心理戦勃発

 コールの家は二階建ての一軒家だ。

 玄関からすぐ近くの一番大きな部屋を雑貨屋に使っており、そのエリアの奥に台所や風呂場がある。

 また、二階にはコールの部屋やケイトの部屋があり、主な居住スペースは二階部分ということになっていた。

 サニーとケイトは、台所のテーブルに乗せられた大量のクッキーをテキパキと手際よくラッピングしていたのだが、こういった作業は非常に単調で暇だ。

 初めのうちは真面目に作業していても、クッキーの量が半分になり、三分の一になり、と作業が進んで、終わりが見えてくるうちに段々とお喋りをしたくなってしまう。

「ケイトさん、コールさんって、凄く器用ですよね。装飾品なんかも作って、雑貨屋の商品にしてるって聞きましたし。ふふ、素敵なぬいぐるみも貰っちゃったんです。小さい頃から、器用だったんですか?」

 コールから貰ったウサギはサニーの宝物だ。

 小さなバスケットの中にフカフカとしたミニクッションを詰め、その上にちょこんと座らせたものを、作業机に置いて大切に保管し、仕事中に眺めてはニヨニヨしている。

 今も小さな宝物を思い出して、口元には自然と笑みが浮かんでいた。

「あら、ありがとうね、コールのことを褒めてくれて。でもね、実はコール、小さい時はあんまり器用じゃなかったの。それでもぬいぐるみが好きで、何かを作ることも好きだったみたい。上手くいかなかったり、両手に怪我を負ったりしても、夢中で手芸を続けてたわ。そうやってめげずにいたから、私よりもずっと、素敵な作品を作るようになったのね」

 幼い頃のコールは今よりも更に引っ込み思案で、初めの頃はケイトにすら怯えていた。

 家族というにはかなり距離のある二人だったのだが、ケイトの手作りのぬいぐるみをきっかけに、関係に変化が生じた。

 最初はケイトの作業を眺め、少しずつお喋りをするようになり、やがて信頼関係ができてくると、コールも手芸をしたいと言い出した。

 今では商品としての意見を求める時にしかケイトに作品を見せにこないが、手芸したての頃は小さなワッペンやぬいぐるみを持って、しょっちゅう作品の報告に来ていたのだ。

「あの頃は可愛かったわ~。仕事で余った布を渡してあげると、『いいの!?』ってはしゃいでいてね。今ではすっかり生意気になっちゃって、趣味で作っている作品は、全然見せてくれなくなっちゃったのよ」

 愚痴混じりに笑うケイトの話を、サニーは頷きながら熱心に聞いた。

 かわいいコールの子供時代が、かわいくない訳が無い。

 当時を思い出して懐かしむケイトの話を聞いて、サニーの脳がコールの子供時代を求めだし、

「ケイトさん! ちっちゃい頃のコールさんのお写真とかってありませんか!?」

 と、鼻息荒く問いかけた。

 都会の小金持ちならともかく、普通は、片田舎の民家に写真を作り出す魔道具など無い。

 しかし数十年前に、自身の夫や子供の写真を残したがった当時の村長、メイリーが、村のイベントなどで使用するという名目で、当時かなり高性能だった撮影の魔道具を購入していた。

 メイリーの最大の目的は自身の私利私欲を満たすためだが、だからといって建前の目的を無視し、魔道具を独占しようとは考えていなかった。

 そのため魔道具は、借りる際にキチンと貸出ノートに記名し、丁寧に扱うのであれば、誰でも利用して良いことになっていた。

 そのおかげでカルメたちは結婚式の記念写真を撮ることが出来たし、サニーやリックなどのように大切な人を亡くしてしまった村人たちは、いつでも故人の姿を思い出し、その死を偲ぶことが出来る。

