こちらスケベ。想い人の情報求む。

 ログが痩せ我慢を貫き通し、家に辿り着くと、玄関の前でサニーとウィリア、それに見知らぬ男性が談笑しているのが見えた。

 真っ先にカルメたちに気が付いたウィリアが、嬉しそうに手を振る。

「わ~、カルメさん、おんぶされてる~。今日も、いつでも、仲良しさんで素敵です~」

「わあ! お前ら、なんで家に来てるんだよ!」

 完全に油断しきって甘え、モフモフとログの髪を弄って遊んでいたカルメは、大慌てで背中から飛び降りた。

「照れなくてもいいのに~。今日は~、サニーが、カルメさんたちに用事があるっていうから、便乗してついてきたんです~」

 ウィリアは口元を指先で隠し、ふふふ~と笑っている。

「お前、そんなんばっかだな。暇なのか? ところで、隣の男性は?」

 頻繁に自分のもとへ顔を出すようになったウィリアに苦笑し、カルメは彼女の隣に立っている見慣れない男性に目を向けた。

 男性は、身長の高いログよりもさらに背が高く、カルメと比べれば頭二つ分ほどの身長差がある。

 また、日に焼けていて体格が良く、無表情であるため、なんだか気難しい印象を与えた。

 怪訝な表情を浮かべるカルメに、ウィリアはドヤッと胸を張る。

「ふふ~。彼が~、あたしの格好良い、彼氏ちゃんですよ~! どうですか~、カルメさん。ちゃ~んと、あたしの彼氏ちゃんは実在しているんですからね~!」

 以前カルメとのお茶会で、

「ウィリアってしょっちゅう彼氏の話しするけど、見かけたことないんだよな。本当に実在するのか? もしかして、妄想の中の恋人だったりするか?」

 と、呆れ交じりに言われてしまったのが、相当悔しかったらしい。

 ちょうど仕事が一段落して、休憩中だったセイを引っ張って来たようだ。

 セイはウィリアを見てしばし沈黙した後、カルメの方に向かって丁寧にお辞儀をする。

「セイです。よろしくお願いします」

 低い声は明瞭で、キッチリと礼儀正しいのだが、挨拶をするのならばもう少し早く言葉を出すべきだった。

「あ、ああ。よろしく」

 ズレたタイミングに戸惑いつつ、カルメはぎこちなく挨拶を返した。

 どうやら、セイはかなりのんびり屋なようで、

「セイ、あたしもカルメさんたちが羨ましくなっちゃった~。おてて繋いで~」

 と差し出された手を、一拍遅れで頷いてから包み込んだ。

 そして、繋いだ手の温かさにご満悦のウィリアを穏やかに眺めた後、

「ウィリア、ごめん。俺、そろそろ仕事に戻らなきゃいけないんだ。ウィリア、ここに残るか? 俺と帰るか?」

 と、唐突に聞き始めた。

 ウィリアの方はさほど間を置かず、

「えへへ~、今日は、セイとずっと一緒にいたくなっちゃったから、帰るね~。みんな~、ばいば~い」

 と、ヘラッと笑って、セイと共に帰って行った。

 ウィリアが行ったのは彼氏自慢だけで、結局、サニーの用事には付き合っていない。

「アイツ、本当に何しに来たんだ?」

 カルメは元気な台風に首を傾げた。

「ウィリアに関しては、気にするだけ無駄ですよ。それよりもカルメさん、ログ、コールさんのこと、何か分かりましたか?」

 サニーが頼んだ「恋の応援」の具体的な内容は、可能な限りコールの情報を集めることだった。

 少なくとも、住んでいる場所と恋人の有無は知りたい。

 ズイッとカルメたちの方へ近寄り、真剣な表情で問いかけるのだが、昨日の今日で彼女の欲しい情報を得ることなどできるわけもなく、カルメは苦笑いになった。

「さすがに無理だって。お前の方こそ、仮面の変態にはもう会ったのか? どんな奴だった? 乱暴なことはされてないか?」

 相変わらずコールのことを不審者として疑っているカルメだが、サニーはその言い様にムッと唇を尖らせた。

「ちょっと! 変態じゃなくてコールさんですよ。コールさんはですね、本当に、かわいくて、かわいくて、仕方のない人でしたよ! 凄く怖がりさんで、恥ずかしがり屋さんで、すぐに私に怯えて震えて、ああ……」

