おまけ話 スヤスヤ仕返し不完全燃焼

 すっかりスケベで情けない印象となってしまったサニーだが、彼女は何年も前から村長代理として働いている、仕事の出来る女性だ。

 村長である父の下で勉強をしながら積極的に村の運営と管理を行い、時に外部の人間と接触を計りながら村を盛り上げ、存続させようと熱心に働いている。

 恋愛に興味を示す前は日夜問わずに働いており随分と無茶をしたものだが、最近ではコールとの時間を増やすために、ほとんど引退していた父を引っ張ってきて仕事を手伝わせたり、効率の良い方法を模索したりしていた。

 働き方そのものを見直し、無茶をすることを止めたおかげで最盛期に比べれば随分と自由で暇な時間が増えたのだが、それでも時折、どうしても無茶をせねばならない時がある。

 今回もそんな時だった。

 自然豊かで四季がハッキリとしており、おまけに降水量まで多い村では気候関係のトラブルが絶えない。

 長雨が続けば野菜が根腐れを起こす上に村に通っている川が氾濫し、洪水などを引き起こす。

 冬には積雪が原因で雪崩が起きたり、建物が倒壊したりする。

 気体、液体、固体など、全ての状態を含めた水を魔法によって自由に操ることができるカルメの登場により、随分と被害も減ったのだが、それでもトラブルというものは油断に乗じて魔の手を伸ばし、人間を苦しめる。

 サニーにとってノーマークだった村はずれの橋が老朽化と積雪の影響により壊れてしまったのだ。

 壊れたのは深夜の誰も遣っていない時間帯であったから人災は出なかった。

 また、壊れた橋は村と外界を結ぶ唯一の道であり、主に使用するのは行商人だ。

 村周辺の雪深さも関係して冬は基本的に誰も橋を使用しないため、壊れたからといって直ちに影響が出るようなものではないが、だからと言って放置をすることもできない。

 せめて廃材くらいは回収しなければならないし、具体的な被害の把握にも努めなければならない。

 幸い、橋は深い谷底なんかではなく大河の浅い場所に掛けられていたため、橋に対して何らかの働きかけを行うことは不可能ではなかった。

 しかし、冬の寒い日に半分凍った川の近くで作業するなど正気の沙汰ではない。

 雪に足はとられるし士気も下がるので作業効率までグングンと下がっていく。

 不可能ではないだけで、橋の修理が困難であることも大変であることも変わらないのだ。

 それはカルメに手伝ってもらったとて変わらない。

 村で力が強い者を集めて壊れた橋を片付け、自身はアチラコチラを動き回って被害を確認し、記録する。

 自身が指揮命令なので常に頭を動かし、村人たちにはテキパキと指示を出すように努めなければならない。

 仕事が終われば労いとして報奨を渡さねばならないし、ようやく橋に対する作業が終わったとしても、サニーの仕事は終わらない。

 サニーは村での記録用の報告書や辺りを治める領主への報告書、橋の修理費にかかる代金を計算した後に年貢を一部免除するよう依頼する届けなどを作成しなければならないのだ。