 日常でも自由に持ち出しできるので、魔道具は大人気だ。

 ケイトも定期的にコールの写真を撮っていたし、特に、子供時代の物はそれなりに量がある。

 また、それらはキチンとアルバムにまとめられていた。

 サニーに見せるのも特に問題はないのだが、

「凄い食いつき方ね、サニー。そんなにコールの写真が見たいの?」

 といった感じで、テーブルに身を乗り出して、勢いよくコールの写真を求めてくる姿に少々引いていた。

 だが、サニーの方は、コクコクと激しく頷いている。

「もちろん、小さな頃のコールさんのお写真は見たいですが、最近のコールさんでもいいですね。といいますか、私がコールさんのお写真を撮りまくるのもいいですね!! あ! すみません、はしゃぎ過ぎました」

 約束されたかわいさに、どうしてもテンションがブチ上がってしまう。

 気が付けば、手に持っていたクッキーの袋を中身ごと握りつぶしていた。

 可愛いウサちゃんやクマさんが、瀕死の重傷を負っている。

 それを見て、ケイトはコロコロと笑った後、

「大丈夫よ。ちょっと崩れちゃったけど、それはそのままサニーにあげるわ。写真だって、後でちゃんと見せてあげる。でも、その反応。なあに、サニー。もしかして、コールのこと好きなの?」

 と、にんまりとした悪い笑みを浮かべた。

 友人、それも想い人の保護者に聞かれて困る質問、トップスリーに入るだろうことを聞かれ、サニーは一瞬、ピシリと固まった。

 しかし、すぐに立て直すと上品に座り直し、

「そうですよ」

 と、意味深に微笑んでみせた。

 そして、ケイトにはバレないように、ひっそりと彼女の瞳を見て心を窺った。

『ケイトさんとは、個人的には結構、仲がいいわ。でも、ケイトさんは、コールさんを自分の子供みたいに大切にしている。その大切な息子をとっちゃうかもしれない私にどんな感情を持つのか、軽くでいいから知りたいのよね』