 コールの姿を思い出して、感極まっているようだ。

 瞳はうっとりと危うげになり、口の端からは唾液が垂れている。

 カルメが、こいつはヤバいぞと直感し、声を掛けようとしたが遅かったようだ。

 既にスイッチの入ってしまったサニーが、

「ああー! 本っ当にかわいすぎるんですよ! 今すぐ欲しくて仕方ない! 手に入ったコールさんをかわいがって、揶揄って、つつきまわして、素敵、大好き、かわい過ぎって褒めちぎりたくてしょうがないんですよ! ああ! もう一回、かわいい梟さんを見たい! 今夜も指先にキスだけはさせてくれますかね!? 駄目ですか!? おさわり禁止ですか!? そんな殺生な! ああー!!」

 と発狂し、雪道をゴロゴロと転がって行った。

 そのまま近くの大木にぶつかり、大量の雪をかぶる羽目になるが勢いは止まらない。

 昨夜、身に溜め込んでコールの前では隠すと誓った、愛しさとスケベさが噴出している。

 ふへひぃっ! ふひひぃっ! と、大変気持ちの悪い笑いをあげながら、ゴロゴロとのたうち回ってコールへの愛を語り始めた。

「かわいい。かわいい。大好きです。本当に、手に入るならば、今世の全て賭けてもいい。魂を賭けてもいいですし、全財産も投げ打ちます。なんでも差し上げますから! どうか! どうか! 私の手に!!」

 ギャンブラーから狂人への職業変更である。

「お、おい、サニー、大丈夫か?」

 変わり果ててしまった友人にドン引きしながらも、カルメがソロソロと近寄っていく。

 雪まみれの肩をポンと叩くと、サニーが勢いよく飛び起きて、カルメの両手をギュムーッと握った。

「カルメさん、お願いですから、噂レベルでもいいですから、コールさんの情報が手に入ったら教えてください! よろしくお願いします!!」

 爛々と輝く瞳でカルメをガン見して、恐ろしいほど真剣に頼み込んでいる。

 あまりの必死さに気圧されて身を引いていると、

「俺のカルメさんを脅かすんじゃない」

 と、ログがサニーに手刀を落とした。

 それなりに威力があったようで、ゴスッと鈍い音が鳴る。

「痛い! 暴力反対だからね! 大体、私だってログの恋愛には協力してあげたんだから、ログだって、情報収集くらいは手伝ってくれてよくない!?」

 涙目で頭を抱えると、開き直ってログの前に仁王立ちする。

 実際、サニーはカルメが村から逃げ出さないように気を回しつつ、多くの情報を集めたし、カルメ当番をログで固定したり、恋愛作戦を提案してみたりと、出来る範囲で彼の恋を応援していた。

 そこには、カルメを極力村に縛り付けたい、という打算的な思いもあったのだが、同時に、友人の恋の成就を願う真直ぐな気持ちだって込められていた。

 また、普段からサニーは次期村長として懸命に働いており、村が穏やかで住みやすい雰囲気であるのも、キチンと滞りなく運営がなされているのも、彼女のおかげだった。

 そうであるから、彼女がどうしても手に入れたい宝を見つけた時くらい、周囲も協力してやるべきなのかもしれない。

 だが、ここまで堂々と開き直られると、少々引いてしまうことも事実だった。

「サニー、お前、変わっちまったな……」

 昨日までのオドオドと頼みごとをしていた、気の弱い女性が懐かしい。

「まあ、確かに俺は、恋愛でも移住関連でも、サニーにはかなり世話になったからな。協力することには全く問題ないよ。むしろ、碌なお礼もできていなかったから、こういう時くらい手伝うさ。でも、カルメさんには触れないでくれ。なんだか分からないが、サニーと家族に関しては、どうしてもだめなんだよ。独占欲で狂いそうになるんだ」

 ログは困ったように額を押さえ、ため息交じりに言った。

 最近は火打石を持ち歩き、独占欲などで他者を威嚇する、という大変なことになってしまったログだが、実は、威嚇相手は自分の家族かサニーかのどちらかに限られていた。

 カルメがログのことを一番に大切にしているのは分かっていたし、それが決して揺るがないことも確信している。

 また、家族やサニーが、カルメを奪いそうな気配を醸し出しているわけでも無かった。

 それに、カルメはログの家族に分かりやすく懐いているが、素直ではないだけで、ウィリアやミルクたちにも似たような親愛の情を持っている。

 それにはログも気が付いているし、初めて独占欲を感じて戸惑っていた頃ならばまだしも、感情に折り合いをつけることが出来た今では、カルメが友達をつくったくらいで感情を暴れさせることは無かった。