 橋の修理が可能になるのは春であるし、冬ではまともに動くことができないから提出自体はもっと先なのだが、作成自体は終わらせておかないと後から不便が生じる。

 サニーはここしばらくの間、休みなく動き回っていた。

 おかげで日中は村と橋の間を駆け回り、夜間は仕事机に縛り付けられる羽目になったが、それ自体はそこまで重要ではない。

 サニーはかなり頑丈で、動き回り、懸命に働くことを激しく苦痛に感じる性格をしていないからだ。

 暇であるよりは忙しい方が好きであるし、場合によっては仕事や趣味を私生活に詰め込んだりしていたから、体を休める時間が少ないということ自体はあまり重要ではないのだ。

 サニーにとって問題であるのは深刻なコール不足の方だ。

 実は力の強いコールだ。

 サニーが困っていることもあって手伝いを申し出てくれたのだが、彼が担ったのは廃材の回収役だ。

 一見すると同じ場所で働いている二人だが、冬の屋外で活動しているためテキパキとした行動を求められてしまい、雑談をしたり接点を持ったりイチャついたりする暇がない。

 カルメとログでさえ別々に行動して働いていたくらいなのだ。

 相当である。

 また、単純な手伝いとしてやってきているコールには昼休憩というものがあるが、サニーにはそれすらなかったりする。

 不意に手に入った休みを取ってしまわないようにとコールはサニーから自主的に遠ざかっていたので、休憩時間や作業終了後にも、二人はまともに会うことすらできていなかった。

 サニーは特殊で繊細な生命体だ。

 一部のボウフラが清らかな水の中でしか生きられぬように、サニーもコールが近くにいる環境でしか生きられない。

 少し前までは意外と図太く、三徹してもピンピンしていたサニーだったが、コールと出会って体質が変化してしまったのだ。

 そのため、深刻なコール不足に陥った彼女は生ける屍と化して机に乗っかった書類とにらめっこしていた。

『一日に一回、いや五回以上はコールさんの笑顔や怯え可愛い姿を見て、揶揄ってつついて、隙あらば触れて、そんな風にしないと生きていけないわ! それなのに、ここ一週間はろくにコールさんと触れ合えてない! 手の甲にキスすらできない日があったのよ! 屈辱だわ。とんでもない屈辱だわ。全然力も出ないし、コールさんが足りないよぉ!!』

 どんどんと叩いたつもりの机がポスンポスンと間抜けな音を上げる。

 多少の睡眠不足になろうとクマなどできたことの無いサニーの目元だが、今はどんよりとして黒ずんでいる。

 また、いくら忙しくても食を欠かさないのがサニーなのだが、しっかり栄養を取っているはずの頬がこけて、全身から若々しさが失われていた。

 太陽のような金髪もどこか掠れて見える。

 まるで枯れる寸前の花のようだ。

『この書類が! 村の記録用のこの書類が! これさえ終わればコールさんに会いに行ける! コールさんを摂取できる!!』

 最後にとっておいたのは重要性が最も低く、簡単な仕事だ。

 これを、ラストスパート! とばかりに勢い良く終わらせ、完了し次第コールの元へと向かうつもりだ。

 一週間分よりも多くのコールを摂取できなければサニーに未来はない。

 サニーは鬼気迫る勢いで書類を完成させ、一気に最終チェックまで終わらせたのだが、働き詰めの疲労と仕事が完了した安心感が故か、作業中にコックリ、コックリと揺れていた頭が仕事の完了と同時に前へ倒れ込み、スヤスヤと眠る羽目になってしまった。


 サニーほどは激しくないが、コールの方もぼちぼちサニー不足だ。

 コールは、そろそろ会いたいな、いい加減、仕事も落ち着いたかな? と、サニーの自宅前をウロウロしていた。

 なかなか中に入れないでいるのは、

『女の子の家って、急に押しかけても大丈夫なのかな? 嫌がられたりしないかな? まだ忙しかったりするのかな? サニーが僕の家に来てくれるまで待ってた方が良いのかな?』

