1 - 初めての再会1

 辺りの気配が気になってしょうがない時がある。

 それはどんな時か。

 おびえている時だ。

 どれだけ辺りが和気あいあいとした雰囲気でも、サーカス団の団員をひきつれたようなパレードの群衆でも、一度気になってしまえば辺りを警戒してしまう。

 では何故気になってしまったのか。

 答えは単純だ。

 その賑やかな談笑、営みの中に俺はいない。

 どれだけ楽しそうでも、どれだけ険悪でも、どれだけ混乱していても。

 俺はその中にはいない。

 だから先輩が社長に木刀で制裁を加えられ、それを目の当たりにしていようと俺には関係ない。

 次の日、先輩は追い詰められたような瞳をしていた。

 あの時は確か、眼が合ったら無理して笑みを俺に向けていた。

 痛々しかった。

 腕を包帯でぐるぐる巻きにして、ギプスのようなもので固定していた。

 まだ涼しげな風が頬を撫でる時期、そんな壮絶な会社に俺は新卒の切符を使って入社した。

 怒られないように。

 矢面に立たないように。

 空気のように。

 味方も作らない。味方ができれば敵ができる。


 そして俺は会社を辞めた。

 辞める時も誰も止めなかった。

 

 『会社、辞めたんだってな。一旦帰ってきなさい』

 

 電話越しで父親にそう言われた事をまだ覚えている。

 俺は上京して大学生活を送っており、在学中も実家には帰っていなかった。

 だから父親に初めて心配されたような気がして、ホッとしたのか自然と帰省することになった。

 

 泥のように連日眠った俺は、約束の日になってもなかなか家を出れなかった。

 しかし父親の言葉が脳裏に過ぎると自然と体は動いた。

 電車は人であふれていたが、気づけば立っている人も減り、立ち並ぶビル群が徐々になくなっていった。

 夕暮れに染まる小川、風にそよぐ稲穂、舗装されていない砂利道。

 あたりの風景はそういったものに変わっていった。

 変わらないな、と思った。

 駅についても駅員はいない。

 切符を収納する箱と、取ってつけたような交通系電子端末が置いてある。

 他は壁掛けの時計が無骨においてあるだけだ。

 時刻は18時過ぎを指し示していた。

 俺は駅を出ようと改札出口を通り過ぎた。

 

 「ちょっとそこのお兄さん」

 

 ドキッとした。

 振り返ると改札出口のすぐ脇に女性がいた。

 彼女は栗色長髪の切れ長の目をしており、やたら短く太めという特徴的な眉の人だった。

 どうやらちょうど死角にいたようだ。

 

 「貴方、この辺の人でしょう? 道がわからないから教えてほしいのです」

 

 なんてことはない、ただの迷子のようだ。

 話を伺ってみるとやはりというかなんというか、行き先は数駅先の宿場町だった。

 しかし、俺をここへ送り届けてくれた電車は既にいない。

 そうなると30分は電車は来ない。

 しかし女性の目的地までは歩いて30分ほど。

 どちらを選んでもさほど変わらない。

 そして幸か不幸か、その道筋は私の実家への帰路と一致するのだ。

 ということを伝えた。

 

 「それは好都合ですね。貴方について行っても良いでしょうか」

 

 かまいませんよ、と伝えた。

 すると女性も薄っすら笑みを浮かべた。

 どうにも面と向かって話をする経験が薄い自分にとってはなんとも間が持たない状況だった。

 

 「この辺りは空気が美味しいです。都会の閉鎖的な空気感と違ってとても開放的です」

 

 概ねこの辺りが気に入っているようで、ありありと普段の生活が息苦しい様が伺えた。

 気分を害されなければいいんですが、と前置きをして、彼女は言った。

 

 「私はオカルト誌の者でして。この辺り一帯の霊的現象についての取材に来ているのです。なんでも親切な霊がいるのだとかで」

 

 テヘヘと言いづらそうに苦笑いをしていた。

 

 「この辺りの方なら何かしらご存知かと存じまして、何か知ってれば道すがら伺えればなぁと」

 

 オカルト、か。

 心霊現象とかそういった事にはあまり詳しくはない。

 何よりそんなオカルトに現を抜かすのは正直呑気な人なのだろうという印象しかない。

 よっぽど現実の方が怖いし、非情だ。

 どんな霊がいるのかは知らないが、呪い殺すだとかそういった類の話でない限り、基本的にオカルトなんていうのはそこまで大したものじゃない。

 むしろ呪い殺してくれるなら幽霊の方が良いまであるぐらいだ。

 興味がないというのが正直なところだが、何一つこの地のオカルト情報は知らなかった。

 

 「そうですか。いきなり当たりは引けませんか。残念です」

 

 オカルト話がないと残念というのはある種、呪われた地であることを願われているような気がして少し思うところがあるが、そもそもそういった話が故郷にあるとは思いもしなかった。

 火のない所に煙は立たぬ、という言葉があるように何かしら心霊現象的な何かがきっとあるのだろう。

 

 「色々あるんですよ。どれも眉唾ものですけどね」

 

 そういいながら徐に手帳を取り出した。

 

 「家が突然なくなったり、両親がいきなり行方不明になるとか」

 

 思っていた以上に色々あるようだ。

 どれも聞いたことがあるような無いような、という話ばかりだ。

 

 「両親がいなくなるって、どういうことなんですかね? 誘拐とか?」

 

 うーん、と唸る彼女。眉をわかりやすいくらい顰めている。

 

 「まぁ、取材は明日からの予定だったし」

 

 そういうと彼女は手帳をしまった。

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