生贄コールとドスケベ暴露

 かまくら大会が始まって大分時間が経ち、どこの組もザックリとかまくらの形を完成させていた。

 そうなってくると気が緩み、疲れも出てくるため、大抵の人々は仕上げ前の休憩をかまくらの中でとっていた。

 カルメとログもその類いで、後は雪で机を作ったり、飾りを掘ってみたりと、内装を整えるだけでよくなったため、かまくらの中でイチャつくついでに休憩していた。

 入り口はぽっかりと空いた穴であるから、外から完全に遮断されているわけではないのだが、どこの組も自分たちの世界に入っていて、わざわざカルメたちを見に来る者などいない。

 そのためカルメは油断しきっており、自分からログのコートの中に潜り込むと、胡坐をかいた彼の上に座り、顔面を胸板に押し付けて暖を取っていた。

「ログ、温かい。今日から私、ここに住む」

 抱き返されて頭まで撫でられ、ゴロゴロと機嫌よく喉を鳴らすカルメはアホな事を口走る。

 ギュムーッと抱き着き、時折、温かい胸板に頬をすり寄せて好きなように甘えていたのだが、ふと視線を感じて後ろを振り返った。

 するとそこには、顔面を真っ赤にしたまま、かまくらの入り口から中を覗くコールがいた。

「わあ! 誰だ、お前! ログ、出してくれって! 腕を退かしてくれってば! 恥ずかしいんだよ。なあ、コ、コラ! ちゅーはやめ……ログ!!」

 照れ屋のカルメは気が動転して、ワタワタと大慌てでログから離れようともがき出す。

 だが、ログはいつものように暴れるカルメをギュッと抱きしめ、拘束を強めると、彼女が大人しくなるまで、ポン、ポンと軽く頭にキスをした。

 とりあえず静かになったカルメは、彼女が作った暖房の魔法陣よりもずっと熱い。

「カルメさんから入って来たんじゃないですか。それに、俺の胸元に永住するんでしょう。いまさら撤回はできませんよ。それと、コール、カルメさんが照れて暴れるのはいつものことだから、気にしないで中に入っていいよ」

 観念したカルメが、涙目を胸に押し付けているのにデレデレしつつ、未だにかまくらの前で硬直しているコールに声を掛けた。

 緊張した様子で中に入ったコールは、少し視線を彷徨わせた後、かまくらの端の方へ寄り、正座をした。

 彼は小ぢんまりと座っているのだが、全身真っ黒であるため、四方八方から雪の白で囲まれた空間ではやけに目立っていた。

「おじゃまします。えっと、そちらのお姉さんがログの奥さん?」

 コールはチラッとカルメを見たのだが、人前でも堂々といちゃつくカップルという存在を初めて目の当たりにした彼も、気が動転してしまい、ドギマギと二人を見たり、見なかったりしている。

「そうだよ。こちらは俺の奥さんで、カルメさんだ。カルメさん、この男性が噂のコールですよ」

 一応、大切な友人の想い人なので、カルメはコールの姿や性格などが少し気になっていた。

 クルリと振り返って、コールを上から下までザッと眺める。

 他人を威嚇するのが半ば癖になっているため、カルメの瞳は鋭く睨みがちだ。

 普段のコールならばピエッと怯えて貝になってしまうところだが、現在のカルメはログのもとで弱っているし、実は、カルメがログに甘えにいくところから見ていたので、彼女に対してあまり恐怖を抱かずにすんでいた。

「ふーん、コイツが……別に、かわいくはないよな。サニーって、目、見えないのか?」

 カルメはコールを観察した後、各方面に失礼なことを言って首を傾げた。

 散々サニーからは、コールはかわいい、エッチすぎる、最高だ、怯えが堪らない!! と変質的な報告を受けていたし、ログも、警戒心が強くて恥ずかしがり屋な青年だと紹介していた。

 そのため、カルメはコールを小柄なサニーとあまり変わらない身長の、作り上げた萌え袖でキュルルンと口元を隠して震えるような、いかにも可愛らしい女の子風の男性なのだと思っていた。

 だが、実際のコールはデカいしゴツイ。

 髪型や服装なども可愛い系ではなく格好良い系で、姿だけで考えれば、ログよりも精悍な雰囲気がある。

 これがプルプルと震えたり、照れてモジモジしたりしたとして、その姿が可愛いに該当するのか、甚だ疑問だった。

 ログも、なんとも言えない苦笑いを浮かべている。

「まあ、人の趣味はそれぞれって事ことだと思いますよ。それにしてもコール、一人なんだな。サニーは一緒じゃないのか?」

 遊びにくるにしても、二人一緒に現れるのだろうと思っていたログは、コールが一人きりであるのが意外だった。

 すると、コールがムッと口を尖らせてむくれた。

「サニーが酷いんだ! 僕のことを置いて、ケイトさんのお手伝いに行っちゃったんだよ。全然、戻ってきてくれないし、かまくらも中身以外は作り終わったから、暇になっちゃって。それで、ログのとこに来たんだ。ごめんね、迷惑だった? アレだったら、僕、帰るよ?」

