もっと早くに教えて欲しかった!

 クラムの魔法の成長を確認し、ほんの少しだけカリンとも打ち解け始めた頃、子供たち二人は、それぞれの家へおやつを食べに家に帰ったので、カルメたちも仕事に戻ることにした。

 雑貨屋に着く頃には結構時間が経っていて、ちらほらと淡い雪が降り始めていた。

「ここで最後だよな。しかし、酷い積もり方をしたな。ログ、手を放してくれ……ログ、恥ずかしい」

 カルメは天才であるから、手を使わずとも自由に魔法は使えるのだが、それでも対象に向けて手をかざした方が魔法を使いやすく、また、無意識にそうする癖があった。

 そのため繋いだ手を一度放してもらったのだが、そうすると、今度は後ろからギュムッと抱き着かれた。

 温かいと微笑まれたまま、複雑な形の屋根に積もる雪を支配下においてバサバサと下ろし、最後にツララまで除去すれば、雪下ろしは終了となる。

「ログ、雑貨屋の、なんだっけ、ケイ……ケイト? に、雪下ろし終わったって伝えるから、放してくれ」

 今は人目が無いからログにくっつかれても平気でいられるが、このままで他者の前に姿を現すと考えると、それだけで羞恥に満ちてしまう。

 ペチペチと厚手のコート越しにログの腕を叩くが、彼はカルメを放すつもりが全くないようで、むしろ、ふんわりと抱く力を強めた。

「いいじゃないですか。あとはサニーの所に行くだけですし、それに、知っているでしょう? 俺、寒いの嫌いなんですよ。カルメさん、温かくて、本当はずっとこうしていたいんです」

 髪を掻き分け、モフッと冷たい鼻先を埋められると羞恥が増したが、駄目とも言い難くて、カルメはムグムグと唸った。

 結局「仕方ないな」とこぼすと、そのまま雪を踏みしめて行き、雑貨屋のドアを軽くノックする。そして、

「はい。どちら様ですか? カルメさんですか?」

 と、雑貨屋の店主、ケイトがドアを開けようとするのを、素早くドアノブを押さえて阻止した。

「おい! 開けるな。雪下ろしが終わったから、その報告をしようと思っただけだ!」

 真っ赤な顔で理不尽に吠えると、ケイトが慌てて「わっ、ごめんなさい」と謝った。

「でも、早いんですね。おかげさまで、助かりました。家も男手はあるんですが、何分、外と他人が苦手な子で、夜にしか出てこないんですよ。けれど、うちの屋根は形状が特殊ですから、夜に下ろしちゃ危ないですし。ところで、どうして開けちゃいけないんですか?」

 モゴモゴと口を動かし、言葉を発せないままでいるカルメの隣で、ログがあっさりと口を開いた。

「俺が後ろから抱き締めているからですよ。カルメさん、どうしても、人に見られるのが恥ずかしいみたいです」

 口元をうなじに近づけたまま、甘く笑う言葉はどこか自慢げだ。

「ロ、ログ! 言うなよ、バカ!」

 くすぐったくて緩む口元を引き締め、怒った声を出すが、ケイトに発したものと比べるとかなり甘さが入り込み、おまけに少し弱っている。

 結婚式で見た二人の姿を思い出し、ケイトはふふふ、と笑った。

「カルメさんは、相変わらずログに弱いですね。それなら、二人のことは見ませんから、少しだけドアを開けてください。大したものじゃありませんが、お礼に家のクッキーをお渡ししますよ」

