第3話 日常?


 授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り、一愛は微睡から目を覚ました。

 帰りのHRで熟睡している生徒など一愛くらいしかいないのだが、それを指摘するものは誰もいない。担任である教師ですら我関せずで、まるで空気でも扱うかのように一愛には触れようともしなかった。

 いや、違う。

 空気ではなく、爆弾だ。触れば爆発する危険物かのように一愛は思われている。偶にチラッと一愛を見ては強張った顔をする新任らしい女性教師は、明らかに一愛を怖がっていた。今も逃げるように教室から去ってしまっている。


 ……まずったな。こんな扱い望んでないんだけど。


 できれば普通に接してほしいと思うのは我儘だろうか。一愛とて何も目立ちたい訳ではない。

 それに一般人を怖がらせるのは本意ではないのだ。今のだって注意されれば素直に聞くくらいは当たり前にする。だって一愛が完全に悪いのだから。

 なら最初から不良みたいな真似をするなというのだろうが……まぁ、ごもっともだ。でも仕方ないだろう。昨日は久し振りに当たりのアニメだったのだ。ネットの実況ちゃんねるに書き込んでいるとつい時間が経ってしまう。至極当たり前のオタクの性である。


「はは、レイちゃんてばまだ一愛が怖いみたいだな。中身は結構普通なのに」

「そやなぁ、中身は普通よなぁ。そやけど怖いのんはしゃあないわぁ、うちも最初は怖かったしなぁ」


 爽やかで聞くものを落ち着かせる声と、ただひたすらにはんなりおっとりした声が一愛の頭上から降ってくる。

 一愛はうつ伏せの態勢から背もたれに体を預け、大きく伸びをした。

 帰りのチャイムが鳴った後も、まだ教室にはチラホラと生徒が残っていた。よく観察すれば一愛に話しかけたそうな層も一定数いるが、陰キャな一愛は自分から話しかけるような真似はしない。

 話をするとすれば、今まさに失礼なことを言った二人だろう。


「お、起きたか。おはよう一愛。もう夕方だぜ」

「おそようさん~」


 日南日葵と、爽やかスポーツマンの虎杖勇将。高校生に上がってできた一愛の……まぁ、友達である。

 日南の方は人畜無害で、虎杖の方は裏表の無い性格をしている。美男美女で、二人ともクラス内カーストとやらではトップであろうに、こうして一愛に構う気のいい奴らだった。

 一愛? 一愛は孤独であることを選択した孤高の戦士である。


「……おはよう。二人とも好き勝手言ってくれたな」

「なにが。事実だろ」

「事実やろ~」

「はは。腹立つ」


 特に日南。


「なんや一愛くんお疲れやねぇ、目の下のクマ凄いで。うちの膝枕いる?」

「あ? いくらほしいんだよ」

「うわないわ今の。真面目に引いたで」


 ……あれ? 間違ってた?

 だって女子高生の膝枕が無料であるはずがないではないか。そうだろう?


「チッ。で、俺のどこが怖いって?」

「そういうとこ~」

「はは。俺はまぁ今のも普通だけどな。見た目に怖い要素は皆無だし、やっぱりイメージってとこか」

「イメージね」


 やっぱり中三の時のイメージがでかいのだろうか。いじめられっ子がダンジョンに入って強くなり、いじめっ子をやっつけるテンプレ展開のイメージが。

 ありきたりといえばありきたりだが、現実に起きた出来事としては鮮烈だろう。物事はシンプルであればあるほど記憶に定着しやすい。まだ一月前近くの出来事としては風化するにもほど遠いだろう。

