おまけ話 スヤスヤスヤァ
叔母の雑貨屋で働いているコールだが、彼は基本的に店番をしない。
理由は単純で、彼が人目を怖がる臆病な性格をしているからだ。
そのため、店番や接客などの人間と直接関わる仕事はケイトが担っている。
代わりにコールはケイトよりも多く作品を作ったり、技術の要る物に挑んだり、終業後の店内清掃や材料の発注なんかをして裏方に徹していた。
手先が非常に器用で裁縫好きなコールは素敵な作品を作る。
ケイトは甥の優れた才能を素直に認めながらも、臆病で夜間以外は外出できない彼の将来を案じていた。
しかし、最近のコールはログと交友関係を持ったり、サニーに恋をしたことをきっかけに昼間でも外出できるようになったりと、これまででは考えられないような目覚ましい進化を遂げている。
酷く疲労する代わりに少しずつ店番もできるようになっていて、ケイトはすっかり安心していたのだが、久々に彼関連で小さくため息を吐いていた。
「ごめんなさいね、サニー。せっかく遊びに来てくれたのに、コールったらまだ眠っているのよ。最近はお昼まで寝てるなんてことは減ってたのに。それに、昼食作りまで手伝って貰っちゃって」
毎朝キチンと起きて身支度を整え、朝食をシッカリとってから働き始めるというメリハリのついた生活をしているケイトにとって、昼過ぎまで眠るコールの高度はだらしがなく思え、少し恥ずかしいようだ。
二階の自室でスヤスヤと寝息を立てている甥を想像して、ケイトは再度ため息を吐いた。
しかし、鍋の前に立って料理を続けるサニーは何でもないように笑ってフルフルと首を振った。
「いえ、私が急に押しかけちゃっただけなので、コールさんが眠っているのも仕方のない事ですよ。それにお昼についても、前々からコールさんの体内に入ってコールさんの健康を作り出す料理を自分の手で作ってみたかったんです。だから、むしろ嬉しいですよ」
何やら言葉に不穏な気配を感じるが、彼女がかき混ぜているのは柔らかい湯気を立てる温かなスープだ。
湯気に乗せられて食欲を刺激する香辛料の良い匂いが辺りに漂った。
コールのためを思って作られたスープには冷えた体を温めるトウガラシや栄養のある根菜などが入っている。
スケベな猛獣ことサニーはカルメを始めとする仲間内から怖い変態と評価されている。
だが、だからといって、「コールさんに私を混ぜ込むのよ……」と暗い危険思想を持ち、髪や血などの異物を混入させたりはしていない。
誰が食べても安全に美味しく頂けるサニー特製の野菜スープである。
ニコニコと嬉しそうに料理を作るサニーにケイトも柔らかく微笑んだ。
「ありがとうね、サニー。それにしても美味しそうなスープ。お裾分けにって持ってきてくれたマフィンも美味しかったし、サニーはいいお嫁さんになるわ。コールのね」
ニマニマとしたケイトから発される最後の一言が強烈に蛇足である。
普通ならば友達の保護者に振られて困る話題、ベストスリーに入るだろう。
はい! と肯定するわけにもいかないが、相手が友達の保護者であるため力強く否定しては無駄な禍根を生むわけにもいかない。
曖昧に笑って濁すのが関の山であり、ケイトは後から、
「ケイトさん、人は良いんだけれど返事に困るような冗談ばかり言ってくるのよ……」
と、不満を溢されてしまうだろう。
だが、彼女たちの場合は、
「サニーがコールに恋愛感情を抱いている」
という前提を互いに了承しており、またケイトはサニーに肯定的である。
また、サニーはコールを手に入れようとせっせと外堀を埋めている最中なので、ケイトに好かれている場合には全く問題が無い。
そのため、揶揄われたサニーは、
「ありがとうございます! コールさんも私の手料理を喜んでくれたらいいですね」
と快活な笑みを見せた。
「ところでコールさん、今、寝てるんですよね。いつも、お昼って起こしてますか?」
「基本的には起こさないわね。あの子ももう大きいし、自分で勝手に食べなさいって言ってあるわ。でも、流石に今日は起こすわよ。せっかくサニーが来てくれたのに悪いし、それにあの子、サニーが来たのに呼ばないでいると拗ねるから」
以前、サニーが仕事関連でケイトの雑貨屋を訪ねてきた時に二階で作業しているコールを呼ばずに放置していたら、後から、
「なんでサニーが来てるのに呼んでくれなかったの!? 僕だって、ちゃんと雑貨屋で働いてるんだから仕事の話ができたのに。ケイトさん、お仕事の話はちゃんと聞きなさいって言ってたじゃん!」
と、不機嫌に文句を言われてしまった。
まるで、雑貨屋店員としてのプライドが傷つけられたとでも言いたげな口ぶりだが、本音はサニーに会いたかっただけである。
しかし、それを素直に口にするのが恥ずかしかったから誤魔化したのだ。
ポコポコと怒るコールはあくまでも仕事の話に混ぜてもらえなかったと主張するが、彼は態度や表情に心情が表れる性格をしているから隠し事が下手であるし、ケイトの方も、もう何年も彼の保護者をしている。