 ケイトの言葉に従って慎重にドアを開け、少しずつ隙間を広げていく。

 やがて、少しカサついて指先の荒れた女性の手が伸びてきて、カルメとログに一つずつ、花柄の可愛らしい包みを渡した。

 中にはかなりの量のクッキーが入っているようで、ずっしりと重たい。

 ケイトの店は雑貨屋だが、クッキーなどのちょっとした菓子も売っていて、かなり評判が良かった。

「わぁっ! ケイトさんの作ったクッキー、美味しいって有名なんですよ! 良かったですね、カルメさん。俺までもらってしまって、ありがとうございます、ケイトさん」

「……ありがとう」

 ログは素直に笑い、カルメは胸に包みを抱きながら、ボソッと礼を言った。

「いいんですよ。こちらこそ、本当に助かりましたから。その、カルメさん、うちの屋根は本当に積もりやすくて、きっと、また、お願いすると思うんですが」

 カルメは他人と関わる時、直接何かをしてもらうよりも、何かをしてやるという状況の方が慣れている。

 そのため、下手に出て頼みごとをされるといつもの調子を取り戻せたようで、

「ふーん、別にいいけど、それなら、精々クッキーでも用意しておくんだな」

 と、偉そうに笑った。

 今度は二人で、サニーの家を目指してポテポテと歩いて行く。

 冬はあまり村人が外を出歩かないからいいか、と妥協して、カルメはログに抱き着かれたままだ。

 なんだかんだと温かく、自分で暖を取るログがかわいいな、と微笑んでいると、急にログが、「あ!」と声を上げた。

「どうしたんだ? ログ」

 驚いたカルメが、クルリとログの方を振り返る。

「いえ、そういえば俺、今日、誕生日だったなって、思い出しただけなんです。なんだか、自分で言うのって恥ずかしいですね」

 誕生日が楽しみなのは、精々、成人するまでだろう。

 すでに二十歳になっており、今日で二十一歳になったログは、なんだか照れてしまって軽く頬を掻いた。

 しかしカルメは、恋人の誕生日という一大イベントを知らせてもらえなかったことが、かなり不満だったらしい。

 緊急情報に目を丸くすると、ムッと不機嫌に口を尖らせた。

「ログ、もう少し早く言ってくれよ。そしたら私、朝起きたときに、『おめでとう』って言って、ちゅー、してあげたのに。それに、お祝いの準備だってしてないぞ」

 ログの脳裏に、自分が起きるまで、ソワソワ、ドキドキとしながら隣で待って、真っ赤になりながら「おめでとう」と笑い、そっと甘いキスをしてくれるカルメの姿が浮かぶ。

 きっとキスの後には恥ずかしくて堪らなくなり、真っ赤な涙目になってログの胸元にギュッと抱き着き、顔を押し付け、ブンブンと頭を振ってくれることだろう。

「うっ、本当に言っておけばよかった。すみません、忘れてしまっていて……」

 ログはかなり本気で落ち込むと、今からでも、もらえないかな? と、物欲しそうにカルメの唇を見つめた。

 だが、カルメが村のど真ん中で自分からキスなどできる訳が無い。

 案の定、彼女は真っ赤になってブンブンと首を振って拒否をしている。

「い、今は駄目だ! 駄目だからな! なあ、ログ、誕生日って何するんだっけ。確か、美味しいものを食べて、プレゼントを用意するんだよな?」

 カルメは幼い頃に母親に捨てられて以来、ずっと独りで旅を続けてきた。

 加えて、人間嫌いで他者を避けてきたカルメには、まともに誕生日を祝われた記憶が無く、誕生日への知識が非常に浅かったのだ。

 そのため、過去に読んだ小説や以前見かけた誕生日を祝う親子を参考に、何とか祝う方法を考えてみたのだが、あまり自信は無かった。

「そうですよ。俺の家では、母さんが作ってくれた少し豪華な料理を食べて、食後にプレゼントをもらいました。プレゼントは、なんだろうな、ペンとかもらいました」

 まだ幼かった頃、兄と姉が二人でお金を出して買ってくれたペンは、今も大切に、実家の机の引き出しで眠っている。

 当時はとにかく貰ったペンを使いたくて、言葉にすらならない文字の羅列やヘタクソなイラストを何枚も紙に書いて、家族や友人に自慢した。

「なるほどな。それなら、今日の夕食は私が作るよ。できるだけ、ログの好きな物を作るからな」

 家にある食材とログの好物を思い出して献立を組み立てていく。

 眉間に皺を寄せ、真剣に悩むが故に歩みがのんびりになるのを、ログは楽しそうに眺めた。

「そういえば、カルメさん。カルメさんの誕生日はいつなんですか?」

「ん? ああ、私の誕生日か。あー、ごめんな、ログ。実は私、自分の誕生日が、よく分からないんだ。祝われたことが無いから。それでも何となく年は数えていたから、年齢は分かるんだけれど」

