第二章
第1話 2層攻略
ダンジョン2層の雄大なフィールド。
ゴブリンとコボルトが戦争を繰り返す死臭溢れる戦場跡地に、一愛は一人で立っていた。
いや、一人ではない。
一愛と対峙する敵……【ゴブリンキング】が直剣を構えていた。
キングらしいキラキラとした衣装に身を纏うゴブリンは、一愛の予想に反してそれなりに見れる見目をしている。2mには届かない長身で人間の容姿に程近かった。
剣の技量に優れているのは構えを見れば分かる。王様が荒事に長けているのは紀元前の時代か狩猟民族くらいだが、モンスターの世界では“最も強いのが王様”という考え方で相違ないだろう。
色蓮が自衛隊から購入した2階層の【実績】解放条件は下記である。
・ゴブリンとコボルトの戦争に介入し第三勢力としてモンスターを半数以上掃討する。その後現れるゴブリンキングとコボルトロードを討伐。
2階層のエリアボスが【ゴブリンジェネラル】と【コボルトキャプテン】の討伐だったことからも、この【実績】が如何に難しいかがよく分かるというものだ。
実際に大切なのは後半の討伐の部分だが、この2体はそれぞれの陣営を半数以上倒さなければ現れない。よって前半の条件が絶対となる。
そして、一愛達はゴブリンとコボルトを1000匹以上殺して前半の条件を達成していた。
「余を前にして考え事か、人間。随分と余裕があるではないか」
目の前のゴブリンキングが焦れたように口を開いた。
「貴様の仲間は大層美しかったな。少しばかり青臭くはあったが、貴様を殺してあの娘等に我が世継ぎを産ませるとしよう」
「……はっ」
「何がおかしい」
訝し気に問いかけるゴブリンキングに、一愛は抑えきれなかった半笑いを向ける。
おかしいに決まっている。ここにいるのがなぜ一愛一人だけだと思っているのだ。
「俺の仲間は、お前の宿敵であるコボルトロードの討伐に向かった」
「なに?」
「あの二人はコボルトロードに勝つだろう。さて、俺に負けるお前があの二人に勝てるかな?」
「……なんだと」
「ああいや、俺に負けたら戦うことすらできないか。だって死んでるんだからな」
「貴様……ッ!」
戦闘は、唐突に。
ゴブリンキングが怒り狂った血走った目をして、一愛に向かって一息に接近した。その速度は【ネメアの獅子】の突進にも等しい。
怒った相手は猪突猛進になり、まず最初に上段から勢いに任せて振り下ろしてくる。
……2階層で死ぬほど倒したゴブリンと同じパターンだ。
「ッフ!」
直剣の振り下ろしを横の移動で最小限に回避し、カウンターの要領でゴブリンキングの顔面に掌底を喰らわす。
生物である以上脳を揺さぶられれば昏倒くらいする。さすがにそこまでは望めなかったが、少しの間ふらつく程度には効果があった。
それくらいの隙があれば十分である。
「【ヘヴィーブロー】!」
「ッヌ!」
等級が上がり更に威力を増したスキルが、ゴブリンキングの腹に突き刺さる。
流石にゴブリンキングの耐久力は並ではない。少しは効いたようだが有効打にはほど遠く、ただ相手の怒りを増す結果だけに終わった。
「不敬であるぞ、人間風情ガ!」
更に怒りを増したゴブリンキングが、地面をひっくり返す勢いで強くストンピング。
超局所的な地震に一愛の体が少しの間宙に浮く。その隙をついてゴブリンキングの前蹴りが一愛の胸を穿つが……高い耐久を誇る金獅子マントを使い落ち着いてガードした。
グレートクラブを杖替わりにして勢いを殺し、そのままシームレスに構えへと移行する。
「【サークルスィング】!」
「ぐあッ⁉」
ゴブリンキングの直剣がグレートクラブにより叩き伏せられる。如何に裏ボスだろうと、2階層のモンスターが等級も上がったこの攻撃を受けて無事で済むはずがない。
直剣で受けたゴブリンキングの腕が構造上あり得ない角度に曲がっている。
