第2話 人類史に対する冒涜



 2層に突入して僅か三度目の探索にて、一愛達はエリアボスを含む全ての攻略を完了した。

 その期間、10日である。

 4月1日にノリと勢いで突入した2階層だが、予想以上に順調だったのは僥倖である。色蓮に言わせれば当たり前の結果だそうだが。

 烏羽の扇子のお陰というのもあるだろう。安全地帯を登録して一瞬で移動できる機能は非常に便利で、1層をスキップするだけでもかなりの時短になる。2層でこれなのだから3層、4層は如何ほどか。買値20億は伊達ではない。

 それにエクストラガチャ、ヘラクレスの試練報酬という低レベルにあるまじき装備・スキルを手に入れているというのが大きい。2層の裏ボスは少し苦戦したが、それ以外はエリアボスを含め苦戦という苦戦は無かった。いや、戦争に介入して計1000匹以上殺したのは体力的に骨が折れたが。


 ちなみにレベル3~6まで上がって新たに得たスキルが下記である。


 二ツ橋一愛

【スキル】

 デストラクションフィスト(SP12)10等級B

 :物理攻撃。物体に対する強い破壊効果。対象に45%防御ダウンのデバフを与える。


 西園寺色蓮

【スキル】

 スニーク(パッシブ)10等級D

 :所持者の気配を消す。任意で切替可能。


 東雲椿姫

【スキル】

 絶風(SP8/MP8)10等級B

 :物理・魔法攻撃。不可視の斬撃を飛ばす。


 と、それぞれ一つずつ新たにスキルを得ることができた。

 3つもレベルが上がってたった一つかよと思うだろうが、これは至って健全で当たり前な結果である。スキルがバンバン芽生えるのは1次、または2次職からが普通なのだ。1次すら至ってないのに6つ以上芽生えている現在が逆に凄いと言える。

 ここまで過剰に強くなるとダンジョンでの経験値分配が心配になるが、それはなぜか杞憂に終わった。

 もしかしたら、ダンジョンは“自力で手に入れた力”には寛容なのかもしれない。


「次から3層スよ。これまではいわば慣らしっス。3層からは出てくるモンスターがこんなもんじゃないっスからね」

 

 そう言って、色蓮は寛ぎながら紅茶を飲んだ。

 烏羽の扇子で帰還する前に安全地帯でお茶を嗜む。最近の一愛達の流行りである。

 ダンジョンから出れば各々家に帰るだけなので、少しでも全員で長く居ようという色蓮の案が発端である。椿姫と苦笑しながら同意したものだが、気の置けない仲間とゆったり過ごすのは存外良いものだった。

 それに、色蓮が用意する飯が美味い。


「分かってるよ。1層が篩だとすれば2層は厳選。3層からが登龍門てな」

「そうっス。これまではゴブリンとコボルト、あとついでにスライムと小粒な敵しかいませんでしたが、3層からは大小入り乱れる様々なモンスターが現れます。それにダンジョンが用意する罠も出てき始めますし、ここからが本当に本番スよ」

「そうなのですか? ネットで色々調べてみましたけど、私達は装備もスキルも並から大きく上回ってるので楽なのかと……」


 椿姫がきょとんとした顔で紅茶を飲みながら言う。

 どうでもいいけど、色蓮と椿姫は何をするにも品がある。紅茶を飲む仕草とか様になりすぎだ。このままでは一愛も感化されてお嬢様になってしまう。

 いや、冗談だ。


「甘い、甘いよ姫。このピエールエルメのマカロンより甘い。ダンジョンがそんなに甘いところなら今頃一般人でも10層に到達してるよ。でも実際はいいとこ5、6層で、大半は1層か2層でくすぶってる。姫も見たでしょう?」

「……ええ、まぁ」


 ここでいう見たとは、他の探索者を見たということである。

 1層の曲がりくねった場所ならともかく、2層は見晴らしの良い雄大な草原フィールドだ。1層で小金稼ぎをする目的でない他の探索者を見かけたのも一度や二度ではない。

 互いが互いを信頼できないダンジョン内では不干渉が普通だ。だから一愛達も彼らと話をする機会は無かったのだが、その戦い様を観察する機会にはいくらか恵まれた。

 その全員に共通していることとしては、客観的な強さは“一愛達とそこまで変わらない”ということだった。

 

「今2層でくすぶっている他の探索者達は、別に弱いからその場に留まってるんじゃない。“装備”が弱いから3層から逃げ帰った。そういうことだな?」

「まさにそうっス。彼らはエクストラガチャの存在を知りません。恐らく彼らの大半は装備が現代製品なのでしょう。だから3層のモンスターに効きが悪く、2層で資金を貯めている」


