好きな人のために張り切ってしまう私たちは
夢から覚めたサニーは、グッと背を伸ばした。
コールから貰ったウサギのぬいぐるみに「おはよう」と微笑むと、テキパキと着替え、ふと、自分の胸を見る。
サニーは別に貧乳ではないが、カルメやウィリアに比べれば小さめになってしまう。
『もっと大きかったら、うっかりのふりをして、コールさんにぶつけられたのになあ。巨乳のカルメさんが羨ましいや』
受け継がれなかった母の遺伝子が恨めしい。
サニーは、そんなしょうもないことを考えてため息をついた。
軽く身支度を整え、リビングに向かう。
ちょうど、一足先に起きて朝食を食べ終えた父親、リックが、雪かき用のスコップや清掃用具を抱えて外へ出るところだった。
もうすぐで五十歳になるが、同年代に比べれば体力もあり、若々しい外見をしている。
「おはよう、お父さん。お母さんのお墓参りに行くの? ふふ、お父さんは、いつまでもお母さんが大好きね」
娘に茶化されて、リックは照れ笑いを浮かべた。
「まあね。昨日はたくさん雪が降っただろう。お墓をそのままにしたら、メイリーさんが凍えてしまうよ。それに、村の様子も報告したいんだ。メイリーさんは、村が大好きだったから」
村長としての仕事はほとんどサニーが行っているものの、リックは未だに引退せず、彼女に村長の仕事を指導し、手伝いをしていた。
サニーと同様、楽しそうに働き、日々、村をより良くする方法を考えては頭を悩ませている。
そんな仕事熱心なリックだが、彼は元々、村長ではなかった。
本来の村長は妻のメイリーで、彼女が亡くなったのをきっかけに村長の立場を引き継ぎ、以来、懸命に働いていた。
「そういえば、サニー、コール君とはどうだい? 少しは、仲良くなれたかい?」
冬の朝は冷えるため、温かい茶で暖を取っていたサニーだが、急にコールの話題を振られ、ゴフッと中身を吹きだした。
「な、なんで、お父さんがコールさんのことを知ってるの!?」
コールとの恋を秘匿したいわけではないが、スケベな欲まじりの恋愛話など、親とするものではない。
そうでなくとも、何となく照れてしまって、コールの話を父親にはしていなかった。
それに、サニーがコールに恋をしていること知っている者は、今のところカルメ、ログ、ウィリア、セイの四人しかいない。
サニーが本当の意味で信用しているのが、この四人だけだからだ。
「なんでって、私だって鈍感ではないし、父親としての責任もあるからね。サニーが外出していることには、気が付いていたんだよ。最近、サニーがやたらと楽しそうなことにも気が付いていたし、仮面男くんの正体なんかも知ってたからね。そうして考えていったら、自然と分かってしまうよ」
リックは穏やかに言うが、サニーはなんだか気まずくなってしまって、視線を逸らした。
その姿にかつての自分を重ね、リックは笑みを溢した。
「でも、私はね、サニーやコール君に健康上の問題が無く生まれてきてくれて、今日まで健やかに育ってくれたことが、嬉しいよ。メイリーさんは強くて賢くて、美女でセクシーで可憐で良い匂いが」
「お父さん、ストップストップ。やっぱり私、お父さんにも似てるのね」
メイリーへの賛美が止まらなくなるリックに、サニーは苦笑いで声を掛ける。
リックはハッとすると、軽く咳払いをした。
「と、とにかくね、そんな素敵なメイリーさんも、病に勝つことはできなかった。それくらい、病気や事故とは不条理なものだ。だから、サニーやその想い人であるコール君に、不条理の兆しが無いのが、私は嬉しいんだよ」
サニーが生まれた時、健康に問題の無い赤子だと診断されると、リックもメイリーもホッと胸を撫で下ろし、穏やかに涙を流した。
また、リックはマメな父親で、成人した現在はともかく、彼女が幼い頃は健康に細かく気を配っていた。
三食栄養バランスの良い食事を用意し、サニーの夜更かしが続いたり、冬場に薄着で出かけたりするのを見ると、その都度注意した。
サニーは活発な子供だったので、うるさがられ、注意を聞いてもらえないこともあったが、それでも彼女の健康を保とうと腐心したのは、これ以上、理不尽に宝を奪われるのが我慢ならなかったからだ。
「私はね、実は、メイリーさんに褒められるために、村長の仕事をしているんだよ。一生懸命頑張って、メイリーさんの大好きだった村を守り、育ててゆくことが出来たなら、きっと、天国に行った時に、メイリーさんは私が恥ずかしくなるくらい、たくさん褒めてくれると思うんだ」
リックは、窓の外から青い空を眺めた。
オレンジの瞳は空のさらに向こうを見ていて、きっと、メイリーのことを想っている。
「そうだね。お母さんは褒めたがりで、愛したがりだったから」
メイリーはリックのことは勿論、娘のサニーのことも愛していて、その勢いは生きているだけで褒めてくるほどだった。
もちろん悪い事をすれば怒られたし、何でも肯定するというわけではないが、それでも、幼いながらに母親の深い愛情は感じていた。
きっと彼の言う通り、懸命に働いたリックが天国でメイリーに再会したなら、彼女はリックを褒めに褒め、ギュムギュムと抱き締めて微笑むのだろう。
そんな姿が容易に想像できた。
『お父さんは、お母さんが亡くなってから三日間、死んじゃうんじゃないかってくらい泣いていた。それなのに急に立ち直って、ニコニコと働きだした。一人称だって、僕から私に変わってた。当時はとにかく不思議だったけど、そっか、お母さんのために働いてたのか。お母さんのためだから、あんなに一生懸命だったのね』
数年来の淡い謎が解け、サニーは妙にすっきりした気分になった。
「とにかくね、好きな人がいると、私やサニーなんかはきっと、その人のためにって凄く張り切って、そうやって、頑張るのが楽しくなってしまうんだ。だから、サニーに好きな人ができて、良かったと思うよ。コール君と上手くいくといいね」
雪かきスコップを背負い直し、ウキウキと外出する父親に、サニーは素直に頷いた。
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