 おまけに、竜之介は死んでしまった。

 それは一愛のせいではないが、身近な出来事として恐怖を覚えない生徒はいないだろう。


「あ、勘違いすんなよ。別にあれを悪く言ってるわけじゃないからな? お前は完全に被害者だった。そこを勘違いしてる奴はそんなにいねーよ。なぁ?」

「そやねぇ。むしろ女子の間ではギャップ萌えみたいになっとるなぁ。あの時助けてあげてれば~みたいな?」

「なんだそれ。くだらな」

「へへ~、一愛くん言うおもたわ」


「ほんまこういうの嫌いやねぇ」と日南が楽しそうに笑った。


「そやけどイメージは気にするんやなぁ? もうダンジョン以外興味あらへん人なのか思うとったわ」

「……いや、別にそんなことないよ」


 一愛は眠気を飛ばすように眉間を押し込む。


「結局、暮らしているのはこの日常だしな。家族も大切だし、やっぱ世間体が重要だろ。それに他人を怖がらせるのは本意じゃないというか……」

「なんや意外やわぁ」


 言動が常に連動している日南が手の平で口元を覆った。

 失礼にも程がある日南と違い、虎杖は当たり前だろというように呆れた仕草をする。


「ダンジョンで寝食をずっと摂るわけじゃないし、そりゃそうだろ。俺は探索者ってのに詳しくないけど、一歩間違えれば死ぬような危ない世界なんだろ?」

「うーん、強くなろうとすれば、そうなるかな。程ほどでいいなら少しは安全だけど」

「え、そうなのか? 程ほどってどれくらい安全?」

「10回潜って1回死にそうな目にあうくらい?」

「全然安全じゃねーよ!」


 やけくそ気味に虎杖が叫ぶ。ノリの良いやつである。

 虎杖はこほんと咳払いをして、


「ま、つまりイメージってのはそういうことだ。死ぬほど危ない目に遭ってる危険な奴。こればっかりはもう仕方ないだろ。世の探索者のイメージがアップしない限りお前の評価も上がんないよ。直接関われば良い奴だってわかるんだけどな」

「イメージアップね。そういえば最近探索者が増えてるらしーな。俺に探索者のなり方を聞いてくる奴とか結構増えた気がする」

「ああ……それはぶっちゃけお前のせいだな。同じ学校に成功体験がいるせいで勘違いしてるっつーか。まだ誰も死んでねーのが幸いだけど、重傷者は何人かいるし、本当もう少し思慮深くなれってんだ」

「ほんまになぁ。一愛くんの話をいっぺんでも聞いたらなろう思わんけどなぁ。うちの仲ええ女子に一愛くんの話ししたらドン引きしとったで~?」

「なに人の経験安売りしてんだよ」

「堪忍してやぁ。うちも仲ええ子が死ぬの嫌やねん。ダンジョンに入るんを止める方便やわぁ」


 そう言って日南が両手を合わせた。

 そう言われてしまえば、一愛としても止めろとは言えなくなる。


「はぁ……なぁ勇将。お前、ダンジョンに入る気ないか?」

「え。なんだ急に」

「いや、パーティーを増強したくて。お前ならタンク職か、優しいからヒーラーになりそうだし」

「お、おう」


 虎杖が照れたように頬をかいた。

「うちも優しいからヒーラーやよぉ」と主張する日南は無視する。


「どうだ? お前さえ良ければ仲間に紹介したいんだけど」

「いや……う~ん。それはまぁ……魅力的だけどよ……」


 虎杖は一瞬だけ本気で悩ましそうな顔をするも、あっさりと首を振った。


「悪い。やっぱ今はサッカーしか考えらんねーわ。レベルが上がっちまったらプロになれないからな。そういうパフォーマーで食ってくって選択肢もあるだろうけど……そんな中途半端な気持ちで加入できるようなパーティーじゃないんだろ?」

「……まぁな」

「なら、やっぱ無しだわ。悪い」


 内心心惹かれている風な虎杖だったが、最終的には一愛の誘いを断った。

 サッカーのプロになれなくなる。これが大いにストップを掛けたのだろう。

 レベルが上がったスポーツ選手は公式大会に出られない。これは国際常識だ。

 考えてみれば当たり前で、例えば陸上競技などは素のスペックがものをいうだろう。全てがそうとは言わないが、全ての競技で影響が0では絶対ない。

 だから不公平を無くす為に選手はステータス提出でレベルが1であることを提示、またはステータスが出せないことを証明するのが義務化されている。世知辛いのか当たり前なのか微妙なところだ。

 代わりにレベル制による競技のランク分けが盛んに行われているが、ダンジョンの一般開放が最近である日本ではまだメジャーではない。

 現時点で探索者による派手な競技は従来のスポーツに比肩するほど人気なのでいずれ本家を超えるだろうが……それを言うのは無粋というものだろう。

 

