずに真剣な顔で撮り続けてくれる春也さん。

このまま2人だけがいいなと思ったが終わってしまう。


「そろそろ笑梨と山田が気になるから合流しよう」

私は少しつまらなくて「…はい」と返事をしてしまった。


歩きながら「春也さん。見せてくれないんですか?」と聞くと、「うん。でも光莉さんはとても綺麗だから、どれもよく撮れたと思うよ」と言われて真っ赤になった。



実はお願いは4つ目がある。

1日早いがバレンタインのチョコレートを用意した。

もっとお淑やかに趣味は料理とか言える人生を歩めば良かった。

それでも頑張った。

湯煎は怖かった。

冷蔵庫に張り付いて誰にも食べられないように見張った。


本当は目の前で一つ食べてもらいたい。

でも今渡すのはうまく行かなかった時に帰りが暗くなるから頼めない。


帰る直前、笑梨にチョコの話をして時間稼ぎを頼む。

笑梨は驚いていたけど受け入れてくれた。


笑梨は1番の友達。

勿論笑梨の番には全力で応援する。

だから今は助けてもらう。



解散前、笑梨はトイレに行く事で時間を稼いでくれた。

山田は先に帰り、笑梨は「行ってきて」と見送ってくれた。


「春也さん」

「お帰り、笑梨は?」


「混んでたから先に譲ってくれたんです」と返した私は、そのまま「本当の最後のお願いを聞いてくれませんか?」と聞く。


「光莉さん?」

「チョコレート…、明日バレンタインだけど、平日じゃないし会えないから、今日用意したんです。生まれて初めての手作りで…、自信無いけど受け取ってもらいたくて、出来たら一つ食べて欲しいです」


私はカメラバッグからチョコレートを取り出して、渡す時にカメラでもどうすることもできない手ブレに気付いて慌ててしまう。


それでも春也さんは「くれるの?ありがとう」と言って受け取ってくれて、「ここで食べるの?もったいなく無い?」と言いながらも食べてくれた。


「うん。とても美味しいよ」


この一言だけで泣きそうになる。

昨日からの苦労が報われる。


「光莉さんは基本を守れる人だから、写真もチョコレートもキチンと出来て立派だよ」

「本当ですか?」

「うん。本当だよ」


「あの…。本当に春になったらこの街から出て行くんですか?」

「え?うん。元々は単身赴任先で入院してる父さんが退院して、日常生活を1人でやれるようになるまでこっちに居る約束だからね」


「このまま栃木の人にはなれませんか?」

「ありがとう。蒼子おばさんにも言われたけど、こっちには働き口も無いしね」


私は意を決して「…あれば居てくれますか?」と聞くと、春也さんは「大丈夫。新生活が始まれば、俺の不在なんてすぐに気にならなくなるよ」と言って微笑んできた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る