そのため、心の内がありありと分かってしまい、呆れた表情で、
「だって、私一人で足りる内容だったんだもの。それに、サニーだって忙しかったみたいよ。確認だけしたらすぐに帰っちゃったし」
とだけ返したのだが、それでもコールは納得のいっていない表情で、
「でも、サニーだってさ、すぐに帰んないで、ちょっとでも顔を見せてくれたらよかったのに……」
と、いじける始末だった。
久々にフードを被り、しょんぼりと落ち込みながら部屋に戻るコールの姿を見て、
「我が甥ながらなんて面倒なやつなんだ……」
と、ケイトが苦笑いを溢したのは言うまでもない。
サニーのいる昼食の場に呼ばなければ三日は拗ねる。
ケイトのみならずサニーにも拗ねに拗ね、一時的に引きこもりに逆戻りするだろう。
大きな面倒ごとと小さな面倒ごと。
そのどちらかを選ばなければならないのならば、小さい方が良いに決まっている。
ケイトはバスケットに盛られたパンをテーブルに運ぶとコールの部屋へ向かうべく台所を出ようとした。
しかし、ドアノブに手を伸ばすケイトにサニーが待ったを掛ける。
「あの、それなら私がコールさんを起こしてきてもいいですか?」
勿論、サニーの目的はコールの寝顔や寝姿を拝むことである。
布団に潜っているところを想像するだけで興奮し、瞳がハートで濁って鼻息が荒くなる。
ケイトの手前、あまり品の無い行動をとらないようにと自制しながら静かに挙手をするのだが、確実に吐息は熱くなっていた。
そんな彼女にケイトは苦笑いを浮かべる。
サニーの邪な心を読んだからではなく、コールの寝起きの面倒くささを熟知しているからだ。
「代わってくれるなら嬉しいけど、あの子はあんまり寝起き良くないわよ。別に不機嫌になるってわけじゃないんだけどね、寝ぼけてると言語不明の言葉を出して奇行に走るのよ。この間は『わぁったひおあssdじおはお』みたいなことを言いながら抱き枕を着ようとして奮闘してたし。目が覚めるまでにもかなり時間がかかるのよね……」
言いながら寝起きの悪いコールの姿を思い出したのかケイトは深くため息を吐く。
それと同時にサニーの脳内でも、もにゃもにゃと口を動かしながら上裸になって抱き枕に頭を突っ込み、もがく姿が如実に映し出された。
晒される白い胸筋に力が籠められるシックスパック。
両の瞳をトロンとさせて呂律の回らない様子で舌を動かし、抱き枕に顔面を埋めている姿を想像すれば、興奮も愛しさも抑えきれなくなって爆発する。
「か、かわいすぎる!! かわいすぎるわ、コールさん!! ぜひ! ぜひ行かせてください!!」
よろしくお願いします! と頭を下げるサニーの勢いはすさまじい。
風圧で食器がカラカラと音を立てるほどだ。
また、熱心にケイトを見つめて頼み込むオレンジの瞳の奥ではチカチカと欲求の光が明滅していて、見る者を圧倒させた。
気圧されたケイトが「どうぞ」と頷けば、サニーはスキップするような弾む足取りでコールの部屋へ向かって行く。
階段を上がって廊下を抜け、コールと書かれたプレートのかかるドアの前までやってくると軽くノックをする。
だが、部屋の主は眠っているので当然に返事はない。
コールが熟睡しているという事実に口角が上がる。
サニーはニマァ……と微笑むと物音を立てないように静かにドアを開けた。
もう既に何度か入ったコールの部屋。
サニーが彼のぬいぐるみ好きを肯定して以来、部屋には可愛らしい小物が多数置かれるようになった。
少し前までは仕舞い込まれていた大きなハリネズミのぬいぐるみも窮屈な木箱を抜け出して堂々とベッドに設置されている。
こじんまりとしていてシンプルだった部屋は、だいぶ雰囲気を変えていた。
サニー的にはどちらも好ましい。
ふいに視界に入った机の上には、小さなショーケースに入ったコール特性のハリネズミのぬいぐるみが大切に飾られている。
サニーがコールに恋をして以来、異様に好きになった動物がハリネズミだ。
ショーケースに仕舞われたまま明後日の方角を見つめるハリネズミの横顔に怯え可愛いコールの姿を重ねて、サニーはヒラヒラと手を振った。
『ふふ、かわいい。さて、肝心のコールさんは……あっ、あっ、あっ、か、神様、ありがとうございます……!!!』
考える前に目玉が動く。
皮膚を突き破ってコールに抱き着きに行ってしまいそうになる心臓を押さえ、なるべく平常心を保ちながらベッドの上を確認する。
だが、コールの姿を見た瞬間、サニーは両目から涙を流して膝から崩れ落ちた。
組まれた両手は胸元にあり、まるで神に祈りを捧げる聖職者だ。
かなり激しく感動しているサニーだが、コールがそれほど珍しい寝相で熟睡しているのかと言えば、決してそんなことは無い。
コールは毛布を目元まで上げてシッカリと温かな布の中に入り込み、何かに抱き着きながら横向きになって眠っているだけだ。
気が付けば真冬に下着一枚、毛布すら掛けない、という状態になっていたこともあるくらいなので、コールとしてはかなり大人しい寝相である。
