ダイエットカルメとウィリアの噂話

 この頃は恋愛話が豊作だ。

 サニーやログにドン引きしながらも、皆でワイワイと恋愛の話やその他のお喋りをするのが楽しくて、最近のウィリアはホクホクとしていた。

 しかし同時に、溺愛夫婦や、名称が友人なだけの恋人たちがイチャつく様子を見ていると、ウィリアの中に小さくモヤが溜まっていった。

 嫌な感情を吐き出してしまいたくて、大きなため息をつく。

「ウィリアが溜息って、珍しいな。なんか悩み事か?」

 診療所の談話室で手芸をしていたところに、カルメがお茶を持ってきて声を掛けた。

 話し相手ができるのが嬉しいらしく、ウィリアはキラキラと瞳を輝かせる。

「そうなんです~。ちょっと~、色々あって~。カルメさんは~、どうしたんですか~? あたしに、何か用事ですか~?」

 手芸道具をテーブルに置き、カルメと自分の分の茶を注いで、ウィリアがふわふわと笑う。

「まあな。なあ、その、ウィリアって、ダイエット方法に詳しかったりするか?」

 茶を啜ったカルメが苦笑いを浮かべ、少し言い難そうに口を動かした。

「ダイエット? まあ、そうですね~。食生活を改善する系とか~、運動や~、ダンスやストレッチなんかも~、ありますよ~。冬場は太っちゃいますから~、結構気を付けてるんです~」

 動いても、いなくても、人間というものは生きている限り腹を空かす。

 特に、冬は運動不足で碌にカロリーを消費していないというのに、無駄に食欲だけは増すのだ。

 実りの秋からの冬ごもりにかけての体重の増加は、村人全員、特に女性陣に共通する悩みだった。

 そうなると皆、必然的にダイエットを始めるのだが、その際、美容に詳しく、憧れの体型に向けてチマチマと努力し続けているウィリアは、それ関連で相談をされることが多かった。

 カルメも、最初はサニーにダイエットの相談をしたのだが、「ウィリアの方が詳しいですよ」と教えてもらって、彼女に相談に来たのだ。

「そうか、なら、ちょうど良かった。いくつか教えてくれないか?」

 ウィリアは「いいですよ~」と快諾したのだが、それから、カルメの体型をざっくりと確認して、

「でも、カルメさん太ってないから~、必要ないんじゃないですか~」

 と、首を傾げた。

 カルメはタートルネックの白いセーターを着ており、体の線が緩く映し出されているのだが、存在感を主張する胸に対して腹はへこんでいるし、腰も綺麗にくびれている。

 顔や手足も細めで、ダイエットが必要不可欠な体には見えない。

 しかし、元がかなり痩せていたカルメにとって、標準体型に近づいた自分の身体は太って見えるようだ。

「いや、結婚前に比べると本当に肉が増えて、モチモチになってしまったんだ。結婚生活は幸せなんだが、幸せ太りと言うか、ログが美味しいものを作りすぎる上に、食べさせてくるというか。私も意志が弱いからな。つい、食べ過ぎてしまうんだ……」

 カルメは切なく目を伏せ、自分の二の腕をふにふにとつまんだ。

 日常的にお菓子を渡してくるのに加え、基本的に夕食はログの担当だ。

 彼の作る料理は非常に美味しいのだが、その分カロリーが高めで、さらに、カルメに取り分けられる量も多めだ。

 笑顔でオニオングラタンを差し出してくるログに危機感を感じ、ダイエットを宣言すれば、モチモチが可愛いのだと微笑まれて静かに妨害されてしまう。

 だが、そうやって甘やかされている内に、いつしか取り返しのつかないほどに太ってしまうかもしれない。

 スラッと格好良いログの隣にデブった自分が並ぶのが嫌なので、カルメはこっそりとダイエットを始めることにした。

「まあ、体を動かすのは良い事ですけどね~。でも、そうですね~、食事を変えるのが難しいなら~、運動でしょうか~。ダンスと~ストレッチを~、いくつか教えてあげますね~」