 ……ダンジョンは危ないからな。


 意識してか無意識か、虎杖のダンジョンに対する怯えを感じ取ってしまった一愛が、それを指摘するのは同じ男として無しだろう。


「わかった。残念だけど他をあたるよ」

「すまんな。悪いついでに今日はなんか奢るぜ。カラオケにでもいくか!」

「お~ええなぁ」

「お前らも行くだろ!」


 輝いた笑みを浮かべる虎杖に特に何も考えてなさそう日南が同調し、まだ残っていたクラスメイトが更に「おー!」と楽し気に笑みを浮かべた。

 どいつもこいつもノリのいい奴ららしい。


「お前も今日くらいは暇なんだろ。偶には俺らと遊びいこーぜ」

「……いいけど、お前サッカーはいいのかよ」

「お前が来るなら休む。来ないなら部活にいく。どうよ?」

「なんだそれ。俺に選択の余地ないだろ」


 一愛は苦笑を浮かべるも、そこまで悪い気はしなかった。

 ダンジョンに潜らないオフの日に、こうして新しくできた友人と遊びに行くのも悪くないだろう。

 これも一種の社会勉強というやつである。

 一愛が諦めたように頷いたのを見て、虎杖が白い歯を見せて笑った。


「よっしゃ! 一愛とカラオケとか初め、」

「――先輩いますか!」


 教室の扉が勢いよく開かれ、ここには入れないはずの少女が姿を現す。

 少女――色蓮はクラスメイトに囲まれる一愛を見つけると、ほっと一安心したように息を漏らした。


「よかった。先輩は何も知らなさそうっスね」

「いやお前なんでここ、」

「だから言ったでしょう、いろはす。そんなに焦る必要はないって」


 大きく開かれた扉から更に一名。一部の部位がセーラー服を押し上げているせいで前裾が大きく浮いているとてもえっちな恰好をした少女――椿姫が現れた。


 ……お前もか椿姫。


 敢えて言うが、ここは高等部の校舎である。色蓮と椿姫は中等部。つまり通う学び舎が違う。

 同じ学校法人ではあるが、通う学び舎が違えば勝手に出入りはできないのが常だ。だというのに当たり前のように侵入してくるこの二人、厚顔無恥にも程がある。


 ……椿姫だけは常識を保ってると思ってたんだけどなぁ……。


「お、おい、あの子達ってお前のパーティーメンバーのっ!」

「ん? ああ、西園寺と東雲だが」

「だよな! くぅ~、やっぱ間近で見ると可愛いなぁ、やっぱパーティー入った方がっ」


 おい虎杖?


「いやいやいや、俺はサッカー一筋っ。浮気はせんっ!」

「おい虎杖」


 ……えー、そういう奴だったのかよ。

 

 口惜しそうに唸る虎杖だが、そうと分かれば先ほどの話は無かったことにしたい一愛だ。

というより爽やかイケメンで俗にいう王子様みたいな見た目してるんだから、女性には困らなさそうなのになんだこいつ。

 もしや残念イケメンというやつだろうか。


「お取込み中すいません、一愛先輩。ちょっと急ぎ伝えたい要件が出来たので、ウチらと一緒にきてもらえますか」

「え、いますぐ?」


 そういいつつも、色蓮は逃がさないとばかりに一愛の腕を掴んてきた。

 せっかく新しくできた友人と遊びに行こうと思っていたのに、という態度が表に出ていたのか知らないが、それを引き留めるように一愛の反対側の腕を誰かが掴んだ。


「なんやいきなりあらわれて無作法な後輩やなぁ。一愛くんには一愛くんの予定があるんよぉ?」


 日南だった。

 日南が一愛の腕を掴み、あまつさえあるのか無いのか分からない胸を一愛の腕に押し付けている。


「一愛くんはうちらと一緒におりたいて顔に書いとるやん。後輩なら先輩の顔色伺うて立てた方がええんちゃう?」

「うち……?」


 日南の言葉に色蓮が眦を吊り上げた。気にするとこそこ?


