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次の日、結局彼女はどうしても気になることがあり、先日調べきれていなかった家屋などの調査を終えると先に宿に帰るように言ってきた。
暇なので彼女から借りた【心霊現象のイロハ】という書籍を読んでいた。
最も、これの著者は彼女である。
彼女の文章の乱筆ぶりに戸惑いながらも、何故かスラスラと読める自分に驚いた。
内容は何の変哲もない、よくある心霊現象の内容や、スポットに関する眉唾話がたっぷり記されているだけだった。
だが、内容の濃密さから、内容がおそらく実体験に基づいているのだろうとなんとなく想像できた。
本当かどうかは定かではないが。
本を読み終え、またもや暇になってしまったので、露天風呂で体を流すことにした。
先日、先先日と違い、今日は彼女の裸体は存在しない。
目の保養となっていたのと同時に、俺のドキドキタイムは今日は存在しない。
よって落ち着いてお風呂に入れると少し安堵した。
が、それもつかの間。
前に彼女が言っていた言葉を思い出す。
『出るって噂があるんですよ。この温泉──』
そう、幽霊がいる、という噂だ。
一人で露天風呂に入るのはなかなかに怖い状況だということを安堵した直後に思い返した。
なかなかに怖くなってきてしまった。
(……………ぃ)
怖がっているせいか、かすかに声が聞こえる。ような。
(…ぅ……たぃ)
タイ? 鯛? 魚??
(もう……たい)
そしてゆっくりと、徐々に声ははっきり聞こえてくる。それほど耳を澄ませていたのかもしれない。
(もう死にたい)
血の気の引く音っていうものがあるのだとしたら、このときの音が正にそれだった。
だが金縛りにもあっておらずよくわからない状況にとにかくパニックになるしか道はない。
(帰りたい)
その後も"死にたい"だとか"帰りたい"だとか、ネガティブな発言は1つ2つに限らず、何人もの声が聞こえた。
怖いを通り越して、幻聴のオンパレードすぎて半ば雑なホラー映画状態だ。B級ですらない。
とはいえこのままずっと聞いていても特に何もない。変に被害を受ける前にとっとと風呂を出ることにした。
黙々と着替える。
部屋に戻ると既に彼女は帰宅していた。
「あ、お風呂入ってたんだね。 いい湯だったー?」
と、能天気に声をかけてくる彼女。
そんなのんきな彼女に少し苛立ちを覚えつつも、彼女が一番欲しがっていた情報だろうと思い、露天風呂で先程起こった現象について彼女に話した。
しかし、予想と反して彼女は
「えー、それもう言ったじゃないですか。だからここの露天風呂は出るって。聞こえてなかったんですか?」
と、何事でもないように言ってのけた。
なんであんたはそんな大好物そうなネタがそんなに軽い反応なんでしょうか。あんたは本当にオカルト誌の人なのか本気で疑うんだが。
「うーん。この手の体験は取材続けてると割りとある話なんですよね。記事にするとパンチが弱いし、面白みに欠けるというか……」
そう言われるとそうである。今実際に体験したことを記事にした所まったく面白みはない。あまりにもテンプレすぎる。
だからといって最初からわかっていたのなら教えてほしかったのが本音である。
こちらにも心構えというものがある。
「聞こえるようになったなら今後は毎日我慢してくださいね」
え、あれ毎日出るのか……
早速神主の提案を断ってしまったことを後悔している自分がいた。
・
・ ・
・ ・ ・
結局、一睡もできなかった俺は逆にここまで来たらと彼女を怖がらせて復讐するための方法をいくつも考えていた。
そのための方法の一つは【夜の墓地】だ。
ビビってばかりで虚しくなってしまったというのを逆手に取り、もう開き直って最高に怖いところへ行ってしまおうという算段だ。
彼女を巻き込むことで、彼女を本気で怖がらせてやる。
もしくはそれこそ彼女の望む心霊現象と接触するチャンスにもなるのではないか。
ならばこれはもはや復讐ではなく、ただの調査になるはずだ。
なんていい人なんだ俺は。
時は18時ごろ、駅で集合した彼女と俺は行きたいところがあると告げ、彼女を墓地へと誘導した。
内心俺も結構ビクビクしていたが、背に腹は変えられん。彼女をギャフンと言わせてやる。
「えーっと、これってどこに向かってるんでしょうか?」
彼女もやはり訝しげに辺りを見渡している。
このあたりは田舎で少しでも大通りを逸れると街頭が無くなる。
小道に入った俺たちは夕暮れの日の明かりだけが頼りだ。
墓地につくとちょうど不思議と日没のタイミングと重なった。
僅かな光がなくなり、深淵と静寂が辺り支配した。
「あー、墓地ですか」
コテコテの怪談話にしか墓地をモチーフにした逸話は出てこない、と彼女は豪語した。
それを聞いた俺は自分の考えが浅はかだったかもしれないと落胆したが、その考えは杞憂だったようだ。
真っ暗だった辺りは月明かりだけが照らしていたが、あいにく木が生い茂っている場所だったのもあり、月の明かりでは心許ない。
しかし、そんな心配を他所に二人は目を疑った。
1つ、また1つと青白い火の玉のようなものが次々と現れ、浮遊しているのだ。
「ひ、ひのたま!? 古典的すぎるっ!!」
彼女はとても驚いている様子だった。そりゃそうだ。こんなのファンタジーのなかでしか見たことがない。
当然俺も驚いていたが、まさかここまで典型的な幽霊のようなものが出てきてしまうとそれはそれで拍子抜けしてしまう。
怖いというより好奇心のほうが強く刺激された。
「あれって触れるんですかね!!? 見に行きましょッ!!! 早く!!」
いつの間にか手を引いていた彼女の手に、今度は俺のほうが引かれていた。
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