第3話 迷子になる甥。
春也くんは何時に寝たのか確認できなかった。
それなのに朝は笑梨より早く起きてきた。
「おはようございます」と言う顔は昔と変わらない。
夫が存命なら間違いなく「よく寝たか?よし!喫茶店にモーニングしに行こう!それでボール投げしよう!」と振り回してくれただろうと思う。
私は「おはよう」と言って紅茶を淹れて出すと、春也くんは熱いはずなのに気にせずに飲む。
「藍ちゃんには連絡しておいたから」
「ありがとうございます。元気してましたか?」
私は「ええ、気をつけないと旅行気分になりかねないって言ってたわ」と言いながら、双子の妹に昨日連絡をした内容を思い出す。
話した内容と食べた物を伝えると[ありがとう]と[ごめんね]が返ってくる。
[生活に張り合いが出たわよ]
[そう言ってくれるのは蒼ちゃんだけよ]
双子だからだろう。
藍ちゃんが何を言いたいのか伝わってくる気がする。
[大丈夫。気をつける部分は守る]
[ありがとう。意識はしてるみたいだけど、体感がまだ甘いの。後は家事とかは多分無理]
[別に笑梨だってやらないから同じよ]と返して私は話を終わらせる。
朝食の支度にしても、母一人娘一人だと手抜きになりがちだが、春也くんの為にキチンとすると張り合いが出る。
1番の手抜きだった大皿料理が出来なくなったので私は一人前ずつ用意する。
大皿料理やコース料理みたいな物はNG。
一人前を渡して、後は春也くんのペースに任せる。
あと気をつけることは寒暖差に熱さや冷たさだ。
支度が終わった私はテーブルに朝食を並べながら、「笑梨は寝坊助なんだから」と言うと春也くんが「起こしてきます」と言って立ち上がってくれた。
「頼める?」
「はい」
暫くして絶叫が聞こえてくる。
どうやらまだ早かったようだ。
眠っていてノックに反応しない笑梨に、春也くんは「入るぞ」と言って部屋に入り起こしてしまう。
あの散らかった部屋を見られてさぞかし驚いただろう。
案の定真っ赤な顔の笑梨が「お母さんが起こしてよ」と言いにきて、「あら、キチンとしていればいいのよ」と返すと「お淑やかに育てば良かった」、「部屋掃除が趣味になれば良かった」と言って俯いてしまった。
春也くんは何が悪かったのかはあまり考えられていないのか、「ごめん。笑梨は昔からあんな感じだから気にならない」と言っていて、笑梨は「はぁ?私は花もはじらう18歳の乙女だよ!」と言う。
一瞬の間の後で「確かに。じゃあまたプリンを買うから機嫌を直してくれ」と春也くんが言うと、笑梨が「別に怒ってないよ。恥ずかしかっただけ」と言った後で、「プリンは食べたから今度はアイスにして」と言ってお茶をひと口飲む。
その返しに嬉しそうに笑った春也くんは「やっぱり子供だ」と言って頷くとニコニコとしていた。
事件ではないが「アイスを買いに行ってみる」と言って出かけた春也くんが中々戻らずに、心配していると職質を受けていた。
突然スマホが鳴ると番号は春也くんだが相手は警察だった。
慌てて現場に行くと、案の定道に迷ったのと花や犬猫の写真を撮っていたら同じ道を何度も通っていたと言って、近所の人が警官を呼んだ事で職質を受けていた。
私が到着すると困り顔で「蒼子おばさんごめんなさい」と言う春也くん。
通報した相手の人は町会の人で顔見知りだったので、「私の甥っ子で春までうちに住む事になったの」と説明したら、「なんだい。秋田さんちの子なのかい?だったら言えばいいのに」と笑ってくれる。
警官は一応写真を見せてくれと言うと、春也くんは落ち着いた感じで「どうぞ」と返して、徹底して人の写らない写真達が出てくる。
花、空、犬、猫。
そんな物達が沢山出てくる。
警官が「本当に花とか猫を撮っていたんですね」と言ってくれて、なんとか職質は終わってくれた。
春也くんはコンビニにも到着できずに居たので、一緒に歩くと「すみません。なんか買い物もできませんでした」と春也くんが謝ってくる。
買い物もできない。
家から徒歩10分のコンビニにも到着できない。
藍ちゃんの言うことはまだ聞ける。だから一人で栃木まで来れた。
それが今の彼。
次の6月には25歳になる。
だが店に着けば普通の人と変わらない。
楽しそうにアイスを選び、パーティ用の大きなアイスを指さして、「蒼子おばさん。笑梨に食べさせたいんですけど、冷凍庫に入ります?」と聞いてくる。
「ふふ。入るけど、きっと帰ったらコンビニまで何回も誘われるわ。だから小さくて安いのにして何回も散歩に付き合ってあげて」
春也くんは少し名残惜しそうに「わかりました。笑梨なら30分くらいで食べられそうなのになぁ」と言って、棚にアイスを戻すといちご味のチョコがついたアイスを買っていた。
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