今の攻撃だけで腕が折れた……といのうはわざわざ指摘するまでもない。
「ぐ、人間が、付け上がるな! 【
ゴブリンキングの体が真っ赤に発光する。何かしらのスキルを使ったと思われた。
一愛が警戒して様子見をしようとした所、先ほど折ったはずの腕が逆再生染みた動きで元に戻っていく。
一愛が軽く舌打ちし、
「回復技かよ。分かりにくいスキル名しやがって」
「クハハハ! 余のスキルがそれだけだと思うてか!」
瞬間、ゴブリンキングの体が消えた。
いや、正確には違う。一愛の目にも止まらぬ早さで動き、盲点を突くが如き精密な動きで懐に入ってきたのだ。瞬足の影響で巻き上げられた土埃でようやくそのことに気付いた。
「これが! 余の力だ!」
「……ッ!」
ゴブリンキングが凄まじい膂力を持って一愛を押し倒した。
「っは、バフ系スキルか。王の癖にチマチマとしたせこいスキルだな!」
言いながらも、一愛は冷や汗を垂らした。
強敵である。
そも、2階層の裏ボス相手に舐めて掛かっていた訳ではない。挑発を繰り返したのも相手を視野狭窄に陥らせる為であるし、ゴブリンキングの腕を折った後も油断せずに隙を伺っていた。追撃をしなかったのは何かしらの手札を隠し持っていることを想定してのことだ。まさかこれほど本体を強化するバフ系スキルを持っていたのは予想外である。
なので、一愛も手札を切ることにした。
「【リムービングハウル】!」
「な……に……⁉」
ゴブリンキングの鼓膜を破る大音声。
真っ赤に発光するゴブリンキングの体が、急速に元の緑色の体表に戻っていった。
【ネメアの獅子】から得たスキルは敵のバフを強制的に引き剝がす。どこまでの敵に有効なのか不明だったが、裏ボスであるゴブリンキングに通用したことで一愛は内心ホッとした。
「貴様何を――ッ⁉」
「逃げさねーよ」
ゴブリンキングは
ゴブリンキングが上。一愛が下。マウントポジションを取られた状態は不利であるにも関わらず、一愛は尋常ならざる剛力で徐々に徐々にゴブリンキングを押し返す。
「――貴様本当に人間かッ⁉」
バフを失おうとゴブリンキングの膂力は他を圧倒している。なのに一愛に押し負けている現状がそれほど理解しがたいのか、あまりにも失礼すぎる言葉を吐いてきた。
一愛のレベルは現在6である。しかし、そのステータスビルドは純粋な脳筋だ。
力のステータスは71。金獅子マントのバフを加算し85。この値は1次職へと至った並のレベル10を軽く凌ぐ数値である。
如何に裏ボスといえど、2階層のモンスターに膂力で負けるはずがない。
「っぐ、ぉおお⁉」
いつの間にか態勢は逆転し、一愛がゴブリンキング相手にマウントを取った。
ゴブリンキングは必死に力を込め、時には力を逃がそうと左右に体を振るも、その程度の小細工でどうにかなる段階は過ぎている。云わば腕相撲で手首を曲げて負けを辛うじて回避している状況だ。
つまり……詰みだ。
「【デストラクションフィスト】ッ!」
「――――」
破壊の正拳突きがゴブリンキングの鳩尾に突き刺さる。
レベル6に上がり新たに得たスキルの威力は、衝撃がゴブリンキングの体を貫通し地面に伝播した。
一拍遅れ……轟音。
岩山すら砕く破壊力に、ゴブリンキングの体ごと大地が埋没する。
『実績を解除しました。100エクストラダンジョンポイントを贈呈します』
「お。向こうも終わってたみたいだな」
地面に溶けるゴブリンキングを見下ろしながら、一愛は安堵の溜息を吐いた。
そんなこと言ってられる敵ではなかったが、何とか色蓮達が加勢する前に倒せたようだ。これで先輩としての面目は保たれたと言っていいだろう。
「……はぁ……しんど」
一愛はその場に大の字に寝転がり、ダンジョンが映し出す雲一つ無い空を眺めた。
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