仮面を外せるようになりたい

 かまくら大会もすっかりと終わり、その名残だった複数のかまくらも崩れ始めた朝のこと、カルメは、興味津々で台所に立つミルクを見つめていた。

 ミルクは昔から村の医者として働いている老人であり、ログやカルメの勤め先の上司に当たる。

 上司と言うと固い印象を与えるが、実際には、カルメたちを孫のように可愛がっており、三人で過ごしている時の雰囲気はとても和やかだ。

 仕事に関しても、あれこれ指導して命令するというよりは、薬の作り方を教えたり掃除の仕方を教えたりしながら、ゆっくりと後継者をつくっていっている、という感じなので、感覚としては先生に近い。

 実際、ログはミルクのことを師匠として認識し、そのように呼んでいた。

 このように穏やかなミルクだが、彼の作るお茶だけは非常に刺激的である。

 濃く、苦く、渋く、不味い薬のような茶なのだが、最近は冬バージョンということでビリリと辛くなっていた。

 体を温める効果を狙っているらしいが、そんな不味いものを飲んで体温を上げるくらいなら、三着でも四着でも衣服を重ね着した方がましである。

 すっかりミルクの茶を飲み慣れて、すまし顔で飲んでいたログが一瞬吹き出しかけ、一口舐めたカルメが大慌てで三倍の牛乳と砂糖を入れた、新・ミルクの茶。

 どのようにすれば、あのような不味い茶ができるのか。

 それを突き止めようと、ドアの隙間からお茶を入れるミルクを観察していた。

 ミルクは棚から銀色の缶を取り出すと、中身を匙で掬い、人数分の茶葉をポットに入れていく。

 茶葉はカルメやログもよく使用する、ごく一般的なものだ。

 このままお湯を入れ、三分ほど待てば美味しいお茶が出来上がるのだが、ミルクは自分の鞄からいくつも個包装された小さな袋や小瓶を取り出し、それぞれをごく少量ずつポットの中に入れていった。

 粉末の物もあれば、枯れた植物であったり、とろみのついた謎の液体であったりもする。

 しかも、中身が何であるか、分かりやすくするためだろう。

 小袋や小瓶には、中身の名称と共にシンプルなイラストが描かれているのだが、それが、イモリや謎の虫、キノコなど、好んで口にしたくは無いようなものばかりだった。

 ミルクは、最後にショウガを一本すりおろして入れ、満足そうにお湯を注いだ。

 どうやら、辛味と謎の沈殿物の正体はショウガだったらしい。

 ポットの中身の割合は、お湯よりも薬草類や薬の方がずっと多いのではなかろうか。

『知らなきゃよかった……』

 小瓶を開けた時に刺激的な香りが漂ってきた時点で、逃げておけばよかったな、とカルメは後悔した。

 食べた肉が謎の鶏肉っぽい何かであり、正体が不明のままならば、これは鶏肉だ! と己を誤魔化して食べることもできるだろう。

 だが、「あ、コレ? 蛙の肉だよ」と言われても、「へー、おいしいね」で済む人間は少ない。

 多かれ少なかれ蛙の姿がよぎり、食欲が減退してしまうものだ。

 似たような現象がカルメにも起きている。

 少なくとも今日、茶を飲むのはカルメとログ、それにミルク本人であり、カルメは、例の小瓶類を思い出しながら茶を啜らねばならないのだ。

 ガックリと項垂れ、ログのいる談話室へと帰った。

 それから、案の定、談話室に訪れたミルクに茶を出され、一生懸命にそれを飲み切ったカルメはログにご褒美で甘いミルクティーを入れてもらい、ホクホクと甘やかされていた。

「ログ、人間って不思議だな。嫌だと思うと、かえって味わっちゃうんだ。いつもは気にならないトロミとか匂いが気になって、ううう……もう少しだけ、甘やかしてくれ。太っちゃうかもしれないけど、もう一杯、ミルクティーが飲みたい」

 二人きりの部屋の中でヒシッと抱き着けば、カルメに甘いログがクッキーまで用意し、

「はい、カルメさん、お口を開けてくださいね。美味しいですか? 甘えんぼで可愛いですね」

 と、嬉しそうに食べさせてくれる。

 甘いクッキーをゆっくりと味わいながら、ゴロゴロと喉を鳴らしていると、

「ほら、そんなに遠慮しないで入って来ていいよ、コール」

 と、ログがドアの外に向かって呼びかけた。

 すると、開け放たれたドアの外からソロソロと様子を窺っていたコールが、真っ赤になって室内に入って来た。

 カルメは席の関係でドアに背を向けていたため、コールに気が付かなかったのだ。

「うわぁ! コール!? いつからそこに!? どうして、お前はそんなにタイミングが悪いんだ! ログも、気が付いていたなら、もっと早くに招いてやれよ」

 カルメは真っ赤な顔で怒り、大慌てでログから食べかけのクッキーをひったくると、口に詰め込んでモシャモシャと食べた。

 証拠隠滅のつもりなのだろうか。

「ご、ごめんなさい。でも、参考になります」

「ケホッ! ったく、何を参考にするんだよ! 言っとくけど、お前は絶対に私と同系統だから、甘やかされる側だからな! 可愛い食べ方でも考えとけ!」

 空いた席に座るコールに悪態を吐くと、カルメはパサパサになった口内をミルクティーで潤す。

 ログはそんなカルメの頭をポフポフと撫で、悪戯っぽく笑っている。

 コールは物語にキスシーンが出てくるとソワソワしてしまうタイプの人間なので、赤い顔でモジモジと居づらそうに身じろぎしていたが、少しすると本題を切り出した。

「カルメさん、僕に、魔法の制御方法を教えてくれませんか?」

 ギュッと握った拳を両膝の上に置き、真剣に教えを請うているのだが、カルメは、

「魔法の制御方法? なんで私に?」

 と、首を傾げた。

 どうやら、クラムが幼いながらも上手に魔法を扱うことが出来るのは、カルメのおかげだと彼本人から聞いていたらしい。

 確かに、カルメはクラムに魔法の扱い方を教え、時折、練習にも付き合った。

 カルメは意外と面倒見がよくて教えるのも上手であるし、彼女が魔法の天才であるということは周知の事実だ。

 そのため、彼女に魔法を習いたいと思う気持ちも分からないではない。

 だが、日常で魔法を扱う程度ならばカルメほど上達する必要はないし、彼女よりも教えるのが上手な者は沢山いる。

 それこそ、ケイトのように気心の知れた者に習う方が楽だろう。

 それを問えば、コールの握りこぶしに力がこもる。

「僕の魔法は、少し特殊なんです。使えば、必ず被害者が出てしまう。でも、僕は必ず魔法を制御できるようになって、仮面を外したいんです。僕の魔法をカルメさんが使えるようには思えないけれど、カルメさんほどの魔法使いなら、使ってはいけない魔法の制御方法も知っているんじゃないかと思って」

 コールの瞳は仮面に隠されていて見ることは出来ないが、それでも真直ぐ自分の瞳を捉えているのだと感じた。

 あまりに真剣な姿に、カルメが困ったように頭を掻く。

「あー、その、ごめんな。私にも、よく分からないんだ」

 カルメは生まれつき、魔法において強い才能を持っている。

 そこに、本人が魔法を好んでいたことや、生きていくために大量に使用してきたという事実が加わって、今のように自由自在に魔法を操れるようになった。

 魔法そのものについてはまともに勉強をしたことがないし、誰かに教わったこともない。

 全て自己流でやってきたため、まともなアドバイスができるようには思えなかった。

 だが、断ろうとした時のコールの落ち込みようがあまりにも酷かったため、アドバイスが必ずしも的確でなくてもいいのならば、という条件付きで彼の話を聞くことにした。

「と言っても、全くの情報無しではアドバイスのアの字も出せないからな。いくつか質問をするぞ」

「はい! よろしくお願いします」

 少しでも希望が見えるのが嬉しいようで、コールはコクコクと頷いた。

「まず、そもそもなんだが、制御しなきゃいけないってどういう意味だ? 普通、使おうと思わなきゃ、魔法って発動しないだろ。制御して、使えるようになりたいのか?」

 クラムは経験不足などから魔法を扱いきれずに暴走させ、ボヤ騒ぎを起こしてしまったが、使いさえしなければ、火事を起こすなどといった危険性は一切ないのだ。

 幼い頃には感情の高ぶりによって意志に関係なく魔法を使い、暴走させてしまうことがあるし、つい最近、ログを殺されかけた時に、カルメも魔法を暴走させた。

 だが、そうなってしまえば普段の制御など意味がないし、そもそも、そこまでタガが外れるような大事件が簡単に起こるはずもない。

 不思議そうな表情のカルメに、コールはしっかりと首を横に振った。

「いえ、仮に制御がきくようになっても、魔法を使うつもりはありません。その、僕の魔法は、発動方法も特殊みたいで、僕の意志に関係なく勝手に発動しちゃうんです」

 魔法の発動方法にはいくつか種類がある。

 対象物などに魔力を込めて発動させるのが一般的だが、他にも、ウィンクのような一定の動作が引き金になって魔法が発動するものや、常に強制的に発動状態になってしまうものなどがあった。

