第6話 素性



 誰が何を言うでもなく無言が続いた帰り道。勝手に足が向いたファミレスに全員で立ち寄る。 

 それぞれドリンクバーから飲み物を取ってきたタイミングで、色蓮が消音の人工魔道具を机の上に置いた。

 色蓮もこの頃には気持ちが落ち着いてきたのか、どこか申し訳無さそうな気まずい顔をしていた。


「……まず、謝罪を。すみませんでした。先輩と姫には迷惑をお掛けして……」


 ……声ちっさ。消音の魔道具いらんな。


 と、思いはするもそこまで空気の読めない一愛ではない。探索者の研ぎ澄まされた聴覚でなければ聞こえない声量だろうとツッコミはしない。

 話の続きを促すべく黙って頷いた。


「……ギルドとの和解は恙なく完了しました。各自一億の和解金に階層情報、それと【実績】情報を合わせれば総額20億は下らないので、リーダーとしてこれで良しとしました」

「そうだな。いいと思うよ」


 リーダーが決めたことには大体従う。わざわざ改めて報告されるまでもない。

 というより同じ席にいたのだからこの時間すら無駄だろう。

 

「で、それだけか」


 なので、一愛は切り込んだ。


「…………いえ」


 長い沈黙の後、色蓮が小さく頭を振った。

 緊張からか水で一度喉を潤してから、艶やかな唇を震わせる。


「……ウチの探索者としての最終目的は、父親を殺すことです」

 

 ……ほう。


「父親の名前はアダム・ユアハ。現探索者世界ランク4位の男です」


 ……なるほど。


 と、かっこつけて見たはいいものの、一愛は開いた口が塞がらなかった。 

 だがこれまでの色蓮に対する疑問が一気に氷解していくのを感じる。中学生にあるまじき資金力に異様に詳しいダンジョン事情。それも全て身内が高レベル探索者であれば納得である。

 一愛とて色蓮の素性を想像くらいはしていた。身内、親戚、その他近しい人が探索者かそれに関わる仕事をしているのだろうとは思っていた。これは一愛の予想がドンピシャで当たっていたということになるが……これは流石に予想外にも程があった。真面目な雰囲気で無ければ今頃一愛は天を仰いで叫んでいたであろう。

 アダム・ユアハという男の名前には、それだけのインパクトがある。


「いろはす……今はまだそこまで言わなくても」

「いえ、こうなった以上一愛先輩には伝えておくべきでしょう。仲間なので」


 どうやら椿姫は色蓮の事情を知っていたらしい。あのアダム・ユアハが父親と聞いて驚いていないのが何よりの証明である。

 掃除屋――アダム・ユアハ。

 噂ではダンジョンに入る前から殺しのプロであったと言われている男。それ以外の素性は一切の不明であり、にも関わらずその名を知らぬ者は一般人にも恐らくいないだろう。

 現探索者ランク4位。一般人最強。

 軍人を越える速度でレベルを上げ続けるダンジョン狂い。


 ……それが色蓮の父親。


「ふぅ……」


 頭が痛い。


「で、それが? だからなんだ」

「……へ?」


 色蓮が素っ頓狂な声を上げた。普通に怒りが増す反応である。


「散々勿体ぶったかと思えばそれかよ。だからなんだと俺は言いたい」

「い、いや、小暮朝日との話で、先輩も気になってるだろうな、と……」

「自意識過剰なんじゃねーの」


 色蓮の頬が真っ赤に染まった。

 肌が白いから相変わらず感情表現が分かりやすい。


「な、な、な、じ、自意識かじょー⁉」

「だってそうだろ。誰もお前の父親のことなんて聞いてねーよ。俺が一度だってお前に聞いたか。お前の資金力の源はとか、親は何をしてるんだーとか。聞いてないだろ」

「…………確かに!」


 目が点とばかりに色蓮が叫んだ。消音の人工魔道具を置いていて正解の声量である。


「え、で、でも先輩は、ウチの目的を聞いても何とも思わないんスか?」

「別に何とも。まぁ殺しはちょっと驚きだけどな。けど俺が止めたら止めるのか?」

「……いえ、それは」

「そうだろ。じゃあ聞いても意味ないじゃん。だから聞かなかったんだよ」


 人がダンジョンに潜る理由などそれぞれだ。

 一愛とて大層な理由でダンジョンに潜っているわけではない。強くなりたい、自由になりたい、産まれに誇りを持ちたい、全て俗で他人からすればどうでもいい理由だ。

 その中に父親を殺す為が加わっても、まぁ許容範囲だろう。


「父親を殺したいほど憎いってんなら、それ相応の何かがあったんだろ。ならそう思ったお前に俺が言えることなんて何もない」

「先輩……」

「だから俺は、最初からお前のことしか見ていない」


 理由? 背景? 目的?

 そんなのはこれまで一緒に培った実績の前では霞んで見える。


「お前の背景とかどうでもいい。お前の言葉を借りれば俺を裏切らなければ好きにすればいい。違うか」

「ち、違わないっス」

「そうだろ。まぁその時がきたら手助けくらいはしてやるよ。いつになるかわからないけどな」


 何せ相手は世界4位である。現状底辺に近い一愛達が今の高レベル探索者達に追いつけるとはあまり思えない。なぜなら一愛達がレベルを上げるということは、向こうもレベルを上げているということなのだから。

 だがいつかは叶う。そう思いたい。いや、そうするのだ。

 決意したことは必ず叶える。それがダンジョンに潜ってできた一愛の密かな信条である。


「……先輩、なんか本当に脳筋ぽいスね」

「は? ヘッドロック掛けてやるからこっちこいよ」

「いやっス。先輩がウチの隣に座るなら掛けてもいいっスよ」


 さっきまでの沈んだ表情はどこにいったのか、色蓮が挑発的な笑みを浮かべた。

 どうやら元気が出たようである。


「ふふ、良かったですね、いろはす。一愛様にも受け入れてもらえて」

「なんか悩んでいたのがバカみたいっスよ。脳筋な先輩相手にあれこれ考えるだけ無駄なことがハッキリしました」


 ……おいなんだその評価。


「そんなこと言って、いろはすってば前から私に相談していたんですよ。一愛様にどう伝えればいいとか、言うべきタイミングを逃したとか。これで一愛様がパーティーを抜けたらどうしようって、泣きそうな顔で、」

「わーわー! 姫、それは言わない約束でしょう!」


「そうでしたっけ?」と上品に笑う椿姫はご機嫌である。あっさりと不安だったことをバラされた色蓮は耳まで真っ赤にしているが。

 それにしてもパーティーを抜けるレベルまで心配されていたとは心外である。

 確かに父親を殺すのが目的だと伝えれば引かれて当り前だが、一愛はそこまで薄情ではないつもりだ。

 パーティーとは一蓮托生。運命共同体。

 ここまで仲が深まれば死なば諸共。最近そういった感情が一愛にも芽生えてきた。

 ともあれ、これで重苦しい空気も解消である。


「……あ!」


 と、椿姫と百合百合しくじゃれていた色蓮が唐突に声を上げた。

 色蓮はブリキのおもちゃのようにぎこちなく首を動かし、引き攣った顔で一愛を見る。


「10層攻略の件、なんて返事しましょう……?」


 ……そんなのは一愛が聞きたかった。


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