チキンコールは憂鬱

 窓から差し込むオレンジの夕日を見て、コールは最近できた友人を思い浮かべていた。

 小さくて可愛らしい彼女には、とても攻撃能力があるようには思えない。

 そうであるのに、時折、サニーは猛獣のような雰囲気を醸し出すことがあり、そんな姿にコールは妙に心臓を鳴らされ、気が付けば彼女のことばかり考えていた。

 ここ最近のコールの心は、サニーのせいで大忙しだ。

 それは、一人きりで机に座っている今だって変わらない。

 手のひらの上で座るウサギのぬいぐるみを見つめて、重いため息を吐いた。

『馬鹿だよな。ちょっと仲良くしてくれる女の子に浮かれて。あんな風に可愛い女の子に、僕が好かれるわけないのに。きっと、揶揄われてるんだ。それなのに、こんなに仲良くなりたいって思って、本当に馬鹿だ』

 自分を見つめてくるつぶらな瞳が、ザクッと心臓に突き刺さる。

 コールはそっとウサギをうつぶせにして、もう何度目か分からないため息を吐いた。

「どうしたの、コール。あら、随分と可愛いのを作ったのね」

 コールの背後から手元を覗いて、ケイトが穏やかに微笑んだ。

 ケイトはコールの叔母で、薄茶色の瞳に銀髪が綺麗な、四十代前半の女性だ。

 自室に人が入ってきていることすら知らなかったコールは、わっと声をあげて驚き、ピョンと机に飛び乗った。

 しゃがみこんで、「おどかさないでよ」と、恨みがましくケイトを睨んでいる。

 身内にもチキンなコールに、ケイトは呆れてしまった。

「お行儀悪いよ。全く。体は大きくなったのに、中身は小さい頃のままね。そんなに驚かなくてもいいでしょうに。そろそろ夕飯だから、呼びに来ただけじゃないの。ちゃんとノックもしたのよ。ところでソレ、もしかして、プレゼントなの?」

 ケイトの視線が、コールの腕に抱え込まれ、大切に隠されたぬいぐるみへと向かっている。

 図星をさされたコールは、ドキッと心臓を跳ね上げた。

「なんで分かったの?」

 悪い事などしていないはずなのに無駄に冷や汗を掻いて、おそるおそる問いかける。

「分かるわよ。衣装やデザインが凝りすぎていて値段がつり上がってしまうし、汎用性も下がるから、明らかに商品向きじゃないもの。まるでオーダーメイドだわ。それに、売り物なら、そうやって隠す必要ないでしょう。ねえ、コール、好きな子ができたんでしょ」

 ケイトは柔らかな瞳を細め、ニヤニヤとお節介な笑みを浮かべた。

 みるみるうちに、コールの両頬が朱色に染まっていく。

 最近、碌に人前に出ないはずのコールが鏡の前でチョイチョイと前髪を弄っていたり、夜が近づくとソワソワして、本来よりも早い時間に外出するようになったりしたのが、気になっていたのだ。

 初めはログ以外にも男性の友達ができて、その子の影響でも受けたのだろうかと思っていたのだが、コールが遊びに来たログにコソコソと近寄って行って、

「ログ、女の子の友達いる? 女の子って、その、どんな男の人が好き?」

 と、真っ赤になりながら聞いていたのを見て、彼が恋をしているのだと気が付いた。

 まともな人間関係すら築けていなかったコールに、恋愛など夢のまた夢だ。

 そのため、ログという友人ができただけで御の字であり、コールのお嫁さんを見ることに至ってはすっかり諦めていたケイトだが、ここにきて希望が見え、本人よりもはしゃいでしまった。

「相手の子はどんな子なの? 可愛い子? 脈はありそうなの? もしかして、もうお付き合いしてたりして。ねえ、相手の子が良いって言ってくれたら、今度、家に連れてきなさいよ。私、張り切っておもてなしするから」

 大切な甥の恋が気になって仕方ない。

 聞きすぎてはいけないと思いつつも、つい、いくつも質問を飛ばしてしまった。

 すると、コールは困りきって視線をうろつかせ、口をパクパクと動かした後、プイッとそっぽを向いた。

「べ、別に好きな子じゃないよ。その、可愛い子だから、少し気になっちゃうだけ。僕の、少ししかいない友達だし、だから、その、もう少し仲良くしよっかなって」

 モソモソと口を動かして、言い訳がましく言葉を紡いでいく。

「おバカね、それが好きっていうのよ。でも、コールが恋ねえ。へえ~、今日はごちそうでも作ってあげましょうか? ねえねえ、コール。ねえねえ」

 真っ赤なコールに、ケイトのニヤニヤが止まらない。

「もう晩御飯はあるでしょ! そんなことで、ごちそう作らなくていいよ。ちゃんと僕も食べに行くから、ケイトさんは先に降りてて!」

 コールはポコポコと怒ってケイトを部屋から追い出すと、机に座り直し、ウサギのぬいぐるみを丁寧にラッピングし始めた。

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