 と不安になっていたからだ。

 サニーは隙さえあればコールの家へ押しかけていくというのに、随分と謙虚な事である。

 心優しい心配性なコールが玄関の前でモジモジとしていると、ひとりでにドアが開いて初老の男性が顔を覗かせた。

 サニーとお揃いの瞳に優しい笑顔、実年齢に対して随分と若々しい姿をしている彼はサニーの実父だ。

「あ! えっと、サニーのお父さんの……リックさん。こんにちは」

 人見知りのコールだが、好きな子の親となると余計に緊張してしまう。

 タジタジとしながら挨拶をし、ペコリと頭を下げると、コールの初々しさが微笑ましくてリックが柔らかく笑う。

「こんにちは、コール君。今日はどうしたんだい?」

「えっと、その、サニー、元気かなって、ちょっと様子を見に来たんですけど」

 問われた瞬間に肩を跳ね上げ、目線を上げたり下げたりしながらギュッとコートを握って返事をすれば、あまりのチキンぶりにリックが苦笑いを浮かべた。

「そんなに緊張しなくていいよ。サニーなら多分、部屋で仕事を片付けていると思うよ」

 仕事の邪魔をするわけにはいかない。

 リックの返事にシュンと肩を落としたコールが、

「そうでしたか。すみません、ありがとうございます。それなら僕、出直します」

 と、踵を返そうとすれば、リックが優しく彼の肩を叩いた。

「いや、その必要は無いよ。もう、昨日までの忙しさは去ったようだから休憩を入れられるだろうし、それにコール君は娘にとって何よりも大切な栄養源だそうだからね。娘も随分と会いたがっていたから、良かったら家に上がっていってくれ」

 何よりも大切な栄養源。

 お世辞で言ったわけでもなければ、サニーとコールの様子を見ていたリックがそのように解釈したわけでもない。

 昨夜、色々と限界がキていたサニーがムシャムシャと夕食を頬張りながら、

「足りない。いくら食べても血肉になっている気がしない。やっぱり、コールさんじゃなきゃダメなんだわ。むしろコールさんならカプッと噛んだり、手の甲にキスをするだけで一日に必要な栄養を全て摂取できて肌も潤って若返るのに。コールさんが、コールさんだけが私の何よりも大切な栄養源なのに……! うぅ、コールさん。早くコールさんに会ってコールさんを摂取したいよぉ!」

 と、涙ぐんでいたのだ。

 暴れる元気がなかったので床の上でゴロゴロと転がって気色の悪い笑みを浮かべ、妄想のコールにセクハラをすることは無かったが、代わりに悔しそうな表情を浮かべて泣きながら机に突っ伏していた。

 悲壮感漂うサニーの姿を見て、リックが「我が娘ながら危険なやつだ」と苦笑いを浮かべていたのは言うまでもない。

 まあ、実は彼も若い時大概な性格をしていたのだが。

 猛獣っぽいところは母親似のサニーだが、「恋人がいなきゃ生きてけない!」となる部分は父親譲りである。

 ともかく、サニーが自分に会いたがっていたと聞いて、コールの表情がパッと明るくなった。

「それなら、お邪魔します!」

 元気になったコールが宣言すれば、リックが頷き返して彼を自宅へと招き入れ、サニーの部屋の前まで案内してくれる。

 すっかり意識の外に放り投げていたが、コールがサニーの部屋に来るのは今回が初めてだ。

 リックがいなくなると途端に緊張し、ドキドキと胸を鳴らしながら数回ノックをした。

 しかし、いくら叩いても返事がない。

『不在なのかな? それとも、集中してて周りの音が聞こえなくなっちゃってるだけ? 僕も作品を作ってる時にたまにあるもんな』

 ごめんね! と心の中で謝罪をしながらドアを開ける。

 そしてゆっくりと部屋に入り、辺りを見回すと、すぐに机の突っ伏してスヤスヤと寝息を立てているサニーを見つけることができた。

『サニー、寝てる。だからノックしても返事がなかったのか。あ! あれは僕があげたウサギだ』

 机の上に置かれた小さな棚の上には、以前にコールがプレゼントしたウサギのぬいぐるみがバスケットの中でお行儀よく座っていた。

 ここ最近忙しかった影響か部屋の中は少し散らかっており、机の上でも紙とペンが躍っている状態だが、ウサギやバスケットには塵一つ掛かっていない。

 また、ウサギの尻に敷かれているハンカチも品質の良いスベスベな物が使用されている。

『サニー、大切にしてくれてたんだ。嬉しいな』

 丁重な扱いにコールは心をほっこりとさせてニコニコと微笑んでいる。

 だが、実はこのウサギ、コール末期患者のサニーによって、

「この子はまだ洗ってないからコールさんの香りと魂をたっぷり蓄えてる気がするわ。へへへ、イイ匂い。この洗濯洗剤の匂いはウチのじゃなくてコールさん家の物のはず。つまり、コールさんの下着や衣服と同じ匂い。この子は実質コールさん。うへへへへへ……」