そうであるにもかかわらずサニーがこんなにも感動しているのは、単純にコールが好きで堪らないからだろう。
サニーはコールならば何でもいい節がある。
加えて、コールの可愛らしい姿が大好きな彼女にとっては、寒がりなハリネズミを彷彿とさせるモコモコと温かな姿が好ましくて堪らなかったのかもしれない。
サニーは正座をしたまま器用にススススス……とコールの元へ寄っていく。
『ああっ! 寝癖のついた短髪と毛布の中に埋められた愛らしい寝顔が堪らない!! どうして、スー、スー、なんて可愛い寝息を立てられるの!? 丸まった姿勢がハリネズミさんみたいで、もう、もう、可愛くてしょうがないわ!! 普段はあんなに格好良いのに、どうしてこんな!! 可愛らしさと格好良さのコラボレーションが堪らないわ!!』
毛布によって覆われた顔面は上からは見ることができない。
そのため、サニーはベッドの斜め下から覗き込むという非常に気色の悪い手法をとってコールの顔を拝んでいた。
大興奮の脳内と連動してサニーの鼻息も熱く、荒くなっている。
今すぐ抱き着いて襲いたい!! という気持ちを何とか落ち着かせると、サニーはソロソロと手を伸ばしてコールの頬をつつこうとした。
しかし、サニーの指先が頬に触れる前にコールが「うぅん……」と小さく唸り声を上げると、ゴロンと寝返りを打って彼女に背を向ける。
そうすると毛布から転がり出された彼の丸まった背中がサニーの方へやってくるのだが、それを確認して彼女は大きく目を見開いた。
『コールさんっ!!! それはあまりにスケベすぎるわ、コールさんっ!!』
脳内で大絶叫するサニーだがコールの寝姿に大興奮した時と同様、部屋着が捲れて腰が少し露出しているのを大袈裟に喜んでいるだけである。
好きな異性が無防備に腰を出していたらキュンとするかもしれないが、ドスケベ! ドスケベ!! と騒ぎ回るのはいかがなものだろうか。
震える指先がゆっくりと持ち上がる。
『つ、突っついても良いのよね、コールさん! だって、起こすためだもんね!? コールさんのモチモチ柔らかなお腰様をツンツンしたい!! 何よりも、部屋着からはみ出たお尻様かパンツさまが見たい!!! どうしても見たいわ、コールさん!! 見せて!!!』
いけない。
突いてはいけないし、抉るように他人様の腰と部屋着の境を見つめてもいけない。
部屋着をずり下げようと手を伸ばすなど、もってのほかである。
毎度のことながら、割と強いはずだったサニーの理性はコールの部屋に入ると仮死状態になる。
仕方がないのでサニーの中に残った微少の自制心が己の愚行を食い止めるべく働き、邪にコールへと伸びる腕をもう片方の手でガシイッと掴んだ。
両手同士が無言の攻防を繰り広げ、膠着状態になる。
両の瞳はシッカリとコールの腰を捉えたままだ。
『ラッキースケベが起こりますように、ラッキースケベ起こりますように、ラッキースケベが起こりますように!!』
コールの腰は流れ星ではない。
しかし、身を引きながら腰を見つめる瞳にはとんでもない圧力の欲と願いが込められている。
人の視線に敏感なコールだ。
眠っていても何か感じるものがあったのかもしれない。
コールは、
「ん? んぅ? ふふ、えへへ」
と寝言で笑うと片腕を伸ばし、ポリポリと腰を掻いた。
それから部屋着の中に手を突っ込み、お尻をワシワシと掻いている。
『ああー!!!!! ワイルドにお尻様をお掻きになられてる!! スケベ、プリティ、スケベ! ああー!!!!!』
柔らかい布の中でモゾモゾと動く手を見ると、救いようのない変態ことサニーは感激のあまりドサッと音を立てて床に崩れた。
「コ、コールさん、コールさん、ふふぇふぃえへっへっ……!」
興奮で目元が真っ赤に染まり、口の端からは涎が垂れている。
気味の悪い声を上げながら床で痙攣している姿は瀕死の虫のようだ。
変態は倒れ込み、脳内で走馬灯のようにコールのお尻を掻く姿を巡らせながらベッドの方を眺めていたのだが、そうすると、急に毛布の塊がモゾモゾと動き出した。
どうやらサニーが倒れる時に出した物音でコールの目が覚めたらしい。
「あ、コールさんが起きて……寝惚け可愛いコールさんを拝まなきゃ。ふひゅへふぇぇぇ!」
最早グヘヘ……という思考を隠す気すらない。
ムクリと起き上がって涎を手の甲で拭いながらコールに目を向ける。
そして、ペタンと座り込むコールの姿を見てピシリと固まった。
「コールさん、綺麗……」
コールは親友でもある大きなハリネズミのぬいぐるみを抱えて眠っていたのだが、それが今は太ももの上にちょこんと乗っかっている。
寝癖のついた銀髪にヨれた部屋着。
開いた第一ボタンの後ろから覗く白い肌。
前に揃えて置かれた両手はあどけない愛らしさを感じさせる。
どれか一つをとっても、あるいは総合しても、サニーにとっては愛おしくて堪らない姿だ。
