第8話 カメラを買う。
病院は俺の登場に驚いていた。
どうやら母さんと最後に来た時に、母さんが俺はしばらく蒼子おばさんの所でお世話になる話をしてくれていたらしい。
俺が「すみません。寝ぼけててあんまり覚えていないんです」と謝ると、主治医が「仕方ないですよ。夜は眠れるんですか?」とカルテに何かを書きながら質問をしてくるので、俺は照れながら「そこら辺も曖昧なんですが、この前風邪で寝込んだ時に、よく眠れたら頭がスッキリして、父の手術の事とか定期通院の事を思い出しました」と答える。
「なるほど、待合室の子は話にあったいとこさん?」
「いとこの友達で駅で、たまたま会ったら着いてきたいって言われました」
その後は主治医から蒼子おばさんと話がしたいと言われて電話をすると、滅茶苦茶驚かれてしまった後で、主治医と話をしてくれた。
電話を切る前に「後は、笑梨の友達の光莉さんが、駅で会ったら着いてきてくれてるんです…」と説明すると「…もう、後でお礼を言っておくから、キチンと送り届けてあげてね」と言われた。
薬は睡眠導入剤だけ勧められて御守り扱いで持つ事になる。
他の薬は栃木に向かう時に母さんが主治医と相談してやめてくれていた。
外に出ると時刻は昼を過ぎていて、まだギリギリランチタイムに間に合う時刻で、光莉さんに「お昼、何がいい?遠慮しないでいいよ」と言うと、少し小洒落た感じのファミレスを選ぶ。
キチンとコースで料理が運ばれてくるスタイルに、光莉さんは「え!?あ!?何も知らないで選んだら、こんな凄いところのご飯!?」と驚きを口にしてくれて、「喜んでくれたら嬉しいから遠慮しないで食べて」とつい言ってしまう。
それでも遠慮がちにハンバーグのランチを選んで、サラダから運ばれてきて緊張しながら食事を楽しんでいた。
光莉さんは俺が食べられないと言っていた事を気にしてくれていて、ゆっくり食べてくれて感謝しかない。このまま帰るのもいいのだが、中途半端な時間だしせっかく東京に来られたので、「折角東京に来たから、行きたいところとかある?」と聞くと、光莉さんはモジモジと「嫌なら無理しないで断ってくれますか?」と聞いてきた。
「いいけど変なところとかはダメだよ?」
「変ですか?」
「お酒が飲みたいとか、年齢不相応なお店とかだね」
「それは頼みません!」
そう言った光莉さんの行きたいところは電気屋さんだった。
「何か欲しいの?」
「はい。春也さんみたいなレンズが交換できるカメラが欲しいです。前に撮った写真を見せてくれた時に私も欲しくなりました」
俺は聞いていて焦ってしまう。
買いたいです。
さあどうぞで買える代物ではない。
「え?高いよ?」
「いくらですか?」
「俺のはフルサイズで高いから、せめてセンサーが小さくて、フルサイズに比べたら安価なAPSにするとかしないと…」
「一緒に選んでくれますか?」
俺は諦めさせることが難しいと察したので、「うん。食べたら行こう」と言う。
光莉さんは嬉しそうに「はい!」と言って外に出ると、「迷子が怖いから手を繋いでくれますか?」と言われて、俺は6歳も年下の女の子と、平日の昼間に手を繋いで歩いてしまった。
なんか警官の目が怖い。
秋葉原まで出てカメラを見ると、APS-Cでも相当な値段がする。
高校生がおいそれと出せる値段ではない。
手揉みしながら近づいて来た中年店員が話しかけてくると、光莉さんは「お兄ちゃんにカメラを選んでもらうんです」なんて言って誤魔化す。
「本当に買うの?高いでしょ?俺の使ってるのの後継期なんてコレだよ?」
俺は鞄からカメラを出して見せると、「おお、お兄ちゃんは相変わらず凄いね」と言いながら、店員を「困ったら声かけます〜」と言って追いやると、「春也さん。どれが良いですか?」と聞いてくる。
「今後にもよるし撮るものにもよるよ」と言いながら話を聞くと、「次に買えるのはいつになるかわからない」、「撮りたいものは景色とか友達と出かけた時に友達」、「今回なら多分高くても平気」ととんでもない事を言われる。
「難しいね。次が期待出来ないならコレなんだけど」と言って見せたカメラでも十分に高い。
ちょっとかじる趣味からしたら高すぎる。
だが高いものを買って使いこなせないと無駄になる。その気持ちから勧めると、光莉さんは「むぅ」と唸りながらスマホを取り出して、「もしもし?お母さん?カメラ買って」と言い出す。
なんとなく聞いてはいけない気がして離れると、「キチンと学校行くから」、「思いつきじゃない」、「朝欲しいものを買うってお父さんが言ってた」、「もうその話題は出さない」と聞こえてきた後で、「春也さん。カメラの話をしたら交換のレンズ込みで、18万までOK出ました。丁度朝親子カードを渡されたので、これで買えます。選んでください」と言われて俺はさっきの店員を呼んで、保証込み会員証の新規作成を持ち掛けて、記録媒体なんかのおまけをつけさせて、なんとか単焦点と高倍率レンズが付いてくる本体を選んであげると、光莉さんは「お兄ちゃんありがとう!大好き!」と飛びつかれた。
演技にしても困る奴で俺は赤くなる。
笑梨の友達、笑梨と同い年と自分に言い聞かせて、「ほら、買ったから帰るよ」と言って東京駅から電車に乗ると、「春也さんはさっきの電話の話とか聞かないんですか?」と光莉さんは聞いてきた。
聞いていい話ではない。
聞こえた言葉は「キチンと学校行くから」、「思いつきじゃない」、「もうその話題は出さない」だった。「朝欲しいものを買うってお父さんが言ってた」はまだマシに思えるが、それ以外の三つは勘繰っていいものではない。
俺は「聞かないよ」と言って微笑みかけると、光莉さんは嬉しそうで居ながら残念そうな顔で、「そうですか…」と言った後で、「春也さんに何があったか聞いたらダメですか?」と聞いてきた。
「俺の話?」
「はい。なんで病院に行っているんですか?」
思い出したくない過去。
若い子に話すような話ではない。
黙ってしまう俺に「少しで良いんです。何となくだけど、私もおかしくなりそうだから、だからカメラが欲しかったし、だから春也さんの話を聞きたいんです」と光莉さんは訴えかけてきた。
確かに「キチンと学校行くから」、「思いつきじゃない」、「もうその話題は出さない」は穏やかではない。6個も年下の光莉さんは、その何かに耐えられずにおかしくなる事もある。
「…簡単でいいなら。質問は無しにしてくれる?」
「はい!」
俺は深呼吸と共につまらない一年と3ヶ月の話をした。
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