 と、嗅ぎまわされていた。

 まあ、こういった救えない変態エピソードは言わぬが花だろう。

 可愛いウサギさんが穢れた印象になってしまう。

『このウサギ、サニーのこと見守ってくれてるみたいだ』

 何も知らぬコールは兎にニコニコと微笑み、可愛い感想を持つと、それからサニーに視点を移した。

 よほど疲れているのか、サニーは最愛の侵入にも気が付かずに眠り続けている。

 コールは息を殺して音を立てぬように移動するとサニーの隣までやって来てコッソリと寝顔を覗き込んだ。

『僕は結構サニーの前で居眠りしちゃったことあるけど、サニーが寝ているところを見るのは初めてかもしれない。寝てると少し幼く見える。可愛いな』

 サニーの内面は肉食獣だが、外側は愛らしい小動物風であることが多い。

 そのため、兎やリスが気持ちよさそうに眠っている姿と重なった。

 普段はチャカチャカと忙しく動いて明るく可愛らしい姿を見せ、ふとした瞬間にコールを狙って肉食系のキメラになる。

 サニー自身がコールの前では上品に美しく振舞って、自分を好きになってもらおうと計画しているため、基本的にふわふわと油断した姿を見せないよう気を配っている。

 だからこそのギャップ萌えだろうか。

 コールはサニーのあどけない寝顔にドキドキと胸を鳴らしていた。

『サニーが僕の寝てるところを見たがる気持ちがちょっと分かるかも。それに、悪戯したくなる気持ちも』

 ムクムクとコールの心に芽生えたものは、普段はのんびりと眠っている小さな嗜虐心だ。

 舌を出して眠る猫の舌をつついてしまったり、綺麗に揃えられた前足の間に指を突っ込んだり、耳に触れて反撃されたりするのを楽しむような、ちょっとしたスリルと悪戯心がせり上がる。

 また、コールは既に寝起きに悪戯されているので、仕返しという大義名分も持っている。

 何かやってやろうと企みだした。

『オーソドックスなのは、ほっぺを突くやつだよね。後ろから抱き締めるのは大胆過ぎるというか、悪戯じゃない気がするし、嫌! コールさん最低! 屑! って怒られたら嫌だから止めておこうかな。でも、悪戯って言うと、ちょっとエッチなのが出てきちゃうな』