トロンとした目をムニャムニャと擦る仕草だって妙に可愛らしくて仕方がない。
だが、何よりもサニーの関心を引いたのはトロンとした瞳の美しさだった。
『まん丸な満月みたいな、太陽みたいな、凄く綺麗な金色だわ』
ぼんやりとした両目の金があまりにも美しかったから、浄化不可能なはずのサニーのスケベ心も和らいで、彼女はコールに見惚れた。
「んぇ? ふぁにー? ほれはゆめ?(サニー? これは夢?)」
若干不明瞭ではあるが、かろうじて何を言っているのかは察することの出来る言葉だ。
呂律の回らない様子が愛らしく、また、寝惚けてはいるが自分を捉えるようになった瞳が麗しくて仕方がない。
サニーは気が付けばボーッとしたまま頷いていた。
「ふぁにー、へへ、ほっは、ゆめはぁ(サニー、へへ、そっか、夢かぁ)。ほれなら、ふぁにー、あのね、おねふぁいがあるの、ひいふぇふれる?(それなら、サニー、お願いがあるの、聞いてくれる)」
コクコクと頷けばコールが嬉しそうに笑う。
「あのね、ぼふに、ひはぃfひおsdhfhlsdfh」
「え? 僕に、何?」
「らから、ぼふに、jkhsdかhkfだlhdふぉい」
肝心なところがすっかり不明瞭になってしまって聞き取れない。
もはや言葉であるかすら怪しいのだが、コールは自信ありげに笑っている。
『コールさん! なんで、なんで!! コールさんが許可さえくれれば、ちゅーでも抱っこでもエッチなことでも、何でもするのに!! 何でもしたいのに!! どうしてよりによって一番重要な部分が不明瞭になっちゃうの!!』
サニーは「不可抗力ならば少しだけコールにスケベな事をしてもいい」という、ろくでもないルールを己に課している。
普段は触れることの出来ないコールにグヘヘ……と、しょうもないことを考えていたサニーは急に希望が断たれ、悔しさのあまり床を叩いた。
床にうずくまり、何で! 何で! と沈む。
すると、要求を叶えてくれないサニーに焦れたコールがストンと床に降りてきた。
そして、
「ふぁにー、ぶっかdhksghkbldsh!」
と、何やら文句ありげに口を動かして、ギュッとサニーを抱き締める。
寝惚けて力加減が雑になっているのか、ギュムッと胸板に押し付けられているせいで少し息苦しい。
しかし、それが良い。
雑に動いたせいで部屋着のボタンがさらに二つ空き、顔面が直接胸板にぶつかっているのも堪らない。
「ふぁにー(サニー)、えへへ……」
フワフワと笑いながらコールが自分の頭に頬をすり寄せたのを察すると、サニーは言葉にならぬ悲鳴を上げた。
『コールさん!! 抱き締めて欲しかったの!? ああ!! 不可抗力万歳! ラッキースケベ万歳! 今世紀最大のありがたみです! 本当に堪らないです! ありがとうございます! 押し付ける胸板がムチムチあったかペタペタで、ちょっと汗をかいたコールさんの良い体臭と私の背中に回された腕が堪らなくて、あっ、ああ! ありがとうございます! ありがとうございます!!』
サニーの真っ赤な目元をツーッと涙が伝う。
彼女の脳内はお祭り騒ぎどころではない。
酒池肉林だ。
脳内の富豪サニーが川から汲んだ酒をがぶ飲みし、木になっているお肉をむしゃむしゃと頬張っている。
側に際どいヒラヒラな衣装をまとわせたコールを侍らせている辺り、業が深い。
『嗅いでおかなきゃ! コールさんの寝起きあったか体温と生雄っぱいを脳に刻みつけなきゃ! コールさん! コールさん!!』
一方的に抱き着かれたという大義名分を得たサニーがグリグリと温かな胸元に顔面をしつけて嗅ぎまわす。
いつもだったら「やめてよ! 恥ずかしいよ!」と叱られてしまう動作だが、コールが寝惚けている今、サニーを止める者はいない。
サニーが胸にキスを落とそうか、あるいはうっかりを狙って肌の面積を増やそうかと迷っていると、段々呂律の回って来たコールが、
「サニー、ふふ、サニーが僕に抱き着いてる。サニー、あのさ、それから……あれ? サニー?」
と、テンションの上がり過ぎた彼女を見て首を傾げた。
時間経過とともに、ようやく目が覚めてきたのだろう。
サニーを抱き締め、抱き返されたのが夢で起こった出来事なのではなく現実であったことを知り、一瞬青ざめたコールだったが、サニーが変態ムーブをしていることに気が付くと一瞬で顔面を真っ赤に染め上げた。
触れ合う肌の温度が上がり、コールが恥ずかしがっているのだと知れば変態のテンションが上がる。
コールの目が覚めたことに気がついていないという体をとれば不可抗力は有効だ。
ギリギリまでコールの胸と香りを堪能し、ついでに恥ずかしがっているところを拝みたいサニーは、
「サニー、僕から、えっと、えっと!!」
と、と口籠ってワタワタと両手足をばたつかせるコールを無視すると、両手両足を器用に使ってへばりついた。
それから、身動きのとりにくくなったコールが何とか起き上がって仮面をつけ、
「サニー、僕から離れて! 僕、起きたよ。変なことしたなら謝るからさ、離れてよ!」
と叱れば、サニーは渋々といった様子で拘束を解き、彼から離れた。
「酷いわ、コールさん。コールさんの方からギュッと抱きしめてくれたのに」
まだまだ抱き着きたかった! と口を尖らせれば、顔を赤くしたコールがモジモジと恥ずかしそうに俯く。
「だって、僕、サニーの夢を見てると思ったんだもん。夢? って聞いたら、サニー頷いてたし。あれ? ねえ、サニー、泣いてる?」
感涙が目元に残っていたのだろう。
コールはサニーの目尻に涙が溜まっていることに気が付くとサァッと顔色を悪くした。
青、赤、青、と変化する顔は非常に忙しい。
それからコールはジリッと後ずさりをすると、
「僕、僕、使っちゃったの? サニー、ごめんなさい、サニー」
と、カタカタと震え出した。
その姿はサニーに怯えているようにも見えるが、実際にコールが恐れているのは自分自身だ。
大切なサニーに危害を加えぬよう。
そして、危害を加えたかもしれないサニーから逃げ出すように、コールはジリッと後ずさりをした。
「コールさん?」
問いかけながら手を伸ばすとコールがビクッと震え、そのままドタバタとベッドに這い上がって毛布の中に包まる。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
コールはうわごとのように謝り続けていた。
プルプルと怖がるコールのことは大好きなサニーだが、現在のコールを見ても胸は高鳴らない。
心臓がヤスリをかけられたように痛み、不安を覚え、コールのことが心配で仕方がなくなった。
「コールさん、どうしたの?」
慎重に手を伸ばすが、何かを察知したのかコールが毛布にくるまったまま壁際に追い詰められていく。
きっと今は近寄れない。
サニーが困っていると、コールの方が小さく口を開いた。
「僕、ねえ、サニー、僕が何か言ったからサニーは泣いてたの? 僕、寝ぼけてサニーに良くないことを言った?」
鼻声がガタガタと震えている。
毛布にすっぽりと包まっている上に仮面に隠されているから決して見ることはできないが、きっとコールの瞳は涙で溢れていることだろう。
これに対し、何ら心当たりのないサニーが、
「え? いえ、お願いはされたけど」
と、平然と返せば何故かコールの肩が跳ね上がった。
「なんのお願いをしたの? え、エッチなこと言った? サニーの、その、えっと。されたくないことさせられて、泣いたの?」
「いいえ。お願いの内容は聞こえなかったの。コールさん、よく分からない呻き声みたいなのしか出さなかったから。なあに? スケベなお願いだったの?」
「う、いや、その……ねえ、それならどうして泣いてたの?」
サニーの様子と言葉に安心を覚えたのか、少しだけコールの話し方が明るくなる。
指摘されてようやく自分が涙を流していたことに気が付いたようだ。
サニーは「涙?」と首を傾げた後に人差し指で目尻を拭い、「ああ」と納得のいったような声を出した。
「コールさんに抱きしめられたのが嬉しくて感極まって泣いちゃったみたい。ねえ、大丈夫だから、そろそろ出てきてくれない? お布団に包まるコールさんも可愛いけど、そろそろお顔が見たいわ」
気が付けばコールの震えが止まっていた。
ベッドによじ登ってもコールは逃げ出しそうにない。
二人でベッドの上にいるとか最高にスケベじゃない!? と若干興奮しながらもコールに手を伸ばし、ゆっくりと毛布を捲る。
顔を覗いて「出ておいで」と優しく声をかければ、コールはモジモジとしながら出てきてバツが悪そうに目線を下げた。
「あのさ、サニー、一つだけお願いがあるんだ」
「なあに? スケベなこと?」
サニーには三秒前の記憶が存在しないのだろうか。
どう考えても、このタイミングでの「お願い」は真剣な物だろうに、サニーは今からでも歓迎! と瞳を輝かせて両腕を広げた。
コールは案の定、「違うよ、おバカ!」と口をとがらせている。
「そうじゃなくて、その、これからは僕が仮面をつけていない時は近寄らないようにして」
仮面に触れるコールが無意識に内側にある魔法陣をなぞった。
誰もサニーに告げていないから、彼女はコールが何らかの強力な魔法を所持していて、それを仮面の魔法陣で封印していることすら知らない。
そのため、よほど瞳を見られたくないんだろう、という程度にしかコールの願いを受け取ることができず、コテンと首を傾げた。
「どうして? コールさんの瞳、すっごく綺麗でずっと見ていたいくらいだったのに。私、見蕩れちゃったのよ? ふふ、凄く格好良かったわ」
トロンとしていた時は寝惚けた小動物のような柔らかくて非常に愛らしい印象だったが、キチンと意識のある時は狼のようなキリッとした格好良い印象になるのではないか、というのがサニーの予想だ。
ただでさえ美しい金色の瞳の中に様々な感情が渦巻いて輝けば、きっとサニーは言葉も出せぬほどに魅せられて目を離せなくなるだろう。
鋭い瞳が笑顔になって細まったり、恥ずかしがったり怯えたりして涙目になったり、怒ってつり上がったりするのをたくさん見たいと願った。
そして何よりも、綺麗な目元を晒すことで格好良さに磨きがかかったコールがトゲを逆立てるハリネズミのように丸まって、威嚇しながらプルプルと震えているのを想像すれば愛おしすぎて涎が出そうになった。
いや、先ほどからサニーは興奮し通しなので現在もちょっと涎が垂れてしまっている。
早く拭いた方が良い。
普段かわいいと言われてばかりなコールはサニーからの格好良いに敏感だ。
久しぶりに格好良いと褒められて、彼はパァッと表情を明るくした。
「本当!? 嬉しいな。サニーがそう言ってくれるなら、僕だって仮面を取りたいや! でも、やっぱり仮面は取れないんだ。どうしても、絶対に」
「どうして? さっきコールさんが酷く怯えたことに関係しているの?」
サニーの脳裏にはガタガタと震えながら毛布の中でうずくまって謝り続けるコールの姿がよぎる。
震えや声、丸い毛布の塊を思い出すとズキンと胸が痛んだ。
『私、別にサディストってわけじゃないのね。コールさんが脅かされたり傷ついたりするのは嫌なんだわ。怯え可愛い姿は好きだけれど、同じくらいニコニコしているところも安らいでいるところも好きだし。そして油断したところをつっつきたいもの。その魅惑的なお腰とか、雄っぱいとか、お尻とか、ああ! さっきお尻を揉んでおけば良かったわ!! 私はなんて愚かなの……』
確かに、いついかなる時も、何の話をしていても脳が色欲に染まるサニーは愚かだろう。
真剣な表情の裏で架空の雄っぱいを揉みしだくサニーに、コールは落ち込んだまま、
「言いたくない」
とだけ告げた。
サニーくらいになるとスケベな妄想に身を投じながら、その時々に応じて現実に帰ってくることができる。
「どうして?」
裏で架空の尻に頬ずりしていたとは思えないような真剣な声色で問えば、終始真面目な雰囲気のコールが悲壮感を背にフルフルと首を振った。
「だって、僕が危険なんだって知ったらサニーは絶対に僕のことを嫌いになるから。だから、言えない」
ギュッと腕を抑えて俯くコールは妙に苦しそうだ。
「大丈夫よ。絶対に嫌いに何かならないわ」
励まそうと優しく声をかけるサニーにコールは俯き続ける。
「……絶対なんてないんだよ」
ボソッと呟いた言葉は重々しく、床に落ちてそのまま一階にまで沈んでいくようだった。
台所を目指して廊下を歩く。
「そう言えば、どうしてサニーは僕の部屋にいたの? お仕事が早く終わったから遊びに来てくれたの?」
少し前まで落ち込んでいたコールだが心を切り替えることにしたのか、出された声は明るい。
どこか甘えた響きのある問いにサニーはフルフルと首を振った。
「違うわ。元々はマフィンを焼いたからプレゼントに来たのよ。そうしたらケイトさんがお昼に誘ってくれたの。それでお家にお邪魔してたんだけれど、お昼ご飯ができてもコールさんが眠ったままだったから起こしに行ったのよ。寝ぼけてるコールさん、凄く可愛かったわ」
サニーにとっては最高の思い出だが、コールからすれば寝起きの微妙な姿をさらした上に、そのまま好きな子にペタペタと甘えてしまったという、強烈な羞恥のへばり付く記憶だ。
ホワホワと嬉しそうなサニーを見ているとかえって恥ずかしくなってしまい、顔面を日が吹きそうなほど熱くした。
「もう忘れてよ! それとサニーは今後、寝ている僕に近づいちゃ駄目だよ。寝てる時は仮面を外すし、それに、僕は昔から寝起きが悪いんだ。判断力が凄く低くなっているから何をするか分からない。危ないから駄目だよ」
当然の叱りを受けたサニーだが、彼女は彼の言う危ないことをされたいスケベだ。
いや、大義名分さえあれば、むしろ積極的に襲っていきたいケダモノだ。
そのため、コールの真っ当な言葉に不満そうに口を尖らせた。
「ええ……もっとホワホワなコールさんを見ていたかったのに。結局お着替えも見せてくれなかったし」
小さくため息を吐いてコールを非難するサニーだが、あいにく彼は自分の着替えをスケベな目で見守ろうとしてくる彼女を追いだしただけなので、非難されるいわれはない。
サニー、とんだ被害者面である。
盗人猛々しいとはまさにこのことだ。
追い出されたサニーは部屋の鍵まで閉められてしまい、「入れてよ~」と半泣きでドアをカリカリと引っかいたり、ドアに耳を押し当てて中から聞こえる衣擦れの音に妄想逞しくしたりしていた。
そうして焦らしに焦らされたサニーは鍵が開くと同時に外開きのドアを素早く開け、コールが薄手のセーターを身に着けているのを確認すると、
「薄くてあったかい布がコールさんの生雄っぱいに張り付くところが見たかった! シックスパックとズボンに包まれるお尻をガン見したかったのに!!」
と、悔しそうに泣きながら床を叩いたのだ。
コールの前では上品に取り繕うという誓いはどうしたんだ、サニー。