 色蓮は「ふぅ」と一息吐いて紅茶を丸テーブルに置いた。


「裏を返すまでもなく、これは3層のモンスターがそれだけ強力であることを表しています。ウチらは確かにヘラクレスの試練を越え、エクストラガチャで強い装備を手に入れました。これらの装備は3層どころか4、5、ともすれば10層まで通用するでしょう。でも油断や慢心は死に繋がると思っておいて下さい」

「分かってる。それに、ヘラクレスみたいな奴が出てこないとも限らないしな」

「……ヘラクレス」


 椿姫が苦虫を嚙み潰したように顔を顰める。

 トラウマにでもなってるのかと心配したが、どうやらそうではなくて純粋に悔しそうだった。あとなぜか怒っている。なんでだ。

 そこで、色蓮がパン! と音を響かせるように手を叩いた。


「と、浮かれ気味だったので少し脅しましたけど、実際の所そこまで心配する必要はないっスよ。ウチらはステータスの上がり方も最良ですし、スキル数に等級、装備も並ではありません。気を引き締めていけば問題ないでしょう」

「なんだよ。じゃあこんな話する必要なかったろ」

「おや? 戦い方が少し雑になっていた人がなにか言いました?」

「う」


 色蓮の半目に耐えきれず、一愛は視線を逸らした。

 身に覚えがないわけではない。特に戦争に介入してモンスターを蹴散らす時はかなり雑になっていたと自覚している。

 2層からはゴブリン、コボルト共に弓矢を装備しているのがデフォだ。戦争ともなればそれらが雨あられとばかりに降ってきて非常に危ないのだが、一愛はこれを実に脳筋らしいやり方で解決している。

 そのやり方とは、金獅子マントを頭から被って突っ込むことだった。


 ……分かっている。THE・脳筋だと。


 金獅子マントは2層如きでは矢を通さないが、それでも衝撃は貫通するのだ。霙の日に合羽を着ているが如くドスドス喰らい、僅かな隙間を通され太ももを矢が貫通した時は本気で死んだと思ってしまった。

 結果として成功した訳だが、色蓮や椿姫がいなければ危うく死んでいただろう。


「で、でも、ゴブリンキングの時は結構上手く立ち回れたし……」

「ふむ……そのようっスね。ウチらがコボルトロードを仕留めてすぐに実績が解放されましたし」

「だろ? 俺だって立ち回りとか上手くなってるんだよ」

「ふふ。一愛様は最初からお上手でしたよ。とても素人とは思えない動きです」


 椿姫が軽くフォローしてくれる。既に達人の域に達してそうな人に褒められると嬉しいものだ。


「まぁ、そういった諸々は慣れとステータスの器用が関係しているそうですし、経験の有無は1、2層以外あんまり関係ないんスけどね。だから先輩が横着したのは先輩自身の気の緩みの問題っス」

「ぐっ」

「お願いしますよ、先輩。ネメアの獅子戦でも言いましたけど、このパーティーの要は先輩です。常に前線で敵を引き付ける先輩がいなければ、ウチらはある一定以上の敵相手にすぐ瓦解します。頼みますから次からは慎重に」

「……ああ、わかった」


 少し真面目なトーンだったので、一愛も神妙に頷いた。

 気を緩ませたつもりは無かったが、確かに横着した感は否めない。

 前線の一愛に遊撃の椿姫。後衛兼司令塔の色蓮と一見纏まっているように見えるが、一愛が崩れればそこで終わりそうなパーティーなのは事実だった。

 欲を言えばもう一人壁役、もしくは一愛が崩れてもすぐに復帰させるレベルのヒーラーがいればいいのだが、こればっかりは欲してすぐに手に入るものではないだろう。一愛のリジェネレーションは等級が上がって更に回復量が増したが、如何せん素のMPが少なすぎるのだ。

 それに戦闘中は一秒という時間が生死を分ける。

 どちらにせよ考えても仕方ない、と一愛は溜息を吐いた。


「もう遅い時間だし、そろそろ帰るか」

「あ、まだパティスリーのショートケーキがあるので、これ食べ終わってからで!」


 言いながら、色蓮がアイテムボックスからケーキを1ホール取り出した。


「……お前、太るぞ」

「太りません」

「いや太るって」

「だから太りません。ねー姫?」

「はい。太りませんよ、一愛様」


 椿姫がにっこりと答えた。

 笑顔の裏に謎の圧を感じ、一愛は賢くも黙っておくことにする。

 そうして二人が姦しそうに、しかし上品にケーキを頂く姿を眺めていると、一愛はあることに気が付いた。


「そういや、椿姫はレベルが上がっても見た目が全く変わらなかったよな……」

「ん。はい? 私ですか?」


 椿姫が喉をこくんと可愛くならし、首を傾げる。


「そういえばそうですね。けれどいろはすも変わりませんでしたし、大抵の人は容姿に影響するほど変わらないのでは?」

「かもな。でも俺は色蓮曰くガッツリ変わったそうだし……」

「先輩は元々が不健康だったから分かりやすかったんじゃないっスか。不健康な期間も長かったようですし。その点姫はお嬢様で、家に引きこもっていても理想的な体型を維持していたのでしょう」