 そうだというのに、どうしてもサニーたちがカルメに近づくことだけは許せない。

 何故ここまで強力な感情が湧くのか、ログ自身も不思議で仕方が無かった。

「それ、多分、私とログが類友だからでしょ。ログ、自分と似た人間がカルメさんと仲良くするの、耐えられないもんね」

 サニーがあっさりと観察結果を口にすると、ログは妙に納得したような表情になって、「そうかもしれない」と頷いた。

「まあ、俺の話はさておいて、コールのことを教えるよ。俺の知っている限りで、だけれど」

 そう前置きして、コールの情報を明け渡し始めた。

 コールは、雑貨屋の店主であるケイトの甥にあたり、十年以上前から彼女の家に住んでいる。

 二人の関係は親子そのものだ。

 特に恋人はおらず、それどころか、友人もほとんどいない。

 そんな彼の趣味は手芸であり、アクセサリーなどの小物を自作し、それを雑貨屋の商品として売ることで生計を立てている。

 手先の器用さには自信があり、彼の数少ない特技なのだそうだ。

 また、幼い頃から人見知りで内気な性格をしており、何らかの事情から、他者からの一方的な視線を嫌っている。

 そのため、夜以外には滅多に外出せず、彼の存在を知っている村人は非常に少ない。

 加えて警戒心も強く、とっつきにくいところがあるため、打ち解けるにはある程度の時間と根気が必要となるが、意外と人懐っこいので、一度でも仲良くなれば向こうから話しかけてくるようになる、とのことだった。

「少し暗くてモジモジしているけど、キチンと相手に気遣うことが出来る、凄く優しい人だったよ。意外としっかり者で面倒見もいいし、外に出てくれば、皆と仲良くできると思うんだけどな」

 コールの性格をこのようにまとめて、ログの話は終わった。

 初めは、短期間でよくもまあこれだけの情報を集めたものだ、と感心していたのだが、ログの話が細かくなり、好きな食べ物や色の話を始め、まるで友人を紹介するかのような語り口になったのをみて、サニーは怪訝な表情を浮かべた。

「たくさんの貴重な情報ありがとう。助かったよ。でもさ、ログ、もしかしなくても、コールさんとお友達なんでしょ。それなら、昨日の時点で情報を教えてくれても良かったじゃない? なんで教えてくれなかったのよ」

 笑顔でお礼を述べた後に、ログをジトッと睨みつけた。

 サニーの言う通り、ログはプロポーズ時のアクセサリーを自作する関係でケイトやコールの世話になっており、その時に彼とは友人になっていた。

 最近はあまり頻繁に会っていなかったが、それでも時々は会っていたし、カルメと育てた花の一部を、装飾品の材料として渡したりもしていたのだ。

 噂の仮面男だとは思っていなかったが、サニーがコールの名を出した時点で、もしかしたら、とは思っていた。

 だが、ログも別に、意地悪でコールの情報を教えなかったわけではない。

「下手に意識するくらいなら、前情報はいらないと思ったんだよ。何も無いまま出会った方が、ちゃんと相手を見てあげられると思ったんだ。それにコールは敏感な人だから、俺の情報をもとに近寄ったら、もの凄い勢いで逃げられてしまったと思うよ。何か怪しい人だ。怖い! ってさ。ちょっと、野生動物みたいなところがあるんだ」

 その穏やかな雰囲気が影響しているのか、ログは生まれつき人から好印象を抱かれやすく、他者との友好関係を容易に築く才能のようなものがあった。

 加えて、サニーほど上手くはないが、ログも他者を観察するのは得意だ。

 そんな彼の言葉は、全て正解ということはないだろうが、的外れということもないだろう。

 サニーはログの言葉に納得して、フムフムと頷いた。

 集まった情報にホクホクと嬉しくなり、コールの家をチラッと見てから帰っちゃおうかな、と悪い笑みを浮かべている。

 サニーはもう一度ログにお礼を言うと、ブツブツとコールと仲良くなる計画を呟きながら帰って行った。

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