 男性向け大衆小説の読み過ぎである。

 悶々としたままチラリとサニーを盗み見れば、白いうなじに三つ編みから抜け出した後れ毛が汗でへばり付いているのが目に入ってしまった。

 何でもないはずの首筋が妙に気になる。

 また、小さな唇はキュッと閉じていて愛らしい印象であるし、冬だが室内にいる影響か身に着けているセーターはかなり薄く、大胆に開いた襟からは鎖骨が見えた。

 寝汗が全身を薄く蝕む姿は妙に色っぽく映ってしまう。

 サニーが油断して眠りこけているからこそ、余計に。

『僕がこんな風にしてたら、サニーなら齧りたいとか、ちゅーしたいとか、嗅ぎたいとか思うのかな。サニー、スケベだから。僕も……いや、流石にダメだ!』

 スケベさを必死に隠しているつもりのサニーだが、意外とコールは素の彼女への解像度が高い。

 それもそのはず、サニーは定期的にコールの前で暴走するし、そうでなくとも彼自身が彼女からの評価を知りたがってログやセイに、

「サニー、僕の事なんか言ってた? その、どんな風に思ってるかなって……」

 と、問いかけたりするのだ。

 サニーがスケベを隠そうとしていることは理解している二人だが、ログもセイも割と容赦がないので、

「雄っぱい揉みたいって暴れてたよ。胸筋で圧死するか窒息死させられたいんだって」

 とか、

「お尻を、もっと見たい。最近、コートを脱いでくれるから、嬉しくて堪らない。後……生地の薄いものを着てくれたら、鼻血を出して出血多量死する、らしい」

 などとアッサリ暴露してしまう。

 まあ、これでもカルメやウィリアよりは手加減して晒している方なのだが。

 このようなわけで、コールはサニーが変態であることを結構しっかりと理解している。

 それでも自分に自信が無く、恋愛感情を抱かれている自信も今一つないので積極的にアプローチをすることはできないが。

 コールは真っ赤な顔でブンブンと首を振ると、ポンポンと出てくるスケベな悪戯を脳内から追い出した。

『普通にほっぺをつつこう! あれ? サニー、口が空いて、モグモグしてる? 夢の中でご飯でも食べてるのかな?』

 急にムニンムニンと動き出した唇が気になる。

 少し観察していると、ふへへ……と笑ったサニーが、

「コールさん……コールさん……美味しい」

 と、寝言を呟いて笑った。

『僕と食事でもしてるのかな? 何を食べてるんだろう』

「ふへへ、コールさん……の……雄っぱ、おいし……」

『本当に何を食べているの!?』

 よく見てみると、なんだか口の動きが怪しく見える。

 そう、食べているのではなく、吸っているような……

 真っ赤になったコールが思わず後ずさりをすると、床に落ちていた衣類に足を取られて尻もちをついてしまった。

 ドシンと大きな音が鳴り、コールが「いてて……」と腰を擦りながらぼやく。

 すると流石のサニーも目を覚ましたようで、パチリと目を開けると後ろを振り返った。

「コールさん!? 大丈ぶ……スケベ~!」

 控えめ誘惑系のコールはサニーに構ってほしかったりするとコートのボタンを外して前をはだけさせる。

 また、今回身に着けているのは以前にサニーが大興奮したセーターとズボンで、胸や太股、尻などの体の線がはっきりと見える者だった。

 それが尻もちをついて両足を開いているので堪らない。

『本当は触り過ぎちゃ駄目なんだけど、でも、理性が利きそうにないわ。少しだけ摂取させて。今だけは逃げないでね、コールさん』

 サニーは椅子から降りると股の間に入り込んでちょこんと座り、ギュムッとコールの胸に抱き着いて胸板に顔を押し付けた。

『ウサギよりも良い匂いがする。流石コールさん。やっぱり本物は違うわね。とってもあったかい。それに、小刻みに震えているのがかわいらしくて堪らない。薄いセーター越しに触れる雄っぱいもムチムチで堪らないし、背中もガッシリで、鎖骨がえっちで、もう……!』

 サニーとしては、とにかく摂取することが優先となるのだろう。

 脳は興奮しているが、いつもほどの勢いがない。

 普段がガツガツと肉を貪る飢えた獣ならば、今日のサニーは飢餓状態に置かれているがために重湯を啜るしかない瀕死のケダモノだ。

 そのため、ゆっくりゆっくりとコールを堪能して体を柔らかく溶かす。

『コールさん、全然逃げないし顔も隠さないわね。なんか、捕食されてる小動物が固まって動けなくなるみたいで愛しいわ』

 ゆっくりとコールを落としているつもりのサニーにとって、過度にくっつくことはタブーだ。

 コールのキャパシティを超えるようなアプローチも禁止である。

 そのため、サニーはコールの胸を揉みこんだり胸板にキスをして鎖骨を齧ったりしたいという欲求を抑えると、無防備に投げ出された手に自分の手を絡めた。

 それからゆっくりと自分の前まで持ってきて、ちょんと触れるようなキスをする。

 久しぶりのサニーに触れられ、コールが真っ赤になって小さく震える。

「ふふ、最近はお友達の挨拶ができていなかったから。ねえ、コールさん。お願いをしてもいい?」

 コールがぼーっとしたままコクコクと頷くと、サニーは嬉しそうに微笑んだ。

「最近疲れたから、頭を撫でて欲しいの。優しくできる?」

「ふふ、温かい。コールさん、大好きよ。もう少し撫でていてね。ねえ、コールさん。コールさんがコートをはだけているの、珍しいわね。私のお部屋に安心を覚えてくれたの?」

