シンプルにピンチ
しばらくすると周辺の村人たちも休憩を止め、かまくらづくりを再開するような雰囲気になり始める。
カルメたちも、そろそろ解散してかまくらづくりに戻ろうかと話していた頃、大慌てのサニーがかまくらの中へ転がり込んできた。
「カルメさん! ログ! コールさんを見ていませんか!? かまくらに帰ったらいな……コールさん! 良かった、危ない人に連れてかれちゃったのかと思った」
こんな図体の大きなコールを誘拐しようとする猛者などいないし、そもそも村の治安は非常に良い。
そんな物騒な事件など起きる訳が無いのだが、サニーは本気で誘拐や迷子を心配していたようで、コールの姿を見るとホッとため息をついた。
軽く息と髪型を整え、コートの雪や埃を叩いて払う。そして、
「ごめんなさい、コールさん。ケイトさんとお喋りしていたら、遅くなっちゃった。帰って、かまくら作りをしましょう」
と、ふんわりと上品な笑みを浮かべ、コールに手を差し伸べた。
だが、コールはその手をとらないどころか、プクッと頬を膨らませると、プイッとそっぽを向いた。
「サニー、ログから聞いてなかったの? その、僕は人が多いの苦手だし、その、とにかく、出来たら近くにいてほしいって」
ムッと尖った口からは拗ねた言葉が紡がれる。
コールは、大会の日は一日中サニーと一緒にいて、楽しくかまくらを作ることが出来るのだと思い、前日から張り切っていた。
普段は昼過ぎに起きるところを、今日ばかりは朝日とともに目覚め、脱ぎもしないコートの下の衣服は、持っている物の中で一番お洒落なものにし、一時間近く鏡の前で粘っていた。
ポケットの中には、今のところ活躍できていないハンカチと、袋詰めされたお菓子が眠っている。
少々はしゃぎ過ぎではあるが、それだけサニーとイベントに参加するのが楽しみだったのだ。
それにコールはここ数年、日のある時間帯に外出していない。
人目を想像すると恐ろしく震えそうになったが、それでもサニーが外にいて、自分を待ってくれているのだと思い、中央広場までやってきた。
彼と普通の人間とでは、「昼間に外出する」の重みが全く異なるのだ。
そうだというのに、一時間以上も一方的に自分の側から離れられてしまった。
ケイトの手伝いをしていたのだから仕方がないとも思うのだが、それでも、どうにも腹の虫がおさまらないらしい。
予想以上にご立腹なコールに、サニーは焦りを感じた。
「うっ、それは確かに。でも、予定よりは遅れちゃったけど、そこまで遅くもなってないはずでしょう。今日の残り時間はずっと一緒にいるから、許して、コールさん!」
サニーが両手を合わせて上目遣いに頼むと、コールは少し押し黙った後、
「ちゃんと、謝ってくれたらいいよ」
と、ふくれっ面で言った。
コールを困らせたことはあっても、今回のように怒らせ、拗ねさせたことはほとんど無い。
どう対応していいものか分からずに慌てていたサニーは、ようやく光を見出し、
「本当? もちろん、謝るわ。長い間離れちゃって、ごめんね、コールさん」
と、すぐに頭を下げて謝ったのだが、コールからは返事が無い。
「……コールさん?」
勢いよく下げた頭をソロソロと上げると、コールが不機嫌に両腕を組んだまま、そっぽを向き続けているのが見えた。
「誠意を感じないからヤダ。それに、さっきから僕のお尻ばっかり見てるの、分かってるけど? カルメさんたちからも、サニーはスケベだって聞いたし。僕のこと、ずっとエッチな目で見てたんでしょ。サニーの変態!」
必死に隠していたものがあっさりと暴露されている。
寝耳に水とは、正にこのことだろう。
「ええ!? ちょっと、カルメさん! ウィリア! コールさんに何を吹き込んだの! ま、まま、待ってください、コールさん。だって、ええと、その。だって」
私はスケベではない! と、堂々と否定出来ればいいのだが、残念ながらサニーは自他ともに認めるドスケベだ。
気が付けば、コールにラッキースケベをかまし、かまされる方法を本気で考えているレベルで、脳内では常に、彼に痴漢をかましているのだ。
しかも、お尻をガン見していたことがバレてしまっている。
焦りに焦っているサニーでは、いつものように取り繕うことも、それらしい言葉を出すこともできない。
『だって、しょうがないじゃない! 本当に悪かったとは思ってるの。でも、でも、それはそれとして、なのよ。それに、コールさんの方だって反則でしょ! どうして体を捻って、少しお尻を見せてくるの! スケベすぎるわよ! 見るなっていう方が無理じゃない! 大体、お尻とかスケベって言葉を使わないでよ。コールさんが言うと、かわいすぎて、スケベすぎて……ふへっ、ふふぃっひぃ』
いつものように、コールが普通に仁王立ちしている姿にサニーがスケベフィルターをかけ、セルフで戸惑っているだけだ、と言いたいところだが、実際、今日のコールは無駄に腰を捻り、ほんの少しだけお尻を突き出していた。
おかげで、コート越しのお尻のシルエットがいつもよりも鮮明になる。
こんなコール、普段は見られない。