 よりエネルギーを消費するため、ダンスには飛び跳ねる動きや、両手両足を大きく回す動きなどが組み込まれていて、わりと激しく、室内で行うのには適さない。

 診療所内で暴れるわけにはいかないので、二人は村の広場まで向かった。

 広場に到着すると魔法で軽く雪かきをして、まだらに雑草の生える地面を露出させ、踊るための場を整える。

 そして、村で共用の音楽再生の魔道具を使い、踊りやすいリズムの軽快な音楽を鳴らした。

 ウィリアが早速リズムに合わせて踊り始め、大きく動きながらカルメに指示をする。

「ほら~、カルメさん。次はグルっと~、両手を回しますよ~。こ~いう感じです~。お上手です~。ふふ、楽しんだもの勝ちですよ~カルメさん」

「ええと、こうか? う~ん、難しいな……」

 カルメも難しい顔をしながら、見よう見まねで彼女と同じ動きを繰り返し、踊り始めた。

 そもそも踊るということをほとんどしてこなかったカルメなので、初めの内はぎこちなかったのだが、生来器用な彼女はすぐにコツを掴み、動きにも慣れ始めた。

 数十分と経たないうちに、かなりしっかりと踊れるようになり、

「やっぱ、体を動かすのは良いな。今度ログとも踊ってみようかな」

 と、楽しそうに汗を掻いている。

 ダイエットというよりも遊んでいるような心持ちで踊り続けていると、陽気な音楽と二人の声につられて、村の子供が数人、広場までやって来た。

 その中にはクラムやカリンもおり、二人も踊りたいと言い出したのを皮切りに、子供たちもダンスに参加することとなった。

 熱心にカルメたちと同じダンスを踊ろうとする子もいれば、全く別の創作ダンスを始める子、途中で飽きて雪合戦を始める子もいる。

 そうして楽しく時を過ごしている内に、あっという間にお昼になり、子供たちはそれぞれ家に帰ることとなった。

 それをきっかけに、カルメとウィリアも休憩を入れることにした。

 体力のあるカルメはケロッとして、軽く汗を拭うと魔法で出した水をゴクゴク飲んでいる。

 しかし、カルメにつられて普段よりもずっと長く踊ってしまったウィリアは、ゼエゼエと肩で息をし、近くの木にもたれかかっていた。

「おい、大丈夫か? ウィリア。顔が真っ赤だぞ。白湯と冷水、どっちがいい?」

 火照った体を冷ますために冷たい水を飲んでいたカルメだが、屋外であることや汗が冷え始めたこともあって、今は白湯を飲んでいた。

 ウィリアはどちらの気分なのだろうかと問いかければ、彼女は苦笑いを浮かべる。

「中間って~できませんか~? 白湯は飲みたくないですけど~、冷たいのを飲んだら~、お腹~、壊しちゃいそうで~」

 温度調整などカルメからすれば朝飯前なので、「分かった」と頷き、常温の水が入ったコップを渡してやった。

「ほら、ゆっくり飲めよ。昼ごはん、どうするかな。お弁当はあるけど、食べたら太っちゃうかな?」

 適度な運動で刺激された食欲が腹を鳴らし、カルメは恥ずかしそうに俯いた。

 視線がチラチラとお弁当箱の入ったバッグに向かってしまう。

「ごはんを抜きすぎると~、かえって~、太っちゃいますよ~。あたしも食べた方が良いけど~、何も用意して着てないし~、今は~、お腹空かないな~。疲れた~!!」

 激しく体力を消耗して寝ころぶウィリアの隣で、

「お腹が空かない? やっぱり私は食いしん坊なのか?」

 と、不思議そうに首を傾げながら、弁当を広げた。

 中に入っているのはサンドウィッチで、作ったのはログだ。

 カルメは基本的にログの料理は全て好きだが、ほろ苦い、けれど大切な思い出の詰まったサンドウィッチは特に気に入っている。

 笑顔で頬張っていると、つられて食欲を感じたウィリアが「一個くださ~い」と強請った。

「仕方ないな。ふふ、やっぱり動くとお腹が空くんだろ。私だけじゃないもんな。ちゃんとよく味わって食べろよ。ログが一生懸命作ってくれたんだから」

 空腹仲間ができて嬉しいカルメが、上機嫌にサンドウィッチを譲った。

 そうやって二人で昼食をとっていると、食後のデザートがわりにジャムサンドを食べていたカルメが、思いついたように口を開く。

「そういやさ、サニーとコールって、本当につき合ってないのか? この前、一緒にいるところを見たけど、仲良く手を繋いでたし、恋人じゃないっていう方が違和感あるだろ。あそこまで頑なに付き合ってないところを見ると、いっそ、何かあるのか? って思うんだが、ウィリア、なんか知ってるか?」

 はた目から見ても好き合っているのは一目瞭然であるし、コールは非常に分かりやすい性格をしている。

 サニーは勘が良いので、流石にそろそろコールからの好意に気が付いていてもおかしくない。

 だが、相変わらず二人はイチャつくだけイチャついて、一切付き合うそぶりを見せないのだ。

 ケイトなんかは「コールは奥手だから……」とため息を漏らし、じれったく思っているようだが、カルメとしては、何故スケベ猛獣のサニーが告白を渋るのか、そちらの方がよく理解できなかった。

「あ~、あれですか? なんか、サニー、どうしてもコールに告白されたいみたいですよ」

 それを聞いたカルメは、最初はサニーにも可愛いところがあるんだな、と感心していたのだが、その後、苦笑いのウィリアから出された、

「なんか~、『告白はね、自分を相手に与えて、どうか私を縛ってくださいって、首輪を差し出しながら頭を垂れる行為と一緒だと思うの! 私がコールさんに首輪をつけてもらうのは大歓迎なんだけど、それはそれとして、コールさんに首輪をしたい!! 首輪をつけ返されて、首根っこ掴まれながら、私のことが好きで、恥ずかしくて、怯えて震えちゃうコールさんに意地悪しつつ、一生かわいがりたいの! そのための努力は惜しまないわ!!』って、捲し立ててました~」

 という言葉を聞いて、なんとも言えない複雑な表情になった。

 もちろん、その時のサニーは鼻息を荒くしながら床に転がっていたし、その後、雑貨屋に売っていたという、首輪風のチョーカーをウィリアに自慢した。

 首輪がモチーフであり、コールが作成したという点が愛おしくてたまらず、勢いのままに二つ購入してしまったらしい。

 金具の色が金と銀で互いのカラーリングを表し、デザインもお揃いであるというのが、ポイントなのだそうだ。

 恋人になった暁には、互いに身に着けるのだという。

 カルメとログも、互いにプロポーズの時に渡しあったアクセサリーを大切に身に着け、約束通り手入れしあっているが、それとはまた別のニュアンスをサニーから感じる。

 なんだか妙に怪しい感じだ。

 また、コールはサニーと手を繋げるようになったが、急に抱き着かれると、羞恥で怯えて梟状態になってしまう。

 それはそれでかわいらしいのだが、恋人になってからはもう少し触れ合いたいし、今の、恋人ではない状態だからこそできる揶揄いや意地悪、返ってくる反応があるため、サニーはもうしばらく今の状態を楽しみ、コールを自分に慣らしたいらしい。

「アイツ、碌でもないな。怖い変態なんて、手に負えないぞ」

 カルメがため息交じりに首を振ると、ウィリアも神妙な顔で頷く。

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