イチャつく周囲に取り残され……
しばし談笑して体力もすっかり回復したため、ダンスを再開しようかと話をしていると、ログとコール、それにサニーがやって来た。
ログは元々、コールの店の棚卸業務を手伝っていたのだが、それが一段落し、後は細かい事務作業のみになったので、手伝いから解放され、カルメが待っているだろう診療所へと向かっているところだった。
コールの方はまだ仕事が残っているが、息抜きついでに外を散歩していればサニーに会えるかもしれない、という思いがあってログについて来た。
実際に村で見回り業務をしていたサニーと合流でき、彼はかなりご機嫌だ。
少し照れながらも嬉しそうにサニーと手を繋いでいる。
「カルメさんとウィリアは、外で一体何をしていたんですか? 音楽プレイヤーまでありますし」
広場の様子やカルメたちを眺めたログが、不思議そうに首を傾げる。
カルメは言い難そうに口籠った後、観念したようにダイエットをしていたのだと明かした。
「俺は、このモチっとしてきたのが気に入っているんですが」
ログが寂しそうに目を伏せて、セーター越しのカルメの二の腕に触れる。
無くなってしまうかもと思うと無性に名残惜しくなって、モチモチと揉んでいるとカルメがムッと口を尖らせた。
「そうやって甘やかされている内に、モチモチどころかムチムチになって、最終的にはデブデブになってしまうから駄目だ!」
未来の己を危惧し、バッとログの腕を振り払うのだが、彼の方は、
「ムチムチくらいなら、案外ありじゃないですか?」
と、真剣な表情で手を口元にやり、カルメを見つめた。
「駄目だ!!」
カルメは真っ赤になって怒るのだが、残念ながら動いた分、夕飯における彼女の摂取カロリーが増えることが決定されてしまった。
しかも、これから運動するのだと告げれば、
「ええ……せっかくケイトさんにクッキーを貰ったから、カルメさんと一緒に食べようと思ってたのに。しかも、チョコチップクッキーですよ。カルメさんが好きな。ねえ、カルメさん、診療所に帰りましょうよ。それで、俺と一緒に甘いココアを飲んで、温まりましょう。俺、可愛い笑顔のカルメさんが、おやつを食べているところを見たいです」
と、早速、誘惑と妨害を始めた。
お茶ではなくカロリー高めのココアを指定している辺り、隠された悪意を感じる。
初めは抵抗していたカルメだが彼女はどこまでもログに弱く、誘惑にも弱めなので、いつものように後ろから抱き着かれ、真っ赤な顔で診療所へと帰って行った。
庭で踊るのだと音楽プレイヤーを持って行ったが、おそらく、一度も使われずに返却されることになるだろう。
一方、サニーは、
「見回りのお仕事も大体終わったから、よければ、コールさんのお仕事を手伝うわ。私、計算は得意だもの。その代わり、コールさんのお写真を貰えたら嬉しいな~、なんて」
と、キュルンと両手を組んで強請っていた。
しかし、コールはしっかりと首を振って断固拒否する。
「お手伝いは嬉しいけど、あの写真は駄目」
今年の夏、コールは間違えて褌を発注してしまったのだが、何を思ったのか、彼はそのまま褌を買い取り、部屋で試着してみた。
思ったよりも履き心地が良く、普段は決して着ない衣服を身に着けてみたコールは、なんだか楽しくなってしまったらしい。
無駄にハイテンションになると、勢いのままに村長宅から魔道具を拝借し、良い笑顔でグッと親指を立てている写真や男らしい後ろ姿の写真、複数のマッスルポーズの写真などを撮り、黙々と黒歴史を生み出していた。
かつての愚行などとっくに忘れていた上に、その写真がアルバムに紛れ込んでいることを知らなかったコールは、サニーと一緒にアルバムを眺めた時に黒歴史を再発見し、羞恥に悶える羽目となった。
大慌てでアルバムを奪い、机の上で梟になったわけなのだが、問題はサニーの反応である。
一瞬で写真たちに心を奪われたサニーは、揶揄うためではなく写真を入手するために彼をつつき回し、必死に褌と肉体の素晴らしさを説くと、土下座までし始めた。
その勢いは、後にコールが、「笑われてバカにされる方がましだった……」と半泣きになるレベルである。
だが、当然ながら写真は貰えない。
サニーは写真が暖炉にくべられそうになるのを、半泣きで縋りついて必死に食い止め、コールの方は、隙あらば写真を奪おうとする彼女から一生懸命に逃げた。
そして半日ほど争った結果、サニーは写真を貰えない代わりに、一か月に一回だけ見せてもらえることになった。
だが、どうしても入手を諦めきれない彼女は、定期的に結んだ協定を乗り越えようとしていた。
「うう、やっぱり。良いじゃない。減るものじゃないし、あんなにセクシーで素晴らしい国宝をチラつかせるだけなんて、コールさんは意地悪だわ。ねえ、それなら、お礼はコールさんの秘密の撮影会でもいいのよ。かわいいお姿を、永久に残したいわ」
しゅんと落ち込んだサニーだが、すぐに立ち直り、パシッ! パシッ! と写真を撮るジェスチャーをする。しかし、
「字面が怪しいから駄目」
と、きっぱり断られてしまった。
「ちょっと可愛い着ぐるみ風パジャマを着て、ぬいぐるみを抱っこしているところを撮るだけじゃない! きわめて健全よ!」
心外だ! とでも言いたげに吠え、清廉潔白な態度で主張するが、そんな訳が無い。