彼女は今も緩く肌に張り付くセーターの胸元を物欲しげに見つめている。
「そんなに見ないの! 駄目なものは駄目だからね! 着替えを見るのも、寝てる僕に近づくのも!」
顔を赤くして叱るコールに口をとがらせていたサニーだったが、
「分かったわ。コールさんがそんなに嫌がるならしない」
と、渋々頷くと彼はようやく安心して気を緩めた。
ところで、コールの家では普段、台所に置かれた大きなテーブルを彼とケイトで囲んで食事をとっている。
これから三人で昼食をとる場所も台所だ。
ガチャリとドアを開けて台所に入ると、ケイトが中で呑気に刺繍をしながら二人を待っていた。
「あら、遅かったわね。やっぱりコールがいつまでも起きなかったの? 起きれないよって駄々をこねて毛布に潜り込んだりしちゃった? コールを起こすのはけっこう大変だったでしょう。いい年してるって言うのもあるけど、何よりも面倒くさくてコールのことはお昼に起こさなくなっちゃったのよね」
「いえいえ、ものすっごく可愛かったですよ! ギューッと抱き着かれちゃいましたし、毎日でも起こしたいくらいです!」
キュンと胸を鳴らし、ホウッと熱い溜息を吐くとケイトが「あらあら」と笑い、コールが、
「その話はケイトさんにしないでよ。恥ずかしいよ!」
と、顔を赤くして不機嫌になる。
怒った風なコールの尻付近にピコピコと機嫌良く揺れる犬の尻尾を幻視するとケイトは苦笑いになって鍋の前へ移動し、スープを取り分け始めた。
二人を待つ間に冷めたスープはケイトの気遣いによって温め直されたため、ホコホコと温かな湯気を漏らしている。
ケイトはスープの入った器を三つお盆に乗せて持って来ると、それぞれの前へ一つずつ置いて行った。
「全くコールは内弁慶というか、変なところが素直じゃないんだから。ほら、座って。冷めないうちに食べちゃいなさい。そのスープはサニーが作ってくれたのよ。美味しそうでしょう」
「ほんとだ。これ、サニーが作ってくれたの? 美味しそう! ありがとう」
「いいのよ。コールさんの血肉になるものを作ってみたかったから、むしろちょうど良かったわ。お口に合うといいんだけれど」
せめて健康のためとか、栄養を取らせてあげたいとか、そんな言い方はできないのだろうか。
想い人のために料理を作るということ自体は比較的、愛情が重い印象を受けるものの、そこまで恐ろしい行為ではない。
だが、サニーの言葉は妙に重たく怖い印象を与えた。
まあ、ケイトとコールは、実はあんまり気にしていないが。
スープを口に運び、美味しい! と咀嚼するコールの姿を眺めてサニーは嬉しそうに微笑んだ。
同じようにスープを飲んでホッと一息吐いたケイトも、
「マフィンも美味しかったし、サニーはお料理が上手よね。素敵だわ~」
と、うっとりする。
コールは基本的に料理をしないため、自分以外の誰かが作った手料理が恋しくなるのだろう。
お代わりを取りに行こうとしたケイトの袖をコールがキュッと引いて彼女を引き留めた。
「何よ、コール。なんだか不満げね。サニーがたくさん作ってくれたから、ちゃんとアンタの分もスープはあるわよ」
食いしん坊ね、と呆れるケイトにコールはフルリと首を横に振った。
「ケイトさん、サニーのマフィンもう食べたの?」
「食べたけど、それがどうかしたの?」
「いや、別にいいけどさ」
少し前までニコニコとしていたコールだが、なんだか急に不機嫌でケイトに対して刺々しい。
人の機微には聡いサニーだが、流石にコールが不機嫌になる理由が分からず首を傾げた。
これに対して、実はかなり面倒くさい性格のコールを幼少期から世話していたケイトは、すぐにピンと来てニマニマと悪い笑みを浮かべた。
「コール、サニーのマフィンを一番に食べたかったんでしょ。へえぇ、それで私に嫉妬したの。ふふ、ちゃんと起きてこないのが悪いのよ。そのままでも美味しかったけど、温め直して、サニーの手作りジャムを塗っても美味しかったなぁ」
ドヤァ! と笑い、揶揄うようにテーブルに乗ったベリーのジャムの小瓶をコツコツと指先で叩く。
コールは、ジャムまで!? と目を丸くすると、悔しそうにグヌヌ……と表情を歪めた。
大変面倒くさい話だが、理由が理由なだけにサニーとしては悪い気がしないのだろう。
彼女はクスクスと笑うと、スプーンに控えめにスープを掬ってコールへ差し出した。
「はい、コールさん。あーん」
ニコリと笑えば意味を察したコールが一気に頬を赤く染め上げ、モジモジ、モゾモゾと身じろぎをしだす。
「えっ!? あ、その、えっと」
キョロキョロと動く視線は、ニコニコと笑うサニーとニマニマと笑うケイトの間を行ったり来たりしている。
身内の前で好きな子とイチャつくのは恥ずかしがり屋のコールでなくともキツイだろう。
食べさせて欲しいが、流石にケイトの前では遠慮したい。
絶対に後日、揶揄われる。
だが、再度サニーに、
「コールさん、あーんは?」
と、問われると拒否することができない。
