懐かしい夢

 懐かしい夢を見た。

 今は亡き母の夢だ。

「ねえ、サニー、好きな子はできましたか?」

 母が悪戯っぽく微笑んだ。

「ウィリアちゃんやセイくんはすきだよ。マリネちゃんも、マークくんも」

 まだ幼かった私に、恋愛のことなど分かるはずもない。

 友達の名前をいくつも挙げたが、母は、

「そういう好きじゃないのですよ。サニーには、まだ早かったかもしれませんね」

 と、クスクスと笑って、私の頭を撫でた。

「ねえ、サニー。私はきっと、あなたが大人になるまで生きられません。あなたの花嫁姿を見たいけれど、きっと、難しいのです」

 目を伏せて、寂しそうに微笑んだ。

 母は生まれつき体が弱く、持病もあった。

 本来ならばもっと早くに亡くなると診断されていて、子供を生み、三十代半ばまで生きることが出来たのは、奇跡だったらしい。

 母が亡くなってから知ったことだった。

 大好きな母がいなくなってしまうと思うと、酷く苦しくなって、母に泣きついた。

「やだよ。おかあさんがしんじゃうの、やだ! おとうさんだって、ないちゃうよ。わたしだって、ないちゃうもん!」

 わあわあと泣きじゃくって縋る私を、母はどう思っていたのだろうか。

 毛布に顔を埋めていた私は、母の表情を見なかった。

 けれど、背中をさする優しい手つきだけは覚えている。

「ねえ、サニー、よく聞いてくださいね。もしも将来、サニーに、どうしても欲しい、人生を賭けてもいい、全財産をぶち込んでしまっても構わない、そんな風に思える人が出来たら、なりふり構わずに捕まえに行くのですよ。この村には、ほぼ呪いのような恋愛成就の七不思議がありますが、そんなものに頼ってはいけません。万が一ライバルができてしまったら、蹴散らして、障害は全て排除して、真直ぐ、その人を捕まえるのですよ」

 穏やかな母の言葉には、これまでにないほどの熱が籠っていた。

 なんというか、我が母ながら、病人の残す言葉としては中々のものだと思う。

 私はずっと父に似ていると思っていたのだけれど、母に似ていたようだ。

 恋をして気が付いた。

「ねえ、サニー、もしも将来、あなたに恋人ができたなら、どうか私のお墓参りに連れてきてください。そこに来てくれれば、きっと、天国からでも、あなたたちを見ることが出来ますから」

 ずっと泣いていた私は顔を上げ、力強く頷いた。

 母の差し出した小指に、自分の小指を絡める。

 お母さん、私はきっと、あなたとの約束を守れますよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る