一度でも撮り始めたら最後、変態カメラマンに成り下がり、
「いいわ~、コールさん。可愛くて素敵よ~。次は、ちょ~っと、胸元を開けてみましょうか。良いわね~。男らしくて、素晴らしいわ~。ふふぃっふぃふぃふぃっ!!」
と、パジャマの前を大きめにはだけさせるなどして、徐々に、ちょっとセクシーな方向へもっていくつもりだ。
褌をつけてもらえたら、その場で鼻血を出して天に召されることだろう。
「恥ずかしいし、なんか邪な気配を感じるから駄目。もう! おバカな事ばっかり言ってないで、早く行くよ! ご褒美は後で考えてあげるから」
フン! と怒ったコールがサニーと繋いだ手を軽く引っ張る。
すると、サニーは鼻息を荒くし、
「ご褒美! コールさんが言うとイイ響きですね!!」
と、大興奮でコールに連れられて行った。
二人を眺めていたウィリアの脳内に、散歩中にはしゃぐ犬と、怒りながらリードを引っ張る飼い主の姿がよぎる。
こうして人が減っていくと、あれだけ騒がしかったのが一転して酷く寂しい雰囲気になってしまう。
『みんな、恋人とどこか行くのに~、あたしだけ~、独りぼっちみた~い……セイ、忙しいもんね~。お仕事~、頑張ってるから~』
その場にポツンと取り残されたウィリアは、小さくため息をついた。
この場に独りで佇んでいても仕方がないので、彼女も移動を開始する。
何となく、皆と一緒にはしゃいだり、ココアよりも甘い雰囲気のカルメたちを眺めて、幸せを分けてもらったりする気になれない。
ウィリアは帰宅して、自宅で針仕事を進めることにした。
道中、頭をよぎるのは恋人のセイのことばかりだ。
『あたしたち、全然いちゃついてない~! この前だって~、あんなにキスの話題を出してみたのに~、キスしてもらえないどころか~、碌に想いにも気づいてもらえなかったよ~。それに~、告白された時から~、多分ずっと~、好きって言ってもらえてない~!!』
これが、最近のウィリアの悩みだった。
セイはのんびりとしていてあまり言葉を話さないし、表情にもあまり感情が出てこない。
それは恋人であるサニーに対しても同様で、あまり「好き」や「可愛い」といった言葉はかけてくれなかったし、手を繋ぐのもサニーから、ということが多かった。
だが、別に関白を気取っているわけでも、ウィリアに愛情がないわけでも無い。
むしろ、セイはウィリアを深く愛している。
だが、彼はとにかく鈍感で、のんびりとした人だった。
恋人に愛しさを感じても、それを自覚するまでに時間を要し、やっと気がつけて伝えようとしても、なかなか上手い言葉を見つけられない。
ようやくそれらしき言葉を見つけ、何か行動を起こそうとした時には、既にタイミングが過ぎ去っている。
そんなことが日常的に起こってしまう人だった。
「好きと言って~」と強請れば言ってくれるだろうし、キスだってしてくれるだろう。
頼まれてすることとはいえ、そこにはキチンと心も愛情も込められている。
だが、そういうことではない。
頼まずともキスが欲しかったし、強請らずとも愛の言葉が欲しかった。
のんびりとしている時に不意打ちで訪れるような極上の甘さを、セイからもらってみたかったのだ。
ウィリアは最近、カルメやコールが羨ましくて仕方がなかった。
『あたしも~、後ろからぎゅ~って抱っこされたいよ~! カルメさんや~、コールみたいに~、困っちゃうくらい好き!! ってされたいな~。でも、あたし、我儘なのかなぁ……』
セイの穏やかで物静かなところが好きで、時折、赤く染まる耳が好きだった。
そして、人よりものんびりで多くを語らない代わりに、出した言葉にそれ以上の心が込められているのが好きだった。
そうだというのに他者を羨ましがって、好きだった部分がなんだか憎らしく思えてしまう。
気が付けば不満めいた思考に陥っていて、小さくため息をつく。
そんな自分が、浅ましくて嫌だった。
しかし、考えないようにしようと頭を振っても、悩みも不満も消えてくれない。
結局、この日は一日中悩みが晴れなくて、モヤをベッドまで持ち込んだ。
『あたし~、セイのこと好きよ~。今も~、会いたいって、思うもの~。でも、もしかしたら~、セイは、あたしのこと~、もう、好きじゃないのかな~? あたし、頭にお花が咲いてて、我儘で、面倒な子だから~、あたしのこと、嫌いになっちゃったのかなあ……』
疲れた脳と考えすぎた思考が悩みをこじらせ、悪い方向へと引きずり込む。
考え込んでいる内に、信じていたはずのセイからの愛が虚構に見え、全て自分の独り善がりだったように思え始めていたのだ。
赤く染まる耳は気のせいで、「好き」を言わないのは、もう自分に愛情を感じていないから。
頼めば手を繋いでくれるのは、うるさい自分を黙らせるためで、それでも恋人でいてくれるのは彼が優しいから。
そんな虚実を、半ば本気で思うようになっていた。
当初抱いていたものよりも深刻になったそれは、ウィリアの心臓を縛り付け、ジクジクとした痛みを与える。
深夜、ようやく眠りに落ちることができたその間際に、ウィリアはちょっぴり枕を濡らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます