彼の悪夢
小さな崖の下にある深い川の上を、小汚くなった大きなハリネズミのぬいぐるみが流れていく。
それは、内気な少年が、友達なのだと笑って甲斐甲斐しく世話をしていたぬいぐるみだった。
その大切な友人が、男がお人形遊びなんて気持ち悪いから、という理由で奪われ、蹴られ、殴られ、ボロボロにされて崖から突き落とされた。
ずっとうずくまって泣いていた少年だったが、彼とぬいぐるみを苛めた子供三人が川に向かって石を投げているのを見て、激しい怒りが湧いた。
少年が、目をギュッと閉じたまま何かを喚き散らす。
数秒後、ドサドサドサッという鈍い音がして、それっきり辺りが静かになった。
瞳を閉じていた少年には、何か異変が生じたということしか分からない。
恐る恐る目を開け、崖の下を覗き見る。
すると、途端に真っ黒い闇が崖の下からブワリと這い上がり、少年を飲み込んだ。
闇に包まれた少年は、彼を取り囲む冷たい黒が恐ろしくなって、今度は母を求め、灯りの一つもないままに歩き始めた。
「おかあさん、どこ? おかあさん……」
泣き出しそうになった頃、遠くで光る母親のシルエットを見つけて駆け寄った。
「おかあさん!」
ギュッと抱き着き、少年の潤む瞳が母親を真直ぐに捉える。
すると、途端に母親は発狂して奇声を上げ、少年から逃げ出した。
暗闇に放置され、母親を恐怖させた少年は、驚き、怯え、その場にうずくまるしかない。
フードまで被って貝になった少年を、四方八方からデラデラとヌルついた、腐った眼が取り囲む。
少年が気絶して倒れても、視線は少年を捉えたままだ。
悪夢というものは、過去にあった出来事をぐちゃぐちゃにかき混ぜ、まことしやかな虚実を練り込みながら、おどろおどろしく脚色する。
おかげで、小さな子供は勿論のこと、大人だって簡単には悪夢を割り切れない。
特に、その内容がトラウマに関わる事ならば。
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