コールは羽織っていたコートのフードを目深にかぶると、口元までやって来たスプーンにゆっくりと口を開いた。
入れてくれと言いたいのだろう。
しかし、サニーは恐る恐る開いた口に無理やりスプーンを突っ込むなんて真似はせず、空中に留めてコールが自らスープを飲むのを待っている。
まるで人慣れぬ獣への餌付けだ。
口を開けていてもスープを流し込んでもらえないのだと悟ると、コールは意を決して前のめりになり、パクッとスプーンを口に含んだ。
それから、サニーがゆっくりとスプーンを口から引き抜く。
コクリとスープを飲み込んだコールは恥ずかしくなって、そのまま無言でテーブルに突っ伏し、プルプルと震え出した。
仮面に隠れた両目はすっかり潤んでいて、フードで隠された両耳も強い熱を持っている。
モジモジと躊躇してから焦れったくスープを貰い、羞恥で震えるまでの一連や現在のコールの姿が愛おしくて仕方がなくなってしまい、サニーの口元がニマニマと歪む。
本当はフードを外して耳をつついたり、ギュッと体を抱き締めたり、頭を撫でたりしたかったのだが、それらを実行してしまうとオーバーキルになって台所を逃げ出し、コートどころか部屋の中に引きこもってしまう危険性があったため止めておいた。
その代わりにサニーはコールの耳元に唇を寄せ、
「ああ、本当にかわいいコールさん。ふふ、私のご飯を私から食べてくれたのはコールさんが初めてよ。さ、一緒にお昼を食べましょう」
と、柔らかく囁く。
ビクッと体を大きく跳ね上げ、一時的に固まったコールだが、少し経ってサニーが普通に食事をとり始めたのに気が付くと、彼も突っ伏した体を起こして自分の分のスープを飲み始めた。
未だに顔や耳を赤くしたまま、モジモジ、チラチラとサニーの横顔や口元を見る。
内気で思春期の子供みたいになっているコールは、間接キスのスプーンが気になってしまうらしい。
サニーがスプーンをくわえているのを見るとドキッと心臓が跳ねて、いっぺんに大量の血液を全身に流し込む。
思わずギュッと両目を瞑った。
『気にしちゃ駄目だ! サニーに気持ち悪い変態だって思われる! でも。やっぱり気になっちゃうな。僕、気持ち悪いよな』
間接キスに意識を奪われてしまい落ち込む彼だが、ちょっと気にする程度ならまだ可愛い方だろう。
厚かましい恥を捨てきった救えない変態の方は、
『間接キス! これは正しく間接キス!! コールさんの身体を構成するお料理を作って! 寝起きのふにゃふにゃコールさんに甘えてもらって! あ~んって食べさせて! 最後には間接キス!!!! どうしちゃったの!? 私、今日死んじゃうの!?!?』
と、力強く幸福を噛み締めていた。
コールやケイトさえ近くにいなければ勢い良く椅子から飛び降り、床の上をゴロゴロと転がりながら、
「コールさん! コールさん! 最高です、コールさん!! 私にもあ~んってしてください!! スープじゃなくてコールのお口をモグモグちゅっちゅと!! ああー!!!! 最高過ぎる!!!! ふふぃひぇへっへっへっへ!!!!」
と、気持ちの悪い発言を連発して大暴れするサニーだ。
なお、サニーはカルメたちの前では己が内に秘めたスケベさも気持ち悪さも一切隠さないので、コールに恋をして以来、仲間内からの評価を下げ続けている。
仲間からキモいド変態と蔑まれるサニーの実力は計り知れない。
コールなら何でもいい。
コールが至高であり、彼からのリアクションは大抵なんでもおいしく頂ける。
嫌われさえしなければ、叱られ、蔑まれても興奮してしまう。
だが、恥ずかしがり屋のハリネズミムーブをされたり、ラッキースケベを頂けたり、可愛くおねだりされてしまった日にはテンションが上がり過ぎて心臓がはち切れ、脳が焼き切れる。
そのため、昼食後にコールからチョンチョンと肩をつつかれ、
「ねえ、サニーは家に帰っちゃうの? 僕、これから仕事で手芸をするんだ。用事がないなら、少し見て行かない?」
と誘われた時には耐えられぬほどの至福を味わい、本日三度目の感涙を流した。
今すぐにでも天に召されるような心地になって天井を仰ぐ。
心の内では、普段はケンカばかりしている理性多めのサニーと理性少なめのサニーが手を取り合ってスタンディングオベーションをしている。
この世の全てに感謝を捧げていた。
コールに今日暇? と問われれば、よほどの急用でない限り仕事が入っていようが用事があろうが暇になる。
というより、暇にしてみせる。
サニーはカルメやウィリアにもマフィンとジャムを届けに行くという用事を遥か彼方へとぶん投げ、
「勿論よ、コールさん! 今日は一日、何も予定が入っていないから、日が沈むまでコールさんのお部屋にお邪魔できるわ!」
と、満面の笑みを見せた。
勢いの凄いサニーにほんわかとコールが笑みを溢す、穏やかで楽しい冬の昼下がりだ。
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