「う、うん」

「ふふ、嬉しい。かわいいわ」

 クスクス笑いのサニーが何の気なしにツンと胸を突いたのだが、彼女に秘められたスケベな第六感が囁いたのか、あるいは本当にうっかりだったのか、白く綺麗な指がコールの大変なところに直撃してしまった。

「びゃっ!」

 反射的にコールが両腕で胸を隠し、上半身を後ろに引く。

 時間差で事態を理解したらしい。

 真っ白だった肌が一瞬の間をおいて顔の中心から真っ赤に染まり、初めは驚きで丸く見開かれていた瞳にブワリと涙が浮かぶ。

 うまく言葉を出せないのか、アワアワと波打つ唇をパクパクと開閉させた。

 全身が茹ると同時に薄く汗ばんで、大きな手のひらがギュッと胸元の衣服を鷲掴んでいる。

 これに対し、同じように時間差でコールのアレなところを突っついたのだと理解したサニーは、丸かった瞳の奥にハートを忍ばせてドロリと歪ませた。

 ニヤニヤと口角を上げ、逃げようとするコールの上半身にのしかかって逃走を妨害する。

「コールさん、どうして逃げようとするの? 私はただ、コールさんの盛り上がった筋肉が麗しい雄っぱいをつっついただけなのに」

 口元から覗く丸っこい牙が逃がさないぞと笑う。

 猫の手と見紛うような可愛らしい手がポンとコールの腕の上に置かれる。

 そのまま少し圧をかける姿は猫がゆっくりと鍵爪を出し、肉に食い込ませて引き寄せようとするかのようだった。

「え!? まって、サニー、本当にどこをつっついたか分かってないの!?」

「ええ。全く分からないわ。私、コールさんの変なところをつっついちゃったの?」

 コテンと無垢な表情で首を傾げ、あまつさえ、

「ねえ、コールさん、私が何をしたのか、どこを触ってしまったのか、教えてくれない?」

 と、問う姿はどこまでも白々しい。

 サニーがコールの「どこ」をつついてしまったのか、理解していない訳が無いのだ。

 それでも「え~? わかんな~い」と惚け、

「えっ!? えっと、その、あの、僕の、えっと……」

 と、しどろもどろになる姿を眺めてニヤけているのは、コールの前で比較的上品に振舞うためではない。

 そして、今回ばかりは涙目になって体を可能な限り彼女から遠ざけ、胸を隠しながらモゾモゾと揺れ、羞恥心に侵される彼を更に揶揄い、プルプルと震えてフードの中に引きこもるまでを楽しもうとしているからではない。

 今回のコレは、もっと単純な話だ。

『プルプル涙目かわいいコールさんがモジモジと恥じらいながら乳首って言う姿をみた~い!!』

 これこそがサニーの本心である。

 そう。

 ただただコールに乳首と言って欲しかったのだ。

 乳首と言って貰いたいだけの阿保な欲求だが願いは強い。

 そのため、サニーはどこまでもコールに圧をかけ、追い詰める。

「ねえ、コールさん、どうしたの? どこか変なところだったの? ねえ、ねえ、コールさん」

 圧をかけすぎて抑圧しているつもりのスケベな猛獣が滲み出し、全身を覆う。

 コールはモニャモニャと口を動かすと、それからキュッと唇を引き締め、

「知らない!」

 とか、

「本当は分かってるよね!」

 と、怒りながら顔を背けて逃げ回っていたのだが、しつこいサニーからうまく逃げ切ることができなかったのか、最終的には片腕で両胸を隠し、もう片手で深くフードを被ったコールが、

