第4話 探索者は大体皆変わってる
翌日の放課後、一愛達は新宿駅直結のツインタワーを見上げていた。
まだ16時前なのに駅までの渡り廊下は忙しそうなサラリーマンやOLで溢れかえっている。これが17時過ぎになると更に人でごった返すのだろう。ブラック企業勤めでなければ。
「……凄く、大きい……ですね」
椿姫がビルを見上げながら言った。
「もしかして、このビル全部が【闇夜の灯火】のホームなのでしょうか」
「さすがにそれはないよ」
色蓮が苦笑しながら否定する。
「こういった複合ビルは階毎にそれぞれの会社が借り上げてるのが普通だよ。ダンジョンが一般解放されてまだ4ヶ月とちょいしか経ってないのにそれだけの資本を持ってるはずない。逆に言えば、わずか4ヶ月で一等地のビルを間借りできる資本、そして社会的信用がある、ということの証だけど」
「そ、そうなんですか」
話の内容が大人っぽくてよく理解できないのか、椿姫が短く生返事をした。
大丈夫、一愛もよく分かっていない。
……しかし、結局ギルドに関わることになるとはな。
昨日、色蓮宛に【闇夜の灯火】から手紙が届いたと聞いた時は驚いたが、考えてみれば別に不思議でもなんでもなかった。なぜ色蓮の家の住所を知っているのかは置いといて。
鈴木竜之介。一愛の幼馴染だった男であり、【闇夜の灯火】の構成員だった男の死だ。
竜之介の死に一愛は直接関係していないが、それでも第一発見者としてその死を告げる義務はある。一愛はその義務に従い探索者協会に竜之介が死んだ過程を説明していた。
その時には竜之介の犯罪混じりの行動や、なぜそんなことを行ったのかの動機に、一愛との確執も含めて洗いざらい話している。
あの場では特に何もなく終わったが、協会からギルドに報告という注意がいったのだろう。当たり前だ。監督責任というやつである。
日本では探索者という仕事は社会的にまだまだ危うい立場だ。しかもギルドなどという探索者だけで構成された組織は一般人にも浸透されておらず、知名度もそこまで無い。そこで構成員がこのような不祥事を起こしたとなれば、一体どれだけのバッシングが世間から向けられるのか想像も付かないくらいである。
事実、竜之介が死んだという情報はネットにもテレビにもどこにもない。ことはギルドに留まらず探索者全体に及ぶと協会が判断し、隠ぺいした可能性が高いと一愛は踏んでいた。
実際、色蓮が受け取ったギルドからの手紙にも概ねそのような内容が書かれていた。やたら社会人ぽい長ったらしい前置きと回りくどい文章だったが、ようは謝罪と示談がしたいというだけだった。
そういうことならと、一愛達は【闇夜の灯火】のホームに足を運んだわけである。
ちなみに、色蓮がやたら焦っていた理由は一愛がこのことを知ったら先走って突撃してそうと思ったからだそうだ。人を本当に脳筋扱いしてくる後輩である。失礼過ぎるので単純にして超痛い技、ヘッドロックを掛けてやった。
その時の痛みを思い出したのか知らないが、色蓮が頭痛を堪えるように瞼をきつくしばった。
「……念の為確認っス。一愛先輩は【闇夜の灯火】に恨みは?」
「無い。なんだ、昨日も言ったろ。まだ心配してたのかよ」
「まぁ、少しは」
色蓮の硬い表情を崩すように、一愛は苦笑して見せた。
「確かに何も思うところが無いって言ったら嘘だけど、それでギルドと事を構えるほど子供でもないし、死んだ竜之介にも情はない。向こうが穏便に済ませるっていうなら有難いし、ここは昨日決めた方針通り色蓮の言うことに従うよ」
「……本当っスね?」
「くどいぞ。お前がリーダーだろ」
リーダーの言うことには従う。パーティーとして当然の方針だ。
色蓮もその言葉に納得したのか、ようやく表情を和らげる。
「ありがとうございます。では行きましょうか」
色蓮を先頭に、一愛と椿姫もツインタワーのエントランスに入る。
案内板を確かめると【闇夜の灯火】は19~21階までを占有しているらしく、高層階用のエレベーターで19階まで上がった。そこでインターホンを鳴らして担当者を呼び出す。
待つこと数分。見覚えのある顔が姿を表した。
「やぁ! よく来てくれたね!」
「……星さん」
ギルド【闇夜の灯火】のスカウト係。
一愛をスカウトした男が対応に出るとは予想外である。こういうのとは部署が違うのではと思うも、一度一愛達と接したことが理由で対応役に任命されたのだろうか。
もしくは、舐められているか。
「いや、本当によく来てくれた。本来ならこちらから出向かなければいけないのに、申し訳ない。一体どこなら落ち着いて話せるか検討していくと、どうしても場所がここになってしまってね」
「いいえ、お気になさらず。私達はまだ学生の身分ですので。気軽に喫茶店などで話す内容でもないでしょう」
「そう言って貰えるとこちらとしても助かるよ。……そちらの子は?」
星が椿姫に目を向けた。
椿姫は控え目に微笑むと、折り目正しくお辞儀をする。
「一愛様と西園寺のパーティーメンバーで、東雲と申します」
「……そうですか。私は星。ギルドのスカウト係を任命されています」
星が椿姫に名刺を渡すも、椿姫はそれを見もせずに懐に入れた。
今の態度でこちらのスタンスをある程度察したのか、星が苦笑する。
「立ち話もなんだろうから、落ち着いて話せる場所に案内しよう。付いてきてくれ」
挨拶もそこそこに、星はエレベーターホールから出て歩き始める。一愛達も大人しく付いていった。
タワーの共用部(テナント側が内装などを一切弄れないエリア)を抜けてギルドの中に入ると、一愛達は驚きで足が止まった。
……なんだこれ。これが社会人?
