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特定の人物が気になってしょうがない時がある。
それは何故か。
意識しているからだ。
人のことを好きになろうが、嫌いになろうが、一度気になってしまえば中々意識から離れてくれない。
では何故気になってしまったのか。
答えは単純だ。
その愛と憎しみは表裏一体だからだ。
どれだけ楽しそうでも、どれだけ険悪でも、どれだけ混乱していても。
相手を意識しているのであれば、それは愛であり憎しみである。
意識をしていない相手は空気と変わらないのだ。
いてもいなくても変わらない。
そういう意味では空気ですらないのかもしれない。
空気は地球上の生命体に必要不可欠なものだからだ。
特定の人物が好きでも、嫌いでも、その人物のために自分が割いている時間は変わらない。
愛する誰かのために使う時間も、憎む誰かのために使う時間も、等しく自分の時間だ。
そこに差はない。あるのは意義だけだ。
そして俺は会社を辞めた。
辞める時は誰も止めなかった。
『会社、辞めたんだってな。一旦帰ってきなさい』
電話越しの父親の言葉。
思い返した言葉にはそれ以上の意味はない。
ただ唯一自分のために言ってくれたその言葉の意義はあるように思えた。
「ちょっと、いいですか?」
ドキッとした。
不意打ちのように間近に彼女の顔があった。
昨夜いろんな彼女を見ていたとしても、まだ慣れない。
結局色々わからないまま、先日と同じ時間になってしまった。
場所も昨日と同じ駅だ。
「両親の音信不通と、家が消えたという部分についてはまだ解決できていない。記憶の方はどうでしょうか?」
ちょうど振り返っていたことを伝えた。
ついでに彼女が自分のために使ってくれている時間を嬉しく思っているとも感じていたが、それについては恥ずかしかったので伏せた。
「それでも特に何も思い出すこともないってことですか。どうしましょう? 八方塞がりですね」
民家に聞き回ろうにも、そもそも人が見当たらない。
人がいたとしても、無視をしていく人ばかりだった。
そんな中、彼女は昨日からの神妙な顔つきから変わらず、戯けた様子もすっかりなくなってしまった。
「うーん。最後は神頼みですかね? このあたりに神社があるのは知っているのですが、そこに連れて行ってもらえないでしょうか?」
確かに神社のように神主さんがいるような場所であれば何かしら知っているのかもしれない。
しかもことはスピリチュアルな心霊的な現象にも近い状況だ。自身の身の回りに起こっている摩訶不思議な出来事に対して何かしら察知してくれるかもしれない。
彼女と一緒に神社へ行くことにした。
・
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・ ・ ・
神社につくと、鳥居の前に仰々しく石碑が設置されていた。
一見すると何の変哲もない石碑だが、彼女は物珍しいのか、メモを取り出して何やら書いているようだった。
そこまで珍しいことが書いてあるのだろうか。
「いえいえ、内容はいたって平凡ですよ。というかよくある教えみたいな感じの内容です。ぶっちゃけよくわからないやつですね」
ではなぜメモったんだ。と不思議に思うが、まぁそこは取材の一貫なのだろうか。気にしないようにしようと思った。
先に鳥居をくぐり、本殿へと歩を進める。すると彼女もパタパタと走ってきた。
一体ここは何を祀っているのだろうか。何故か辺りに映る境内の様子には激しい既視感があった。
多分、気のせいだろう。
そんなことを考えていると本殿前でまったりとしている袴姿、白髪の初老の男性がいた。
なんとなく神主であるのではないか思えた。
「あ、あの。もしかして神主さんですか?」
「はい。私がここの神主ですが……私に何か用ですか」
ズバリ神主さんだったようだ。
俺は恥ずかしながら久々の帰郷で自身の家が見当たらないことを伝えた。
彼女は惜しげもなく両親とも連絡がつかないことを告げた。
「それは、困りましたね。どの辺にお住まいなのですか?」
俺は自身の住所を伝えた。
どうやらその辺は引っ越しなどを繰り返す人が多いため、しっかりと把握できていないとのことだった。
「彼女は?」
「私は……」
何故か彼女は言い淀んでいるようだったので、俺はすかさず、一宿一飯の世話をしてくれた女性だと伝えた。
彼女はその言葉になにやらブツクサと言っていたようだが、何か不満だったのだろうか。よく聞こえない。
「うーむ……そうしたら、私の家にぜひいらしてください。この町の住人でしたら家族も同然です。後は私達が彼のお世話をさせていただきますよ」
と、言ってくれた。
彼女もそうだったが、神社の神主さんも非常に優しい方だった。
「この町は私にとって庭も同然です。私を含め知人の協力もできます。貴女にはお礼を申し上げま──」
「結構ですっ!!」
しかし、突然彼女が強い剣幕で言い放った。
「彼の分の宿も取ってしまっているんです! なのでお力添えは遠慮します! 君もそれでいいですよね!!?」
彼女は言いながら俺に向き直る。
せっかく神主さんが申し出てくれているのに、と思いもしたが、これ以上恩人を増やすと確かに恩返しが大変だ。
頼ってしまった手前、彼女だけに恩義を集約させておくのは後々のことを考えるとトラブルを避けれそうな気もする。
と、いう色んな思考が脳内を巡らせていると、強引に彼女は神主の話を断ってしまった。
「行きましょ!!!」
彼女はそう言うと俺の腕を無理やり掴み、鳥居から外へと連れて行かれた。
せっかくの優しさを無下にする彼女の態度はよくわからなかった。
それとも俺に惚れていて今日も一緒に過ごしたいとのことなのだろうか。
流石にそれは自惚れか。
「……君は神主さんと私、どっちが良かったですか?」
神社から宿への道すがら、唐突に聞いてくる。
辺りはすっかり暗くなってしまっていた。
少しロマンチックな気がしないでもない。
「……悩まないでほしいんですけどー。若い女と混浴風呂できるんだぞー、即決しろー」
確かに、と思ってしまった自分がいた。
どうせ田舎だ。爺と婆に世話してもらっても何も嬉しくはないが、彼女と過ごしていたら何かしら美味しい思いができるかもしれない。
だとしたら、だ。彼女が俺に望んでいるのはおそらく俺の置かれている状況をオカルト誌のネタにしたいからに他ならないだろう。
「もちろんですね」
やはりそうだった。
神頼みという短絡的な望みはこうして簡単に打ち砕かれてしまったのだった。
願わくばこの調子で彼女が色んな人の情報を遮断などしなければいいのだが……
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