雪ん子二人と生贄ウサギ

 雪の降り積もる道を、ザクザクと音を立てて歩いて行く。

 もう既に何箇所かの雪下ろしを終えており、雑貨屋に向かっている最中だ。

 ログと談笑しながら歩いていると、カルメのわき腹に、ポスンと軽い音を立てて雪玉がぶつかった。

 驚いて雪玉が飛んできた方角を確認すると、モコモコのポンチョを着た少女が真っ青になっているのが見えた。

 少女はカルメと目が合うとビクッと体を揺らし、慌ててすぐ隣の少年、クラムの背中に隠れた。

「あ! カルメさん、ログさん。久しぶり!」

 クラムのコートの袖を握り締めて、ガタガタと震えている少女とは対照的に、彼は明るく手を振った。

 クラムは、以前カルメが魔法の使い方を教えた村の子供だ。

 彼の魔法は火の魔法なのだが、初めは上手く扱えず、練習中にボヤ騒ぎを起こしたり、両手に怪我を負ってしまったりしていた。

 それを見かねたカルメが、怪我や火事を起こさずに済む正しい魔法の練習方法を教え、一日だけ練習に付き合ったのだ。

 また、クラムの怪我を治していたのは、優れた治療魔法の使い手であり、診療所で働いているログだった。

 そういった経緯もあり、クラムは二人に懐いていた。

 カルメは子ども嫌いでは無いが、特別好きでもない。

 扱い方だってよく分からないし、子供の方から過剰に怖がられ、逃げられてしまうことも少なくないので、どちらかというと苦手だ。

 だが、自分たちを見かけると手を振って駆け寄り、一生懸命におしゃべりをしてくるクラムのことは気に入っていて、時折、練習の成果を確認したり、一緒に遊んだりしていた。

「ああ、久しぶりだな、クラム。なんだ、雪合戦でもしてたのか?」

 彼の手にあるゴツゴツとした雪玉や、自身にぶつかって砕けた小さな雪玉をみて、カルメは無邪気に問いかけたのだが、クラムは首を横に振った。

「違うよ、カルメさん。あそこの的に雪玉をぶつける遊びをしてたんだ。俺、結構上手なんだ。見てて!」

 自信満々に言うと、クラムは大きく腕を振りかぶり、勢いよく雪玉を投げた。

 雪玉はヒュンと音を立てて飛んでいき、看板のような見た目をした、簡素な的のど真ん中に命中する。

「おお、凄いな」

「クラム君、上手だね」

 カルメとログが口々に褒めると、クラムは得意げに笑った。

「いいでしょ。いっぱい練習したんだ。カリンも練習してるんだけど、ちっとも上手くならなくて、変な方に飛んじゃうんだよな」

 どうやら、的当ての流れ弾がカルメにぶつかってしまったらしい。

 クラムの言う通り、的とカルメたちの間には随分と距離があり、それぞれの方角も全く異なっていた。

 急に自分に話を振られたカリンは、ビクッと震え、怯えた瞳でカルメを見つめる。

 今にも泣きだしてしまいそうになりながら、

「カ、カルメさん、カリン、雪ぶつけて、ごめんなさい」

 と、小さな声で謝った。

 カルメ自身の雰囲気が柔らかくなったこともあって、村人の中にもカルメに対して気さくに話しかける者が出てきたのだが、やはり多くの村人にとっては「なんとなく怖い人」であった。

