お友達って、勝手にできてしまうものなのよ?

 『まいったな、こんなはずじゃなかったのに……』

 サニーは貝のようにロングコートの中に入り込んで体育座りをし、ガタガタと震えるコールを前に、頭を悩ませた。

 偶にこちらを一瞥しては俯き、震えが強くなる。

 その時にチラリと除く顔の一部と、ガシリとフードを掴んで、グイグイと引っ張る手しか姿が見えない。

『せっかく、色々と準備してきたのになあ』

 カルメとログが恋人になり、周囲に甘さを見せつけ始めた頃、触発されるように糖度を増し、家の内外でイチャつくカップルが増えていた。

 サニーもカルメたちに影響を受けた一人であり、互いを強く愛し合う、甘い恋人が欲しくて堪らなくなった。

 それに加え、

『カルメさんみたいなアレな人でも幸せな恋をしているのだから、自分も相手さえいればいけるのでは!?』

 という、なんともいえない発想のもとに、サニーは長らく凍結していた恋人探しに力を入れることにしたのだ。

 初めは村の外で恋人を見つけようと、都会へナンパに行く計画を立てていたのだが、サニーは次期村長であるし、交通等の事情も鑑みると、頻繁に都会へ訪れることや、そこに住むことはできない。

 そうすると、その日に捕まえた人間を村に住むよう説得する必要が出てしまい、恋人探しは実質、婿探しになってしまう。

 そんな重すぎるナンパにホイホイと乗っかって、田舎までついてくる人間はまず存在しないだろう。

 いたとしても、十中八九まともではない。

 サニーの方としても、そんな考えなしの訳あり人間は遠慮したかった。

 そうしたことから、サニーはもう一度、本当に村で恋人となりうる男性がいないのかを確認し、それによってコールに辿り着いた。

 その後も綿密な調査を重ね、可能な限り仮面男の情報を収集し、必ずコールが訪れるという巨木の存在を知るに至った。

 会いに行くと決めてからは、出来るだけ上品で良い印象を与えようと、一生懸命お洒落な格好を考えた。

 今着ている可愛い代わりに生地の薄い外套だって、本当はモコモコで温かいコートを着たいのを我慢して着てきたのだ。

 何度もカルメからの忠告がよぎり、不安と期待で心が揺れながらも、絶対に恋人を手に入れるんだ! まずは動かなきゃ!! と己を叱咤して、夜の雪道を闊歩してきた。

 その結果がコレである。

 サニーが話しかけてから一分ほど彼女を見つめ返し、もう一度話しかけたら、ゆったりとした分厚いコートに引きこもってしまった。

 あれから五分ほど経つが、相変わらずコールは怯えたまま、コートという名の巣穴から出てくる気配が無い。

 サニーは、自分が危険な目に遭う可能性は考えていても、一方的に怯えられ、自分が加害者かのような態度を取られるとは、思っても見なかった。

 そのため、どうしたらよいのか分からずにひたすら困惑してしまった。

『とりあえず、自己紹介でもしてみようかな。ちっちゃい子に話しかけるみたいにしたらいいのかしら? ちっちゃい子というか、野生の動物みたいだけれど』

 仁王立ちという威圧感のあるポーズを変更して、軽く屈み、コールと大体の目線の位置を合わせた。

 まあ、コールはフードで完全に頭を隠し、かつ膝に埋めてしまっているので、どうしようにも目は合わないが。

「こんばんは。いきなり話しかけてしまって、ごめんなさい。私はサニーです。二十一歳の女性で、普段は村のためにお仕事をしています。外で動くことが好きですよ。ねえ、良かったら、貴方のことも教えてください、コールさん」

