合法的侵入者

 明るく元気で、いつも村のために働いているサニーに見合う人間になりたい。

 そして、いつか魔法を制御し、胸を張って彼女の隣に立てるような人間になれたら、告白をして、彼女と恋人になりたい。

 そんな願いを強く持ったコールは、かまくら大会をきっかけに昼でも外出するようになり、少しずつ、他人に話しかけることが出来るようになっていた。

 最近では、二人が会うのは日中が基本になっていて、場所にもバリエーションが増えており、以前よりもずっと気軽に会えるようになっていた。

 早くに仕事が終わって時間ができたサニーは、コールに会いたくて彼の自宅を訪れたのだが、丁度その頃、彼は外出中だった。

 出直そうかとも思ったのだが、ケイトがコールの部屋で待っていればいいのでは? と提案してくれたため、サニーは二つ返事で頷いた。

 合法的に部屋に侵入できたサニーは、もちろん大はしゃぎだ。

 深呼吸をして、はやる心を落ち着かせてからコールの部屋に入り、全体を俯瞰する。

 コールは結構マメな性格をしているので、部屋全体はきちんと整理され、簡素な机の上には作りかけのぬいぐるみが置いてあった。

 ふむふむ、良い部屋だ、と浮かれたテンションで評論家のように頷いていたのだが、ふと、簡素な衣装タンスを見て、動きが止まった。

『あの中に、コールさんのお洋服さんが? いや、それより、下着様が……?』

 想い人の部屋に来て、一番に関心を引かれる内容がコレであるから、サニーはド変態なのだろう。

 フラフラと衣装タンスへ吸いよせられていき、真ん中の引き出しに手をかけたのだが、その腕を更に自分の腕が掴んで愚行を食い止める。

 心の中では、正気を失ったサニーと理性の残ったサニーが大規模な戦争を繰り広げていた。

『コールさんのおパンツさんを見たい! 見るだけだから! でも、見たら最後! 止まれない!! 絶対被っちゃうわ!! それはさすがにダメでしょう。ゲスで屑な変態よ! 人として終わってるわ! いけないことよ。でも、いけないことをしたい!!!』

 目だし帽のように下着を被り、ゴロゴロと床の上を転げ回れば、言い逃れなどできないだろう。

 ドン引き通報一択で、実の父親や、馴染みの門番であるガードがサニーを取り押さえに来てしまう。

『流石にお父さんには捕まりたくないし、あの日、私がスケベなことはバレちゃったけど、それでも上品に可愛らしく狙うっていう基本方針は変わらないのよ。大体、許されないほどフィーバーしたら、本当に嫌われちゃうわ。ダメよ、サニー、今日はパンツ様は諦めるの。諦めて、ギリギリ許されそうなところを狙うの。今日は、パンツ様は、諦め……諦めるの!!』

 タンスを掴む腕と、自制心をきかせる腕の双方に力がこもる。

 未練タラタラである。

 だが、コールの前であまりにも品のないことをしたり、床を転げまわったり、涎を垂らしたりしたくないので、三分ほど争った後にタンスの腕が諦めた。

 そうして、許されそうなことを考えたサニーは、前に読んだ女性向けの恋愛小説で、ヒロインの女性が意中の男性のベッドに潜り込み、眠りこける、という展開があったのを思い出した。

『これは、いけるんじゃない? あの人たちだって、良い匂いとか言いながら毛布をスーハースーハーして、眠くなっちゃったとか言ってゴロンゴロンしてるんでしょ!? なら、私も許されるはずよ!!』