「はぁ、どうも一愛先輩のクラスメイトさん。ご指摘はありがたいっスけど、今はそんなこと気にしてられる余裕ないんで。これは一愛先輩も関わるパーティー間の問題なので口を挟まないでもらえます?」

「かなんなぁ、元気なお人やわぁ。一愛くんの予定に急に割り込んできてその言いぐさ、よう言うわぁ。一愛くんも普段からこれやと疲れるんとちゃう?」


「なぁ?」と日南が優しく笑顔を向けてくる。


「い、いや、俺は別に」

「優しいわぁ一愛くん。うちなぁ、最初一愛くんのことほんま怖いお人や思うとったけど、実際は優しうて面倒見もええし大好きやわぁ。これも後輩さんのお陰かいな?」

「……っ」


 色蓮の額に青筋が浮かんだ気がする。

 効いてる効いてる、とか言ってる場合ではない。


 ……京都人こえぇ……。


「いろはす。怒っては駄目ですよ」

「……姫」


 色蓮より一歩引いた位置で黙ってやり取りを見ていた椿姫が、嫣然と微笑んで言った。


「その人の言う通り、一愛様にも予定があります。無理を言っては駄目でしょう」

「でも姫、」

「なので、一愛様に直接聞くことにします」


 そう言って、椿姫は色蓮と変わるように一愛の腕を取った。

 そのままスルスルと位置を調整し、椿姫の一部豊満な……いや、もう誤魔化した言い方は止めよう。

 椿姫は一愛の腕を取り、その中学生にあるまじき巨乳に形が歪むほど押し当てた。


「え、え、ちょ、姫、うわっ」

「一愛様? 私達と一緒に来て下さいますよね?」

 

 巨乳を押し当て上目遣い。破壊力MAXのコンボが炸裂した。色蓮が恥ずかしそうに赤くなるのも納得の視覚的暴力である。

 これ以上ない攻撃に一愛もたじろぐ。恋愛感情はとかく男子たるもの性欲はあるのだ。普段はそういう目で見ていないにしてもここまでされると流石に意識せざるを得ない。

 しかも日南には無いしっかりとした柔らかさを感じる感触が絶妙である。どうやらブラの形すら計算に入れているようで、一愛の腕には生乳部分が確定していた。

 そう、確定していた。


「ぐ、なんやのこの後輩。話わかるおもたら嫉妬丸出しやんか。こっちが本命かい」

「ねぇ一愛様、お願いします。このまま私達と一緒に行きましょう?」

「い、いや、うちや。一愛くんはうちらと行くんよ。うちらの方が先約やもんね?」


 二人の美少女に手を引かれる。いや腕を抱かれる。

 男子なら誰もが憧れるシチュエーションと感触に一愛も満更ではなかったが、日南の先約という言葉にハッと我に返った。

 ……そうだ、先約だ。

 探索者、いや人間たるもの約束を破ってはいけないだろう。

 そう思って一愛は存在を思い出したように虎杖達を見るが、


「いや、お前は来なくていいよ、マジで」

「は⁉ ちょ」

「つーかなんだそのハーレム。成功した探索者ってそんななの? そんなことが許されるのか? これなにかの法に抵触してない? 美少女独占禁止法とかあるだろきっと。つーかあれよ。……無いのなら、打ち立てようか、新立法」


 ……何かの漫画で言っていた。憎しみで人が殺せたらと。

 虎杖含むクラス男子達の目は、まさにそんなだった。


「ちくしょーめー―――っっ!!」

「ああっ、待てって虎杖ッ!」


 一愛の呼び声空しく、虎杖達は教室から走り去ってしまった。

 

「……」


 なんだこれ。


「ぷ、くく、あははは。なんや今の、おもろぉ。ちょいからかい過ぎたなぁ」


 日南は涙を滲ませるほど笑うと、スルりと一愛の腕を離した。

 胸の大きさに貴賤無しである一愛は若干寂しい思いを抱くも、それを悟られるわけにはいかない。

 誰に? 決まっている。今も一愛をジーッと見ている椿姫にだ。


「堪忍なぁ一愛くん。おもろそうやからつい煽ってもうたわぁ」

「……何が目的なんだお前は」


 言って、一愛は力なく項垂れた。

 実は一愛もカラオケに気持ちが傾いていた、とは何となく言いづらい。

 これも日頃の行いだろうか。


「うちも一愛くんとカラオケ行きたかっただけやけどなぁ。これ以上はほんまに怖い方の探索者に睨まれるやろうから、うちはここらで退散しとくわ」


「さすがにうちくらいは合流せんと、友情にヒビ入りそうやなぁ」と日南が苦笑しながら教室を出ていこうとした。

 出ていく間際、日南はひょっこりと顔を覗かせて、


「今日は縁無かったみたいやけど、おんなじクラスなんやさかいまたどこかでいこーなぁ。うち、ほんまに一愛くんのこと気に入っとるしっ」


 名前通り向日葵のような笑顔を弾けさせ、今度こそ教室から出て行った。





「――――なんなんスかあの人っ!!」


 色蓮が怒りの大きさを表すようにテーブルを叩いた。

 ところ変わって近場のファミレス。ゆっくり落ち着ける場所ということで選ばれたのはファミレス界隈でもっとも高価なロイヤ〇ホストである。中高生が気軽に利用できる店ではない。