 これが、サニーが自らラッピング係に立候補した理由の一つだった。

 稀に、自分の子供や兄弟に恋愛感情をもつ者にアレルギーを起こし、嫌悪感などを抱く者がいる。

 実際、少人数だが、村人の中にもそういった人種は存在した。

 彼、彼女らは、自分の子供には早く恋人を作ったらいいのに、などと言っていたのに、実際に恋をしたり恋人を作ったりすると、その相手をけなし、攻撃的になっていた。

 嫁姑問題が勃発している家庭もあるようで、当事者が大変であるのは勿論のこと、二人の間に挟まれる旦那もなかなかに大変そうだった。

 ケイトに好かれればコールが手に入るというわけではないし、その反対もない。

 別に、ケイトに取り入ろうなどと考えているわけでは無かった。

 結局のところ、一番大切であるのは、コールがサニーに対してどのような感情を抱いているかだ。

 だが、穏便にコールを手に入れ、二人で平和な甘い生活を続けるには、ケイトに好かれているにこしたことは無い。

「……え? 本当に? あれよ、お友達とかじゃないのよ。愛してる的な方よ?」

 少し前までのニヤニヤとした笑いを引っ込め、真顔で問うてくるケイトから読み取れる情報は、彼女が酷く困惑しているということのみだ。

 ほのめかして終わりにするか迷ったが、ここはあえて、賭けてみることにした。

「はい。恋愛の方の好きですよ」

 間髪入れずに頷けば、ケイトの肩が震えだし、スッと席を立つ。

 そして、真直ぐにサニーのもとへ寄っていくと、ガバッと彼女に抱き着いた。

「え~!? 本当に!? サニー、本当に!? ちょっと~! え~、ちょっと~!?」

 ケイトは語彙力を失ったまま弾んだ声をあげ、キャッキャとはしゃいでいる。

 四十代女性の小刻なミニジャンプは、腰にかなりのダメージを与えていることだろう。

 その姿はまさに、熱烈大歓迎といったところだ。

 そもそもケイトは、子供はいずれ自立し、自分のもとから巣立っていくものだと思っており、それが望ましい在り方だとも考えている。

 そうして自立した時、その隣に恋人や配偶者がいたならば、言うことなしだ。

 また、基本的にケイトは、コールの交友関係や恋愛に干渉するつもりがない。

 だが、コールには幸せになってほしいと願っているし、彼女は独身だが、恋愛話が大好きなタイプだった。

 そのため、どうしてもコールの恋愛模様が気になってしまう。

 おまけに、サニーはその可愛らしい姿や明るい性格、少し腹黒いところも含めて何となく愛嬌があることなどから、多くの村人に好かれている。

 ケイトは『好きな子ができたのは良いけど、コールじゃ十中八九、失恋コースよね……』と、かなり失礼なことを考え、彼の奇跡を祈っていた。

 コールの写真に食いつくサニーを見て、脈ありか!? と浮足立ってしまったものの、「変な質問しないでくださいよ。コールさんはただのお友達ですから」と叱られるのがオチだと思っていたケイトにとって、サニーの答えは嬉しすぎる大誤算だったのだ。

 これに対し、嫌悪感を抱かれなければいいな、出来たら歓迎されたいけど難しいかな? と考えていたサニーにとって、ケイトの反応は大変ありがたいのだが、そのあまりの歓迎ぶりに、かえって混乱してしまった。

 だが、まじまじと瞳を覗いても、ケイトから伝わってくる感情は、狂喜や歓喜である。

 興奮して鼻息が荒くなり、両手でクッキーの袋を砕いてしまいかねない勢いだ。

「ねえ、二人はもうお付き合いしているの?」

「いえ、まだですね。その、私はコールさんのこと大好きですが、コールさんは私のことが好きとは限りませんし」

 まだ少し混乱したままで、サニーは軽く頬を掻く。

「ええ……コールは絶対にサニーのこと好きだと思うけれどな。だって、あの子、最近熱心に本を読んでいるな、と思ったら、『モテモテ恋愛術』みたいな、なんかよく分からない、怪しい雑誌だったのよ。やたらと色めき立って鏡の前を占領しているし、サニーのこと可愛いって言ってたし、筋トレの回数も増えたみたいだし、恋愛小説も読みふけってるし」

 コール側の心を知っているケイトとしては、焦れったくて仕方がない。

 上がりすぎたテンションと、早くくっついてくれないかな~、という浮かれた心で、コールの出来れば隠しておきたい繊細な秘密を、容赦なく暴いていく。

 この場にコールがいたら涙目でケイトの口を塞ぎ、三日は部屋から出てこないだろう。

 だが、新たなコール情報に、サニーはもちろんホクホクしている。

『ふむ、あくまでもケイトさんから見たコールさんの姿だから、鵜呑みにすることは危険だけど、これは、結構脈ありと見てもいいのかな? プレゼントもそうだけど、客観的な好意の表れは嬉しいわね』

 あれだけいちゃついておいて、何を言っているんだと思われるかもしれないが、実はサニー、コールから恋愛感情を抱かれているという自信がほとんど無かった。

 確かにコールは、サニーの言葉や態度に照れて、満更でもなさそうにすることがあったし、指先へのキスも受け入れてくれる。

 プレゼントをくれたし、鼻先への口づけも許してくれた。

 あの様子ならば、唇を奪うことだってできたのかもしれない。

 だがサニーは、それらを必ずしも自分に恋愛感情を抱いている証だとは、考えていなかった。

『コールさんだって成人男性だし、女性や、えっちなことに興味あるのは、別に不思議な事じゃないと思う。私もコールさんの事、いろんな意味で狙ってるわけだし。コールさんが私にそういう興味を持つのは、全然嫌じゃないの。むしろイイんだけど、それだけだったら、やっぱり切ないわよ』

 自分はコールのことを愛しているのだ。

 コールにだって愛されたいと願った。

『それに、コールさんは人間関係に疎いから、本当に、友達にはキスくらいするって思っているのかもしれない。普通ならあり得ないけど、かわいいコールさんならあり得ないことじゃないわ。だって、かわいいんだもの』

 本気で悩んでため息をついているのだが、流石にそれは無い。

 コールを過小評価し過ぎである。

 ともかく、このように実はあまり自信の無いサニーだったから、ケイトから告げられるコールの姿が嬉しくて、つい話し込んでしまった。

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