コール祭りで理性がご臨終
かまくら大会の本番は勿論お昼だが、完成したかまくらの中で身を寄せ合い、ボーッと外を眺めておしゃべりをしたり、間食をしたりするのもなかなかに楽しい。
夜が近づき、辺りが薄暗くなっても、かまくらに残ってのんびりとする者は少なくなかった。
そんな彼らの側には、硝子の受け皿に入った、炎のチロチロと揺れる蝋燭がある。
着火したのはクラムだ。
実は、カルメは事前にクラムから、夜をかまくらで過ごすのは意外と楽しいのだと聞いていた。
そこで、カルメはクラムの魔法の上達を村人に知らせることもかねて、蝋燭を用意すれば、夕方頃に火を灯しに行くと知らせていたのだ。
クラムが魔法を使う際に怪我をすることがないよう見守る保護者役と、彼が魔力切れを起こした時に蝋燭係を引き継ぐため、カルメとログもクラムと一緒に各かまくらを回った。
そのような事情から、サニーたちのかまくらの中でも、オレンジの優しい炎がチラチラと揺れている。
すっかり完成したかまくらの中で悶々としているのは、コールではなくサニーの方だった。
『さっきは怒っていなかったみたいだったけど、コールさん、カルメさんたちからどういう話を聞いたんだろ。軽めよね!? 流石に、人の想い人に、ドン引き必至の話なんかしてないわよね!? だから、そんなに怒ってなかったんでしょ!? お願いだから、ライトな暴露だと言って!!』
残念ながら、ヘビーな暴露だった。
「わたくしはプラトニックですよ。雄っぱい? お尻? 嫌ですわ。はしたない。エッチな事なんて、わたくし、考えたことも無くってよ」
彼女の本心を知るとかなり厚かましいが、サニーはそんな顔をして、今まで上品にコールを狙ってきた。
だが、それが根底からくつがえるような暴露だった。
せっかく脈ありだったのかもしれないのに、「可愛い、気になるあの子」から「ドスケベな知人」に降格し、恋愛対象から外れてしまっていたら目も当てられない。
『いや、むしろ逆転の発想で、満更でもなかったってことはあり得ない!? 駄目!? 駄目よね……コールさんはかわいいから、きっと、私が何をしても、嫌だと思っても、抵抗できないだろうし。変な勘違いをして、かわいいコールさんを泣かせないためにも、引き続き自重しなくちゃ。とりあえずお尻を見ないように……できない! どうしたらいいの!? お願い、嫌わないでコールさん!!』
サニーは心の中で、頭を抱えて転げ回った。
彼女にとってコールは、彼の作ったハリネズミのような存在だ。
見せかけの針は持っているが武器としては扱えず、小さくなって震えるだけのかわいい小動物というイメージだった。
しかし、実際のコールはそこまで弱くない。
臆病が故に、常に逃げる準備だけは出来ていたし、慣れている相手であればあるほど、ハッキリと自分の意思を伝えられる。
仮に望まぬ形で他者が襲ってきたとしても、反撃するくらいの力も度胸も、キチンと持ち合わせていた。
確かにコールは、一般的な男性と比べるとかなり気性が大人しく、怖がりだが、サニーの思っているほどヘタレな弱虫ではなかったのだ。
では、サニーの猛獣性に怯え、羞恥ですぐに震えるコールが何故彼女に抗えないのかといえば、答えは勿論、コールがサニーのことを恋愛的な意味で好いており、彼女と同様にスケベな欲を持っているからだ。
そして、コールは結構ちゃっかりしている。
唇を奪われると勘違いした時には、
『僕たち、恋人でもないのに良いのかな。でも、サニーも望んでくれるなら、え!? いいのかな!?』
と、浮足立ち、かなり期待を寄せていた。
さらに、彼は結構むっつりスケベだった。
カルメたちに、サニーはスケベな猛獣なんだぞ! と知らされた時には、
『サニー、もしかして、僕の身体を狙ってたりするの!? 今度、襲われちゃったりして!』
と、小さく可愛らしいサニーに押し倒され、好き勝手にスケベな事をされる未来を妄想して、つい、にやけてしまっていたのだ。
サニーも、僕のこと好きだったりするの? チラッ!