 この発想をする時点で駄目だろう。

 それに当たり前だが、物語と現実は異なる。

 小説や演劇における恋愛を参考にし、かつ実行に移すことほど危ういことは無い。

 普段のキッチリとしたサニーならば、そのくらいの分別が付くのだが、今日は部屋に入った時点で理性の大半が仮死状態になっているため、よほどの緊急時じゃないと働かない。

 本当に寝転がるかどうかはさておき、サニーはベッドの物色を始めた。

 モコモコとした毛布の上に若干薄い毛布が乗っているのだが、そちらの模様が可愛らしい羊柄であることにテンションが上がってしまう。

 ペロリとめくってみると、脱ぎ散らかされたコールの部屋着が入っていた。

『さてはコールさん、毛布の中でお着替えしたわね。ふふ、寒がりさんなのかしら。かわいいわ。ぜひともその光景を見たいわね。可愛いコールさんのお着替え中に、チラッとお布団をめくって……ふふふ。ん? あれは何かしら?』

 妙に毛布が膨らんだ箇所がある。

 首を傾げながらめくると、少しよれた抱き枕が出てきた。

 抱き枕は真っ黒い円柱形をしており、身長の高いコールに合わせて作られているのか、サイズが大きい。

 基本的にはシンプルなのだが、抱き枕の上部にまん丸の瞳が二つと、牙の生えた獣の口の刺繍が施され、猫耳と尻尾が付いており、なんだか可愛らしい雰囲気になっている。

 サニーの観察眼が、これはコールが作った物であると語っていた。

『コールさん! 抱き枕派なのね!? かわいすぎる!!!! 抱き枕を抱き締めているコールさんを抱き締めるのもいいし、抱き枕がわりに抱き締められるのも最高ね! 背骨がバッキバキに折れてもいいから、抱き締められたい! 小動物が仲間と眠るみたいに、引っ付かれてスヤスヤ眠られたら……幸福で死んじゃいます!! あと、多分襲います!!』

 体内で渦巻く熱に身を任せ、本当にベッドに潜り込もうとして、死にかけの理性が警鐘を鳴らした。

 待て! 早まるな! と己に叱られたサニーは、ひとまずベッドに侵入した自分をシミュレーションしてみる。

 まず、毛布に入ったら抱き枕を抱き締め、嗅ぎ回すことは必至だ。

 堪えられるわけがない。

 そして抱き枕の香りに酔いしれたサニーは、本格的に理性が棺桶に入り、さきほど発見したコールの部屋着や、タンスに眠っていると思われるパンツにだって、手を出すことだろう。

 そうして出来上がるのは、コールの下着を被り、部屋着を着て、抱き枕を抱き締めながらベッドの中でゴロゴロと転げまわるド変態である。

 しかも、常に何かを嗅ぎまわし、荒い呼吸と気味の悪い笑みを溢し続けるのだ。

 気持ち悪すぎる。

 そんなものと遭遇してしまったら、通報どころではない。

 即刻、駆除対象となって、ゴキブリのごとくスリッパでタコ殴りにされてしまう。

 サニーは、このままフィーバーすれば起こりうる未来を的確に想像すると、大人しくベッドを正し、部屋の中心で正座した。

 そうしてそのまま、コールが帰ってくるまで瞑想を続けたのだ。


 時が経ち、瞑想によって己に打ち勝ったサニーはコールに会えたのが嬉しすぎて、獣の尻尾をブンブンと振る代わりに、急いでコールに駆け寄った。

「ふふ、折角お仕事を素早く終わらせて、コールさんのかわいいお顔を見に来たのに、いないんだもの。でも、ケイトさんがここで待っててもいいって言ってくれたから、お部屋にいたのよ。全く、遅いじゃない」

