猛獣爆誕

 サクサクと雪を踏みしめるサニーのテンションは異様に高く、今すぐ歌って踊り出してもおかしくないほどだった。

『ああ! もう! あんなにかわいい人類いる!? いません!! あの人が私の彼氏です! 異論は認めません!!!』

 心の中で全力の叫びを上げると、サニーはうっとりとため息を吐いて両頬を押さえた。

 今も心臓の奥で甘い熱が収まらず、無駄に走り出してしまいそうだった。

『どうしよう。恥ずかしがっている姿や、怯えた姿がかわいくて仕方がないの。チョンとつついて、揶揄ってみたい。アワアワと驚くコールさんに、ギューッと抱きついてみたい。もっとかわいい姿を見たくて……ああ、堪らないわ』

 頭の中では、分厚いコートに身を隠して震えていたコールの姿や、偶にチラリとこちらを窺ってきた様子、低く綺麗な声、サニーのものよりも大きく角張った白い手などが駆け巡っている。

 真っ赤になって狼狽し、木によじ登った姿も忘れられない。

 サニーは元々、瞳を見つめれば相手の本質がなんとなく分かる、という不思議な力を使って、コールの人間性をざっくりと知り、その上で恋人として狙うか否かを考える予定だった。

 そのため、彼女はコートに引きこもった挙句に俯き、全く目元をこちらに見せない姿に焦りを感じていた。

 だが実際には、少し話をして反応を見るだけでコールが愛しくなってしまい、つい、指先にキスをしてしまった。

 自然と垂れる唾液を慌てて拭うサニーの瞳は、テロンと歪み、どんなに抑えても口元がニヨニヨと弧を描く。

 コールのことをもっと知りたくて、関わり合いたくて仕方がない。

『ああ、駄目。本っ当に、凄く! 凄く! コールさんが欲しい!! むしろ、コールさんじゃなきゃいらない。ああ、理屈じゃ表しきれないこの感情は、きっとログのソレに近いのね。前々から思っていたけれど、きっと私は、ログの類友なんだわ』

 一方的に他者を愛し、手に入れることを強く望む。

 グルグルと体内を巡って心臓へと到達し溜まりゆく、訳の分からないマグマのような熱の存在を、サニーは確かに感じ取っていた。

『でも、自制はしなくちゃ。怯えかわいいコールさんはいくらでも見ていたいけれど、本当に恐怖に陥れたり、暴力や精神攻撃で支配するような真似は、死んでもしたくないの。そんな手に入れ方は望まない。あくまでも健康で、正常な思考能力もあるコールさんを手に入れたいの。大切にしたいの。そのためには、私を真直ぐ好きになってもらわなくちゃ』

 恋愛で表に出てきたサニーの感情は支配的で、多少の嗜虐性があり、危うい側面がある。

 新発見の感情は暴れ、抑えきれない部分が瞳や口元に発露して歪み、猛獣のような凶暴性を生んでしまった。

 しかし同時に、ひたすらに相手を甘やかしたいという思いや、健康を願い、心からの幸福を望む、これまた強烈な甘みも心臓に染みついている。

 また、サニーにはサニーなりの美学があり、理想の恋愛もあった。それは、

『コールさんには、あま~く意地悪し続けたいの。そして、確実に逃げられる環境、精神状態なんだけれど、逃げず、私のそばを離れられないコールさんをかわいがるの。照れた姿や、かわいく怯える姿を見続けて、ずっと一緒にいたいのよ。ねえ、たっぷり甘やかしてあげるわ、コールさん』

 という、かなり何とも言えないものだった。

 胸中でそれを語るサニーの口からは熱い吐息が漏れ、目や頬は真っ赤に染まっていて何だか怪しい雰囲気だ。

 少なくとも、カルメ達が聞いたら確実にドン引きするだろう。

 コールだってヒエッと怯えて、コートどころか地中に潜ってしまうかもしれない。

 また、恋愛感情が芽生えたことにより分かったのだが、サニーはかなりのスケベだった。

 抱き締めたり、キスをしたりといった、かわいい恋人同士の触れ合いは勿論したいし、それ以上のことだって望んでしまう。

 彼に触れたいと思ってしまった。

 コートの下を妄想して涎が垂れかけたが、サニーは大慌てで口元を拭うと、ブンブンと首を振った。

『駄目よ。まだ、それは駄目。相手はとっても怖がりで、私みたいな女性にも怯える、かわい過ぎコールさんなのよ。今日はついキスをしてしまったけれど、当面は、おさわりNGね。全ては、過剰に怖がられないようになって、仲良しさんになってからよ。そのためにも、時間をかけて慎重にいかなくちゃ』

 今夜は衝動的に動いてしまったので説得力に欠けるが、サニーは元々、我慢強く理性的な性格をしている。

 物事を計画立てて行動することが出来たし、必要な成果を得るために、その時々の感情や行動を控えるということも可能だった。

 だからこそ、怯えながらもカルメ当番はキッチリとこなしたし、カルメの相手をするのも、当時の村人の中では一番上手だった。

 まあ、こういった部分が、腹黒いだの、性格が悪いだのと言われている要因なのだが。

 ともかく、サニーはコールにのぼせ、ゾクゾクと身を侵すような熱に蝕まれながらも、素早く脳を動かして彼を手に入れる計画を立て始めた。

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