 また、カルメの方も、愛想をよくして積極的に村人と仲良くなろう、等とは全く考えていなかったので、子供には未だに怖がられ、酷い時には目を合わせるだけで泣かれていた。

「あ、おい、泣くなって。別に怒ってないよ。痛くもなかったし」

 子供に泣かれると困ってしまう。

 実は小心者なカルメがオロオロとカリンに声を掛けるのだが、彼女は返事を聞く前に、再びクラムの背に隠れてしまった。

「カリン、別に、カルメさんは怖い人じゃないよ。ちょっと威圧感があるだけだって。あ、そうだ。よかったら二人とも、俺たちの家に来てよ!」

 クラムはそう言うと、カルメたちの返事も聞かずに走り出して、

「こっち、こっち!」

 と、遠くで大きく手を振っている。

 クラムという盾がいなくなったカリンも、大慌てで彼の方へ駆けて行く。

 はしゃいで小走りになるクラムについて行くと、そこには大人が二人以上入れる大きなかまくらがあった。

 かまくらのすぐ近くに建ててある簡素な看板には、角張った文字で「クラムとカリンの家」と書かれている。

 中には雪を固めて作られた小さなテーブルと、椅子がわりの可愛らしいクッションが二つ置かれており、端の方には、折り畳まれたブランケットが数枚置かれている。

 防寒対策は万全のようだ。

 また、テーブルの上には、透明なガラスの器に入った蝋燭があった。

「へ~、雪に囲まれているのに、意外と中は温かいんだな」

「不思議ですよね。それにしても、立派なかまくらだな。クラム君たちが作ったの?」

 カルメもログも、かまくらという存在は知っていたが、中に入るのは初めてで、興味深げに辺りを見回した。

「うん、そうだよ。でも、俺やカリンのお母さんたちも入れるように、って大きくしようとしたら、凄く大変でさ。小さいのにしようかって話してたら、セイさんが来て、手伝ってくれたんだ。ウィリアさんも、飾りを作るのを手伝ってくれたんだよ」

 自慢の家を褒められたクラムは、得意げに雪の壁をペシペシと叩いた。

 かまくらのあちこちに置かれたウサギなどの雪細工は、子供好きでかわいいもの好きのウィリアが作ったのだろう。

 妙に内装がファンシーであるのにも納得がいく。

「ウィリアは分かるが、セイ?」

 聞き慣れない人物名に、カルメが首を傾げた。

「ウィリアの彼氏ですよ。寡黙な優しい男性で、よく皆のお手伝いをしてくれているんです。村の道、キチンと雪かきされていたでしょう? もちろん全部ではありませんが、ほとんど、セイさんがかいてくれたみたいですよ」

 セイは、他にも冬の森に入って薪を集めたり、薪を割ったり、重い荷物を運んだりといった、他者の嫌がる力仕事を率先して行っており、村人たちにも頼りにされていた。

「セイさん力持ちで、たくさん動いても、ぜんぜん疲れたって言わないんだ。すごいんだよ! あの的も、ここの看板も、セイさんが作ってくれたんだ」

 クラムが興奮で顔を赤くし、フンフンと鼻息荒く言った。

 力が強くて優しいセイは、村の少年たちの憧れでもあるようだ。

「へえ、随分と感心な奴がいるんだな」

 カルメが素直に感心して話を聞いていると、不意に、クイクイとコートの裾を引かれた。

 振り返ると、カリンが自分にウサギの雪細工を差し出しているのが見えた。

「ん? どうした? ああ、ユキウサギか。可愛いな」

 少し表面がデコボコしており、耳の葉っぱの大きさが左右で異なるなど粗が目立つが、それがかえって手づくりらしくて愛らしい。

 カルメが上機嫌に目を細めると、カリンは小さな口をモゴモゴと動かす。

「あの、カルメさん。これ、あげるので、カリンのこと、許してください。カリンのお家、壊さないでください」

 どうやら、小さなユキウサギはカルメに許しを請うための生贄だったらしい。

 つぶらでキュルンとしていた赤い木の実の瞳が、必死に命乞いをする切ない瞳に思えてならない。

「いや、私は別に、破壊神とかじゃないからな? お前らの中で私は一体、どういう存在になっているんだ。本当に、もう怒ってないって。というか、初めから怒ってなかったし。ほら、大丈夫だから、このウサギは仲間のところに返してあげな」

 思いつめた表情のカリンに、呆れが込み上げる。

 カルメがポンと頭を撫でると、カリンはコクコクと頷いて、大急ぎでユキウサギを群れに返しに行った。

 ほっとしているカリンに、カルメは苦笑いになった。

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