 サニーがチョンと可愛らしく頬をつつくと、コールはほんのり目元を赤らめた。

「ごめんね、カルメさんたちの所へ遊びに行ってたんだ。この本も、カルメさんが貸してくれたんだよ。ところで、サニー、どうして僕の服を着ているの?」

「え!?」

 コールに言われて自分の衣服を確認してみると、元々来ていた私服の上にコールの部屋着の上を重ねて着ていた。

 どうやら、己の欲望に完全勝利はできていなかったようだ。

 しかも、無意識のうちに着てしまっていたようで、サニーは目をパチパチと瞬かせ、本気で驚いた表情を浮かべている。

「ごめんなさい、コールさん。どうしても着たくなっちゃって、気が付いたら、着ていたわ。ふふ、コールさんの良い匂い……ふふ……」

 せっかくコールの部屋着を拝借したのに、着た記憶も何もないままに返すのは勿体ない。

 そこで、袖をほんの少し嗅いで、可愛らしくコールを揶揄ってから部屋着を返すことにした。

 だが、一嗅ぎでもすれば祭囃子が鳴り、歯止めが利かなくなってしまう。

 勢いよく顔を埋め、スンスンスンスンスン!! と鼻を高速で動かして嗅ぎまわし始めた。

「わああ! 嗅ぎ過ぎ! 嗅ぎ過ぎだってば! 駄目! 返して!!」

 横着して一週間も着続けた部屋着なのだと告げれば、サニーの勢いが増す。

 しまいには、真っ赤になって涙を浮かべ、「返して!」と袖を引くコールに、

「キャッ! お洋服をとろうとするなんて、変態さんのする事よ! コールさんのスケベさん!」

 と、わざとらしく悲鳴を上げ、誤解を与える言い方で叱った。

 そして、「ご、ごめんね!?」とコールが驚いて謝り、その力が緩んだ隙に素早くベッドの下へ転がり込む。

 小柄なサニーはベッドの下に入っても多少の余裕があるが、大柄なコールはギリギリ、入ることができない。

 奥へと逃げられてしまえばサニーを止める術はなく、精々、手を差し入れてばたつかせるのが関の山だ。

「サニー、出てきて、僕の部屋着を返して! 本当に、あんまり綺麗じゃないんだってば! サニー!」

 コールがベッドの下を覗き込んで頼むが、変態は彼の弱った懇願をBGMに、しばらく部屋着を嗅ぎ続けた。

 ようやく這い出てきたサニーは砂埃に塗れていたが、肌は艶々としており、非常に満足げな笑みを浮かべている。

「コールさん、ごめんね。お洋服が埃まみれになっちゃった」

 部屋着を丁寧に畳んで返し、パタパタと自身についた埃を振り払うと、コールは、

「洗濯するつもりだったし、埃は別にいいけど、謝るのは絶対そこじゃないよね。サニーの変態!」

 と、至極真っ当なツッコミをして口を尖らせた。

 部屋着を胸に抱え込み、もう渡さないぞとサニーを睨んでいる。

「ふふ、ごめんね、コールさん。でも、コールさんが嫌って言える人でよかったわ。だって、もしも私がコールさんにキスをしようとしても、嫌がらなかったら、コールさんもキスがしたいってことなんでしょう? ふふ、自惚れちゃうわ。なんてね。じゃあね、コールさん。また明日ね」

 オレンジ色の太陽が大分傾きかけていて、あと少しもしないうちに夜が来る。

 サニーがふんわりと妖艶に微笑んで帰ろうとすると、コールがその手を引いた。

「どうしたの? コールさん。もしかして、もっとスンスンさせてくれるの? 直接?」

 パァッと瞳を輝かせ、いつでも歓迎! といわんばかりに両手を広げるが、そんな訳が無い。

「まだ嗅ぎ足りないの!? じゃなくて、ええと、その、今日はまだ、友達の挨拶をしていなかったでしょ。だから、その……」

 恥ずかしそうに口を動かし、視線を彷徨わせた後、そっとサニーの小さな手に触れ、ゆっくりと持ち上げる。

 自分の胸の辺りまで持ってきたら、今度は自分が少し屈んで、ゆっくりと顔を近づけていく。

 真っ赤に火照って涙の浮かぶ瞳をギュッと閉じ、熱い唇をちょんと指先にくっつけているのを見れば、サニーの瞳の奥でキラキラとした喜びの光が弾け、牙の生えた口元がにんまりと歪んだ。

 そして、自分の行動に照れたコールが机の上で梟になって、震えているのを見ると、どうしても愛しい熱が暴れ出し、かわいい、かわいいと褒めそやしながら、夜が来るまでコールを揶揄い、つつき回した。

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