第12話 気づいてはいけない。
夜、笑梨が風呂に入っている間に、蒼子おばさんから「ねえ、このままウチの子にならない?」と声をかけられた。
母さんそっくりな顔で言われると、「息子に何言ってるんだ?」と返したくなる。
「蒼子おばさん?」
「ふふ。笑梨の泣きそうな顔を見た?光莉さんもよ。春也くんが居ないとダメみたいね」
俺は肩を落として、「6つも下の女の子ですよ?進学したらすぐに自分の世界が見つかりますよ。勘違いしてこのまま居て、「まだ居るの?」なんて思われたら恥ずかしいです」と言うと、「東京に行っちゃうかも知れないわ」と返されて、「えぇ?」と聞き返してしまった。
「ふふ。一度帰ってから、来たくなったらいつでも私と藍ちゃんに言ってねって話よ」と言われて急に話が終わると、髪を乾かしきってない笑梨がパジャマ姿で駆けてきて、「お風呂出たよー」と言う。
急に話が終わって不思議だったが、今の話は聞かれるとよくないので、蒼子おばさんはよく見てくれていると思った。
イルミネーションは綺麗だった。
久しぶりのイルミネーションには心洗われた。
俺は勿論、笑梨も光莉さんも山田も心洗われただろう。
そう、山田。
下の名前なんて知らない。
イルミネーションに行くために駅で待ち合わせをしている時、ふと会場が寒いと困るので、笑梨に「すまないがカイロを多めに買ってきてくれ」と頼み、笑梨が「コンビニは高いから100均にするね」と言いながらカイロを買いに行くと、後ろから「おい!」と声をかけられた。
初めは自分じゃないと思っていたのだが、「お前だよオッサン!」と言われて、自分だと気付いて振り向くと男の子が居た。
「俺?」
「そうだよ!お前なんなんだよ!?」
周りの目も気になるが、それ以上に誰とも知らない子供に「おい」、「お前」なんて言われても困る。
「人違い…」
「違くねーよ!何なんだよ秋田さんに光莉に!」
ここでようやく笑梨達の友達と気付いて、「ああ、笑梨の友達?」と聞く事が出来た。
「秋田さんを名前で呼ぶし、手を繋ぐし、その癖光莉とも2人であちこち行ってるし、今日だって秋田さんと出掛けてるし、何なんだよ!?」
ん?
これはアレか?
勘違いか?
俺は「え?笑梨の事好きなの?」と聞くと、男の子は赤くなって「ちげーよ!」と言った後で、「秋田さんじゃねーよ!」と言ってハッとなって慌てた。
成程、光莉さんが気になっていると。
そこに戻ってきた笑梨が「春也?どうしたの?」と言った後で、男の子を見て「山田くん?」と言い、ようやく男の子の名前が山田だと知った。
「笑梨、やはりお前のせいで俺は不埒者になっていた。山田は俺が笑梨と光莉さんで二股してる男だと誤解して声をかけてきた」
俺の説明に笑梨は赤くなって笑うと、「山田くん、春也は私のいとこだよ。だから私の事も笑梨で呼ぶんだよ」と説明をしてくれる。
だが山田の奴は納得しかけながら俺を見て、「秋田さんの事はわかったけど、ならなんでコイツは光莉の事を、馴れ馴れしく名前で呼ぶんだよ?」と言ってくる。
俺は少しだけ山田に同情しながら、「笑梨、光莉さんの苗字って何?」と聞くと、笑梨の乾いた笑いと唖然とする山田。
「え?お前…光莉の苗字知らねーの?」
「知らないな。笑梨からは光莉さんだと聞いた」
「気にした事ねーの?」
「ないな。呼べて振り向いてくれれば十分だよ」
このやり取りで怒気がおさまる山田。
そこに現れた光莉さんは大荷物で現れると、山田を見て「なにやってんの?」と聞いた。
武士の情け。
「山田、イルミネーション行くぞ」と声をかけてから、「光莉さん、イルミネーションの撮り方の他に、イルミネーションでの人の撮り方が学べるよ」と声をかける。
光莉さんは嫌そうな顔をしたが、山田は「親に言います」と言って連絡をして、イルミネーションについてくる事になった。
電車に乗ると、改めて笑梨が「春也は光莉のカメラの先生だよ」と説明した後で、光莉さんに「なんか山田くんは春也が私と光莉を弄ぶ二股男に見えて、心配してくれたんだって」と言って笑うと、暖房が効きすぎて暑い電車内なのに、すごく寒い空気になった。
山田に向かって「バカじゃないの?」と言った光莉さんの顔は怖すぎた。
