一日遅れの誕生日プレゼント

 ログの誕生日に大張り切りのカルメは、帰宅後すぐに料理の準備をした。

 長期保存用に作られた固くて塩辛い干し肉よりも新鮮な肉の方が良かろうと、ウサギを二羽ほど狩り、こっそり溜め込んでいたドライフルーツも惜しみなく差し出した。

 そうして作られた食事は豪華で美味しく、楽しい誕生日となった。

 そうして盛大にログを祝った翌日の昼、カルメは真っ赤になって、ログの作った昼食を食べていた。

 対面には、ニコニコと抑えきれない笑みを溢すログがいる。

「ログ、ご機嫌だな」

「そりゃあ、朝から良いものを貰ってしまいましたし」

 誕生日のキスを貰い損ねたログが落ち込んでいたので、カルメは代わりのキスを朝にあげたのだが、そうすると予想以上に喜んで、そのまま襲われてしまった。

 おかげで、二人が起きたのは朝だというのに、今はもう昼だ。

 普段はそういった事では滅多に怒らず、精々照れるだけのカルメだが、今日は少しむくれて、不機嫌に目玉焼きを齧った。

 固すぎず、かといってとろけ過ぎることの無いよう、調整して焼かれた黄身はホクホクとしていて、カルメの好みに合わせて作られたものだ。

「今日は出かけるって言ったのに。ログへの誕生日プレゼント、ちゃんと考えてあったんだからな」

 襲われかけた時点で何度か伝えたのだが、寝ぼけ半分の上に、カルメしか見えていなかったログには伝わっていなかったらしい。

「あれ? そうでしたっけ。てっきり、カルメさんのプレゼントはカルメさんなんだと思ってました」

 キョトンと首を傾げると、カルメはプーッと頬を膨らませた。

 そもそも、ログに愛されている自覚はあるが、自虐ぎみで自己否定的なところがあるカルメだ。

 自分の発案で、そんな大胆な事は出来ない。

 そのため、朝から二人で森に行って、カルメなりに考えた「とっておきのプレゼント」をログに渡すつもりだったのだ。

「何回も言ったんだからな! アレは朝に持ってきて食べるのが、一番おいしいんだ。お昼でも美味しいけど、朝に比べると、かなり微妙なんだからな!」

 どうやらカルメのプレゼントは食べ物で、かつ森でとれる物のようだ。

 そうなると木の実辺りだろうか。

 だが、冬の森は衣を脱いでしまって、寒々しく、寂しい。

 それはそれで風情があるが、森の恵みという点では皆無に等しいだろう。

 カルメの言う「アレ」が見当もつかず、ログは内心で首を傾げていた。

「微妙だけれど、私は今日、ログとアレを食べるって、決めてたんだ。だから、寒いけれど森に行くんだ。ログ! おんぶ!」

 カルメはポコポコと怒ると、水を一気飲みして昼食を終える。

 そして偉そうに両手を伸ばし、堂々と甘えだした。

「おんぶ!!」

 本日のカルメは強気なので、頬を膨らませて要求を繰り返す。

 ログが仕方ないですね、とニッコニコの笑みを浮かべてカルメを背負うと、彼女も嬉しそうにニヤけて、ギュムッと背中を抱き締めた。

「仕方ないのは、ログだろう。でも、ふふ、これで私は、外に出るのに全然寒くならないんだ。ログは寒いけどな。朝に出掛けられなかった罰だから、甘んじて受けろ」

 カルメはログのうなじ付近に鼻先を埋めて、悪戯っぽく微笑んでいる。

 微かにかかる吐息がくすぐったくて、ログは小さく笑みを溢した。

「カルメさん、それは可愛らしい罰だと思いますが、カルメさんがくっついているから、俺も、全く寒くないですよ」

 ホクホクと温まる背中に愛しさを感じて、

「カルメ、意地悪がへたっぴで可愛いな」

 と、ため口で揶揄い返し、意地悪の混ざった鋭い瞳でカルメに微笑んだ。

 相変わらず意趣返しが苦手で、ログのため口と嗜虐交じりの甘い視線に脆弱なカルメだ。

 みるみるうちにドヤッとした笑いが崩れて真っ赤な涙目になり、ログの肩に熱い顔面を押し付けた。

「だったらログのこと、たくさんあっためてやる。感謝しろよ」

 真っ赤な涙目を肩で拭って、ボソボソと呟いている。

 熱さの増す背中にニヤけながら、二人は森へと向かった。

 道中、カルメは背負われたまま、あちらこちらを指差して目的地へとログを誘導した。

 村人が立ち入らなくなるほど森が深くなると、雪によって道が消失してしまう。

 しかし、村の森に慣れているカルメは、時々、魔法で木に目印を付けつつも、迷わずに目的地への道を示し続けた。

