1 - 初めての再会4

 「あー、遅いよー、ふふふ」


 腑抜けきった顔で湯船に浸かっている彼女がそこにいた。

 どうやら極楽気分みたいだ。

 しかし俺は先ほどの考えを彼女に伝えるとあっさりとした答えが返ってくる。


 「そりゃそうだよ。さっきも言ったじゃないですか。出るって噂があるんですよ。この温泉」


 彼女曰く、このオカルト温泉のせいで客足が途絶えてしまっていて、閉業する日も近いとのこと。

 その前に彼女は取材しておきたいと考えていたようだった。

 同じようにオカルトに興味があるような酔狂な人間でなければこの宿には来ないということなのだろう。

 というか漏れなく俺もその一人に加えられているということなのか。不服を申し立てたい。


 「ほらほら、入りましょ?」


 お金を負担してるのは私なのだから、とやはり半強制的に入浴をさせられる。

 しかしお風呂はいたって普通の温泉であった。

 今日の疲れや汗がすべて吹き飛んでいく。


 「最高ですね~」


 確かにその通りと言わざるを得ない。

 彼女もきっと普段は都内で仕事をしているはずだ。

 俺も都内での生活が長かったのもあり、こういったゆっくり休めるような機会は滅多にない。

 彼女は隣でゆっくりと視線を向けて、なんかを期待しているかのように口を閉ざした。

 しばらく無言が続いた。

 何かを言いたそうな眼をしていた。しかし、彼女は口を閉ざしたままだ。

 彼女の底知れぬ何かが瞳の奥に宿っていた。

 俺は自然と自分の仕事を辞めた理由をつらつらと並べ始めていた。

 慰めてほしかったのか、肯定してほしかったのか、そのどちらともいえない感情だった。

 しかし彼女は慰めもせず、肯定もせず、ただ俺が話し終えるまで聞いてくれていた。


 「お風呂、出ましょうか」


 全てを話した後、彼女はゆっくりとお風呂から出ていった。

 俺は少し余韻に浸りたいのもあり、お風呂に残ると伝えた。

 一緒に出ていく気にはなれなかった。



・ ・


・ ・ ・


 数分後、俺は彼女の部屋に戻ると、彼女はカップ麺にお湯を入れているところだった。

 そういえば夕食をまだ食べていなかったか。

 ここの宿はどうやら素泊まりなのか、夕食は出ないようだ。

 俺は充電していた携帯電話を手に取った。

 充電は電話できる程度には十分充電されており、無事電話ができそうだ。

 俺は彼女に一言声をかけて、電話をすることにした。

 電話帳から、父の連絡先を選び取り、通話を──


 『おかけになった電話番号は、現在使われておりません』


 ──息が詰まった。

 その後も何度もかけてみたが、結果は変わらない。


 『家が突然なくなったり、両親がいきなり行方不明になるとか』


 そう彼女は言っていたか。

 とんだ笑い話にもならない噂が現実になったようだ。

 父に繋がらないのであれば、母に、当然そういう思考に至る。

 しかし結果は同じ。

 途方に暮れた俺は気づけばその場に座り込んでいた。


 「貴方も食べて」


 そういって、彼女が目線を映したのは机上のカップ麺。

 既にお湯が入っているようだ。


 「麺、伸びます」


 彼女はすでにカップ麺を啜っていた。

 俺は黙って一緒に食べ始めることにした。

 食べながら黙々と考え事が募っていく。

 そもそもどこからおかしかったのか。

 今までの出来事を順番に振り返ってみる。

 家がなかった。

 彼女と出会った。

 電車に乗った。

 父親の電話に出た。

 仕事を辞めた。

 やはり家がなかったこと以外変な点は見当たらない。


 「考えていても仕方ありません。今日はもう寝ましょうか」


 そう彼女が言い終えると、こちらの返事を待つまでもなく、布団を手慣れた様子で敷いた。

 続いてその横で俺も自分の分の布団を敷いた。

 当然だが少し離して敷いている。

 寝る身支度を整えると二人揃って敷布団へと身を埋めた。

 心地よい疲労感が一瞬で睡魔へと誘ってくれる。


 「明日は、お父さんと連絡が取れるといいですね」


 出会ってから今まで、終始少し戯けた調子の彼女だったが今の一言は優しい言葉だった。

 普段の彼女は楽しいし、落ち着いているときの彼女は優しい。

 でもどこかミステリアスで、少し怖い気もする。

 そんな彼女をもっと知りたいと思っていた。


 しかしそんなことよりもまずは自分の家と両親だ。

 もしこのまま両親が見つからず、自分の家も見つからなかったら?

 身銭もそこまであるわけではないし、いつまでも彼女に頼り切ることもできない。

 できたとしても頼り続けるのは良くない。

 もし彼女の心遣いから明日以降も誘ってくれたとしても断っておこう。

 まぁ、そもそも誘われるかもわからないし、自分自身の謎が解明できれば問題ないのだけれども。

 とりあえずそんな身構えをしていた。

 そう、そんな思いとは裏腹に。

 心なしか、明日の彼女との心霊現象の調査が少し楽しみになっている自分がいた。

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