 だが探索者として15,6歳が持っていい金額ではないお金を稼いでいる一愛達にとっては入店するのに微塵の躊躇も無かった。

 まぁ一愛は値段を見てビックリして、ドリンクバーしか注文していないが。


「言っていることが尤もなのは分かるっス。でも言い方が一々厭味ったらしいんスよ! しかも嚙み砕かないと分からないような皮肉ばかり……! これだから京都人は!」

「……いや、それ偏見、」

「しかもウチとちょっとキャラ被ってるじゃないスか! なんスか一人称“うち”て! やたらめったらおっとりした喋り方しくさって……可愛さアピールか!」


 色蓮は尚も怒りが収まらないのか、前回のファミレスで気に入ったらしいフライドポテトをバカ食いした。

 キャラが被ってる部分は一人称と尻がデカいことくらいだと言おうとしたが、それを言うと冗談では済まなくなりそうなので自重する。


「一愛様。私、極道の娘としての感が囁いています。あの人とは縁を切った方がいいと」

「つ、椿姫?」


 突然意味不明なことを言ってきた椿姫に、一愛は冗談めかしてお茶を濁すことができなかった。

 なぜならその顔がネメアの獅子と戦うことを決意した時並に真剣だったからである。


「縁、切って下さいますよね?」

「い、いや、特に理由もなく切るわけにはいかないだろ。俺にとっても久しぶりにできた友達だし……」

「とも、だち……?」


 椿姫が某ETみたいに言った。

 顔が真剣すぎて一愛はそのことにもツッコめない。


「一愛様は男女の間で友情が成立すると思っている人でしょうか」

「そりゃ成立するだろ。じゃなきゃ俺達のパーティーはどうなるんだ」

「……もしかして今、あの人と仲間である私達を同列に語りました?」


 瞬間、椿姫の顔が急速に氷点下まで下がった。

 そのあまりの変わりように一愛は乙女みたいな悲鳴を上げそうになる。色蓮に至っては驚きでハムスターのようにポテトを頬張った顔で固まった。

 何か知らないが地雷を踏んだらしい。


「……一愛様は私達とあの人、どちらがより大切ですか?」

「そ、そりゃあ、お前達だろ」


 正直言わされた感が拭えないが、一応本音である。

 どちらも短い付き合いには変わらないが、ダンジョンで苦楽と寝食を共にした仲間の方が一愛としても重い。家族並に大切かと聞かれれば「そこまでは……」と答えただろうが、既に気の置けない関係であるのでいずれそうなるだろうとは思っている。

 ただやはり言わされた感が凄い為若干棒読みになってしまったのは否めなく、椿姫が訝し気な視線を向けてくるも……。


「まぁ、いいでしょう。今はその言葉だけで満足しておきます」


 と、椿姫が紅茶を飲んで一息吐いた。

 納得した、ということなのだろう。


 ……なんだこの空気。


 普段怒らない奴が怒るとめっちゃ怖い。

 誰が言い始めたか知らないが正にその通りになった。あれほど怒りを表明していた色蓮ですら縮こまり、下を向いてテーブルのどっかその辺を見つめている。親に叱られている最中の子供かあいつ。


 ……俺はただ、友達と遊びに行こうとしただけなのに……。


「――そ、そうだ! 一愛先輩に伝えたいことがあったんスよ!」

「お、おうそれだ! いやマジでそれだよ!」


 もうほんとそれである。なぜ忘れていた。

 ともあれ沈鬱な空気を切り替えるように切り出された話題は渡りに船である。一愛はここぞとばかりに乗っかった。

 色蓮としても理由は同じなのか、空気を吹き飛ばすようにややテンション高めに身を乗り出して、


「実は、ウチの家のポストに【闇夜の灯火】から手紙がきてたんスよ!」

 

 そう、思いもよらない言葉を言い放った。


「…………は?」


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