「もう! 本当は分かってるんでしょ! エッチなところだよ。サニーのバカ!」

 と、吐き捨てた。

 真っ赤に染まる手の甲にフードから少しだけ覗く肌。

 少し震えた声に強気な答え方。

 ホコホコと上がる体温。

 エッチという文言にバカ! という言葉。

 言うと同時にキュッと布を握って身をよじる。

 全てが尊い。

『なんてことなの……下手に乳首と言われるよりもスケベでエッチだわ。まあ、乳首も言って欲しいけど。でも、それでも、ああ……神様……』

 感極まったサニーの鼻から真っ赤な液体がツッと流れ始める。

 今までは目には見えぬ透明な心の鼻血を噴出することがしょっちゅうだったが、とうとう本物の血液が出てしまった。

「わぁっ! サニー! 鼻血が出てるよ!?」

 真っ赤な血液にギョッとしたコールが羞恥も忘れて体を起こし、サニーの顔を覗き込んだのだが、当の本人はケロッとしている。

「あら、本当ね。興奮しすぎたのかしら。それとも、急に良質で高カロリーな最高の栄養(コール)を得てしまったから体が耐え切れなかったのかしらね。脆すぎるわ。これから先、もっと多量のコールさんを摂取するようになるんだから、肉体ももっと頑丈にしないと」

 サニーは冷静に分析すると、己の弱さを嘆いて溜息を吐く。

 そして、これ以上みっともない姿を晒さないようにとポケットからハンカチを取り出し、鼻の下に押し当てた。

「サニーは一体、何を言っているの? ねえ、鼻血は大丈夫? 僕の身体、熱いでしょ。それに、その……サニー、僕に、その、僕のせいで鼻血を出したんでしょ? 一回、離れるよ」

 どうやらコール、サニーが自分に大興奮して鼻血を噴出したことは理解しているらしい。

 申し訳なさそうに身を引き、距離をとろうとするコールだが、謝るべきであるのはどう考えてもサニーの方である。

 コールが自分の側から離れるのを察すると、サニーは嫌そうに眉をひそめた。

「ええ……嫌よ。せっかくコールさんが大人しく抱っこさせてくれてたのに。またとない機械じゃない。それに……あ! ねえ、コールさん。もっと頭を撫でて。そうしたら絶対に鼻血も治るから。だって、コールさんは栄養であるとともにお薬なんですもの」

 良いこと思い付いた! と、明るく笑うサニーだが、あいにくコールは彼女の阿保な発言を信用していない。

 訝しげな表情で彼女の瞳を見つめ、それから優しく頭を撫でてやったのだが、その直後にハンカチが勢いよく血で染まったのを確認すると、

「逆効果じゃん。駄目だよ、サニーから血が無くなっちゃう。僕、本当に離れるからね」

 と、呆れた溜息を吐いてスッと立ち上がった。

 だが、その足にガシッとサニーが縋りつく。

「嫌よ! コールさんを摂取できると思って今日まで生きてきたのに!! 折角いつもは逃げちゃうコールさんが私のことを甘く労わってくれてたのに! 鼻血ごときでコールさんの雄っぱいやシックスパックを諦められないわ……良いおみ足! 太股も最高ね、コールさん!!」

