いつもよりも真面目なお茶会……のはずだったのに!

 昼過ぎの診療所では、カルメ、ログ、ウィリア、セイの四人がお茶会をしていた。

 ここにサニーが加わると、いつもの五人になる。

 お茶会といっても、カルメは魔法陣を作成しているし、ログは薬の勉強をしている。

 ウィリアも縫い物をしながら、時折、誰かに話しかけており、セイはそれを横からのんびりと眺めている。

 このような、完全に遊んでいるとも、仕事をしているともいえない状態で、四人はたまに会話をしながら、それぞれの時を楽しんでいた。

 四人で取り囲む談話室の丸いテーブルの上には、山盛りのクッキーと人数分のティーカップが並んでいる。

 クッキーは、再び雪下ろしを頼まれたカルメが、その対価としてケイトから貰ったものだ。

 紅茶の茶葉が練り込まれたクッキーやチョコチップクッキーなど、バリエーションが豊富で、その見た目も花や動物などと様々だ。

 元から和やかな談話室の雰囲気が更に和らぎ、華やかになっている。

「それにしても、あのド変態、遅いな。仕事でも立て込んでるのか?」

 ガジッとクッキーを齧りながら、カルメがボソッと呟く。

「ド変態って~、サニーのことですよね~。確かに、サニーはかなりアレな人ですけど~、流石に悪口ですよ~、カルメさん」

 手元の布から目線をあげ、苦笑いを浮かべたウィリアがカルメを見る。

 しかし、カルメは、

「ド変態で十分だろ。毎回、毎回、うちの床で転げまわりやがって」

 と、吐き捨て、サニーの真の定位置となってしまった床を見た。

 そこには、ツンデレぎみなカルメの優しさで敷かれた大きな灰色のラグがある。

 サニーは恋人ではないコールに対してかなり自重し、あまり露骨にスケベさを出さないように気を付けている。

 そうして溜め込んだ愛しさやスケベさを、お茶会などの時にカルメたちの前でぶちまけ、床の上をゴロゴロと転げ回って大暴れすることで、爆発しそうな熱を発散させていた。

 カルメたちの前で妄想を口にして暴れることが出来なければ、サニーは多少、コールを襲ってしまっていたかもしれない。

 コールが屈んだ時、厚いコート越しに見えるお尻の丸みをガン見して、コートの中身はエッチな下着希望と公言し、「ふうぃっひい! コールさんの香りは高級な香水なので、嗅ぎまわしたいですね!!」と、鼻息荒く語っていたサニーだ。

 内容は日に日にスケベさを増していき、ほとんど常に気味の悪い笑みを浮かべているため、カルメの中でサニーはスケベからド変態に降格し、呼び名もド変態になる時があった。

 今ではすっかり慣れてしまったカルメたちだが、初めてはしゃぎまわる彼女を見た時、ウィリアはドン引きし、

「カルメさ~ん、凄く頼りになって~、真面目で~、いつも冷静で格好良かった~憧れのお友達が~、ある日、突然~、何の前触れもなく変態に成り下がってた~、あたしの気持ち~、分かります~?」

 と、切ない表情で問いかけ、顔面を覆っていた。

「あ、ようやくド変態が来た。遅いぞ!」

 コンコンと控えめにドアをノックし、室内に入って来たサニーを見るとカルメが不満げに文句を言った。

「ちょっと、カルメさん! ド変態は酷いですよ! 確かに私は、常にコールさんの身体も心も狙う変態ですが。へへ……」

 自覚はあるらしい。

 サニーは指を折り曲げて可愛らしい猛獣のポーズを作ったのだが、何を揉み回しているつもりなのか、ムニムニと動く手つきは怪しく、夢を見ている瞳はトロンとして正気を失っている。