『ああ、コールさんが怒ってるって時点で、ちょっとときめいているのに、そんな不満げな顔でふんぞり返って、腰のシルエットもかわいくて、ああ、丸みが、ああ……』
飢餓状態で放浪を続けてきた獣の目の前で、美味しそうに霜降り肉のステーキを頬張ったらどうなるか、大抵の人間ならば想像がつくことだろう。
コールに飢えたサニーの視線が、どうしてもお尻から外れない。
別の所を見ていても、自動で視線がお尻に向かってしまう。
そこまで露骨でもないが、人の視線に敏感なコールはサニーの見ている場所を察して、口をへの字に曲げた。
「また、僕のお尻見たでしょ。というか、さっきからお尻以外見てないでしょ。大体、いっつも、かわいい、かわいいって、そればっかりだよね。たまには、格好良いとか、言ってくれてもいいんじゃないの? 僕のこと、えっちなペットだとでも思ってるわけ?」
ついでに、常日頃から少しずつ溜めていた不満を露出させる。
ケンカが長引き、泥沼になる代表である。
「それは違うわ! 絶対に、それは違う! それに、ちゃんとコールさんのこと、格好良いと思っているもの。大体、コールさんの方こそ、さっきからお尻を強調してるんじゃない! スケベさんなのは、コールさんでしょ!」
どうしてもお尻を見つめてしまうサニーだが、サニーにとってコールは「愛しい人」であり、猫かわいがりしたいだけの愛玩動物ではない。
それに、身も心も狙っているのだから、スケベだけが目的ではない。
そこを勘違いされては困るので、サニーはきっぱりと否定した。
そして、必死に視線を外すたびに、控えめに揺れたり、捻られたりして強調されるお尻にも、クレームを飛ばした。
こっちを見てくれ、よそ見をするなと言っているようにしか見えない。
いい加減にしてくれないと、正気を失って悪い事をしてしまう。
「ふーん、そう思うならそれでもいいけど。でも、僕がお尻って言ったり、サニーのことスケベって詰るたびに、サニーがニヨニヨしてるの、分かってるからね。結局、お尻から視線が外れてないし。サニー、本当にスケベなんだね」
冷たい瞳で睨まれるとサニーは、とうとう恐れていたことが起きた、嫌われてしまったんだ、と絶望し、膝から崩れ落ちた。
「そうよ、私、スケベなの。許して、コールさん、許して……あと、本当にペットとかは思ってないから、信じて……」
滅多に泣かない彼女だが、今日ばかりは泣いてしまいそうだ。
「ふん!」
怒り冷めやらぬコールがそっぽを向いている。
なんだか嫌な雰囲気が流れ、どうにも収拾がつきそうにない。
ログは面倒なことになったな、と苦笑いし、ウィリアとセイはハラハラと心配そうに二人を見守っていた。
だが、カルメとコールが似たような人種だからだろうか。
カルメには、他の四人には見えていない、コールのブンブンと振られる獣の尻尾が見えていた。
カルメはコールがたいして怒っておらず、拗ねたふりをしてサニーを揶揄い、構ってもらおうとしているだけで、むしろ内心はホクホクとしていることに気が付いていたのだ。
そして、誰かがきっかけを与えねば、ダラダラと無為なケンカが続くことにも気が付いていた。
「ったく、面倒だな。おい、サニー、別にコールはそこまで怒ってないよ。ちゅーでもしてやれば機嫌を直すから、サッサとちゅーして、そのケンカという名前のイチャイチャを終わらせろ。あとは自分たちのかまくらでやれ」
普段の自分たちのことは棚に上げ、カルメが堂々と言い放つと、サニーはゆっくり顔を上げて深緑の瞳をじっと見つめた。
何を読み取ったのか、絶望に染まっていた表情が明るくなっていく。
「本当ですか?」
形式的な問いにカルメが頷くと、サニーはタタッとコールのもとへ近寄って行った。
「ねえ、コールさん。カルメさんの言う通り、キスをしたら、許してくれる?」
素早く感情を切り替えたサニーは、意図的に猛禽類の甘く鋭い瞳でコールを見つめ、小さな牙の見え隠れする口元を歪めた。
つい先ほどまでの許しを請う雰囲気は鳴りを潜め、明らかにコールを揶揄っている。
急な変化に、今度はコールの方がついていけなくなってしまったようだ。
チョンと人差し指で唇に触れられ、ドギマギと視線を泳がせた。
「今度こそ、唇にキスをしたいの。ねえ、コールさん、どうかしら?」
サニーと二人きりだったならばコクコクと頷き、あの夜のように屈んで、彼女からの口づけを待ったことだろう。
だが、今は四人もギャラリーがおり、全員、特にウィリアが二人の様子をガン見している。
甘い二人の時間に浸らせてあげよう、少しだけかまくらを出ていてあげるね、などという気遣いは一切見せない。
カルメあたりは、早くちゅーして帰れ! くらいのことを思っている。
コールはとうとう羞恥に耐えきれなくなり、
「わ、分かった! もう怒ってないから、ちゅーはしなくてもいい! 僕、先に帰ってるからね」
と、大急ぎで捲し立てると、真っ赤な顔でかまくらを逃げ出した。
コールの口から飛び出た「ちゅー」という単語に大興奮の変態は、膝から崩れ落ち、そのままカルメたちのかまくらから転がり出た。
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