「理想的な体型……」


 一愛は思わず、椿姫のある一点を見つめてしまう。

 椿姫もその視線に気付いたはずだが、恥ずかしそうにするも隠すような仕草はしなかった。


「……チッ。姫のジョブは十中八九侍系統でしょうから、ウチとしては結構変わると思ってましたけどね」

「な、なんで?」


 かなりマジな色蓮の舌打ちに内心ビクつきながらも、一愛は伺うように問いかける。

 色蓮は何てことないかのように、


「だって、その胸では刀が振りにくいでしょう? ウチは姫の胸が縮むと思ってましたよ」

「はぁ⁉⁉」

「いや先輩驚きすぎ……」


 色蓮が若干引いた顔でのけ反った。


「そんなに驚くことでもないっスよ。刀を振り回すのに邪魔な脂肪は落とされても不思議ではありません」

「じゃ、邪魔……」


 椿姫が邪魔な脂肪と言われた原因を両手で掴む。一愛は思わずそちらを見た。


 ……それが邪魔だなんて人類史に対する冒涜だろ!


 怒りで我を忘れそうになるも、一愛はハッと思い直す。

 色蓮の論は完全に破綻している。


「待て、侍だから巨乳が貧乳になるとか、それはおかしいぞ。あくまで理想的な容姿や体型になるだけで、ジョブに体型が引っ張られたって話は聞いたことがない。それなら俺はどうなるんだ」


 一愛は自分の容姿が若干幼くなった自覚がある。筋肉は確かに付いたが、一愛のジョブが脳筋ならそれこそ筋骨隆々でなければおかしいはずだ。その逆などあり得ない。

 そう説明すると、色蓮は悔しそうに顔を歪ませた。


「……そうっスね。ウチが間違ってたようでした」

「なんだらしくない。間違える要素がどこに……」


 そこまで言って、一愛は気付いた。気付いてしまった。

 色蓮のスリーサイズは今も脳内に記憶している。色蓮はある特定の部位がかなり成長していた。

 色蓮のダンジョンに入る前の容姿や体型は知らないが、椿姫は変わってないと言っていたので変わらなかったのだろう。だが、服を着た状態だと分かりづらい部位が変わっていたらどうだろうか。そしてその変化を本人が必死に隠そうとしていたら……。

 ……アーチャーは上半身の脂肪が不要で下半身が重要である。


「お前、まさかダンジョンから理想的な体型が……お、おし、」

「――ええそーですよ悪いですか悪いですか! レベル2に上がった瞬間バストが88から77に、ヒップが83から90に上がりましたけどなにか⁉ 文句あるんスか!」

「文句なんてあるはずないだろ!」

「――うぇ⁉」

 

 色蓮が聞いたこともないような声を上げ、逆切れをかました一愛を呆けた顔で見た。

 当然、一愛は頭に熱が昇っているのでその程度では止まらない。


「いいか、俺はな、お前のスリーサイズを見て感動したんだよ! 俺にはそんな性癖全く無かったのに、お前のせいでちょっと目覚めたんだぞ! それを文句あるかだと⁉ ふざけんなよ!」

「ちょ、ちょっと先輩、ストップ、」

「いーや止まらないね! 俺はお前のお陰で新しい世界が広がったんだ。胸よりでかい尻、アンバランスで最高にエロいだろ! お前が恥ずかしそうにしていた顔も宇宙のようにビックバンでロックだった。俺はそれで……はっ」


 我に返る。何を口走ったと一愛自身よくわかっていない。

 見れば椿姫はドン引きした表情で椅子から腰を浮かせ、色蓮は顔を真っ赤にして涙目で一愛を睨んでいた。


 ……マジで何を口走った。


「もういいっス! 姫、このセクハラ先輩は放って早く帰ろう! 早く!」

「……そうですね、はい。それでは一愛様、さようなら」

「――ちょ、待、置いてくなって!」


 本気で一愛を置いて烏羽の扇子を使いそうな色蓮に追いすがり、何とか謝って許してもらった。

 ただその後二日は口を利いてくれなかったので、相当駄目な発言をしたのだろうと反省するばかりである。


 ……でも、あんなコンプレックスみたいに言われちゃ黙ってるわけにはいかないよな。


 と、そのような事を考える時点で、一愛は全く懲りていなかった。



 

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