 夫婦の甘い時間を邪魔してしまった自覚のあるコールは、申し訳なさそうに俯いた。

 しかし、ログはあっさりと首を横に振る。

「いや、別にそれは構わないよ。カルメさんは人目を気にするけど、俺はそこまで気にしないタイプだから、コールがいてもイチャつけるし」

 その証明でもするかのように愛しい唇を奪うと、初めは緩くログの胸を叩いて形だけの抵抗をしていたカルメが、その甘さと奪われ続ける時間の長さに負けて溶けた。

 デロッデロになったままログに体を預け、涙ぐむ瞳の中では大量のハートが泳いでいる。

 ログはドヤッドヤのドヤ顔をコールに向けつつ、カルメの背を撫でた。

 自信のあるイケメンでもなかなか取れる行動ではないし、頑張ってやってみたところで、欲しい反応がもらえることも稀だろう。

「え、ログ、凄いね。なんというか、凄い人なんだね……僕も、それくらいの積極性を身に着けたいな」

 ここに来る少し前、コールはサニーが戻って来ないことにいじけ、ほとんど完成したかまくらの中で貝になっていた。

 途中、何度かサニーに会いに自宅まで行こうか迷ったものの、

「なんでこっちに来たわけ? 私は、アンタみたいなウジウジの情けない男が嫌になって、ケイトさんについてきたの。アンタに構っているのは、次期村長としての仕事の一環だから。勘違いはやめて、さっさとかまくらにでも帰って! そして、一人で雪団子でも作って齧ってなさい!」

 などという、とんでもない暴言と暴力的な眼差しを受けたら、と被害妄想をしては震え、結局、彼女を迎えに行くことが出来なかった。

 そして、いじけることにも飽き、ヘタレな自分が嫌になって、気を紛らわすためにログたちの所へ来たのだ。

 そんなコールにとって、今のログは眩しすぎる。

 尊敬の念を抱き、拝んでいると、

「わ~、カルメさん、テロッテロになってる~! ログにちゅ~でもされたんですか~?」

 という、明るく阿保っぽい声とともに、セイを引き連れたウィリアがやって来た。

 彼女たちもきっと、作業が一段落したから遊びに来たのだろう。

「ウゲッ! ウィリア!」

 溶けていたカルメが一気に正気と固形の身体を取り戻し、嫌そうな表情を浮かべた。

 最近のカルメは、相変わらず照れて怒りつつも、

『ちょっとくらいなら、人前でログに甘えてもいいかな。だってログ、嬉しそうだし』

 なんてことを考え始めていた。

 そういう訳で、コールの前でも甘んじていちゃつきを受け入れていたのだが、ウィリアの前では、決して許容する気になれなかった。

 何せ、恋愛話を主食にして生きているウィリアだ。

 カルメとログが引っ付いているとテンションが爆上がりし、話題の中心が二人になってしまう。

 本人に悪気はないのだが、可愛いですね、今のお気持ちは? カルメさん、ログのどんなところが大好き? などと聞かれると、非常にいたたまれない気持ちになってしまうのだ。

 そのためカルメは、ウィリアの前では極力ログとイチャつくのを控えていた。

『ウィリアが来ちゃったから、ログから離れたいんだけど、多分、今日は無理だな』

 チラリとログを見て、ヤレヤレと首を振った。

 ログには偶に、意地でもカルメから離れようとせず、もがけばもがくほど引っ付いてイチャつこうとする日がある。

 何らかの法則性があるわけではないし、なぜそう思うのかは明確には分からないが、カルメには今日がその日なのだという謎の確信があった。

『こういう日のログは、びっくりするほど意地悪だからな。あの恥ずかしすぎるぶりっ子おねだりをしても、絶対に聞いてもらえないし、ウィリアを喜ばせるだけになる。ここはいっそ、離れることは諦めて、生贄を差し出すしかないな』

 ウィリアに差し出す生贄は、勿論カルメたちの話題の人であるコールだ。

「なあ、ウィリア、そこのコートを着ている男性は、あのドスケベサニーが大好きな、コールらしいぞ」

 カルメがわざとらしくコールを指差して言うと、ウィリアはあっさりとコールの方にターゲットを変え、あれこれと質問を浴びせ始めた。

 初めは困惑し、貝になったままオドオドと質問に答えていたコールだが、段々とサニーのことを話すのが楽しくなってきたのか、照れながらも、普通に会話をするようになってきた。