サニーも、ちょっとえっちなこと、したかったりする? チラッ!
恥ずかしいけど、サニーがいいならいいよ。チラチラッ!!
キャッ! サニーのスケベ! チラチラチラッ!!!
とかいう、何処の恋する乙女なんだ、お前は、鏡を見ながら名前を言ってごらんなさい、と、ツッコミたくなるような状態になってしまっているのが、コールだった。
サニーは思考がスケベに染まっているし、心に猛獣も飼っているので、コールの心が分からない以上は慎重に行動している。
それ自体は正しい選択なのだが、実は、サニーが気にするほどコールに対して理性をきかせまくる必要は無かった。
そして、ムンムンと思い悩んでいるサニーの隣で、コールはソワソワしていた。
カルメとログのイチャつきを見たり、サニーの話を聞いたりしたコールは、頑張って彼女にアタックすることを決めていたのだ。
「ねえ、サニー、寒いね」
声を掛けられるままにコールの方を振り向いたサニーは、バキッと固まって、彼の姿にくぎ付けになった。
コールが、コートの前をはだけさせていたからだ。
サニーの視線はもちろんコートの中、つまりコールの私服に向かう。
彼は薄い灰色のセーターと、真っ黒いズボンを履いていた。
色合いは地味であるし、洋服そのものはシンプルだが、どちらもおろしたてでパリッとしており、スタイリッシュなデザインをしているため、格好良い雰囲気がある。
そして、銀色の小さな鳥の飾りがついたネックレスも、良いアクセントになっていた。
さらに、コート自体が分厚く、かまくらづくりで体を動かすことが決定しており、暑くなることが予想されていたためか、コールの着ているセーターはかなり薄手で、身体の線を綺麗に映し出すものだった。
ズボンの方も緩く体に張り付くストレッチ生地で作られているため、クッションの上で正座する、ガッシリと太い脚の線が美しく描き出されている。
サニーが、お願いします! お願いします!! と、拝み倒してでも見たいと思っていた、厚めの胸筋やスラッと引き締まった腰などがよく見えた。
『雄っぱい! お腰!! お美しいおみ足!!! それらの奏でる麗しきハーモニー!! ありがとうございます! ありがとうございます! ふへひぇへへへへ! あといくら出したら、お触りオッケーですか!? お尻のシルエットも! お尻のシルエットも見たい!!!』
サニーの脳内は大フィーバーで、「雄っぱい」と書いてある団扇と「お尻」と書いてある団扇を両手に持ち、異国の衣装、ハッピを着て踊り狂っている。
だが、サニーはプロなので、どんなに動揺したり、テンションがぶち上がってしまったりしても、心の声と口から出す言葉を混ぜたり、入れ替えてしまったりという愚行は犯さない。
「そうね、寒いわ。でも、急にコートを脱いで、どうしたの?」
気持ちの悪い思考を飲み込み、ぐへへへ……と宙を揉み回しそうになる両手を握り合って押さえ、サニーは可愛らしく首を傾げた。
すると、コールが照れ臭そうにしながら、赤らむ頬をポリッと掻く。
「あ、その、寒い時に、カルメさんがログのコートに入り込んでたんだ。だから、僕たちも、そうしたら温かいかと思ったんだけれど、やっぱり変だよね。カルメさんたちは夫婦だし。でも、もしよかったら」
サニーにアタックしてみると言っても、まるっきりログの真似事をして、積極的にサニーを抱き寄せるなんてことはできない。
そのためコールは、僕に抱き着いてみない? とサニーを誘惑して見ることにしたのだ。
何かが間違っている気がしないでもないが、仕方がない。
彼は照れ屋な箱入り坊ちゃんで、恋愛一年生なのだ。
行動を起こせただけ、努力賞ものである。
『引かれちゃったかな? アプローチって、こういうことじゃないのかな? それとも、やっぱり、僕なんかが誘惑しても駄目かな。格好良くも、色っぽくもないもんね。というか、僕、格好悪いな。ログだったら、もっと格好良く誘えるんだろうな。でも、サニーはスケベで、かわいいものが好きって言ってたし、不本意だけど、よく、かわいいって言われちゃうし。だから、どうかな?』