 涙目になるサニーだが、太ももに抱き着くうちに布越しの柔らかさや筋肉に興奮し始めたようで、段々に鼻息を荒くする。

 そうすると鼻血まで溢れだし、固まりかけの血で鼻にへばり付いた布が更に汚れる。

「わぁぁ! 駄目だよサニー! 本当に鼻血で十傑多量死したらどうするの! おばかな死因として後世まで語り継がれちゃうよ! いいの!?」

 コールは引くと同時にサニーの隣に市がよぎって焦り、ますます彼女から距離をとろうと逃げ出す。

 アホな質問をするのも焦りが故である。

 しかし、いくら離れて! と叱ってもコールを摂取することを止めない。

 おまけに、

「いいわよ! コールさんで死ねるなら本望! コールさんを摂取できるなら体が壊れちゃってもいいわ!」

 と、末期中毒者のようなことまで言い出すサニーだ。

「お洋服は汚さないから、もうちょっと摂取させて、コールさん!」

 ガッツリと我儘を言い出す彼女にホトホト困り果ててしまったコールだが、それでも足にしがみつかれると悪い気がしない。

 それに、焦りでつい逃げようとしたコールだが、これまでの経験からサニーには飴を与えた方が効果的だということは分かっていた。

 故に、サニーに抱き着かれた太股を揺らすことを止めるとジッと彼女の顔を覗き込む。

 それから飴を提示しようとしたのだが、

「ちゃんと鼻血を止めたら、また頭を撫でてあげる。それに、あ、その……何でもない」

 と、モゴモゴと誤魔化してプイッと顔を逸らした。

 頬が染まっているのが見える。

 サニーは待てとお預けが効かない性格だ。

 焦らされると暴れてしまう。

「何でもない!? 一体何を恥じらったの!? ちゃんと教えて、コールさん! そうじゃなきゃ私、永遠に鼻血を垂れ流すわよ」

 とんでもない脅迫があったものだが、実際、サニーは脳内に妄想のイヤらしいコールを飼っているので、想像だけが独り歩きをして彼女に興奮を促していた。

 ピョンッ! ピョンッ! と座ったまま小刻みに飛び始め、三つ編みが暴れ出す。

「変な脅しを使わないでよ! 落ち着いて、落ち着いて。いや、その、大したことじゃないんだ。ただ、今日は僕が友達の挨拶をしようかなって、それだけ……」

 友達の挨拶というのは、サニーがコールの手の甲にキスをしたいがばかりに適当に作り上げた謎のルールである。

 これを元にサニーは別れ際、コールの手の甲に柔らかくキスをしていたのだが、極まれに彼の方からしてくれることもある。

 その度に舞い上がって、サニーは羞恥のあまりコートの中に引きこもるコールをつつき回したりしていた。

 それを褒美として設定するのがどうにも恥ずかしかったのだろう。

 改めて内容を話したコールは、スッとコートの中で体育座りをして貝になった。

 それから、チラッとフードを動かしてサニーの表情を覗き、嫌がられてないかな? というのと、もしかしたら喜んでくれたりするのかな? というのを確認し始める。

 サニーにとって発狂しそうなほどに堪らない提案であり、光景だ。

 彼女は無言で現実の鼻血を噴出させたが、すぐに部屋の棚を漁って二枚目のハンカチを取り出すと新しい方を鼻に押し当てた。

 それから部屋の中心で正座になり、そっと瞳を閉じる。

「鼻血を止めたらコールさんが鼻にキスしてくれる。鼻血を止めたらコールさんが花にキスをしてくれる。鼻血を止めたらコールさんが花にキスをしてくれる」

 願い事を高速で三回唱えるのが最近のサニーのマイブームだ。

 コールにとって、手の甲にキスはギリギリ受け入れられる提案だが、鼻にキスなどとんでもない。

 されるだけで精一杯である。

 そのためコールは、

「え!? 手の甲じゃないの!?」

 と目を丸くし、何度も「手の甲だよ?」と念押ししたのだが、サニーは全くもって聞く耳を持たない。

 それから彼女は精神統一と気合で鼻血を止めると、素早く洗面台へ向かって丁寧に鼻を洗った。

 キラキラの瞳でキスを迫るサニーの要求が通ったのか。

 そんなものは、コールをたくさん摂取できて嬉しい! かわいくて堪らない! ありがとうございます! と、はしゃぐサニーと、真っ赤な貝になって震えまくり、帰宅まで引きこもったままでいたコールを見れば一目瞭然だろう。

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3 ひねくれカルメはログの溺愛が怖い……はずだったのに! 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週2投稿 @SorairoMomiji

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