 プレゼントを渡した夜の話をすると、

「え~!? チューされちゃったの~!? ちょっとサニー、いくらスケベだからって、手が早いんじゃな~い? 大胆だわ~!」

 と、すっかり舞い上がったウィリアが両頬を押さえ、かしましく騒ぎ立てている。

 その後ろで、セイがほんの少しだけ耳を赤く染め、コクリと頷いた。

 騒がれるとなんだか焦ってしまって、

「鼻だから! 鼻先にちょんってされただけだよ!」

 と、コールは大慌てで情報を付け足した。

「いや、それでも普通、友達にはやらないだろ。お前ら、本当につき合ってないのか?」

 他にコールが話した情報を総合しても、二人は初々しいカップルのようにしか見えない。

 おずおずと頷くコールの姿に、カルメは呆れてしまった。

 コールは初心でモジモジとした性格をしているので、サニーの心を知らなければ、意外とお節介なカルメなんかは、

「お前、大丈夫か? 詐欺って知ってるか? 詐欺師は甘い言葉や態度で、貧民を誘惑するんだぞ。お金や物品を貢がされたり、家に転がり込まれたりしてないか? 可哀想だが、十中八九、騙されているから、全財産とか大切なものを失う前に逃げろよ」

 と、忠告してしまうかもしれない。

 カルメが苦笑いをしていると、フードを目深に被り直し、その端を両手でギュッと握っていたコールが、ソロリと姿勢を正した。

 そして、恥ずかしそうに顔を赤らめ、

「あ、あの、カルメさん、ウィリア、その、サニーってドスケベなの?」

 と、非常に控えめな声で聞いてきた。

 どうやら話している間、ずっとそのことが気になっていたらしい。

 モゾモゾと組んだ手を擦り合わせており、落ち着かない様子だ。

 それに、カルメがあっさりと頷く。

「ああ、ドスケベだな。サニーは、ド変態がドスケベの服着て、村を闊歩しているみたいなもんだぞ。コールの前ではどんな態度なのか知らないが、私たちの前だと酷いな。すぐにお尻の話をする」

 誰のかといえば、勿論コールのお尻だ。

 散々お尻の素晴らしさを説き、

「芸術点は九千九百九十九億ポイントです! 堪りませんね! モチモチしたいです! モチモチ!!」

 と、鼻息荒く語っていたのを聞いて、カルメはサニーにおける全てを諦めた。

「そうですね~。私も~、二十年くらいの付き合いになりますが~、あそこまでアレな人だとは~、思いませんでしたよ~。す~ぐ背中の話もしますね~。筋肉が良いらしいですよ~。肉欲って感じですよね~。カルメさ~ん、男性用のえっちな下着っていわれて~、パッと何か思いつきます~? サニーは~、いくつも出てくるみたいですよ~」

 鼻息を荒くし、スケベな下着のイラストを何枚も描き上げているのを目の当たりにして、ウィリアに戦慄が走ったことは言うまでもない。

 完成したイラストをニヨニヨと見つめ、

「いつか、旦那さんになったコールさんに作ってもらって、自分で着てもらうんです! ふへっひぃ!!」

 と、気持ち悪い叫びを上げていたのを見て、ウィリアは無言で帰宅した。

 それを聞いたカルメも渋い顔をしている。

「それはヤバいな。雄っぱいとかいう、訳わかんない造語も使ってたしな。まず、何かを揉みまわしている手つきがデフォルトっていうのが駄目だ。アイツ、本当に一回反省した方が良いぞ。コール、どさくさに紛れてお尻とか揉み回されないよう、気を付けろよ。アイツならやりかねない」

 普通、貞操の心配をされるのは女性の方が多いのではないだろうか。

 箱入り娘のような心配をされたコールは、困惑しつつも頷いた。

 サニーはコールの前では、偶に猛獣のようなオーラを出しながらも、基本的には上品で可愛らしい女性だ。

 そのため、コールはモジモジとしながら、半信半疑で二人の話を聞いていたのだが、ふと、思い当たる節があったことに気が付いた。

 人の視線と気配に敏感な彼は、何故かお尻を始めとした身体に集中する、邪なサニーの視線を感じ取っていたのだ。

 サニーがスケベだとは思っていなかったので、なんだろう? 気のせいだったのかな? と首を傾げていたのだが、カルメたちの言葉を聞いて、

『僕の身体をスケベな目で見てたの!?』

 という、恥ずかしい真実にたどり着いてしまった。

 コールは顔を真っ赤にして、そっと貝になった。

 そして、セルフで貝の蒸し焼き状態になったまま、段々と方向性が危うくなるサニーのスケベ話を聞き続けた。

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