羞恥と緊張でコールはモジモジと身じろぎをし、チラッとサニーに一瞥をくれる。
今更発言を引っ込められないので、控えめにコートの端を揺らして、ほんの少し内側を広げた。
いくらプロでも、ここまで誘惑されてはどうしようもない。
「おお……おお……」
サニーは、極寒の中でようやく焚火を見つけた旅人のように、感嘆の声を漏らしながら、ソロソロとすり寄って行く。
だらんと前に伸びた手はスケベでは無いが、命にとって必要な何かを渇望し、掴もうとするかのような貪欲さをみせる。
その姿はまるでゾンビだ。
だが、それでも、つい先ほど自重を決めたばかりのサニーは、死にかけの理性に必死の緊急処置を施した。
そうして風前の灯火となった自制心を胸に抱き、コールの太ももの上にちょこんと座ると、あまり近寄りすぎて襲わないよう、彼から距離をとる。
心象風景は、コール祭りで興奮しすぎてご神体に触れようとする罰当たりな己を、欲に負けそうな巫女サニーが「お触り禁止! お触り禁止!」と叫び、羽交い絞めにしているような感じだ。
正直、かなりギリギリの戦いである。
「アッタカイワ、コールサン。アリガトウ」
明らかな棒読みである。
ぼんやりと宙を見つめ、あえて思考の半分を放棄することで、コールに大興奮してスケベさを露出させぬようにしているのだ。
だが、そんなサニーの姿を見て、何を思ったのか、もう一押し頑張ってみよう、と小さな積極性をみせたコールが、コートの前をふんわりと閉じて彼女を閉じ込めた。
そして、トドメに、
「その、温かいね。ねえ、もう少しくっついても、なんて、その、駄目?」
と、モジモジと真っ赤な顔で問いかけ、照れ笑いを浮かべる。
コールは気が付いていないだろうが、明らかな自爆だ。
理性が呼吸を止め、心象風景の暴走サニーと巫女サニーが、手を取り合ってご神体へと走り出す。
「勿論です、コールさん! コールさんのコートさんという夢が!! コールさんが悪いんだからね! こんなに誘惑して! 今日ばっかりはコールさんが悪いんだからね! 良い匂い! コールさんの匂い!! ありがとうございます! ありがとうございます!!」
サニーはボスッとコールの胸元に顔面を埋めると、思い切り匂いを嗅ぎながらブンブンと頭を振った。
がっしりと背中に両腕を回し、抱き締めるというよりもしがみついている。
フスゥッ、フスゥッと荒い鼻息を立て、思い切り吸い込んだ後は恍惚としており、肉食獣の瞳がドロドロに溶けた。
顔は真っ赤に茹り、口元がニヨニヨと歪んで止まらない。
その姿は、マタタビに心を奪われた猫のようだ。
これに対し、いつもの上品なサニーが、ちょっぴり欲を出してくっついてきたりするのかな? もしかしたらいい雰囲気になって、キスされちゃったりするかもしれない、と可愛らしいことを考えていたコールは、驚いてアワアワと両手を振った。
彼女の肩を慌てて掴んで、
「わぁぁぁ! どうして嗅ぐの!? 僕、今日は頑張ったから、汗だくになっちゃったんだよ。服にだって染みついちゃってるんだってば! ねえ、止めようよ、サニー。良い匂いなんかしないって! 臭いでしょ!」
と、引き剥がそうとする。
だが、今のサニーは躾のなっていない獣なので、言うことなど聞く訳が無い。
むしろ、逃れようとすればするほど、ギムギムと抱きつく力を強めていく。
「嫌よ! 私はここで一生分の空気を吸うの!! 過呼吸になってもいいし、窒息死してもいいから吸うの! 肺をコールさんの良い香りで満たすの!! 変態はすべからく匂いフェチで、汗と体臭が大好きなの!! 私が変態って知ってて誘惑したんだから、コールさんは私に嗅がれなきゃいけないのよ!!!」
スケベで気持ちの悪い獣が、とうとうコールの前でも爆誕してしまった。
堂々とバカなことを言い出し、鼻先が胸元から横へスライドしていくのを感じ取ると、