 口の端は涎でほんの少しキラめき、全身からスケベな心が滲み出ており、変質者という言葉がピッタリ似合うようになってしまった。

「帰れ」

 カルメの目が、全てを凍てつかせる絶対零度の瞳になっている。

 だが、こんなやり取りもいつものことなので、サニーは仮の定位置に腰を下ろすと、

「カルメさんが呼んだのに!? あ、これ、ケイトさんのクッキーですね。美味しい。いつかケイトさんにも、コールさんの『おともだち』としてご挨拶に伺いたいんですよね」

 と、クッキーを齧って呑気に笑い、ティーポットから勝手に茶を注いで飲んだ。

 お茶会も、もう何度も開催しているため、互いのふるまい方などは熟知しているのだ。

「それにしても、カルメさんから村のイベントの提案なんて、珍しいですよね。まあ、冬は楽しいことも少ないですし、こういった娯楽の提案は大歓迎なのですが」

 カルメがサニーたちを呼んだのは、単純におしゃべりを楽しむためではなく、「かまくら大会」の詳細を話し合うためだ。

 提案者にされているカルメだが、彼女は別に、村人たちと楽しくかまくらを作って遊ぼう、などと言い出したわけではない。

 カルメは初め、クラムたちに影響されてログとかまくらを作ろうと考えたのだが、その話をしたら、ウィリアもセイと一緒にかまくらを作りたいと言い出した。

 そこで、どうせなら四人で一緒に作ろうか、という話になり、村の広場でかまくらを作っていたら、暇を持て余していた子供たちが集まり、それにつられて大人たちも集まって来た。

 そして、そのまま彼らと話をしていたら、いつの間にか「かまくら大会」をすることが決定されていたのだ。

 しかも言い出しっぺの原則が適用されたのか、提案者はカルメということになっていた。

「厳密には、私は提案者じゃないんだが。まあ、今更どうでもいいか。私が主催側になってしまっているのは、事実だしな」

 カルメに、イベントの主催者などという大役を務められる訳が無い。

 そのため、あくまでも主催者はサニーで、けれど、自分たちも大きく関わってしまっているから、ということで、カルメたちは彼女の手伝いをしていた。

 カルメが作っている大量の魔法陣もイベントへ向けた準備の一環で、魔力を込めると、火傷は追わぬ程度の温かさを一定時間放ち続ける、持ち歩き可能な暖房具になる。

 そしてウィリアが縫っているのは、発熱状態の魔法陣を入れておくための袋だ。

 魔法陣そのものを保護するとともに、使用者の低温火傷なども防ぐ重要な品だ。

 作り自体は簡単なものだが手間がかかるため、主に女性陣が手分けして作っており、ケイトやコールも熱心に協力している。

 当日はこれらを参加者に配る予定だ。

 どのような魔法を使えるのかは生まれつきの適性で決まっており、通常は二、三個、多い者だと十個近くの魔法を持っている。

 稀に全く魔法を使えないものもいるが、それでも、一切魔力を持たない人間は存在しない。

 そのため、どのような者でも魔法陣に魔力を流し込むことが可能だ。

 複雑な魔法陣は込めなければいけない魔力の量が多く、使用者を選ぶが、今回の魔法陣は作りが単純であるため、誰でも利用できる。

 ちなみに、図形や文字の少ない簡素な魔法陣は、作成も利用も非常に簡単であるため、カルメたちの住むような田舎の村でも、屋内を照らす光の魔法陣などは普及していた。

 夜間、外が真っ暗になっても、室内で自由な時間を楽しむことが出来るのは、その魔法陣のおかげだ。

 また、カルメたちは基本的に井戸から水を汲まねばならないが、都会の方では、魔法陣を使うだけで水を出せる装置も普及している。

 ログはそのような環境で育ったため、村での暮らしは慣れないことや不便も多く、人知れず苦労をしていた。

 それでも村に住み続け、暮らしになじもうと懸命に努力をし続けたところを見るに、よほどカルメのことが好きだったのだろう。

 今も、便利で快適な生活なんかより、不便の多いカルメの隣の方がずっと好ましく感じている。

 なんとも幸せな話だ。

「そういえば、サニー。コールも、当日は参加するって言ってたよ。でも、コールは長らく人前に出たことないし、やっぱり人目は苦手だから、隅の方でかまくらを作って、出来るだけ、サニーに、側にいてほしいんだってさ」

 黙々と薬の本を読んでいたログが、ふと顔を上げて、思い出したように告げる。

 そんなことを言われてしまえば、コールが大好きな変態はもちろん舞い上がってしまう。

 サニーは椅子からビョンッと跳び出し、フカフカのラグの上にドサッと落下した。

「ああー!! もちろんです、コールさん!! 可能な限り一緒にいますよ! というか、出来るだけ側に、ってことは、もしかしてあれですか!? コールさんのコートさんの中に侵入して可能な限り密着し、コールさんで暖を取ってもいいってことですか!? お触りチャンスなんですか!? ああー!! ありがとうございます!!!」

 そんなわけは無い。

 だが、変態はテンションの上がるままにラグを撫でまわし、ゴロゴロと転がっていった。

 壁に激突して額に軽傷を負い、痛そうに押さえながらも不気味な笑みは止まらない。

「あーあ、今日は真面目な話をしてるから、最後まで座ってると思ったのに。お前は結局、って感じだよな」

「変態が村長って、世も末ですね……」

 溺愛夫婦が、切ない表情でサニーのことを見守っていた。

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