普通の企業であればデスクとPCが並び、サラリーマンとOLがせわしなく仕事をしている。そんなイメージが浮かぶだろうし、実際その筈である。
だがここはそのような大人のイメージを吹き飛ばすくらい、遊び心に溢れている場所だった。
……あれはバーか。あっちにはビリヤードにダーツ……漫画も置いてるし、至れり尽くせりだな。
ちょっとシックで瀟洒なホテルのラウンジ。イメージとしてはそんな感じである。
コワーキングスペースもあるにはあるが、どう見ても仕事ができる環境ではないように思えた。
「驚いたかい? このビルは殆ど構成員の保養所として使ってるんだよ。19~20階がラウンジやアメニティエリアで、21階が仮の寝泊り場所だね。僕のような事務方も普段はここで仕事をしているか、三田にある事務所にいることが多いかな」
「はぁ、そうですか」
……なんだよ、ちょっと羨ましいじゃん。
素っ気ない態度を取った一愛であるが、内心では少しテンションが上がっていた。
お堅いイメージのある社会人がこのような環境に身を置いて仕事をしている。それはなんというか、とても良いと思ったのだ。
普通の会社は社員が寝ないよう白昼色の蛍光灯を煌々と点け、監視カメラでサボっていないかチェックでもしているのかと思っていたが、そんな旧時代的なイメージが崩れそうである。
……良いよな、こういう秘密基地っぽいとこ。
男のロマンである。
「……一愛君を誑かそうとするのは止めてもらっていいでしょうか。そちらがその気であればこちらにも考えがありますけれど」
色蓮がやや引き攣った声で言う。誑かす?
一愛には何のことだか分からないが、星はバレたかとばかりに肩を竦めた。
「いや、そのようなつもりはないよ、あわよくばとは思ったけどね」
「そのようなつもりではありませんか」
「いやいや、本当に違うよ。私とて時と場合を弁えている。 イレギュラーモンスターを討伐した優秀な野良パーティーを勧誘しないほど職務怠慢ではないが、それは話が終わってからのつもりだ」
「……では早く案内して頂けないでしょうか。それともこのような回り道をするほどお暇なので?」
「はは。手厳しいな」
そう言って、星は今来た道を戻ろうと踵を返した。
どうやら本当に一愛達にこの空間を見せたいだけだったらしい。
子供みたいな人だな、と呆れた眼差しも程ほどに一愛達もそれに続こうとして、
「――ククク、スターよ。貴様が連れているのはニュービーか?」
……と、何だかわけわからん声に足を止められた。
「あ、秋風君。ダンジョンから帰ってたのか」
「秋風? 誰だ。スターともあろうものが我の名を忘れるとは嘆かわしい。我は闇に潜みし深淵なる存在、クレハ・オブ・ジ・エンドであるぞ」
クレハちゃん終わってるぞ、とツッコむのは野暮だろうか。
しかし、また強烈なのが出てきたなと一目見る為に振り返り、ぎょっとした。
……マジモンの中二病患者じゃねぇか。
一愛はクレハと名乗る少女をマジマジと眺めた。ここまで強烈な中二病患者を見るのは人生初と言ってもいい。
少女は漆黒のゴシックロリータに身を包み、腕にシルバーをジャラジャラと巻き、探索者としての武器である杖を構えて香ばしいポーズをとっている。アイシャドウのせいか可愛いというより美人寄りで、年は一愛と同じくらいだと思われた。
……いや、もう少し上かもしれない。ゴスロリ服なのに存在を強調している二つのお山が一愛にそう思わせた。これは椿姫と同等かな……。
クレハは一愛達の生暖かい視線を意にも介さず、更にスンッ、とポーズを変えた。
「して、スターよ。早く先輩である我にニュービー等を紹介せよ」
「い、いや秋、エンド君。彼らは新しい団員というわけではなくてだね、故あってここに来てもらっているだけなんだよ」
「……ほう? だが結局は我らの仲間に加わるのだろう?」
「いやいやそれは彼ら次第だよ。私としては全力で勧誘するつもりだが、こればっかりは当人達の意思というものがね」
「ふむ。我らの仲間に加わるのを躊躇するとは、随分と傲慢なニュービーであるな。一つ我が教育を施してやっても良いぞ?」
クレハの青い瞳が煌々と輝きだした。どうやってるんだろうと一愛は純粋に疑問である。
「その方が貴様の仕事も楽に済むであろう。なぁスターよ」
「ちょ、いや困るよエンド君っ!」
クレハが杖を構えた途端、足元に謎の魔法陣が描かれ始めた。