「わあ! どこを嗅ごうとしてるの! 駄目! 駄目だったら! もう! そんなサニーのことなんて、嫌いになっちゃうからね!」
と、コールが真っ赤な顔で脇を隠して吠える。
すると、あれだけはしゃいでいたサニーがピシリと固まり、顔色がサアッと真っ青になった。
シュンと落ち込み、ゆっくりとコールからおりると、どんよりとかまくらの端に寄って行って体育座りをする。
「それだけは反則なんだからね、コールさん……」
モソモソと口を動かすサニーは、いつもはコールが背負っている負のオーラを背中に漂わせ、すっかり弱り切った様子だ。
「あ! ご、ごめんね、サニー。嫌いなんて思ってないよ。その、サニーの勢いが凄いから、ビックリしちゃって」
慌てていたとはいえ、言ってはいけないことを口にしたのだと気が付いたコールは、急いで謝った。
すると、サニーがどんよりと絶望した瞳の奥に希望の光をちらつかせ、
「本当? じゃあ、またお膝の上に乗せてくれる?」
と、しおらしく聞いてきた。
コテンと小首をかしげる姿は可愛らしいが、ここで頷けば先程の二の舞だろう。
「……嗅がないなら良いよ」
コールが当然の条件を付けると、サニーが酷くショックを受けた表情になり、
「雄っぱいだけ! 雄っぱいだけにするから! お願いよ、コールさん! もう、他の所は嗅がないから!! というか、嗅げなかったのよ、コールさんが逃げちゃうから!! それに私、お触りだってしないように気を付けたの! どうか努力賞を!!」
と、必死な様子で腕に縋りついてきた。
「駄目! サニーのせいでまた汗かいちゃったし」
どうやら、慌てふためき、騒いでいる間に汗を掻いてしまったらしい。
コールは、ポケットから取り出したハンカチで首筋や額の汗を拭っていく。
「ねえ、コールさん。そのハンカチ、くださらない?」
「駄目」
組んだ両手を頬に当ててキュルンと頼むが、当然ながらすぐに却下された。
一瞬落ち込んだサニーだが、彼女は気合の入った変態なので、簡単には諦めない。
何度だって食い下がる所存だ。
「じゃあ、じゃあ! どうか! どうか、お尻を少しだけ見せてください!! ピタッとズボンの張り付いた、麗しいセクシー様を!! まだちゃんと見られていないんです!!! お願いします、私にお美しい曲線美を!!!」
正座のままでピシリと頭を下げるその姿は、異国で最大の謝罪及び懇願をする際に用いられる姿勢、土下座である。
キッチリと頭を下げた後でコールを見つめる瞳は鋭く真剣であり、清廉潔白な雰囲気が漂っている。
命でも賭けているかのような気迫で、カルメなんかは圧倒されてしまいそうだが、意外と冷静なコールは決して首を縦に振らない。
「駄目」
冷酷無慈悲な一言に、サニーが悲痛な叫びを上げる。
「どうして!? 怒ってた時は、あんなにプリンプリンしてくれていたじゃない! 今こそ、今こそでしょう! ズボンの素晴らしさを知った私じゃ、もうコートには戻れないのよ!!」
サニーの両手が緩やかな曲線を描き、コールのセクシーさを表す。
すると、今更ながらケンカ時の自分の行動が恥ずかしくなったコールは、頬を真っ赤にしてプイッとそっぽを向いた。
「プリ……変なこと言わないでよ! 大体、何で聞かなきゃわからないの!? 駄目なものは駄目なの!」
怒っているからプリッとしてくれるのでは!? とサニーは期待を込めて腰回りを見つめたが、誘惑してくれる気配は無い。
残酷にも、コールはキッチリとコートを着込み、前面についているボタンも全て閉めてしまった。
「ああ、コールさんの雄っぱいがしまわれていく……」と、涙目のサニーに追い打ちをかけるかのように、マフラーを巻いて首元も隠してしまう。
「コールさんの意地悪!!」
崩れ落ちて絶望したサニーが涙目でキッと睨むと、コールも、
「サニーのスケベ!!」
と、口を尖らせた。
雪の降り積もる冷たい夜が、賑やかに騒々しく過ぎていく。
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