 透き通るような美しい声で淀みなく自己紹介をし、根気強くコールの言葉を待つ。

「なんで、僕の名前を知ってるの? それに、どうして、そんなことを知りたいの?」

 低い声は綺麗なのだが、怯えと緊張が入り込み、少しトーンが高くなっている。

 加えて、ボソボソと話すので少し聞き取りにくい。

 しかし、サニーの耳は、普段お年寄りや活舌の悪い人間とお喋りをすることで鍛えられているので、容易にコールの言葉を受け取ることができた。

 コールがどこまで自分の姿を見ているのかは分からなかったが、それでも雰囲気は伝わるかもしれない。

 サニーは出来るだけ優しい笑みを崩さず、穏やかな雰囲気を意識した。

「貴方とお友達になりたくて、貴方のことを調べたからですよ」

 常識的に考えて、「貴方は恋人候補なのよ」などと、言える訳が無い。

 サニーは適当に友達という言葉で誤魔化したが、それでも少々無理がある。

 コールからは、

「え? なんで僕なの? それに、調べたって」

 という、至極真っ当な問いが返ってきた。

 コールが恐ろしく感じているのは他者からの一方的な視線だが、長年引きこもって一部の人間以外と関わってこなかった彼は、対人恐怖症のようにもなっていた。

 そのため彼は、全く知らない人間からの一方的な好奇の感情にかなり引いていた。

 しかしサニーは、質問を深堀されて返答に詰まる前に、

「何でもいいじゃないですか。それよりも、早く貴方のことを教えてください。私、我慢は得意なんです。貴方が教えてくれるまで、何時間でも待ちますよ」

 と、かなり強引に話を進めた。

 実際、サニーは夜明けが来ても、ここでコールの返答を待つ所存である。

 観念したコールは一度ため息を吐くと、チラリとサニーを一瞥した。

「コール。二十三歳、男。仕事は、装飾品とかを作る事。好きな事は、別に無いよ」

 ポツリポツリと不愛想に言葉を出した。

 答えたんだから早く何処かへ行ってくれよ、という思いが、全身からヒシヒシと伝わってくる。

 だが、無言の威圧に負けるほど、サニーの恋人にかける想いは軽くない。

「あら、私よりも年上なんですね。ねえ、友達になってくれますか?」

 そっと手を差し伸べるが、コールはブンブンと首を横に振った。

「僕は別に、友達欲しくないから。お姉さん、知らない人だし」

 ポツリと拒絶して、コールは再び完璧な貝になってしまう。

 完全に心を閉ざしていて、今度こそ、話しかけても、つついても、何の反応も示してくれそうにない。

 その姿を見た瞬間、サニーの心臓がガツンと鳴り、熱くドロリとした感情が胸に注がれ続けるのを感じた。

『ああ、駄目。かわいい……』

 サニーは瞳の奥に愛情を煌めかせると、フードを掴む冷え切った指先にキスをした。

「え!?!?!?!?! 何、何、何!?!? 何したの、お姉さん!!」

 実はこっそりと、フードの隙間から一方的にサニーの様子を窺っていたコールだ。

 ソロリと近寄って一瞬で獲物をしとめる肉食獣のように、自然に自分へ唇を寄せる姿を目視してしまった。

 そもそも同年代の女性と話した記憶が無い彼は激しく動揺し、大慌てでサニーから距離を取ろうと、素早く巨木に登る。

 そして、太い幹の上で器用に体育座りをすると、木の上からサニーを見下ろした。

「お姉さんではなく、サニーよ、コールさん」

 コールを見上げ、ペロッと舌なめずりをすると、可愛らしく微笑んだのだが、その目つきはどことなく鋭い。

 背丈の小さく可愛らしい姿の彼女が何故か猛獣のように思え、背筋に走る寒気に体を震わせた。

 しかし、対照的にコールの目元は真っ赤で、体全体が羞恥により熱くなっている。

 冷えていた指先などは、触れた雪が蒸発してしまいそうなほどになっていた。

「今のコールさんは、梟さんみたいでかわいいわ。ねえ、コールさん。お友達が少ないコールさんは知らないかもしれないけれど、実はお友達って、勝手にできてしまうものなの。だから、今からため口で話すし、明日も会いに来るね。ああ、それと、さっきのキスはお友達同士の挨拶だから、よろしくね」

 サニーは自分に有利な虚実を織り交ぜて一方的に捲し立てると、

「それじゃあ、また明日」

 と、可愛らしく手を振り、混乱するコールを置いて帰って行った。

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