 談笑しながら進んで行くと、やがて、少し開けた場所にたどり着いた。

 真っ白な雪のカーペットの中央に、一本の低木が堂々と仁王立ちしている。

 その木は、太い幹に細い枝を持ち、冬だというのに真っ白な球体の果実をいくつもぶら下げて、豪華なお洒落をしていた。

 また、よく見ると、木を彩る白は雪ではなく木の葉だ。

 雪の結晶のように美しく繊細な葉が、サワサワと揺れている。

 周囲の雪やツララしか纏うことの出来ていない木々が、嫉妬してしまうほどの品格を備えていた。

 この神聖な木こそが、カルメの目的物だ。

「ログ。着いた。もう下ろしていいぞ。流石に疲れただろ。考えてみたら、最近、太ってきてたし。その、辛かったなら、もっと早くに下ろしてくれても良かったんだけれど」

 以前までは果実を一つ齧るか、あるいは食べてすらいなかった朝食だが、ログとの結婚後、カルメは彼につられて、キチンとした料理をしっかりと食べるようになった。

 そのため、以前と比べれば全体的にふっくらと肉がつき、青白かった肌にも血の気が戻っていた。

 カルメ自身は太ったとしょげているのだが、実際には少しやせ過ぎていたのが標準に近づいただけであるし、以前よりもずっと柔らかく、健康的な雰囲気を放つようになっている。

 現にログはカルメの変化を歓迎していて、もうちょっと肉をつけてもいいな、等という、ダイエットを始めようとしている彼女が聞いたら、怒りだしそうなことを考えていた。

 その一環と、おやつを食べている時のカルメの笑顔が可愛いのが理由で、ログは高確率で、自身のおやつの半分を差し出している。

「大丈夫ですよ。カルメさんは全然重くないですし、前よりふっくらと可愛くなっただけですから。俺は大丈夫ですから、もう少しこのままでいましょう。温かくてかわいいので」

 ふわっと笑ってカルメの言葉を否定するのだが、ワードセンスが微妙である。

「それを世間では太ったと言うんだ! 明日はログの分のおやつ、半分貰わないからな! でも、ログが平気なら、私も、もうちょっとこのままが良い」

 おやつを食べない、とまでは言えないらしい。

 カルメはログに甘えて抱き着くと、それから、背負われたおかげで普段よりも高い所まで届くようになった両腕を使って、果実を一つもぎった。

 純白の果実は煌めく水滴を纏っていて、触れるとひんやりと冷たい。

 両手に納まる程度の大きさであるが、身が詰まっているのかずっしりと重たく、揉むとシャリッという音とともに少しだけ形が変形した。

 とにかく、不思議で美しい果実だ。

 冬限定でしか食べられない、この果実の存在は、雪深くなっても森を探検するアグレッシブなカルメだけが知っている特別な物で、まさしく彼女の「とっておき」だった。

 ただし、果実は夜中に凍結し、朝日が昇るとともに段々と溶けてゆく。

 そのため、朝、氷の塊のようになっている果実を狩り取り、昼頃に程よく溶けたのを温かい布団に潜り込んで食べるのが、格別においしい食べ方だった。

『やっぱり、もう柔らかくなっちゃってる。今持って帰ると、水っぽくなっちゃうんだよな……ん? もしかして、今が食べ頃なのか?』

 カルメは果実を弄び、その柔らかさにため息を漏らしていたのだが、果実の状態が、自宅で美味しいと頬張っていた時と全く同じであることに気が付いた。

 服で軽く汚れを拭ってから、おもむろに果実にかじりついてみる。

 ふつりと皮を噛み切り、シャーベット状の果肉を頬張ると背筋に軽い寒気が走り、フルリと体を震わせた。

 しかし、果肉はほのかに甘く、シャクシャクとした食感が非常に楽しい。

 予想が的中したことが嬉しくて瞳を輝かせていると、不思議そうな表情のログと目が合った。

「あ、ごめんな、ログ。ログへのプレゼントなのに、私が先に食べちゃって」

 食欲に身を任せたわけではないのだが、なんだか自分が食いしん坊に思えて、カルメは顔を赤くした。

「いえ、大丈夫ですが、それは?」

「これは、冬にしかならない特別な果実で、名前はよく分からないから、氷の実って呼んでるんだ。不思議な食感が面白いんだけれど、溶けやすくて繊細な果実だから、扱いがちょっと難しいんだ。でも、今ここで食べれば、とびきり美味しく食べられるみたいだ」