これにはこちらも驚きである。色蓮や椿姫辺りは生暖かい中にも同士見つけたりみたいな友好的な視線だったが、突然好戦的になった相手を静観するほどお気楽ではない。それぞれの【ドレスルーム】から即座に武装する。
探索者というのはどいつもこいつも戦闘狂かよと、一愛はひっそりと溜息を吐いた。
「あんた、ジョブは」
「――む」
同年齢ぽいしタメ口でいいやと口調を崩したのが功を奏したのか、一愛の質問でクレハが動きを止める。同時に足元の魔法陣がすぅ、と溶けるように消えていった。
「杖使い。俺はあんたのジョブを聞いてるんだが」
「無作法な男……男か? まぁどちらでも良い。人にジョブを訊ねるときは、まず自分から明かしたらどうだ」
そのようなルールはないが、意外ともっともらしいことを言ったクレハに一愛は頷いた。
「俺は戦士タイプだ」
「ほう、戦士。この国では珍しいではないか。だが、ククク……我の方が珍しいぞ」
クレハはバサッ、とマントを羽織っているわけではないのに羽織ってそうな効果音を上げながら、腕をクロスさせ右足を逸らす香ばしいポーズを取って、
「我は偉大なるウィザードであるぞ。どうだ恐れ慄、」
「なんだじゃあいーや」
「なんだとはなんじゃ⁉」
クレハが素に戻ってそうな声を上げた。意外と可愛い声をしている。
しかし、ウィザードとは確かに珍しいジョブである。魔法など使えない現代においてどう生きてきたら魔法使いとしての適正に目覚めるというのか。これは傾向を調査している学者及びジョブ占い師の永遠の命題である。
……ああ、こういう生き方をしてたら目覚めるのか。
とても残念な一つの解を見つけた気分だ。
と、色蓮が一愛の手を握ってきた。消音の人工魔道具も一緒である。
「……先輩、もしかして4人目のメンバーを探してるんスか?」
「ああ、まずかったか? 杖持ってるしヒーラーだったらいいなって思ったけど」
そう返すと、色蓮があからさまに溜息を吐いた。
「ギルド構成員を引き抜くとかまずいにも程があるっスよ。確かに4人目、ないし5人目は悩ましいっスけど、慌てて決めるようなことでもないっス。宛があるならともかく無いなら今後は控えて下さい」
怒られてしまった。反省である。
「おい! 人をコケにしておいてコソコソ話とは良い度胸ではないか!」
クレハが怒りに任せて杖を振り回している。レベルもそこそこなのか杖術としても意外とやってけそうな練度である。
一愛は苦笑するように笑いかけた。
「悪い。お前をパーティーに誘おうとしたのがリーダーにバレた所だったんだ」
「ほ、ほう? 我を誘おうとするとは貴様、中々慧眼ではないか」
クレハの怒りが一瞬にして鎮火した。こいつちょろい。
「でもやっぱいいや。悪いな」
「なんなんじゃお前はっ⁉」
……いやヒーラーか壁役以外そこまで必要ないし。
とは言わない。こちらの弱みを握られるも同然だからである。
とはいえこの中二病患者がその弱みを有効に活用できるかといえば恐らく否であるが。しかしここには冷静な大人が一人いるので慎重になるに越したことはないだろう。
もっとも、パーティー構成からいってもうバレてそうだが。
クレハは我を取り戻すように無手で仮面を被るポーズをとった。
「く、ククク。面白い男だな、貴様。大抵の者は我の威圧に平伏し、ジョブを聞けば恐れ慄き逃げていくというのに」
「見た目と口調に引かれて気を惹こうと珍しいジョブを言ったら逃げられたのか」
「クククッ! 貴様、名は?」
「……」
正直言いたくない。
言いたくはないが、顔がバレている以上いつかは一愛の名前に辿り着くだろう。というより星にでも聞けば一発だ。それにこういうタイプは邪険にしただけ粘着しそうである。
というか泣きそうで可哀想。
「……二ツ橋一愛。一つの愛で一愛だ」
「一愛……ラヴァ―か。いや、マイラヴァーだな」
「――は?」
なぜか椿姫がピキッた。
「――そーんなことより! 星さん、早く私達を案内して下さい。ここで時間を無駄にするほど暇ではないでしょう?」
「ん? いや、私としては思ったより友好そうだからこのままの方が……」
「早くしなければ帰ると言っても?」
「――済まないエンド君。また顔合わせの機会を設けよう」
色蓮の雑な脅しが意外と聞いたのか、星はクレハへの挨拶も程ほどにその場を後にした。
去り際椿姫が小声で「顔合わせの機会など必要ありませんよ」と言ったのが何となく怖い。
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