イルミネーションは大盛況。
俺達は光に群がる虫のように喜んでしまいながら写真を撮る。
「三脚を貸してあげるから交互に使おう」
「はい!ありがとうございます」
「イルミネーションが白飛びしないギリギリと、山田の顔が見える範囲を意識して、後で補正できるけど、レタッチできない事も考えて撮るんだよ」
「はい!頑張ります」
「山田と笑梨がブレないようにしてご覧」
「難しいですね」
笑梨と山田といえば、スマホでパシパシとイルミネーションを撮ったり俺たちを撮ったりしている。
写真は好きに撮るのがいいと思わせてくれる一面だ。
一通り撮るといい時間になっていて、帰りを意識すると問題はトイレになる。
男は何とでもなるが女の子達は待ち時間が長い。
「笑梨、待っているから光莉さんとトイレ行っておいで。ここのは空いてそうだ」
こういう時に笑梨がいるのはありがたい。
光莉さんにトイレは勧めにくい。
「わ、そうするよ。光莉行こう」
「うん」と言って荷物を見て困る光莉さんに、「持つよ」と声をかけると、「春也さんありがとう」と言って、光莉さんはカメラバッグなんかを渡してくると、笑梨とトイレに行った。
笑梨と光莉さんが居ないと、凄く静かになってしまった風に感じる中、カメラバッグを持つ俺を見て、「なんでアンタなんだ」と漏らす山田。
山田は光莉さんのカメラバッグも持てる男になりたいのだろう。
「持つ?18万。落としたり何かしたら責任取れるか?」と聞くと、山田は「18?と言った後で青い顔で首を横に振ってきた。
案外可愛い奴だ。
女子のトイレは長い。
しかも混雑していてなかなか戻ってこない。
山田は意を決した顔で「なあ、アンタ気付いてんだろ?光莉は」と言う。
何を気付けと言う?
6つも年下の女の子。
これからキラキラした未来のある子。
俺は心を壊して叔母の家に身を寄せる落伍者。
気付かないわけはない。
覚えはいい。
レタッチもやった事があるかのような手慣れた感じで、これがアルバイト初日なら無双できる。
それなのに熱心に通い、写真を教えてくれと言い、レタッチも覚えたいと言い、後少し、後5分と延長を申し出てきて名残惜しそうに帰る子。
だから俺は思い違いと誤魔化している。
「俺は初雪と共にこの街に来た」
「は?」と聞き返す山田。
「そして春の訪れと共に帰る。何もない。くだらない事を考えるより、自分の先を考えるんだ」
俺の言葉に「お前、光莉の気持ち」と言う山田を見て、面倒臭い奴だと思っていると、「お待たせ〜」と笑梨が戻ってきて、そのすぐ後を光莉さんが戻ってくる。
「おかえり。さあ帰ろう。寒い日の撮影の後はラーメン派なんだよな。笑梨、蒼子おばさんにご飯は外で食べてくると伝えてあるから、駅前にあったラーメン屋に行こう。光莉さんも奢るからどうかな?山田も行くだろ?奢ってやるよ」
結局駅前のラーメン屋はあんまりだと言うので、商店街の町中華でラーメンになり、大荷物な事もあってラーメン屋は座敷を指してくれる。
案外山田はバカで真面目なのだろう。
「秋田さん、また被写体とか言われるから、さっさと奥に座ろう」と言って笑梨を連れて座敷の奥に座ると、俺と光莉さんを横並びにして、「アンタも教えるならさっさと教えてくれないと、光莉が食べられないからな」と言う。
「人物は苦手なんだよ」と言いながら、俺はポイントだけ光莉さんに伝えて、物撮りと人物を撮ってからラーメンを食べた。
仕方ない。
少しだけ山田に塩を贈ろう。
「山田、さっきのカメラに興味が出たって本当か?だが俺は春には帰るから、教わりたかったら光莉さんに頼め」と言い、光莉さんには「俺から教わった事を、人に教えるともっと上達するから、時間のある時は山田を教えてあげてくれる?」と聞くと、山田はあうあうしながらも「わかった」と言い、光莉さんは露骨に嫌そうな顔の後で、「春也さんは上達したのもチェックしてくれますか?」と聞いてきたので、頷くと「なら教える」と言ってくれた。
そして帰りに光莉さんから、「少し早いんですが貰ってください」と言われて、バレンタインのチョコを手渡された。
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