 まだカルメが母親と暮らしていた頃、年に一度だけ、豪華なぬいぐるみを貰える日があった。

 それは実の父親からの誕生日プレゼントだったのだが、カルメは不倫の末に生まれた子供で、母親とともに生まれた屋敷から追い出されていた。

 加えて、母親はカルメのことを一切愛しておらず、送られてきたプレゼントを何の説明もなしにそのまま与えていた。

 もちろん、そんな母親に豪華な料理で祝ってもらったことなど無い。

 そのため、カルメは「もしかしたらあの日が誕生日だったのかもしれない」と思うのだが、どんなに記憶を掘り起こしても、春のいつの日か、ということしか分からなかった。

 何となくバツが悪くなっていると、ログがチョンと頭にキスをした。

「それなら、花祭りの日を誕生日にしませんか? 花が好きで、可愛いカルメさんにとても似合う日だと思うから」

 春になると村近くの山では大量の花が咲き誇るのだが、そうやって咲く花や、自宅で育てている花など、とにかくたくさんの花を持ち寄って村を飾り付けたり、ちょっとしたゲームをしたりして皆で楽しく遊ぶ、村の祭りがある。

 それが花祭りで、小規模ながら、毎年かなりの盛り上がりを見せていた。

「ありがとう、ログ。嬉しいよ」

 綺麗な花に惹かれるものの、村人に混ざって祭りを楽しむなんて事は出来ず、毎年ふて寝をしていたカルメだが、次の花祭りはログと楽しく参加できることだろう。

 おまけに、憧れの日が誕生日になってしまった。

 少し気恥ずかしいが、嬉しくて堪らなかった。

「なあ、ログ。プレゼントは何がいい? 欲しいものは無いのか?」

 カルメには誕生日に淡い憧れがある。

 特に、大切な夫であるログの誕生日は、とびきり楽しくて幸せなものにしたい。

 カルメはキラキラと瞳を輝かせて問うのだが、ログには普段からあまり物欲が存在せず、また、彼女と出会うまでは基本的に全てのものに無関心だった。

 そのため、欲しいものと言われてもあまり思い浮かばずに頭を悩ませた。

 少し考えてから、

「難しいですね。俺がずっと欲しいのは、カルメさんだけかもしれないです」

 と、照れ笑いを浮かべた。

 格好つけるな! と怒られるかもしれないが、本心だった。

 すると、カルメが急にモジモジとしだして、恥ずかしそうにログの方を向いた。

 頭からはポコポコと湯気を出していて、両頬が薄紅色に染まっている。

「あの、ログ、その、それは、『プレゼントは私』的なのを求めていたりするのか? あ、いや、ご、ゴメン、違うのかもしれないけど」

 家に大きいリボンはあるぞ、と乗り気なカルメに、ログはピシリと固まった後、

「カ、カルメさん!? 誰なんですか!? 俺の可愛いカルメさんに、そんなしょうもないことを拭き込んだのは! サニーですか!? ウィリアですか!?」

 と、情けない声を出した。

 カルメは基本的にはログと一緒にいるが、最近ではサニーやウィリアたちと話をするのも気に入っていて、お茶会をすることがあった。

 三人は基本的に、村や日常での出来事などといった世間話をしているのだが、男性の話題や恋愛話も少なくない。

 また、小説の貸し借りもしていたのだが、刺激の少ない村だからだろうか。

 恋愛小説には過激な描写のある物も多い。

 そのような事から、カルメは日々、過激なものから今日のようなしょうもないものまで、少しずつエロ知識を溜めつつあった。

 ログは別に、カルメに純粋無垢な乙女であってほしい、と思っているわけではない。

 そういうわけではないのだが、ログの中でカルメは、性的な知識を一切持たない子供っぽいイメージだったので、どうにも混乱して狼狽えてしまった。

 大慌てのログの頬を、カルメが恥ずかしそうにつつく。

「えっ!? お、俺なんですか!?」

 激しく狼狽えて記憶を漁り出すと、カルメが寂しそうに目線を下げた。

「うん。その、前。ログ、寝ぼけてたから、覚えてないか……」

 カルメにとってはかなり甘い記憶だったので、忘れられていることが少し悲しかったのだ。

 だが、ログの方はカルメの言葉をきっかけに思い出したらしく、「あ!」と声を上げると、そのまま、膝から崩れ落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る