 カルメが得意げに説明すると、ログが興味深げに手元の果実を見た。

「おもしろいですね。それなら、今食べようかな。カルメさん、食べさせてくれますか?」

 悪戯っぽく微笑むと、カルメはほんのりと頬を染めてコクリと頷き、果実をログの口元へと運んだ。

 ログは、シャクッシャクッと高い音を立てて齧っていき、

「美味しいですね。昔食べた氷菓に似てます。偶に氷の塊みたいなのがあって、良いアクセントになりますね」

 と、目を細めている。

「美味しかったなら良かった。一気に食べると頭が痛くなっちゃうから、気を付けろよ」

 カルメの言葉に頷いて、ログはのんびりと果肉を食べ進めた。

『氷の実をこの場で食べようだなんて、独りぼっちだったあの頃には、絶対に思えなかったな』

 カルメは冬も雪も好きだが、寒いのは嫌いで、ログと出会って恋をするまでは「凍えること」を嫌悪し、恐怖すらしていた。

 そのため、当時のカルメは数枚の衣服を重ね着し、所属している村から、余っている毛布を冬季限定で献上させていた。

 その頃のカルメは、孤独と寂しさが強力過ぎたために感覚が麻痺してしまい、はっきりと自覚していなかったのだが、いつでも心が凍りついたようになっていたのだ。

 それが、凍えた時にだけ、痛みと凍傷になるほどの吹雪を引き連れて表面に出てくる。

 そうなるとカルメは動けなくなってしまって、ベッドの中で丸まっているしかなかった。

 今は、ログとくっついていて身も心も温かいから、思いつきで氷の実を齧ってみることが出来たのだ。

 カルメがボーッと過去を振り返って、少し切ない気分に浸っていると、果実を食べ終えたログが彼女の人差し指をカプリと甘噛みした。

「わっ! ログ!?」

 歯の跡すらつかないほど優しく噛まれたので、決して痛くはないが、急な刺激が甘すぎて、カルメは狼狽えた。

「せっかくカルメさんに食べさせてもらったのに、カルメさんは、俺以外のことを考えていたみたいだから」

 ログは氷の実を頬張りながら、カルメのことを鋭く甘い目つきで見つめてみたり、彼女の大好きなため口で話しかけたりしたのだが、肝心のカルメは過去に思いを馳せてしまっていて、特に何の反応も示してくれなかった。

 それが少々不満だったようだ。

 反応が返ってきてからも、ログはもう一度、カルメの人差し指を甘噛みした。

 すると、みるみるうちにカルメの胸に羞恥と愛が溜まっていき、あっという間に真っ赤な涙目になった。

 溜まる熱に身を任せ、ギュウギュウとログに抱き着く。

「ログの甘えんぼ!」

「それはカルメさんでしょう。甘えたがりで可愛いです」

 カルメが青い髪に鼻先を埋めながら文句を言うと、ようやく欲しかった反応が貰えたログは、ホクホクと笑んだ。

 しかし、カルメはログの甘えたがり発言に「違う」と首を振る。

「ログは氷の実を食べて体が冷えちゃったからな、ログに上げられた体温をおすそ分けしてるんだ! ふふ、あったかいだろ。そうだ、ログ。帰りは私がログをおんぶしてあげようか? そうしたら、お腹は温かいし、帰りは楽だぞ」

 カルメは身体強化の魔法が使える上に、元から運動神経が良く、身体能力も高い。

 単純な戦闘力はカルメの方がずっと上で、ログを背負って家に帰るなど、訳の無い事だ。

 むしろ、基本的にはログにとびきり甘やかされて可愛がられたいが、同時に、思いっきり甘やかし返したいと思っているカルメには、普段のお礼をする絶好のチャンスだった。

 それに、いくら軽いとはいえ、人間一人を背負って森の中を歩くのは中々の重労働だ。

 ログは歩いている最中に、俺も身体強化の魔法が使えたらなあ、と何度も思っていた。

 限界とまではいかないものの、ログはかなり体力を消耗している。

 そういったこともあり、ログはきっと自分に背負われてくれるだろう、と期待を込めて問いかけたのだが、彼はあっさり首を横に振った。

「大丈夫ですよ。俺は背中が暖かい方が嬉しいですし、カルメさんを思い切り甘やかしたまま、家に帰りたいので」

 穏やかに紡いだ、ログの痩せ我慢だ。

 ログは、カルメには常に格好良いと思われていたいため、情けなく背負われて、かわいいな、と満面の笑みで褒められてしまうのが嫌だったのだ。

 初めは「本当に平気か? 私だってログを甘やかしたいのに」と渋っていたカルメだが、結局、甘えたがりの彼女は、すぐにログの背でゴロゴロと喉を鳴らしていた。

『筋肉痛になったら、後でこっそり治そう』

 すでに痛み出す両足を不穏に感じ、ログは自分の治療魔法に感謝した。

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