 カルメは魔法そのものが大好きであるため、フンフンと頷きながら、興味深げにコールの話を聞いている。

「おもしろいな。あ、悪い。別にコールの状態を面白がっているわけじゃないんだが。で、コールの発動条件はなんだ? 常に発動っていう訳じゃないんだろ?」

 コールは頷き、少し躊躇した後に口を開いた。

「僕の発動条件は、言葉です。だから、本来は不用意な事を言えないんですが、この仮面に刻まれている魔封じの魔法陣のおかげで、魔法を使わずに済んでいるんです」

 どのような形の魔法陣なのか、興味が湧いたカルメがジッとコールの仮面を見つめてみるが、真っ白く、極めてシンプルな表面には一切の模様がついていない。

 どうやら、魔法陣は内側にあるようだ。

「ふむ、見てみたかったけど、しょうがないか。仮面は外せないもんな。でも、それなら、仮面を取らなきゃいいだけなんじゃないのか?」

 少々残念がりつつ、ふと沸いた疑問を口にすると、コールが言い難そうに口をモゴモゴとさせた。

「確かに、その通りなんですが、その、僕もサニーに、その、瞳を覗いてもらいたくて!」

 かまくら大会以降、サニーとケイトは以前よりも仲良くなって、よくおしゃべりをしている。

 食事の際にサニーの話題が出ることが増えたのだが、そんな時に、ポロッとケイトが溢した、

「サニーは不思議ね。心を覗かれているかもしれないのに、瞳を見られても、全然嫌な気持ちにならないわ。あの子が、気持ちのいい性格をしているからかしら? むしろ、真直ぐに目を見て話してくれるのが嬉しいの。それに、サニーの瞳はとっても綺麗ね」

 という言葉が、コールにとっては、とてつもなく羨ましかった。

「僕も、ちょっと見透かされたいな、なんて。そ、それに、瞳を見つめ合いながら、話をしてみたいと思うんです」

 モジモジと頬を赤らめているコールは、サニーならかわいい、かわいいと褒めそやす姿をしているのだが、相手はカルメなので、苦笑いになって「なるほどな」と頷いた。

「ところで、お前は、一切魔法の詳細を話さないな。言いたくないのか?」

 魔法について相談するならば、本来は最初に話して然るべき内容だろう。

 それについて話さないどころか、意図的に避けているようにすら見える。

 コールがギクリと肩を揺らして俯いた。

「その、僕は、魔法がきっかけで故郷にいられなくて、他人の視線も駄目になりました。特に、大切な人に僕の魔法がバレてしまったらって思うと、怖くて仕方がないんです」

 ごめんなさい、と呟く姿はどこか怯えていて、彼も何らかのトラウマを抱えているのだと察せられた。

 カルメは少し思案した後、

「お前は基本的に家に籠っていたから、少し前の私のことなんて知らないと思うけど」

 と、前置きし、自分の過去の話をした。

 幼い頃に母親に捨てられ、それ以降は魔法を使いながら旅を続けてきたことや、それが故に人を信じられなかったことなどを、淡々と簡潔に語ったのだが、言葉や声に、言い表しようの無いような熱や心がこもってしまう。

 そして、それらはキチンとコールに届いているようだった。

「別に、私が自分の過去を話したからって、お前にも話すことを強要しているわけじゃない。ただ、私にはそんな過去があって、少し前まで荒れてた。酷いもんだったよ。人を見たら威嚇して、脅して、遠ざけて、碌でもない奴だった。それでもログは受け入れてくれたし、好きだって言ってくれた。多分だけど、サニーも、お前がどんな魔法を持っていたって受け入れてくれると思うから、あんまり悩み過ぎるなよ。難しいだろうけど」

 ログのことを話すと少し頬が緩んで、笑みがこぼれる。

 そんな可愛らしい頬を、嬉しそうに顔を綻ばせたログが隣からプニプニとつついた。

 二人につられ、コールも少し羨ましそうに笑うと、

「分かりました。あの、僕も小さい時に、お母さんには捨てられてしまったようなものだから、変ないい方かもしれないけれど、少し、勇気づけられました。それでも怖いから、魔法については話せませんが……弱虫で、すみません」

 と、申し訳なさそうに頭を下げた。

 それを見て、カルメが優しい表情を浮かべる。

「大丈夫だ。そんなに気にするな。さっきも言ったが、強制はするつもりはないし、私の真似をしろとも言わない。怖い気持ちだって、分かるんだ。で、お前の魔法の制御方法だが、コール、お前、その危険な魔法以外に、何らかの魔法の適性は持っているか?」

「え? えっと、光の魔法が使えます。具体的には、暗いところを照らしたりできます」

 カルメに促されて魔法を使用すると、コールの分厚い手のひらの上に、淡い光を放つ小さな球体ができた。

 もう少し強く輝かせることもできるが、眩しいから、普段はそこまで光を強くしないらしい。

「なるほどな。確かに、これ以上明るくすると目に悪いから、そうだな……光の形をハートにしたり、一度に三つくらい光の球体を出せたりするくらいまで訓練してみろ。これは、私が魔法を使っていく中で気が付いたんだが、一つの魔法を上達させると、練習していないはずの他の魔法もうまく扱えるようになるんだ。本当は問題の魔法を使って練習するのが一番手っ取り早いんだが、それができない以上、これくらいしか手はないと思う」

 他に、カルメが少しずつ読んでいる魔導書も貸してもらえることが決まった。

 コールは分厚い書物を抱え、ありがとうございます、と、深々と頭を下げた。

 そして、早速、本を読むんだ! と気合十分に診療所を出て、早足で歩いて行く。

 すぐに帰宅し、自室の部屋を意気揚々と開けると、室内の中心ではサニーが可愛らしく座り、

「おかえりなさい、コールさん」

 と、嬉しそうに手を振っていた。

 何故、サニーがコールの部屋にいるのかを語るには、数時間前にさかのぼる必要がある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る